表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/108

海辺の修羅場

「……」


 フカフカのベッドの上で俺は目覚めた。

 俺の体の上には何重にも重ねられた毛布がずっしりとのしかかっている。

 体を少し動かすと、ベッドはミシミシと音を立てた。


【よォ、起きたか!】


 甲高い声が頭に響き、俺は思わず目を瞑った。ひどい頭痛が俺を襲う。

 一瞬遅れて声の方に首を向けると、すぐ横の壁にティルフィングが立て掛けられてあった。


「うるせぇなお前……。つかやべぇ……、超絶しんどい……」


 体が重い。顔も熱いし頭もガンガンする。


【お前丸一日寝てたんだぜ? かァなりうなされてた。熱もだいぶあるらしいしなァ】


「マジか……」


 それよりここはどこなんだろうか。

 シャーラとルルは?


 首だけで部屋を見渡すと、ここは宿の一室のような感じだった。

 となりに一つベッドがあり、その下には俺とシャーラの荷物が置かれている。

 俺は毛布をどけ、重い体をなんとか起こしてベッドから下りた。

 強烈な立ちくらみ。やっぱり血が足りてないようで、力が入らず足元もおぼつかなかった。


「……ひでーなこりゃ」


 だがまあ、めちゃくちゃしんどいけど全く動けないってことはない。それでもしばらくの休息は必要なようだが。


 立っていられなくなったので、俺はまたベッドに腰掛けた。

 そしてティルフィングに問を投げかける。


「シャーラ……と、ルルは?」


【買い物に行った。そろそろ帰ってくんじゃねェ?】


 買い物か。あの二人、俺が寝ている間、どんな感じだったんだろう。

 一緒に買い物に行ってる所を見ると、少しは打ち解けたのだろうか。


 そんなことより、シャーラがまた攫われないか心配だ。あんまり俺から離れて欲しくないものである。

 帰ってきたらそれを言わないといけない。またあんなことにならない為にも対策は必要だ。


「ふーん。で、ここどこ?」


 俺が聞くと、ティルフィングは【窓を開けりゃあ分かる】と言った。

 だけど俺が異世界で分かる場所なんてあるはずもない。


 怪訝に思いつつも俺はベッドに再び足を乗せ、膝立ちになって枕元の窓の鍵を開ける。

 そしてその窓を一気に開いた。


 眩しい光に俺は思わず目を閉じた。

 遅れて部屋にビュウと差し込む冷たい風。それは少し潮の匂いがした。

 ゆっくりと目を開くと、目の前に広がっていたのは広大な海だった。


「おお……!」


 疑問や驚きより先に、感動した俺は感嘆の声を上げる。


【ルルが転移魔法でオレ達をこの町まで運んだんだよ】


 なるほど、かなり遠いはずの海にまで来れているのはやはりルルの転移魔法か。

 とするとここは町の宿かなんかだろう。窓から海が見えるなんて中々良い宿をとったものだ。

 しかしまたひとつ疑問。

 どうやってティルフィングを運んだんだろうか。


「誰がお前運んだんだよ」


【転移させた後、ルルがわざわざ魔力を使い果たしてオレをここまで運んだのさ。お前はシャーラにおんぶされてここまで運ばれたんだぜ?】


「俺だせぇな……」


 女に運ばれてきたなんて恥ずかしすぎるぜ……。


【そりゃあもう!】


「静かにしろ、頭に響く」


 とにかく、俺は二人に礼を言わないといけないらしい。

 しばらくぼーっと海を眺めていると、部屋の扉が開いた。


「あ、レイヤ起きたんだ!」


「まだ寝てないとダメじゃないですか」


 振り向くと、そこにいたのはシャーラとルルだった。

 二人共手には荷物を抱えている。

 二人はその荷物をもう一つのベッドに置いて、俺を囲んだ。

 俺は窓を閉めて、ベッドに座り直す。


「ちぃっす。色々申し訳ないっす……」


「なんか弱々しいですね」


 少し刺のある言葉を放ったシャーラだが、少し微笑んでいた。

 俺が目覚めて安心したのだろうか。


「心配した?」


 俺は口元を釣り上げてそう聞く。

 すると、シャーラの返答より先にルルが飛びついてきた。


「心配した!」


 その衝撃で脳が揺れる。


「ルル、離れてください。レイヤはしんどいんですよ」


 そう言ってルルを無理やり引き剥がすシャーラ。ルルは渋々と言った様子で俺から離れた。

 正直今の一撃はかなり効いたけど、女の子に抱きつかれるのならそんなダメージも緩和される。


「シャーラも来ていいんだぜ?」


 むしろ来て欲しい。


「…………遠慮しときします」


 ちょっと考えたように見えたのは気のせいだろうか。



ーーー



 ルルによると、ここはあの王都の遙か東にある国らしい。

 国名は長すぎて覚えられなかったが、ここはルルが転移魔法で飛ぶことができる最遠の場所のようだ。

 海が近いという条件がなければもう少しだけ遠くに転移することができたらしいけど、それでも海越しの転移などはできないみたいで、ルルの転移魔法の射程範囲はそこまで広くはないようだ。

 そこまで広くはないと言っても十分すぎる程だし、どこにでも転移できるのもつまらないだろう。



「はい、あーん」


 俺は今、ルルが剥いた果物を「あーん」で食べさせてもらっていた。

 ベッドの横の椅子に座るルルはとても嬉しそうである。


「レ、レイヤは一人で食べれますよね?」


 シャーラの言うとおり、俺は一人で食べれるのだが、ルルがどうしてもと言うので仕方ない。

 それに「あーん」が嫌な男も少ないだろう。


「私がしたいの」


 それからも、ルルの「あーん」は続く。

 シャーラはベッドに寝転がってさっき買ったらしい本を読んでいたのだが、ルルが「あーん」をする度にチラチラこっちに視線を向けてきた。

 シャーラのその謎の視線も妙に痛いが、俺自身の腹もそろそろ膨れてきている。

 だから頃合いだと思った俺はルルにストップをかけた。


「ルル、サンクス。もういいわ」


「うん、どういたしまして」


 俺が礼を言うと、ルルはニコニコしながらその果物を片付けた。ルルはその際に使った食器もしまったのだけど、なぜか俺に「あーん」をしたフォークだけしまわずにその手に持っていた。


 俺が不思議に思ってそのフォークを見てると、なんとルルはいきなりそのフォークを自分の口の持っていき、パクっと口の中に入れた。

 そしてルルは少し頬を赤らめて言う。


「えへへ……、間接キス……」


「ちょ……」


 ルルが俺のことを好きなのは知ってるが、そんなことを面と向かってされたらさすがの俺も照れてしまう。

 少し積極的すぎないだろうか。

 いや、今のは不覚にも萌えてしまったけど。


【やるなァルル!!】


 ルルはそれで止まらなかった。

 ルルは振り返ってシャーラの方に向くと、そのフォークを口に入れてるのをシャーラに見せて言う。


「見て、レイヤと間接キス」


「〜〜っ!

 ……そ、それがどうしたんですか?」


「ふふ、うらやましい?」


「ぜんっぜん羨ましくないです。

 私、トイレに行ってきますね」


 そう言って、シャーラは部屋を出ていってしまった。

 バタンと、勢い良くドアが閉められた音が部屋に響いた。


「ティルフィング先生。解説オナシャス」


【……流石に分かるだろ?】


「ああ、まあ……」



ーーー



 次の日の昼、目を覚ますと俺の体調はかなりマシになっていた。

 体も軽くなって、頭もすっきりしている。

 久々の栄養補給をしたから回復スピードが一気に上がったのだろうか。

 なんにせよ、これでやっと外に出れる。


 昨日は本当に暇な一日だった。

 何度も外に出ようとしたのだけど、立ち上がる度にそれは無理だと思い知らされたのだ。


 シャーラとルルはすでに起きていた。俺は布団を退けて、ベッドから下りる。


【おう、起きたか! おせェよ!】


「もう大丈夫なんですか?」


「ああ、大分マシっすわ」


「良かったー」


 ルルは事あるごとに抱きついてくる。なんていうか、こいつは抱きついてくるのがうまい。俺のハートをピンポイントでぶち抜こうとしてる感じだ。


 その攻撃にいつも俺は致命傷を負わされそうになる。

 なんたって、モテない俺だ。可愛い女の子にそんなことをされてノーダメな訳がない。


 それに、ルルはシャーラと同じでやたら良い匂いがするのだ。

 だからいつも抱きしめたくなって両手をウロウロさせるのだが、その度にシャーラの「は?」って視線が突き刺さってその手を下ろさざるを得なくなる。


 今だってそうだ。

 これは……嫉妬、なんだろうか?

 それとも、変なことしないでくださいね的な威圧の視線?


 どうであれ、シャーラにも抱きつかれたいものだ。

 自発的な意味で。……ないか。


 しかしまあ、今の俺は、ルルの気持ちに返答できてない半端野朗だ。

 俺がルルを恋愛対象的に好きかどうかで言うと、そうではない。

 だけどそれをそのまま伝えるってのは今後の旅に影響が出そうだし、平行線を保つのが今のところの最善策だと俺は思うのだ。


 ぶっちゃけそれらしい理由をつけたただの言い訳なんだが。


 まあこうしてルルの人生を変えてしまった以上、下手なことはできない。

 ルルが勝手についてきた、なんてことは言えないのだ。


 そう、据え膳食わぬは男の恥。

 ……いや、その信条に則ると、俺は今恥を晒しているのでは?


 まあいい、その埋め合わせと言うのも男らしくないけど、ルルには優しくしなければ、と思う。

 とりあえず、女心をほとんど理解できてない俺がティルフィング先生に教わらなければならないことは多そうだ。


「そ、そういや俺風呂に入りたいんだけど、この宿にある?」


 ルルを紳士風に優しく引き離した俺は、そう聞いた。

 2日以上風呂に入っていないから入っておきたい。


「お風呂なら宿の一階にあるよ」


「おけ、ちょっと入ってくる」


【俺も連れてけ!】


「風呂に剣持っていくバカがどこにいるんだよ」


【暇なんだよォ!】


「無理無理」


 俺は荷物の中から着替えを取り出す。

 そしてなぜか急ぐように部屋を出ようとすると、ルルが俺の袖を掴んだ。

 振り返ると、顔を真っ赤にしてルルは言った。


「わ、私も一緒に入っていい……?」


「ダメです」


 俺が答えるより先にシャーラが言った。

 俺もノーと答えるところだった。

 そんなの俺の魔剣が大変なことになる。というより、流石に無理をしてる感じが否めない。複雑な気分だ。


「ルルはさっきも私と一緒にお風呂に入ったじゃないですか。 それに混浴じゃないんですよ?」


 シャーラはベッドの上に寝転がって本を読みながら、顔も向けずにそう言った。


「……でも」


「でも、じゃないです。ルルは男湯に入るつもりですか?」


「うぅ……」


 言いくるめられるルル。

 正直助かった。


「あー、じゃあちょっといってくる」


「はい」



ーーー



 宿の風呂はかなり広かった。脱衣場で服を脱いで扉を開けると、そこは露天風呂だった。

 先客は誰もいない。つまり貸切状態だ。


 俺は湯に使って海をぼーっと眺めた。

 海が見える露天風呂っていうのも中々贅沢である。

 温泉なのだろうか? 湯は硫黄の臭いがキツい。


 それからしばらくすると、扉がガラッと開いて、男が一人入ってきた。


 体にいくつも傷を持ち、屈強そうな男だ。

 俺はその顔をチラ見すると、目があった。

 その人相の悪さにビビって目を逸らす俺。


 クソ、せっかく貸切状態だったのに。

 そう思ってると、その男がいきなりデカイ声で俺に話しかけてきた。


「おお、おめぇあの娘っ子達に運ばれてきた奴か! 体はもう大丈夫なんかい!?」


「ああ、なんとか。

 えーと、誰ですかね?」


「ここの宿の主さ! 最近はお客が少なくって、風呂に入る暇があるくらいだ!」


 宿主はデカイ声で話しながら俺の隣に入ってきた。

 俺は少し横にずれる。


 横に座って来たのに、それ以上の会話は発展しなかった。

 しかし、この町の住民なら聞いておきたいことがある。


「なぁ、海ってどうやったら渡れる?」


 そう、実はすでに旅の進路を決めていたのだ。目的地はなんでもいいから海を渡ろう、と。

 ずっと船旅がしてみたかったのだ。


「どこに行きたいかにもよるが、船ならいくらでもあるぜ。

 そういうのは港に行った方が早い!」



ーーー



 風呂から上がった俺は、ベッドに腰掛けてさっそく次の進路の事を話した。


「船旅ですか、悪くないですね」


「だろ?」


「私も船旅してみたかったんだー」


 ピトと体を寄せてくるルル。

 シャーラも俺のベッドの上に座って話を聞いていた。


 船旅に関しては、なかなか良い反応をもらえた。

 しかし、俺達にはもう一つの問題があった。



 さて、二人は今、それなりに良い服を着ている。

 服がないから昨日俺が寝てる間に買ったらしい。ルルはともかく、シャーラはそれなりに着替えを持っていたはずなのに新しいのを買っていた。

 それが何を意味するか分かるだろうか。


【お前金あんの?】


「あるわけねーだろ」


 そう、資金問題。

 財布には今、銀貨が2枚と銅貨が数枚しかない。

 少なくとも金貨一枚はあったはずなのに、こいつらはどんだけ高い服を買ったんだ。

 銀貨二枚で船に乗れるはずがない。


「す、すいません……」


「ご、ごめんなさい……」


「え? いや、いいよ別に」


 謝られると逆に申し訳なくなる。

 女の子だし、可愛い服を着たいだろう。実際可愛いんだからもう仕方ないとしか言いようがない。

 ブスだったならぶっ飛ばす所だ。


「とにかく、船旅するには金が必要な訳だ。

 どうやって稼ぐか。それを今から話し合おう」


「うーん。

 そういえばカジノとかあるよこの町」


「それだ!」


 ルルの名案に脱帽。


【お前が行ってもロクなことにならないだろうよ!】


「……私もそう思います」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ