アバンダントエクスプレッション
荷物が多くてその上たいまつを持つのは面倒なので、俺は水帝に魔法で前を照らしてもらっていた。
水帝は俺の上げた毛布を肩から被って顔だけ出している。
その横に、周辺を明るく照らす光の玉がふわふわと浮いていた。
水帝は勝手に付いて来てるのだから、その分仕事をして貰わなければならない。
最初は嫌がったが、置いていくぞと脅すとすぐに魔法で照らしてくれた。
水帝は何分かに一回くらい俺の方を振り返る。
ちゃんとついてきているか心配なのだろう。
狭い道を抜けると、水帝はだんだんと歩くペースを緩めて俺の隣を歩き出した。
どうやらどうしても俺を視界に入れておきたいらしい。
「これが水帝かよ」
【全くだぜ】
まあさっきまでは狭い道を進んでいたから前を歩いてもらってただけなので、広い道に出た今、水帝が横を歩いたからって不便はない。
ふと思ったんだが、今なら置いていくことを脅しに、水帝を尋問できるんじゃないだろうか。
そう思った俺はさっそく口を開く。
「なぁ水帝。シャーラ……いや、魔力源泉は本当に王都に送られたの?」
「……どうして私がそれに答えないといけないの?」
「あ、そう」
「あっ……」
俺は足を早める。
水帝も頑張って着いてきたが、俺が走り出した頃にはついて来れなくなった。
「ま、待って! 言う! 言います!」
その言葉を聞くと、俺は立ち止まって水帝を待った。
「で、王都に送られたの?」
「……う、うん」
そうか、それは良かった。
これで一つ心配は解消されたわけだ。
「今度はなんで魔力源泉が必要になったんだ? また大量の魔力が必要になったんだろうけど」
明らかにこいつらは俺を殺すよりシャーラを優先していた。
つまりシャーラが必要な事態にまた陥っているんだろう。
「それは流石に……」
走り出す。
「ま、待って! お願いだから!」
また止まって水帝を待つ。
【扱いやすいなァ】
「ああ」
にやりと口元を吊り上げる。
水帝が追い付くと、俺は問いただした。
「で、なんで?」
「……魔力源泉は元々魔王の私物だったの。
そして彼女はそもそも人間だったんだけど……」
「ストップ。やっぱいいわ」
俺はそう言って水帝の言葉を妨げた。
あちゃー、いらないことを聞いてしまった。
元々魔王の私物だったとか人間だったとかどういうことだよ。
めちゃくちゃ気になるぜ……。
それでも俺が水帝の言葉の続きを止めたのは、そういう事情はシャーラ本人から聞きたかったからだ。
「ど、どうして?」
【こいつにも色々あんだよ】
元々魔王の私物だったってことはシャーラは魔王からも狙われてるのか?
というより、なぜシャーラを連れ去ったかと聞いて、前置きのようにその話をしたんだから魔王絡みなのは確定的だろう。
俺の敵は多いってことだろうか。
だとしたらやっぱり水帝から色々聞き出しといた方がいいでは?
「……魔力源泉自体の話はどうでもいいから、なんで必要なのかだけ教えてくれ」
「え、えぇー、やっぱりいいって言ったのに……」
沈黙。俺は水帝の瞳を見つめる。
勿論、言わなきゃ置いてくぞという意味でだ。
すると水帝は観念したと言った様子で口を開いた。
「……ホントは私も詳しくは知らないんだけど、3日前から急にあなた達の捜索に力をいれだしたの。
それまではどちらかというと、あなたの方を主に探していたのに、宝具奪還という命が私達に下されたわ。
噂によると魔王を対話の席に着かせるための鍵になるとか……」
なるほど、水帝にすら詳しく知らされないレベルの情報か。
てか箱に詰めるんじゃねぇーのかよ。
でも場合によると笑えない事態かもしれない。
こいつが嘘の情報を俺に教えてるってことは……
「ほ、本当の話だからね?」
ないか。
俺が唸っていると、今度は水帝が俺に問を投げかけた。
「あなたにとって魔力源泉は国を敵に回してまで取り返したい存在なの?」
「そりゃあな」
間髪入れずに答える。それをさらに間髪入れずに問われた。
「どうして?」
「バカみたいな質問だな。
そういうのを愚問って言うんだぜ。その質問には答えない」
それで水帝は黙り込み、沈黙が訪れた。
俺達は黙々と前に進む。
魔王とシャーラ。どういう関係なんだろうか。
魔王を対話の席につかせるための鍵って結構相当だ。
……考えるのはやめよう。まず助ける、それからだ。
俺達はそれからも歩き続け、森のさらに深くに進んでいった。
そして進むべき道がまた狭くなりだして一列で進んでいた頃、静かだったティルフィングがいきなり大声をあげた。
短く、単発的に。
【あ゛!!!!】
「うおっ!?」
「きゃあ!!」
俺はビクッと肩を震わせ、水帝は俺に飛びついてきた。
水帝はそのままズルズル座り込んで俺の足にしがみつく。
【ブーーッ!! ビックリしたかァ!? 油断禁物ってなァ!!】
「ざっけんな! しょんべんチビりかけたわ!」
マジでびっくりした。ティルフィングは会話がないと、たまにこういうことをしてくるのだ。
水帝に関してはびっくりしすぎてこのザマである。
「ハァ……、ハァ……、どうしてそんなことするの?」
「ティルフィングにそんなこと聞いても無駄だ。
ほら、早く立て」
俺は水帝を引き離して再び歩き出す。
しかし、水帝がついてくる気配は無かった。
俺は振り返って水帝を見る。
「た、助けて……こ、腰が抜けて、立てないの……」
【ギャハハハハハハハ!!!】
「どんだけびっくりしたんだよ。
もういい、お前置いてくわ」
俺は踵を返して歩き出す。流石に腰を抜かした奴を連れて歩くのは面倒だ。
灯りは仕方ない、たいまつを焚こう。
「待って! お願い待って! お願いだからぁ……」
後ろからすすり泣く声が聞こえた。
俺はものすごい罪悪感に襲われて、足を止めた。
【クックック……】
「笑うな」
気づけば引き返して水帝のところまできていた。
「……ひぐっ、えぐっ……」
マジ泣きじゃん……。
俺はしゃがんで水帝に背中を差し出した。
「……ほら、おぶってやるよ」
「……ふうっ、ひっく……」
泣きじゃくる水帝は声を出そうとするが、しゃくりあげててうまく言葉を話せなかった。
どんだけ怖かったんだよ……。
俺が背中をさすって深呼吸をさせると、水帝はだいぶ落ち着いた。
「……ひっく、……ホントに? おぶってくれる? 置いてかない?」
「ああ、だから泣くな。分かった?」
「……うん」
子供をあやしてるみたいだった。
ーーー
「つめたっ!」
「あったかい……」
俺は水帝をおんぶしてキツい山道を登っていた。
荷物は前に抱き、ティルフィングは腰に下げている。
そんな頑張っている俺に、この水帝は手が冷たいからという理由で俺の首元に手を忍び込ませてきたのだ。
「やめろ離せ。マジ置いてくぞ?」
「ごめんなさい」
サッと手を引く水帝。しかし今度はピトリと顔をくっつけて完全に密着してきた。
「レイヤの背中あったかい……」
水帝のおかげで俺の背中もあったかい。
なんか惚れ薬を飲んでしまった時のシャーラを思い出す。
【すっかり懐かれてるじゃねェか】
本当に当初の警戒心はどこにいったんだろうか。
おぶってやったから俺の認識がヒーローへとクラスチェンジしたのか、さっきからこの調子である。
さっきと言ってももうこうして歩き始めてから随分と経つが。
「水帝お前な……、一応俺は敵なんだぞ?」
【それはお前にも言えることだろ! 敵だから助けなくてよかったンだよォ!】
「そりゃそうかも知らないけどさ……」
こいつが男なら絶対に放置してただろうけど、女があんなに泣いてるのに助けないって訳にはいかない。
せめて不細工なら振り切れたかもしれないんだが、こいつ容姿だけは無駄に可愛いから……。
「レイヤって意外と優しいんだね……」
【違うぜ? こいつは優しいなんてもんじゃねェ。アッマアマの甘ちゃん野郎だ】
「そ、そうなの?」
【そうさ、今までもなァ……】
なんていうかすっかり打ち解けちゃってるけど、俺が王都に攻め込んだりした時、こいつはどう立ち回るつもりなんだろうか。
「ところで水帝、お前名前はなんていうの?」
水帝がいつのまにか俺を名前で呼んでるもんだから、俺も水帝の名前が気になったのだ。
水帝って呼ぶのも少し違和感があったし。
「ルル」
「ルルか。歳は?」
「15歳だよ」
2つ下ですか。
その歳でなぜ水帝になれたんだろうか。炎帝とかはおっさんっぽかったし、やっぱり実力? なんにせよこいつを水帝にした奴はバカだな。
「レイヤは?」
「17」
「と、年上かぁ……」
後ろでそう呟くルル。年上だと何か問題でもあるのだろうか。
すると、ルルは続けて俺に聞いてきた。
「……れ、レイヤは年下の女の子は嫌い?」
【……あ?】
「大好きだけど……何? まさかお前、俺に惚れたの?」
思わず足を止める。
「…………」
沈黙。
「え? マジで?」
この少ない関わりの中で、俺のどこに惚れたんだよ。
本当に惚れてたとしたら吊り橋効果にも程があるぜ。吊り橋的な状況にしたのは俺なんだけど。
「ち、違う!」
……違うか。
期待した分ちょっとショックを受けた。
アニメとかならこれは脈ありなんだけど、これは現実。
この傷はとっととシャーラを助けて、シャーラに埋めてもらおう。
俺は歩くペースを上げた。
ーーー
歩いてる内にすっかり日は登り、朝になった。
森を抜けた俺達は高い丘に出た。
「日差しが眩しいな」
【お前結局一睡もしてないなァ】
「ああ、だけど全然眠くない」
この体、一日の徹夜くらい訳ないのだ。
水帝……ルルは俺の背中で眠りこけていた。スウスウと小さく寝息を立てていて、俺の肩によだれまで垂らしてる始末だ。
途中で眠ってしまって、光の玉が消えた時は焦った。
そんな中、こんな大荷物を持ってここまで来た俺を褒めてほしい。
「起きろルル」
俺は背中のデカいカイロに声をかける。
ルルはすぐに目を覚ました。
いつも中々起きないシャーラとは違うらしい。
「ん……」
「起きたか、じゃあそろそろ降りろ」
俺はしゃがんでルルを地に立たせる。
急に背中が寒くなった。
一晩しょってたから体の一部だったようなもんだ。
「寒い……」
「……俺もだ。
じゃあ俺行くから」
「え?」
朝だし一人が怖いってことは流石にないはずだ。
それにここまで連れて来れば一人で帰れるだろう、水帝なんだし。
だからここでルルとは別れようと思う。
「じゃあな」
アトラクトし、魔力を集める。
そして身体強化を使って、俺は地を蹴った。
【置いていくのか?】
「もうついてきたがらないだろ」
【後ろ見てみろ、ついてきてるぞ】
「は?」
振り返る。
すると、そこには必死に俺に追いつこうとするルルの姿があった。
「今度は何だよ……」
【見たらわかるだろ。ついてきたがってるんだよ】
ルルとの距離はすでにかなり開いていた。
開いた距離の先から声が聞こえてくる。
「ま、待って! レイヤ! 待って!」
俺はため息をついて渋々足を止めた。
ティルフィングはそんな俺を鼻で笑う。
そして、今度のルルは俺に追いつくのに時間が掛かった。
「……今度は何すか?」
「ハァ、ハァ、一緒に、行こうよ……」




