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シャーラハート

 俺はシャーラを見つけて、底知れぬ安堵感のようなモノを感じていた。


「良かったね、レイヤ。でもあの勇者は大人しく返してくれなさそうだよ」


 後ろのラインは俺に言った。


「よゆーよゆー。一人で十分っすわ」


「じゃあ俺はここで見とくよ。ついでに後ろからくる兵士達を片付けとく」


「おけ」


 俺はシャーラに向けて真っ直ぐ歩いていく。

 案の定、バルトが俺の前に立ち塞がった。その手にはすでに聖剣が握られている。


「なに? 退いてくんね?」


「断る」


 その言葉を聞くと、俺はティルフィングに手を掛けた。


「なら仕方ない」


 そして、ティルフィングを鞘から引き抜く。

 刀身が妖しく輝いた。


「……この前の僕だと思わない方がいい。

 ルーシェ、アイリン、シャーラ、下がってて」


 俺は軽く部屋を見渡す。狭くはないが、戦えるほどの広さでもない。

 勇者を相手にするのも面倒なので、身体強化を使って一気にシャーラを取り返すのが得策かも知れない。というかそうしよう。


 アトラクト。

 身体強化の魔法を体に施す。


 そして、俺は一気にバルトを抜こうとした……のだが、なんとバルトは俺の動きについてきた。


 駆け出した俺に合わせるように聖剣を放ったバルト。俺はそれをティルフィングで受け止める。


 ガキィンという音と共に火花が散った。


【いってェェェェ!!! 起きてンのかよテメェ!!】


 あ? こいつ誰に何を言ってるんだ。と思ったのだが、ティルフィングのその言葉に対する返事はすぐに返って来た。


【ああ、この前目覚めた】


 バルトの持つ聖剣からだ。喋れることに驚いたが、聖剣って言うくらいだからおかしくはない。

 それにティルフィングとは面識があるみたいだ。


 そして鍔迫り合いになってすぐ、俺はあることに気づいた。

 そう、ティルフィングの能力が発動していないのだ。

 そろそろティルフィングの能力である魔力の質量変換で、バルトをボコボコにできていても良いはずなのだが、なぜか力が拮抗している。いや、むしろ少し押されている。


 俺が眉をひそめると、バルトはドヤ顔で言った。


「言っただろ? この前の僕と思わない方が良いって」


 俺はかなり力を入れてるってのに、バルトは余裕の表情だった。

 血が足りてないから全力が出せないのだけど、なんかムカつく。


【おまッ! 共有率いくらだァ!?】


【40%弱だ】


【ハァ!? ふざけてんのかテメェ!!】


【バルトならいけると思ってな】


 さっきからティルフィングはギャーギャー騒いでるが、何の話をしているのか分からない。


 俺はバルトから視線を外して後ろのシャーラを見た。

 シャーラと目が合う。シャーラが心配そうにこちらを見ていたので、俺はウィンクでそれに答える。


「余所見か!」


 バルトの押す力が強まる。俺はそれと同時に一度後ろに飛び退いた。

 そして構えなおす。バルトも剣先を低く構えている。


「あいつなんかめちゃくちゃ強くなってね? つかお前の能力発動していないじゃん」


【レイヤァ!! こりゃ面倒だ! あの糞剣が厄介すぎるぜ!】


「能力発動してなかったもんな」


 あの聖剣の力かなんかだろうか。勇者自体も強くなってるっぽいし、何があったんだ。


【それ以前にアイツらのシェアリングが40%だぜ? オレらはせいぜい7%ってところなのに!】


「マジかよ。俺らの共有率は上げられねーの?」


【出来るけどよォ、今戦闘中だし隙だらけになるぜ? それにお前の脳が持たねェかもしれねェ。最悪性格が変わる】


「あ、ならいいわ」


 そんなしんどい思いしたくないし、そもそもこの状況はそんなに切羽詰まってるって訳でもないのだ。


 会話中の隙を見たのか、バルトはいきなり斬りかかってきた。

 ティルフィングで受けずに、俺はそれを見切ってギリギリで躱していく。


【いつも主人に恵まれないな、ティルフィング】


【あ!? それはテメェの方だろ!!】


 そしてそのうち俺は壁に追い込まれてしまった。

 なんていうかクラクラする。圧倒的に血が足りてない。

 それでもヤバイと感じないのは、俺の思考能力が低下してる証だろうか。


「それがエクスカリバーの能力の一つだ。

 エクスカリバーは、相手の危機感を削る」


【あー、そういやあッたなァそんな能力!】


 危機感を削るだと? 一見弱そうに感じる能力だけど、かなり厄介な能力じゃねそれ?

 なんで能力のことを教えてくれたのかは分からないが、聖剣らしからぬ気持ち悪い能力だ。


 バルトは俺の首元に聖剣エクスカリバーを突きつけて言った。


「チェックメイト。

 レイヤより僕の方がシャーラを守る力がある。君を殺すつもりはない。大人しくここで退いてくれ」


「……それはこっちのセリフだ。後ろ、見てみ」


 俺はそう言ってくいと顎を動かす。

 バルトは「え?」と言って首だけ後ろに振り向いた。

 もちろん、後ろに何があるって訳でもない。

 しかし今のバルトは隙だらけだ。


「戦闘中に余所見か!」


 俺はバルトの顎に拳を叩き込む。


「ぐぅっ……、ひ、卑怯だ!」


 体勢を崩したバルトに連撃。俺はそのままティルフィングでバルトの手を斬った。

 血しぶきがあがり、バルトの手首は落ちる。


「あがああああ!!!」


【バルト!? クソッ! 貴様の主人は質が悪いぞ!】


【血がうめェェェェェェェェ!!!!】


 同時に宙に舞った聖剣を、俺はティルフィングで薙ぎ払い、横に飛ばす。

 次に俺はバルトに足払いを掛け、地に転ばす。


「あ゛ぁぁぁぁ!!」


 バルトはない手を抑えてのたうちまわった。

 それを見たルーシェとアイリンかバルトの元に駆けつけてくる。


「バルト!!」「大丈夫!? 今治すから!!」


 美少女達の泣きそうになった顔を見ると、俺は少し申し訳なさを感じてしまう。

 魔法で治せるくらいの攻撃で済ませてやったんだから勘弁して欲しい。


【何を気にすることがあるんだよ、死んだ訳じゃねェーんだから】


「べ、別に気にしてねーし」


 意地を張る。


 とりあえずバルトがあの状態の隙に俺はシャーラの元に向かった。

 その際、ルーシェとアイリンに凄い眼光で睨まれたが、気づかぬふりをした。


 シャーラの元まで辿り着くと、俺はバッと両手を広げる。

 シャーラは訝しそうな目つきで俺を見た。


「……何やってるんですか?」


「逆に何やってんだよ! 俺の胸に飛び込んでこいよ!」


「え、えぇ……」


「早く!」


「し、仕方ないですね……」


 シャーラはそう言って俺にそっと抱きついた。


「え? マジで?」


 冗談のつもりだった俺は予想外の出来事に驚く。

 シャーラの良い匂いが俺の鼻をくすぐった。なんでこいつはこんなに良い匂いがするんだろうか。


「も、もういいですか?

 恥ずかしいです……」


「え? あ、ああ、うん」


 俺が歯切れ悪く答えると、シャーラは俺から離れる。

 その赤くなった顔を見ると、俺も恥ずかしくなって顔が少し火照ってしまった。


【なに敵の前でイチャついてんだよ!!】


 ティルフィングの声でハッとなって勇者達の存在を思い出す。

 兵士達を片付け終えたラインが、部屋の壁にもたれ掛かってニヤついてるのも見えた。


「……い、行こうか」


「は、はい」



ーーー



 シャーラをおんぶして部屋を出た俺はラインと共に城の廊下を走っていた。


「で、次は宝物庫だね」


 ラインはそう言ったが、俺はシャーラを無事助けれたことですっかり満足してしまって、仕返し云々はもうどうでも良くなっていた。


「あー、そうだな」


「なんか乗り気じゃないね、順番間違えたかなぁ」


 ラインはシャーラに視線を移す。するとシャーラは俺の背中を少し強く握った。

 あの時のことがあって、シャーラはラインが怖いらしい。


【そもそも宝具で隠されてたらどうしようもねェよ! 大人しく立て直すんだな!】


「その通りかもしれないね。うん、諦めよう」


「そんな簡単に諦めていいんすか?」


「もうすぐ街のギルドからも援軍が来るだろうし、いつ帝達が現れてもおかしくないからね。

 さすがにそんな高いリスクまで冒したくない」


 なるほど。

 しかしラインの顔を見ると、まだ少し未練が残っている感じだった。

 が、俺には関係ない。

 これ以上ここに留まるのはラインの言うとおりリスクが伴う訳だし、勇者もいつ復活してもおかしくない。

 今のコンディションじゃあまた勇者を相手にするのはキツイので、やはりさっさと逃げておいた方が良いのだ。


 俺がまだ仕返しに拘っていたとしても、シャーラの身を案じて同じ考え方をしていただろう。


「なら、逃げるか」


「そうだね」


 丁度前から新たな兵士が迫ってくるのが見えて、俺達は廊下の窓を突き破って外に出た。


 飛び散ったガラスの破片と一緒に二階のベランダガーデンに着地すると、そのまま駆けてそこからも飛び降りた。

 堀に貯められた水をギリギリ飛び越えて着地する。

 シャーラに衝撃が行かないように着地時に足のバネで大きくクッションした。


【後ろに気ィつけろ!】


 ティルフィングの声で振り向くと、追いかけてきた兵士達がベランダで弓を構えていた。


「振り切るよ! このまま外壁を出よう!」


「おけ!」


 飛んでくる矢なんて気にせず走り出す。

 そのまま下っていくと俺達は城下町に出る。

 家の屋根のに飛び乗り、点々と渡っていった。

 外壁に近付くと、俺はラインを置いて一気に地を蹴る。


 そして壁の上に着地すると、一旦シャーラを地に下ろした。


「どうしたんですか?」


「お姫様抱っこに切り替えや」


「……えぇ、なんでですか? おんぶの方がいいです……」


【おんぶでこの高さを下りるのは危ねェからだろ】


 そう、ティルフィングの言う通り、さすがにこの高さからの着地となると、おんぶでは衝撃を緩和しきれないのだ。


 渋々と言った様子で俺の前に立ったシャーラを抱え、俺は外壁から飛び降りる。シャーラは小さな悲鳴と共にきゅっと俺の服をつかんだ。

 シャーラを見ると、強く目を瞑っている。


 風を受け、シャーラの髪が俺の顔をくすぐった。

 俺はその匂いを堪能しながら落下していく。

 そして着地。


「ふぅ」


 息を吐く。

 なんとか綺麗に着地できた。


「っと、レイヤはこれからどうするの?」


 後から降りてきたラインが俺に声をかけた。

 俺はシャーラを地面に下ろしてから振り返る。シャーラはラインから隠れるように俺の後ろに付いた。


「そうだなぁ、どうしたことかねぇ……。また旅でもするかねぇ……」


 本来ならまだまだ学園生活をエンジョイしてるはずだったんだけど、それはもう無理なので、また当てもない旅を始めるしかない。

 まあ旅は旅で楽しいから全然構わないんだけど。


「逆にラインはどうするんたよ?」


「俺はちょっと行かないといけないところがあるんだ。だからここでお別れだね」


「ふーん」


 ラインとはこれを最後に一生会わないかもしれないな。

 いや、なんだかんだでまたばったり会いそうだ。こいつと会えても全然嬉しくないけど。


「それじゃ、追手が来る前に逃げとくよ」


「ああ」


 俺に笑みを向けてから踵を返したラインは、手を口に持っていってピィーと口笛を鳴らした。

 すると、丘の向こうから馬が走ってきた。

 その馬はラインの目の前で止まり、ラインはそれに跨った。


「それじゃあね」


 それだけ言って、ラインは馬に鞭打つ。馬は走り出し、みるみるうちにその姿は小さくなっていった。


「……で、俺らどうするよ。どこいく?」


「レイヤが決めてください」


「んなこと言ったってこの世界のこと全然知らねーしなぁ……」


 そういえばこいつ、海が見たいとか言っていたな。


 ふとそんなことを思い出した俺は、すでに口を開いていた。


「海だな。海でもいくか」


「賛成です」


 シャーラの声のトーンが少しだけ上がった。



【ところでお前、ルルはどうすンの?】


「あ」


 すっかりルルの存在を忘れていた。そういえばルルもいるんだった。


「ルルって誰ですか?」


「えーっと、そのね……。なんて説明したらいいか」


 ルルは水帝だ。

 でもシャーラからしたら帝っていうのはやっぱり嫌なんじゃないだろうか。つーか絶対に嫌だろう。

 同じ旅の仲間になるわけなんだから、シャーラとは仲良くしてもらわないと困る。


 さて、どう説明するべきか。

 惚れられたから連れていきます、なんてのは勿論ダメだろうから、この際多少の嘘くらい良いだろう。色々カバーしないといけない点がある。


 と、思っていたのだが……


【水帝さ! こいつがお前の居場所を……】


 ティルフィングが事情を全て懇切丁寧に説明してしまった。

 何度もこのふざけた魔剣を黙らせようとしたが、止まるわけがない。


 結果、ゴキゲンだったシャーラの機嫌は最底辺にまで落ちてしまった。


「へー、そんなことがあったんですね。それで遅かったんですか? 水帝とイチャイチャしてたから」


 シャーラは俺と視線を合わさない。声も低かった。


「ち、違うんだよ、マジで」


 そう言って俺はシャーラに手を伸ばす。するとシャーラはその手をパッと払った。


「触らないでください、色魔」


 ひでぇ……。


【ザマァ!!】


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