ディグレイヤ!
俺が入れられた牢屋の周りには看守の目がいくつも光っており、極めて脱出は困難な状況だった。
手には鉄の鎖、足には重い足枷、まさかこんな事を体験できるとは思いもしなかった。
だけど手の鎖はジャラジャラとうるさいし、足枷も動きにくいのでそろそろ飽きてきている。
壊すか。
そう思った俺は手を高く上げ、そのままピンと伸ばした鎖を膝に打ち付ける。
すると鎖はガキンという音と共にたやすく千切れてしまった。すごい、俺。
足枷の方も同じ様に潰そうとすると、先程の音で看守が気づいたのか、俺の元まで来て怒声を浴びせた。
「何をやっている!」
俺はすぐさま手を重ねて、鎖がちぎれていないように見せかける。
「鎖を壊そうとしていたのか、だが無駄だぞ。その鎖は特別性だ」
マジか、壊しちまったわ。
心の中でそう思うが、口には出さない。
看守は嫌な笑みを浮かべてまた巡回に戻っていく。
さて、俺があからさまに戦闘を避けている理由を述べよう。
先程鎖を壊したところをみてもらえば分かると思うが、多分俺はそれなりに強い。少なくとも雑魚相手には無双できるはずだ。
だけど、それは所詮雑魚相手の話。魔法とかジャンジャン使ってくる相手に身体能力だけでどこまで戦えるか分からないうちはなるべく戦闘をしたくなかったのだ。
だから、俺が戦闘をするのは創造がある程度できるようになってからにするべきだと考えている訳である。どの口が言うんだと思うかも知れないが、意外と慎重なのだ俺は。
で、そんな俺が牢屋ですることと言ったら一つしかない。
創造の練習だ。
「おい、新参。なにしてやがる」
ふと、俺が練習を始め出した頃にそんな声が掛かった。
この牢屋には俺一人しかいないのに対して、向かい側の牢屋には何人も囚人がいる。
だから一人でこんにゃくという謎の物体をポンポン出し続ける俺は彼らにとっても面白い見世物のようだっただろう。だからそんな声をかけてきたのだ。
「そんなことより看守が来ないけどどうなってんの?」
「多分サボってるんだよ。どうせこの牢屋からはでれねぇしな」
なるほど、確かにこれだけ厳重そうな牢屋なら看守なんて正直いてもいなくても一緒か。
「ところで新参、それはなんだ?」
「こんにゃくだ。食べますかね?」
「マジかよ!?」「うそだろ!?」「よこせ!」
俺がそう言った途端に興味無さそうだった囚人達も鉄格子をガンガンと叩き、こんにゃくを欲しがった。
「ここんところロクなもん食ってねぇんだ!」
「これあんまり美味しくないんだけどな」
まあこんなものいくらでも出せるんだしあげてもいいか、そう思って俺はあっち側の牢屋にこんにゃくを創造しまくってやった。
すると囚人達はすぐさまそれに群がり、むしゃむしゃと食べる。それを見た俺も腹が減ってきたのでこんにゃくを食べた。
「ホントだ、あんまうまかねぇなこれ、まあないよかマシだが」
そんな文句を言いながらも創造したこんにゃくはあっという間になくなってしまった。
そして俺は感謝の言葉をかけられ、すっかり英雄扱いとなっている。
そうだ、せっかくだし異世界の情報収集がてら俺はこの囚人たちと世間話でもすることにしよう。創造の練習はいつでもできるし。
「脱獄とかしないのか?」
「無理無理、ここにいるうちに体力も魔力もなくなって、もうそんな気力ねぇよ」
「へー、じゃあ一生ここで暮らすのか」
そこで沈黙が生まれる。
中々シビアな事を言ってしまったみたいだ。少し気まずくなる。
「そもそもなんでここにいるんだよ、いや罪を犯したんだろうけどさ」
「違う、俺らは罪なんておかしちゃいねぇ」
「え? じゃあなんで?」
「俺達が……、秘密を知っちまったからさ」
秘密か、中々興味深い。
「詳しく聞かせてもらおう」
「……いいぜ」
ーーー
聞くところによると、この世界の勢力は大きく2つに分かれているらしい。
一つは魔王勢力。もうひとつは人間だ。
魔王討伐を目指して世界的にギルドなどの組織は活発になっている。
そしてこの国では本格的に魔王討伐に乗り出すために、『勇者召喚』を試みようとしていた。
その勇者召喚にはかなりの魔力を必要とし、一般市民に魔力を収めさせたり、囚人達からも魔力を絞り尽くしたりしている。
そしてその勇者召喚の裏には、勇者を使って魔王討伐後に世界征服を狙おうという国王の企みがあり、それを知ってしまった人たちが投獄されているのだ。
「でもお前が逃しちまった奴等は本物の大罪人だからな」
らしいそうだ。
「つか今はお前ら魔力補給の道具に使われてるんだろ? 勇者召喚したらその後はどうなんの?」
「……多分殺される」
「わお、かわいそうに」
「お前も殺されるだろうが」
「俺は上に行くよ」
どこぞの王子様じゃないけど。
「できっこないさ」
囚人達との話はそこで途切れ、俺は創造の練習に戻ることにした。
ーーー
いい目覚めだった。それもこれも全てこのフカフカベッドのおかげだろう。時計がないから分からないが、だいたい5時間くらい寝た気がする。お向かいの囚人達が寝静まっているところを見ると多分もう夜だろう。
俺は大きく伸びをし、ベッドから降りると足元にある大量のこんにゃくにげんなりした。
寝る前にこれでもかってくらい創造の練習をしたのだ。そして俺はその過程でベッドの創造に成功した。
他にも色々試してみた結果、この能力を段々と理解できてきた気がする。
まず、はっきりイメージ出来ないものは創れない。考えるだけではなく、どこに創造するか、それがどんなものなのか、どういう構造でどんな力を発揮するのかなどを、ある程度しっかりイメージをしなければならないのだ。
これが案外難しくて、なかなか出来ない。だけど物体などイメージしやすいものは創造もしやすいことが分かった。
俺に欠けていたのは想像力妄想力ということだ。オタクとして恥ずかしいばかりである。
そして、この能力の一番の枷は、体力が減ること。精神力っていうのだろうか、とにかくこんにゃく程度なら気付かなかったが、ベッドを創造した時に若干だが確かに倦怠感というか疲労感のような物が俺を襲ったのだ。
つまり、創造する物によってMP的な物が削られる。
言うまでもないが、失敗時にこんにゃくが出る謎については未だ分からない。
さて、目も覚めて頭も冴えて来たことだしそろそろ脱出するか。
そう思った俺は足元のこんにゃくを避けながら鉄格子の前まで向かう。
反対側の牢屋からは、創造の練習中はアホみたいにうるさいリアクションをとっていたのに、今やいびきしか聞こえてこない。
起こすのも申し訳ないから俺は静かに牢屋を出ることにした。
「ホォアタタタタタタタタタタ、ホワタァ!!」
――北斗ッ、零矢百裂拳!!
俺が放った技により、というかただのパンチの連続により、鉄格子はいとも簡単に破壊できてしまった。
しかし、思いもよらずうるさくなってしまったので囚人達が起きてしまったようだ。
「なんだよ今の音は!?」「なにかあったのか!?」「なんだなんだ」「やいのやいの」
次々と囚人達が起きていき、波紋のように広がっていったのか、最終的にはこの牢屋付近だけではなく地下牢全体が囚人達の声でうるさくなった。
そこで俺は言い放つ。
「おまえらァ!! 脱獄するぞォォ!! 俺に任せろォ!!」
俺のその声で一度あたりは静まり返る。そして一時の間が空いたあと
『オオオオォォォォォォォォ!!!』
地下牢はうるさいなんて騒ぎじゃなくなった。
ーーー
ドラポンクエスト御用達のあのカギを創造した。そう、盗賊様のカギである。
ファイナルキーの方だと体力消費が激しそうなのでこっちを創造したのだ。
これじゃ開かないだろうなぁ、なんて思いながら鍵穴にぶっ刺して回してみると案外解錠できてしまったので驚いた。
まだ俺の物語としては序盤だから盗賊様のカギで解錠できたのかなぁなんて納得しておく。
その時の地下牢の盛り上がりと言ったらもう言葉では表現できないレベルだった。俺は片っ端から解錠していき、やがて全ての囚人を開放してやった。
しかし、そこで異変を感じた看守達の登場だ。
だが、そこは人海戦術。俺は囚人達の波に紛れて出口へと向かう。もちろん、たった数人の看守達にこの人数の囚人達を処理することなどできず、俺達はどんどん出口へと近づいて行った。
ここまでは順調だったのだ。しかし、物語にアクシデントは付き物。予想外の事態が発生する。
前方を走っていた囚人達が次々引き返してきたのだ。
「ヤバイ!! 騎士長が来たぞォ!!」
いったい何事かと困惑していると、そんな叫び声が聞こえてきた。
それを聞いた周りの囚人達も慌てて引き返していく。
なるほど、騎士長ときたか。
俺は自分たちの牢屋へ帰っていく囚人達を横目に腕を組む。
さて、どうしたことか。てか根性なさ過ぎだろこいつら。
いや、それだけ騎士長がヤバイやつなのか?
だとしたら俺も交戦は避けたい。でもどうやって逃げる?
そうだ、掘ろう。
下から逃げればいいんだ。
思いつくやいなや、俺は両手にドリルを創造して、地面を掘り進んでいく。
掘った後は創造で元に戻しておき、バレないようにする。俺も創造能力が大分板に付いて来たようだ。
とりあえず音でバレるのは避けたいので、俺は地中深くまで掘り進んだ。
しばらく掘り進むと、土の中なのにいきなり底が抜けて、俺は落下してしまった。
しかし、落下といっても割りとすぐ下に地面があって、楽に着地できたが。
どうやらまた意味の分からない場所を掘り当ててしまったようだ。
周りを見渡したところ、どうやらここは通路のようだ。地下牢の全貌を把握できてないから分からないのだが、こんなところに通路があるってことは結構大規模な地下牢なのだろうか。
なんにせよ一旦騎士長とやらから逃げられたことは確かだ。
しばらく通路を歩いていると扉のような物が見えた。
そこまで小走りで行くと、まじまじとその扉を見る。
中に誰かいる気配はないが、これは開けていいやつなのだろうか。見た感じ結構やばい雰囲気がでている。
まあ開けるんだけど。
俺は扉を蹴開ける。扉は結構重たかった。
そしてそこに現れた景色は少し異様なものだった。部屋なのは部屋なのだが、真ん中におかしなものがある。
棺桶だろうか? とにかく縦長い箱がぽつんと真ん中に立っていたのだ。
通路としてはこれ以上先はないが、これはなんのための部屋だろうか?
見たらわかる、あの箱に何か秘密があるのだ。
どちらにせよここまで来たらあの箱を開けるしかないな。
そう思った俺は箱へと近づいていく。
いや、これって開けていいのだろうか。
分かんねぇ、俺にはわかんねぇ。でも俺に言えることは俺がこれを開けたいってことだけ。
ま、とりあえず開けるか。
ガチャリと、案外簡単に箱は開いた。
そこから出てきたのは銀色の髪をした女の子だった。