ティルフィング先生
ティルフィングは、剣になった俺を肩に担いだ。
シルディアが物凄い速さで来てるというのに、余裕の態度と表情だった。
「レイヤ、戦い方ってヤツを教えてやるよ」
ティルフィング(俺の体)は顔に悪党じみた笑みを浮かべ、少し顔を俺 (剣)に向けた。
【いいから構えろって!】
「まあみとけッて」
気づけば、剣である俺の視界は“赤”に染まっていた。
感覚がある。
そう、それはまるで肉をぶった切ったような……。
【なッ!?】
「オイオイ、弱すぎやしねェか? お前こんなのに苦戦してたのかよ!」
ティルフィングは、シルディアの体を真っ二つにしていた。
剣になった俺の視界は360度。
焦点を合わせれば、どこでも見える。
そして一瞬の内に真っ赤な世界を通過したと思えば、また肩の上に戻ってきていた。
景色が、シルディアの血で塗れている。
見えにくいがシルディアは、訳もわからず真っ二つになって混乱した表情だ。しかし、やっぱりくっついていく。
「あ……なん、だ……?」
「よえーよお前! もっと楽しませろォ!」
ティルフィングはあえてシルディアの回復を待っていた。
分かる。こいつ、めちゃくちゃ楽しんでる。
【お前……、そんなに強かったのかよ……】
「言ったろ? オレは世界で一番強かった」
それにしてもティルフィングが使っているのは俺の体のはずだ。なのに、ここまで戦闘能力に差が出るものなのだろうか。
【なんでそんな強いんだよお前!】
「お前は体の使い方をてんで分かってねェ、力を全く引き出せてないのさ」
俺の体なのにティルフィングの方がうまく使えてるのかよ。
内心自嘲する。
シルディアは傷が治ったと思えば即座にティルフィングから距離をとった。
近づくのは危険と判断したのだろうか。
しかしティルフィングはシルディアを追いかけるわけでもなく、依然として動かなかった。
余所見すらしてる始末である。
「いやァ、それにしても風が気持ちいいぜ」
俺はティルフィングがいくら強いとはいえ、シルディアから視線を外せなかった。
シルディアはまた黒い剣を形成させて、それをティルフィングに投擲した。
ティルフィングは空を仰いでいる。
【オイ!】
黒剣がティルフィングに当たる、そう思った瞬間、ティルフィングは体をほんの少しだけ逸らしてそれを躱した。余所見しながら。
俺が必死になって躱してた攻撃をこうもたやすく避けられると、なんだか腹が立つ。
「オイ、血ィ吸ってみろや」
ティルフィングは次々と飛んでくる黒剣を、その場から一歩も動かずに躱しながらそう言った。
【血?】
「そう、血だ。お前の体についてンだろ?」
【ああ】
そういえば血のせいで視界が悪いんだった。
そしてティルフィングは血を吸うことができるのだ。
中身が俺でもそれは出来るんだろうか。
俺はなんとか血を吸おうと頑張ってみる。
すると、視界の血がみるみる引いていった。
【うめぇぇぇぇぇぇぇ!! え!? 血ってこんなに美味かったのかよ!】
叫ばずにはいられなかった。
美味、それ以外の何でもない。ティルフィングが血を吸う度に叫んだのが分かった。
「だろォ!?」
【いや、そんなことより早くあいつ倒せよ!】
「ああ、ちょっと久々のシャバに感動してたんだ……。今から遊ぶ」
唐突に、ティルフィングは動き出した。
シルディア目掛けて一直線。それは速いなんてもんじゃなかった。
少なくとも、あのシルディアの反応が遅れるほどの速さ。
「はい、二回目」
そんなティルフィング、否、俺の声が響いた後、またしても俺の視界が血で染まった。シルディアの体を通過し、またしても真っ二つになったシルディアを目の当たりにする。
血を吸って視界をクリアにすると、その頃にはシルディアの傷は治癒していた。
しかし、心なしかそのスピードは先程より遅かったような気がする。
「お、もしかして回復には体力いる感じかァ!?」
「くっ……」
図星なのだろうか。それともティルフィングには勝てないと判断したのだろうか、シルディアは空高く飛び上がり、空中に留まった。
遠距離攻撃に徹するのだろうか、そう思っていたのだが、シルディアの様子が変だった。
「ん?」
【……おい】
驚く。
そしてフラグとやらの力の偉大さを知った。
そう、空中に留まったシルディアの体がみるみる変形していったのだ。
つまり、変身である。
【ヤバイって、あれ絶対ヤバイって! ティルフィング、今のうちにやれ!】
「あー、まあいいじゃねェか。邪魔すンのもわりィだろ?」
こいつ、楽しんでやがる。マジで。
某王子みたいにならないか本当に心配だ。
しばらくすると、シルディアは、頭の角はうねり、スマートだった体はゴツゴツとした怪物になってしまった。
シルディアは、俺達を見下ろす。
その時、俺は鳥肌が立つような感じがした。
背筋はないが、凍ったような感じがした。
それだけ、本能的にヤバイと感じた。
ゆっくりとシルディアは降りてきて、俺達の前に立つ。
ティルフィングは相変わらず俺を肩に担いだまんまで動かない。
顔を見ると、ニヤニヤしていた。
が、俺は声が出せない。
怖いと感じたのだ、シルディアが。
「人間、評価しよう。人間でこの姿を見たのはお前だけだ」
シルディアが目の前から消えた。
少なくとも、俺には見えなかった。
が。
「はい、三回目」
またしても、またしても俺の視界は血に染まった。否、染まってしまった。
「〜〜〜〜ッッッッ!?!?!?」
今度は剣撃が速すぎて、俺の刀身に血がつく暇すらなかった。
ついたとしても、その血は振り切られてしまう。
まず、俺はいつ振られたのかすら理解できなかった。
一瞬視界が赤くなったなぁ、くらいの感想だ。
そんな俺の第一声はこうだ。
【は、はぁ?】
素っ頓狂な声。仕方ないだろう。
ティルフィングが強すぎた。
とにかく、強すぎた。
俺が理解できたことは一つだけ。
シルディアが、また真っ二つになっていること。
「レイヤお前いい体もってんなァ! 勿体ねェぜ!」
【……お、お前……マジで世界最強だったの?】
信じていなかった訳じゃない。でも、信じられなかった。
「嘘つく訳ねェだろ!」
シルディアはすでに回復していた。しかしその顔はいかにも混乱してるって感じだった。
シルディアは一瞬でティルフィングから距離を取り、かなり小さくなった所でやっと止まる。
「……つまんねェな、あいつ」
【お前が強すぎるんだよ……】
シルディアの方を見ると、周りの空間がなにやら歪んでいた。
その異様な光景を見て、またも俺は驚愕する。
【なんだあれ……】
「ありゃ神級魔法だな。すげェ量の魔力を練ってら」
【ヤバイじゃねーか! 早くいけよ!】
「だと思うだろ?」
余裕のティルフィング。しかし、担いでいた剣(俺)を今度は少し海に浸からせ、体勢を低く構えた。
何をするつもりなんだ。
そう思っていると、ぶわっと刀身に風が纏われる。
海面の波が荒だった。
「手本だァ……」
【は? なんの?】
俺の言葉と同時に放たれたそれは、斬撃だった。
轟音と共に海が、裂ける。
そしてその延長線上にいたシルディアも、裂けた。勿論、真っ二つに。
「四回目だな」
空を見ると、雲に切れ目が入っていた。
真っ二つになったシルディアは、そのまま海へと沈む。
「みたか?」
みたか? じゃねぇよ、と思った。
その威力と言い、あんな遠くのシルディアに当てる命中精度と言い、全く手本にならない。
格が違い過ぎた。
普段おちゃらけてるティルフィングが、こんなにも強いとは思わなかった。
たったの7%の共有で、俺が達人級の実力を手に入れた訳だ。
しかも、知識だけで。
逆に言うと、俺が全力で鍛えれば、いつかティルフィングと同じくらい強くなることができるのだろうか。
全くそのイメージが湧かないが。
【……シルディアは倒したのか?】
生存フラグと分かりつつも俺は聞く。
「いや、まだだな。海ン中で気配を感じる」
案の定、やはり生きてるらしい。
また再生して出てくるんだろうけど、もしかしたらティルフィングの強さに絶望して逃げてしまうかもしれない。
「あの魔族の弱点はなァ、再生してる間は動けないッてことだ」
【ああ、そうなの】
粗末な返事。
弱点とかもうどうでもいい。ティルフィング相手にそんなのはもう関係ない気がした。
「さすがのアイツも細切れにしてやりゃあ死ぬだろうなァ……」
どこか物悲しそうな顔で呟くティルフィング。
【俺の予想じゃあアイツまだ変身残してるけどな】
「そうだと嬉しいぜ」
ティルフィングがそう言った丁度その時、爆発音。目の前に水柱が立った。
現れたのはやはりシルディア、憤怒の表情だった。
シルディアはティルフィングの強さに絶望するのではなく、むしろやられた事に怒ったみたいだ。プライドが高いようである。
「おー、怒ってんなァあいつ!」
【楽しそうだなお前……】
シルディアは高く飛び上がった後、降下して、ある高さで止まった。
立った水柱もそのうち消える。
「俺を…………、俺を怒らせたなァァァァァァ!!!!!」
突如、シルディアの叫び声が響いた。かなりの大音量だ。
シルディアの周りに電撃のようなものがバチバチと走る。
拳は強く握りしめ、体をを逸らして咆哮する。シルディアが怒り狂ってるのが分かった。
が、ティルフィングも負けてなかった。
まあそれよりデカイ声で叫んだけなのだが。
「ファァァァァァァァァ!!!!!」
【ちょ、どこから出してんのそんな声!?】
明らかに俺じゃあ出せない声量と、数段上のオクターブ。
ティルフィングを見てると、自分の体に色々と可能性を感じる。
「ハーッハッハーーーーッッ!! 聞いて驚け、人間! 俺はまだ変身できるぞ!!」
「ギャハハ!! 何でもいいからかかってこい!!」
火花が散った。
気づけば俺はシルディアがいつのまにか作ったであろう黒剣と合わさっていたのだ。
「おお! ちょっとは楽しめそうだ」
「ほざくな人間がッ!」
鍔迫り合いになっているが、ティルフィングは片手持ちに対してシルディア両手持ち。
その片手をプラプラさせて、まるで「余ってますよ」と言わんばかりのアピールをシルディアにするティルフィング。
シルディアは「チィッ」と舌打ちをしたが、そんなもので状況が変わるわけもなく、どんどん押されていく。
その気になれば黒剣ごと叩き斬れるんだろうけど、そうしないのはやはりティルフィングが遊んでいるからだろうか。
「どうしたァ!? もっと俺を楽しませろォ!」
「く、そがッッ!!」
「ペッ!」
ティルフィングは、ツバを吐いた。
しかし、ただツバを吐いたわけじゃあなかった。俺は確かに見たのだ。
その唾が空中でパキパキと凍って、そのままシルディアの目に突き刺さるのを。
「なっ……」
勿論シルディアは怯む。
ティルフィングはその隙に、余っていた左手でシルディアの鳩尾に拳を叩き込んだ。
「ぶごボッ……!」
吹き飛ぶシルディア。ティルフィングはそれを追ってすぐに駆け出した。
そしてシルディアに追い付くと、今度はシルディアの首根っこを思いっきり掴み、そのまま海の中に突っ込んだ。
当然、手足をバタバタさせて暴れるシルディア。
しかしティルフィングはその手足を俺を使って刻み、使えなくさせた。
「ヒャハハ、暴れてやがる!」
そりゃあ息ができないんだから当然だろう……。
それにしてもシルディアは早く変身したらいいのに。
もはやそんな感想を抱くレベルになった。
このままではシルディアは痛ぶられるだけだろう。そんなシルディアを思うと、ちょっと同情してしまう。
「オラァ!!」
シルディアを投げては追撃して遊ぶティルフィング。
1人でキャッチボールしてるみたいな構図になっていた。
シルディアが再生する間はニヤニヤしながら待ち、再生するとまた遊びを再開する。いじめっ子そのものだった。
「そろそろ変身してくれよォ!」
シルディアの胸元を俺で貫き、そのまま持ち上げたティルフィングは言った。ポケットなんかに手を突っ込んでる。
なぜ変身しないのだろうか、ハッタリだったのか? それとも何か他の理由があるのだろうか。
丁度そんな事を思い始めた時、シルディアは言った。
「ごフッ……! 後悔しても…………知らんぞ……! 制御が効かないんでな……」
そう言った後、シルディアはティルフィングに血の唾を吹きかけた。
ティルフィングはそれを回避して、シルディアに突き刺さっている俺を横凪にする。
「ぐぅ……」
「いいから早くしろ!」
海に落ちた後、また這い上がってくるシルディアなのだが、その回復速度はすっかり遅くなってしまっていた。
「後悔……するなよ……。その臓物……、引きずり出して魚の餌にしてくれよう……」
シルディアは立ち上がる。
「キヒッ! おもしれェ! やれよ」
「言い、換えよう……。
後悔させてくれるわ……!!」
言って、シルディアは目を閉じる。
そして唸りだしたかと思えば、その頭からいきなり角が伸びてきた。
【角が……三本……】
三本角。これはもしかしてさすがのティルフィングもやばい系なんじゃないだろうか。
どんどんシルディアの体は変質していく。黒かった皮膚も、変色して赤みを帯びていく。
のだが。
ザシュっと、ティルフィングはシルディアの伸びた角を切り落とした。
海に落ちていくシルディアの角。
シルディアは閉じていた目を見開いて、声にならない叫び声を上げた。
しかし、変身は中断できないようで、その角がまた再生していく。
「バカか? なんで目の前で変身してやがる」
俺も驚いた。
てっきり俺は、ティルフィングはシルディアの変身を待ってやるんだと思っていたからだ。
しかし考えてみれば待つなんて一言も言ってないし、いきなり目の前で変身を始めたシルディアの失敗かもしれない。
それでも、今のは明らかに待つと言う雰囲気だっただろう。
そう考えると、そのシュールさに思わず俺は吹き出してしまった。
シルディアの額に血管が浮かび上がり、それが裂けてプシュッと血が噴出した。
顔もこれでもかってくらい歪ませている。怒りの色。
ティルフィングと言えば、再生していくシルディアの角を見て新しい遊びを思いついたようだ。
というより、もう実行し始めていた。
「あ゛ー!! 楽シィィ!!」
「き、きッ! ッ! キサマァァァァァァァ!!!」
シルディアの怒号。
斬撃の嵐。
ティルフィングはシルディアの体を切り刻んでいく。俺は振り回される。
シルディアは、切り刻まれてはその場所を優先して再生させてしまうもんだから、変身が一向に進まない。
そう、サンドバッグ状態である。
変身中で動けないっぽいシルディアには、ただ傷を再生させることしかできないのだ。
完全にティルフィングの玩具になってしまった。
ティルフィングはギャハハと笑いながら、生えてくる都度その角を切り落とし、ゴツゴツの皮膚に俺で切込みを入れていく。
しかし、唐突に。
「……飽きた」
【は?】
「飽きた! つまんねェ!」
ティルフィングは剣撃を止めた。
先ほどまであんなに楽しそうに俺を振っていたのにすごい豹変っぷりだ。
【飽きたって、お前なぁ……】
シルディアは再生し、やっと変身に着手できるようになったのか、また変貌を遂げていく。
「人間、貴様は殺す! 確実にころ……!」
「うるせェな!」
ティルフィングは俺を振ってシルディアの顎を横から薙いだ。
口が裂け、顎がガクンと落ちるシルディア。当然話せない。
「あ……あが……」
「どうせこいつは変身してもオレに勝てねェだろうしよォ、もう飽きたからここらで区切り付けることにしたぜ。
久々に楽しめたし、レイヤの体にもかァァァァァァァなり負担がかかってるしなァ」
【え? マジで? そんなに?】
リスクのことはずっと気になってたけど……こえーよ……。
そんな中、シルディアの変身はどんどん進んでいく。角も三つ生え揃い、禍々しくなる一方だった。
ティルフィングは俺の刀身の先を二本指で挟んで持ち、シルディアの肩をとんとんと叩く。
「ま、なんにせよお前じゃ相手にならねェわけよ。ザコいし。
魔王に言っとけ、“お前が来い”ってレイヤ様が言ってたってなァ!」
「……何を言っている? まだ……」
ティルフィングは俺をまた柄に持ち替え、シルディアを肩から真っ二つにぶった斬った。
「これ、何回目だっけな」
【知るか】
シルディアの体がくっついていく。
ティルフィングはフィニッシュを決めるようだが、魔王に伝えとけと言うのはどういうことだろう。
ここで殺すんじゃないだろうか。
それと、シルディアの変身もあと少しで終わりそうである。
そう思ってると、シルディアの真下の海面に魔法陣が広がった。
知ってる。これは転移魔法だ。
【お前、もしかして……】
「ああ、飛ばす」
「なッ!? クソォッ!! クソがァァァァァァァ!!!」
シルディアの体が光の膜に包まれていく。
「じゃ、魔王によろしく。
どこに飛んじまうかはオレにも分かんねェけどなァ!」
そして、シルディアは俺達の前から消え去った。
波の音と、ティルフィングの笑い声だけが大海原に響き渡った。




