水帝フラグメント
森の中。パチパチと燃える薪。
俺は薪のそばの石に腰掛け、体を温めていた。
あれから水帝を抱えて走りに走り、すっかり夜になってしまったのだ。
水帝もそうだが、カバンもあるのでそれを抱えて走るのは中々しんどかった。
だけどかなり進んだはずだ。
後2日もあれば王都に着くと思われる。
土地感とか全然分からないので、大まかな値だけど。
それにしても転移魔法とは卑怯な魔法だ。
俺は木のそばで横たわる水帝を見る。
「こいつ、寒くねーかな」
【そんだけ毛布でくるんでるんだから大丈夫だろ】
「それもそうか」
夜はかなり冷える。普通に冬レベルで寒い。
俺も凍えそうだった。
【お前は寝ねェのかァ?】
「寝ない。このまま朝まで待つ」
森の中だ。魔物が現れたりするかもしれない。
というよりすでにその気配がある。
近づいてくる様子は無いけど、隙を伺っているのだろうか、さっきから俺の周りをウロウロしている。それも複数で。
【今日はオレに気にせず寝ていいぜ】
「お前のためじゃねぇよ」
【ああ、さっきから周りにいる気配か。
多分大したことないだろ、オレが一発吠えりゃあ逃げるさ】
それはそうかもしれないけど、純粋に俺が眠れないってのもあるのだ。
なんせシャーラが心配すぎる。
進もうにも真っ暗で何も見えないし、早く朝にならないものか。
そう思ってた時、森の奥から唸り声が聞こえてきた。
それとほぼ同時に、先程の複数の気配が消え、ガサガサと葉が擦れる音が近づいてくる。
【オイ、なんか来てるぞ】
「……ああ」
俺は腰を上げ、気に立てかけていたティルフィングに手を伸ばす。
そして引き抜き、気配の方向へ剣を構えた。
【うるせェ唸り声だなァ!】
「お前のほうがうるさいけどな」
森の奥の唸り声がさらにうるさくなる。葉がこすれる音も更に近づいてきた。
俺はティルフィングをグリップを握りしめる。
【そろそろ突っ込んでくるんじゃね?】
ティルフィングがそう言った瞬間だった。
森の奥から一陣の風が吹き抜ける。
そして一匹の巨大な獣が俺めがけて突っ込んできた。
【シルバーウルフだ! あいつの血はうまいぞ!】
俺は突っ込んできたシルバーウルフを躱す。
シルバーウルフはそのまままた森の奥に消えてしまった。
しかし、気配はまだ残ってる。
闇夜から俺を狙うらしい。
「逃げるぞ」
そう言って俺は鞘にティルフィングを戻す。
【あ? なんでだよ】
「あいつの腹を見たか? 子を孕んでる」
【ハァ!?】
俺は方向転換し、荷物を持つ。
そして水帝を抱きかかえようとしたのだが、丁度その時、水帝が目を覚ました。
「ぅ、うぅ……」
仕方ないので俺は毛布ごと水帝を担ぎあげ、走り出した。
しかし案の定暴れだす水帝。
俺は構わず走ったが、真っ暗で足元が見えないから何度も転びかける。
そして、後ろからシルバーウルフも追いかけてきていた。
水帝が暴れるもんだから、俺はとうとう足を踏み外し、転んでしまった。
その転んだ場所も最悪な所だった。
そう、暗くて見えなかったが、そこは崖になっていて、ちょうどそこで転んだ俺は水帝もろとも真っ逆さまな訳だ。
まあどちらにせよあのまま逃げていたら崖から落ちていたとは思うが。
「きゃ、きゃぁぁぁぁ」
いきなり浮遊感に襲われて驚いたのか、水帝は細い悲鳴をあげた。
下を見ても地面は見えない。
そのまま落ちていくと、そこは川だったようで俺達はどぼんと勢い良く着水した。
あまりの水の冷たさに、一瞬呼吸ができなくなる。
それでも俺は荷物を手放さず、水帝からも手を離さなかった。
なんとか泳いで岸までたどり着き、俺は水帝と荷物をその場に放ってすぐに服を脱ぐ。
「さっむ!! さむ!!」
俺はバスタオルを何枚も創造して、それにくるまった。
薪と炎も創造する。薪の中でいくつかこんにゃくが燃えた。
【逃げなかったらこんなことにはなってなかったと思うぜ】
体を拭き終えると俺は衣服を創造してそれを着る。
「ふぅ、凍え死ぬかと思ったぜ……」
【おい、そいつはどうするんだよ】
ティルフィングがその言葉で俺は水帝の事を思い出す。
水帝を見ると、彼女はブルブルと激しく震えていた。
水帝っていうもんだからそういう水系には強いのかと思っていたが、普通に寒いらしい。
「ほら」
俺は水帝にバスタオルをいくらか創造して、それを投げ渡した。
バサッとバスタオルを被さる水帝。
水帝はしばらくじっとしていたが、やがて震える手でそれを掴むと体を拭き始める。
服もないと困るだろうから、今度は服を創造して投げ渡した。
【お前も甘いなァ……】
「そうだな」
沈黙。
水帝は俺を警戒していて、着替えた後もずっとこっちをみていた。
しかし相変わらず寒いのか、カタカタと震えてる。
「お前もこっち来て薪当たれよ。
寒いだろ」
「……」
俺がそう言うと、無言ながらも水帝は薪の近くまで来た。
やはり相当寒いらしい。近くで見るとその震えがよくわかる。
俺は段々と水帝の必要性に疑問を感じてきていた。
シャーラの居場所が分からない時の保険とは言え、王都にいるのはほぼ確実だし、もし分からなかった場合は一暴れして聞き出せばいいだけだ。
よく考えると水帝いらない。
進むのも遅くなるし、メリットが少なすぎる。
それなりに戦闘能力もある訳なので、近くにおいておくのは危険だし、人質として捕らえておくのもリスキーかもしれない。
そこまで考えた俺は言ってやった。
「ここまで連れて来といてなんだけど、お前帰っていいよ」
僅かな沈黙。
「……え? ……いいの?」
水帝は俺の言葉が信じられなかったのか、聞き返してきた。
勿論俺はそれに対して首を縦に振る。
「いいよ」
「……本当に?」
「ああ」
「私、帰るよ?」
「しつこいな、いいって言ってるだろ。お前には便利な転移魔法があるじゃないか」
……待てよ?
こいつの使う転移魔法で、王都まで行くことはできないのだろうか?
パドルに転移魔法で学園長室まで連れてってもらったことがあるから、一人しか飛ばせないわけはない。
つまり、ここで水帝を逃がすと見せかけて、その転移魔法に便乗する。
完璧だ。
俺は口元をニヤリと歪める。そして水帝を横目で見た。
が、この水帝、一向に逃げる気配を見せない。
薪をじっと見つめていた。
水帝も馬鹿じゃないだろうから、俺の考えを読んで警戒してるのかもしれない。
いや、それならいくらでも対処のしようがあるだろう。俺から全力で離れて転移魔法を使われたりされたら俺もそれに便乗出来ないわけだし。
ならなぜ逃げないのだろうか。
そんな時、ティルフィングから思わぬ情報が入ってきた。
【レイヤ、実はなァ……】
「うん」
【転移魔法は正確な現在地がわからないと使えないんだよォ!!
つまりそいつは今、逃げたくても逃げれないわけだァ!!】
「え? そうなの?」
俺は水帝さんの方を見る。
水帝の悔しそうな顔を見るに、本当なのだろう。
これで俺の宛は外れたわけだ。
なら歩いて帰れば? なんて言おうとしたけど、この暗闇の中を進むのはさすがに怖いはずだ。
それにここがどこかも分かってないんじゃ帰りようもない。
というよりさっきの逃走のせいで俺さえもここがどこか分かってない。
とりあえず地図で再確認しとこうと思った俺は、ビショビショになったバックを引き寄せる。
それで中身を漁ると、案の定ビショビショグチャグチャになった地図がでてきた。
まあ場所は分からなくとも、大体の方角くらいは分かるので問題ない。
飛んでる鳥を捕まえて道を聞いたりすることも俺にはできるのだ。
でもビショビショになったカバンを持つのは嫌なので、俺は燃える薪の近くにカバンを置いて乾かすことにした。
水帝は自分の肩を抱いて小さく縮こまっている。
俺を警戒してか、薪との距離も少し遠い。
【なんか惨めだな】
確かに。
ティルフィングのその声を最後に沈黙が訪れた。
俺はパチパチと燃える薪を手をかざしながら見つめる。
シャーラは大丈夫だろうか。いや、大丈夫な訳がない。今頃またあの箱に詰められているかもしれないのだ。
あそこは寒くて怖いらしい。
だから早く助けに行ってやらないと。
ふと思ったんだが俺はシャーラのことを全然知らない。
シャーラは俺の過去の事を結構聞いてきたりするのだけど、シャーラの過去については全く聞いたことがなかった。
隠しているような雰囲気があるので俺からは聞かないが、結局あいつは何者なんだろう。
宝具としてどこから生まれて、どこからやってきたんだろう。
……どうでもいいことかもしれないな。
……、……ダメだ。
「やっぱ朝を待てないわ、進もう。たいまつでも焚けばいけるだろ」
俺は立ち上がってそう言った。
朝まで待つことにしてたんだけど、シャーラのことを考えると時間が過ぎていくのに妙な焦りを感じてしまう。
【オレは体を休めといた方がいいと思うぜ。焦っても仕方ねェ】
「気を紛らわすために少しでも歩きたいんだよ」
【寝ろよ】
「ダメダメ、行くぞ」
【ったく! 仕方ねェなァ】
俺はティルフィングを背負い、その上から創造したローブを着る。
【オイ!! 見えねェ!】
ティルフィングの声がフードの中で反響して鼓膜に響いたので、俺はフードをとる。そしてティルフィングを深く背負って柄だけ外に出してやった。
ビショビショの荷物も背負い、俺はトントンと靴のつま先を揃える。
【水帝はどうすんだ?】
「そりゃ置いていくよ」
【だろうな】
俺は毛布を創造して、水帝に投げつける。
それは水帝にバサッと被さり、顔を隠した。
水帝はそれを退けて俺の顔を見る。
「じゃあな。
なんかごめんな、水帝」
攫っておくだけ攫っといてここに放置なんて普段のジェントルマンレイヤなら絶対にしないことだが、今回ばかりは仕方ない。
それに仮にも水帝なので、これくらい何とか出来るだろう。
「ま、待って!」
俺が踵を返して歩き出した所で、後ろからそんな声が聞こえた。
俺は振り向いて聞く。
「なに?」
「わ、私をここに置いていくつもりなの?」
「そりゃそうだ。お前もそっちの方がいいだろ?」
「そ、そんな……」
すごく絶望した顔をみせる水帝。何が嫌なんだろうか。
「ティルフィング、これはどういうこと?」
【さァ? 大方怖いんじゃねェか?】
「そうなん?」
俺は水帝の方を向いて聞く。
すると水帝は俯いて答えた。
「そ、そんなことない……」
それを聞くと俺は歩き出す。
俺もぶっちゃけこの夜の森は怖いし、気持ちはわからんでもなかったのだけど、怖くないなら何だって言うんだ。
「お、お願い! ま、待って!」
するとまた俺は呼び止められた。
しぶしぶ振り向く。
「……なんすか? やっぱ怖いんすか?」
「……だ、だって、おばけとか出るかもしれないし……」
あ、こいつ面白い。