それは誰かの決意
50%超。
それを聞いた俺は思った。
そこまで行く前に途中で止めろや、と。
やけに苦しみが長く感じたのはそのせいか。本当に死ぬかと思った。
異世界に来てから何度死にかけるんだ俺は。
それにしても、対魔族との戦闘法、剣の基礎応用、魔法の使い方、呼吸法、などなど訳の分からない知識から必要な知識まで、あらゆる知識が俺の脳に同期された。
これは凄い。色んなことが出来そうだ。
なぜか力が湧いてくるし、体も熱い。
身体能力がアップしたってことはないだろうが、これはなんなんだ?
共有率の引き上げには知識の同期以外の特典があるのか?
しかし40%は求めてないみたいなことを言ってたのにどういうことなんだよティルフィングこいつ。
色々と文句はあるが、それは後でいい。
とにかくこれで何とかなりそうだ。
俺は水を蹴って水面に上がる。
「ぷはっ!」
海水を吐いて空気を思いっきり吸うと、俺は辺りを見渡す。
するとシルディアはすでに船の上に立っていた。
ここでふと疑問が浮かんだ。
なぜさらに追撃してこなかったんだ?
さっきの隙の内に、確実に俺を殺せたはず。
俺を海面に上がらせずに溺死させることも可能だったはずだし、そもそもその気になれば俺を瞬殺することも可能だったのでは?
「ハァ、ハァ、あいつ、なにがしたいんだ……」
【確かに、手加減されてたっぽいなお前】
「後悔させてやるぜ……」
いや、実際本気を出すまでもない相手だったってことか。
俺は海の水からアトラクトする。
そして、魔法を使った。
――水上歩行
その名の通り、水の上を歩くことができる魔法である。
アトラクトのスピードはかなり早くなっていた。
だけど、ティルフィングが重くなるため、大量の魔力をアトラクトして維持することは許されない。
が、このように、アトラクトしてから一瞬でその魔力を使ってしまえば無問題である。
今の俺にはヤバイ魔法の知識も大量にあるので、詠唱が不必要な魔法なら連発も可能かもしれない。
まあ攻撃魔法に関して言えば、そんなことするよりティルフィングで攻撃した方が効率的かつ賢明だろう。
シルディアは俺が海面に立っているのを見て、うんざりしたような顔をした。
俺は海面を歩いて、船に跳び乗る。
甲板の上には、負傷したジャック達が転がっていた。ルルが助けたらしい、手当をしている。
俺は、シャーラの手をとっているシルディアに目を向けた。
「さて、こっからはギャグパートだ。かかってこいよばいきん」
「なんだその余裕は。さっきので実力の差が分からなかったのか?」
「ノノリリなら諦めないと思ってな」
「訳がわからない。せっかく生かしておいてやったんだ。次はないぞ、命は大事にしろ」
【ホントに訳分かんねェな!】
てかなんで生かしてくれたんだろう。
やはり場の空気を読んでシャーラに気を遣ったとかそんなのだろうか。だとしたら案外気の利く魔族じゃないか。
「レイヤ……!」
シャーラが俺の名を呼んだ。
俺はシャーラをチラ見する。
その表情は哀愁漂っていた。俺はそんなシャーラを見て、嫌な予感がした。
「……なんて顔してやがる」
「……ごめんなさい、私……やっぱり行きます」
シャーラは言った。
俺は目を見開く。
「……は?」
今なんて言ったこいつ?
行く? どこに?
「ということだ。諦めろ」
「……嘘だろ、シャーラ……?」
シャーラは俺から視線を逸らす。
それを見た俺は俺は膝を地面についた。
絶望である。
体から力が抜けた。全てがすり抜けていくような感覚である。
「不様だな、人間」
「……」
「……なんで、なんでだよシャーラ……」
頭が真っ白になる。こんなの、どうしようもない。
戦う意味すらなくなってしまうじゃないか。
「行くつもり……ないって……」
言ったじゃないか。
最後は声にならなかった。
俺はとうとうティルフィングを手放して、両の手を地につく。
見えているのは、鉄で組み合わされた甲板。
もう、立ち上がれる気がしなかった。
【キャー!! 私が行かないと大好きなレイヤが死んじゃうわ!! 悲しいけど私行かなきゃ!!
ってことだろ】
「あっ、なるほどね」
俺はすくっと立ち上がった。ティルフィングも拾い上げる。
それにしても死ぬほどびっくりしたぜ。
ティルフィングがいなければ絶望の淵から帰って来れない所だった。
だが、完全復帰である。
「ホントに自殺レベルの絶望だったぜ……」
同時に寝取られみたいな気分も味わった。
【お前がザコいとこ見せるからだろ!】
「ホントその通りだわ……」
いや、でも良かった。
俺はシャーラに視線を向ける。
「という訳でシャーラさん、それは 拒 否 」
俺は地を蹴った。
向かう先はもちろんシルディア。
シルディアは飛び退いて、キャビンの上に飛び乗る。
しかし、今の俺にはこんなことも出来るのだ。
アトラクトし、魔法でティルフィングに風を纏わせる。ティルフィングが多少重くなるが関係ない。
そしてそのまま一薙。
すると、キャビンは横から真っ二つに両断された。
「なっ……!?」
「あれ? うまくいかねーな」
【斬撃飛ばすのには慣れがいんのさ!】
どうやら今の俺じゃあ命中精度に難があるらしい。
まあいい、そんなことよりシルディアの驚く顔が、凄く快感に思えた。
「どうよ? ばいきん」
「お前、力を隠していたのか……。……雰囲気がさっきのそれとは違ッ……!」
聞いておきながら、シルディアが話してる間に俺は奴の元へ駆ける。
宙で体を反転させ、その遠心力でティルフィングを下から切り上げる。
それは躱される、が、それは攻撃を兼ねたフェイントでしかない。
「あーん……」
そのまま逆の手をローテーションさせ、シルディアの顎に拳を叩き込んだ。
「パンチッッ!!」
アッパーである。
宙に飛ばされるが、翼をはためかせ空中で止まるシルディア。
ただのパンチなのでダメージにはならないだろうが、煽りにはなったはずだ。
俺はシルディアを見上げる。上から俺を見下げるシルディアは、まだ余裕の表情だった。
「……うーん、なんかあんまり勝てる気しないなぁ」
【互角くらいにはなったじゃねェーか! お前もまだまだ増えた引き出しがあるだろ!?】
「まあそうなんだけど……。
あいつ変身とか残してそうで怖いぜ」
ん? 今のはフラグってやつを立ててしまったんじゃないだろうか?
俺は言ってしまってからそんなことに気づいた。
上空で余裕の表情のシルディアは、手に魔力を圧縮させ、黒い剣のような物を形成させた。
そしてそれを片手に、不規則な動きをしながら俺めがけて突っ込んでくる。
【叩き折ってやれ!!】
「りょ!」
俺はティルフィングを目の前に構え、迫ってくるシルディアの黒剣を受ける体勢になる。
突っ込んでくるシルディアの剣を見切ると、俺はティルフィングで迎え撃った。
ギィィンと甲高い音がし、衝撃波で頬が切れ、ツーと血が伝った。
魔力の質量変換。
ティルフィングの能力を知ってるのか、シルディアは交わった剣をすぐさま引き、次の一撃に移った。
が、俺はアトラクトする。
――透過魔法
得物を使った戦いにおける、実質最強の魔法である。
俺は、それを使った。
その名の通り、この魔法は物体を一時的に透過させることが出来る。
そう、つまり、ティルフィングはシルディアの黒剣をノータイムで通過する。
俺は体をひねり、シルディアの黒剣の進行方向から離脱する。
そしてその無理な体勢から、ティルフィングを振り抜いた。
「ふんぬッッ!!」
【ヒィィヤッハァァァ!!】
「ッッッ!?!?」
この魔法の最大の利点は、相手の意表を絶対に突くことができること。
そして刻み込まれた記憶の中で、この魔法はすでに滅んでいた。
はい、使えるの俺だけっす。
シルディアはティルフィングがすり抜けて来たのを見て目を見開いた。
地を蹴ってそこから飛び退こうとしたのだろう。
だが、無駄。
その足は、俺が踏みつける。
しかし流石はシルディアと言っておこう。
奴は持っていた黒剣を手放し、ティルフィングが実体化したタイミングを読んで白刃取りを試みた。
残念、寸前までティルフィングは実体化させない。
透過魔法は未だ継続である。
これだけのやり取りをして、この間コンマ数秒。
俺はシルディアを肩から一刀両断した。
「チェケラ!」
しかし次の瞬間、俺は猛烈に萎えることになる。
切った場所から順に傷がくっついていったのだ。それも猛スピードで。
「はぁ?」
【あー、面倒だなこりゃ】
こいつもギガースみたいな核タイプなのか。
そんなことよりシルディアの顔付きが少し変わった。否、変わってしまった。
少し怒らせてしまったのかもしれない。
「人間、やるな」
「だろ?」
「敬意を払って殺してやろう」
「だよね、怒ってるよね」
やっぱり怒っていた。
シルディアの一撃。それは先程までのパンチより格段にスピードが上がったもの。
今の俺がかろうじて躱せるレベルのパンチだ。
「っぶね!」
さらに蹴り。俺はそれをしゃがんで回避。
回転、上からかかと落とし。それも転がって回避。
そうして避けていくうちに、船はどんどんボロボロになっていく。
このままだとヤバイので、俺はそのまま大きく飛び退いて水上に着地した。
そしてシルディアの追撃を後退しながらなんとか躱していく。一度でも当たれば致命傷になるだろう。
俺はくるりと体勢を入れ替えて、水上を全力で走り出す。
一度シルディアとは距離を取らないと。
シルディアは俺が距離をとったと思うと、先程の黒い剣を遠くから飛ばしてきた。それも大量に。
「うぉっ!? あいつヤベェ!!」
【どうするよ!?】
どうやったら倒せるのだろうか、あいつを。
シルディアは本当に底なしの強さだ。今は攻撃を躱すので精一杯である。
これで変身なんか残してたらまさに終了である。
そんな時、俺は閃いた。
「あいつの生殖器ってどこにあんの!?」
【チンコのことか!?】
「そうだ!!」
【知らねェーよ! んなもん!! 種族によってバラバラだ!!】
俺は振り返ってシルディアを見る。
あのばいきんの股間には、おおよそアレなるものは付いていない。
全生物(♂)共通の弱点攻撃に徹しようと思ったのだが、アレが見当たらないのだ。
「クソッ! どうしようもねぇ!」
俺が黒い剣を躱しながら水上を走っていると、埒が明かないと思ったのか、シルディアがとうとう接近してきた。黒い剣は相変わらず投擲してくる。
「どうしよう……!」
【何弱気になってんだよ! やれる!】
ティルフィングに励まされるが、本当に勝てる気がしなくなってきたのだ。
あの再生能力を持つ上に、地力で負けている。
【…………しゃーねーな! 仕方ないからオレと代わるか!? これはあんまりしたくねーんだが!】
ティルフィングの不可解な言葉に気を取られて、俺の頬のスレスレを黒い剣が通過した。
内心ひやっとしたが、そんなことよりティルフィングの言葉が気になった。
俺は水上を蹴る力をさらに強めた後、ティルフィングに聞く。
「どういうことだよ!?」
【俺が!! お前の!! 体を使う!! 50%強ならいける!!】
「マジで!? そんなことできんの!?」
【ああ!! 所持者であるお前の許可が必要だけどなァ!!】
「リスクは!?」
【大量にある!!】
黙り込む。
しかしどんどんシルディアは近づいてくるし、このままだと勝てそうにない。
どんなリスクがあるにしろ、ここはティルフィングに賭けてみるべきか……。
リスクの内容は聞きたいが、聞いたら絶対に躊躇してしまいそうだ。
だから、俺は言った。
「くそっ! ティルフィング! やってくれ! 許可する!」
【よしきた!】
次の瞬間。一瞬で視界が切り替わった。
視点の高さがさっきとは全然違う。
というより、上には俺の顔があった。
すぐに何が起きたのか気づく。
【……っ、ティルフィングこれ!】
そう、俺は剣になっていたのだ。
文字通り、中身がティルフィングと入れ替わっていた。
俺の体を使うティルフィングは、水上で急ブレーキを掛け、水しぶきを上げて止まる。
「いつの頃か忘れたけどよォ、まあとにかくオレが魔剣に成り下がっちまう前の話だァ……」
【おい、シルディア来てるって!】
しかもそれどんだけ大昔なんだよ。てかお前元々魔剣じゃなかったのかよ。
色んな思考が入り乱れて混乱する。
そんな俺なんか構わずに、ティルフィングは言い放った。
「その頃で世界最強っつッたら、オレだった」
 




