マイデリカシーを諦めて
【そうじゃねェ!! ブルーダインいけ!】
「よしきた!」
「ふごぉ!!」
神殿の柱を突き抜けて吹き飛ぶ俺。空気と海水の境界線も抜けて、海に侵入し、人魚の街へ入ったところでやっと止まった。
「いてぇ……、容赦なさ過ぎだろあの二人……」
絶賛修行中だった。正直ティルフィングとブルーダインのスパルタっぷりからもう挫折しそうである。
「あはは、あの人また飛んできたよ! お母さん!」「うふふ、応援してあげて」「がんばれー!」
俺は人魚のガキンチョに笑顔で手を振る。ここ3日何度も吹っ飛ばされすぎて、人魚さん達ももうこんな反応だ。
【おッせェぞ!! 早く戻ってこい!!】
神殿からティルフィングの怒号が聞こえる。
「はいはい」
俺は立ち上がり、また神殿に向かった。
【枷を外すんだよォ!!】
「そう言われても外せねーよそんなの」
俺は柱に立て掛けられて、すっかり監督気分のティルフィングに言った。
修行ってどんなことをするんだろうって思ってたら、まず最初にやらされてることは、綺麗な素振り。
ティルフィングではなく、糞重たい鉄塊みたいなのを使わされてる。
【遅すぎ甘すぎ脇アマアマ踏み込みユルユル気迫なさ過ぎィ!!】
耳が痛くなる。スイッチが入ったティルフィングは本当に厳しい。
全力でやってるのにこれだ。
この修行は、剣術はまあそうなんだけど、枷を外すのがメインらしい。
人間は本来の3割くらいしか力を出せてない、その残り7割を引き出すなんちゃら神拳みたいなもんだ。
火事場の馬鹿力を、いつでも出せるようにならないといけないのだ。
回復なんかもちろん使わせてくれないから、俺の体はもうボロボロ。
しかし限界を維持することに意味があるらしい。
「なるべく手加減するが、殺しちまったらスマン!!」
【いや、ブルーダイン! 半分殺す気でいけ!! お前は何休んでんだよ!! 早く再開しろォ!!】
「……了解っす師匠」
俺は鉄塊を拾い上げて素振りを再開する。
【だからそうじゃねェ!! ブルーダイン!!】
「まかせろ!!」
なぜかイラッと来た俺は、ルルパパのデカイ拳に鉄塊で立ち向かった。
「オラァ!! なッ!? ごフッ!!」
またぶん殴られて吹っ飛ばされる。鉄塊で立ち向かったけど、ルルパパの巨大パンチ相手には無力だった。
意識が飛びかけたが、海の中に入って意識が覚醒する。
俺は吹き飛ばされるだけ吹き飛ばされて、また人魚の街へ到達する。
「あ、またあの子だわ」「ホントだ」「ルルの男なんだっけ?」「頑張ってー!」
人魚のセクシーなオネーサン達に手を振ると、俺は立ち上がってまた神殿に向かった。
ーーー
「お疲れ様です」
「今日も大変だったね、レイヤ」
「主にお前の親父のせい」
【お前のせいだよレイヤ!!】
「ガハハ! 最後の反撃には驚いたがなぁ!!」
俺達は今、広間の真ん中に設けたテーブルを囲んで夕食タイムだ。
テーブルの上にはごちそうが並んでいる。
体がボロボロで何食っても吐きそうだけど、なんとか飯を押し込む。
食後の修行は多分吐く。
「うげぇ!」
「どうしたんですか?」
「シャーラ、これと、これ。一緒に食ってみ」
「?」
不思議そうな顔をするが、俺が指した2つの料理を口に運ぶシャーラ。
しかし、途端に眉を寄せた。
「この食べ合わせ、ゲロの味しね?」
【ギャハハ!! きたねェな!!】
「し、信じられません」
シャーラはなんとか飲み込んだ後そう言った。
この食い合わせは以降絶対にNGだ。食えたもんじゃねぇ。
「レイヤ、あーん」
俺が気を抜いていると、ルルのあーん攻撃が飛んできた。
俺は反射的にそれを受けてしまう。
「……うっ。お前、これ……」
「ね? これとこれ一緒に食べたらおいしいでしょ?」
笑顔を見せるルル。
ゲロの味なんて言えねぇ……。
つかこいつはついさっきのやり取り見てなかったのかよ……。
これ美味しいとかマジかよ……。
「自業自得です」
そう言ってシャーラは笑う。
不味いんだけど、シャーラの笑顔を見ると安心した。
シャーラはすっかり元気になっている。
まあ、あの後結局シャーラの過去は聞けず終いだったけど、代わりに良いことを聞けた。
確かにシャーラの過去はめちゃくちゃ気になる。
しかしそれと同等価値くらいのことを聞けたからよしとしよう。
そう、あれは3日前。
ーーー
「お前って何者なの?
そろそろシャーラの過去を教えてくれよ」
あの時、俺は言ってすぐに後悔していた。
言わなきゃ良かった、と。
なぜなら目の前のシャーラがものすっごく悲しそうな顔をしたからである。
それを見た俺の心臓はもうこれでもかってくらい締め付けられた。
「いや、あの……その……」
オロオロする俺。
「私の過去を知ったら、レイヤはきっと私のことなんか嫌いになってしまいます……。
だから、言いたくない……」
俯くシャーラ。声はか弱かった。
そして俺は衝撃を受けていた。
知れば嫌いになってしまうレベルの過去……だと?
それってもしかして……。
「シャーラお前……、もしかして……処女じゃないの……?」
ビンタを貰った。
「……最っ低ですね。真面目な話なのに……」
シャーラは俺なんか放って歩いていく。
俺はシャーラを追いかけた。
「ごめんって!
てか俺がシャーラを嫌いになるなんて絶対ないと思うぜ?」
その理由が好きだからなんてことは恥ずかしくて絶対に言えないが。
「ホントですか……?」
「そりゃあな。でもまあ、過去についてはやっぱりいいわ。俺が悪かった」
ぶっちゃけると、今ある情報だけでもシャーラの過去なんて大方予想できる。元々魔王の私物で、元人間なんだろ。
俺はシャーラの口から安心が欲しいけど、よく考えればそんなの些細なことじゃないか。シャーラが俺のそばに居る。それだけで良くないか?
それにシャーラは俺に嫌われると思ってるから言いたくない、それでも十分な安心要素になるだろう。
そうだ、それで納得しておこう。
「まあいつかは教えて欲しいけどな」
「はい……」
俺はシャーラの横に並ぶ。
なんか気まずくなったので、俺は別の話題を振る。
「お、アレうまそうだな。ここって人間の通貨使えんのかな」
「レイヤ……!」
ふとシャーラが立ち止まって俺の名を呼んだ。
俺も立ち止まって振り返る。
「うん?」
「わ、私その……」
「なんだよ」
シャーラは顔を真っ赤にして言った。
「そ、その……し、したこと、ありませんよ?」
第六章――終




