卒業
「シャーラを返せ」
「何を言う。お前のものではない」
俺はこちらまでゆっくりと歩いてくる炎帝を睨みつける。
実況の人や生徒会長、近くにいる奴だけは事の深刻さに気づいたようで、いつしか実況の人は実況するのをやめ、生徒会長は口をパクパクさせるだけになり、他に近くにいた生徒達は闘技場から慌てて逃げてしまった。
クラス0の奴らだけは残っていたのだが、状況を察した教師が連れ去っていった。
「怒るぞ、返せ」
思考が全く安定しない。
シャーラが捕まったことを考えると頭がパンクしそうになるくらい思考がいり乱れるのだ。
今、何をしていいかわからない。
それだけ切羽詰まっている。
「上を見てみるがいい」
炎帝がそう言ったが、俺は上を見なかった。
2つの魔法陣が上空に浮かび上がっているのは地面の影で気付いていたからだ。
おそらく雷帝、水帝が来たのだろう。
そしてその予想は当たっていて、数秒後にその二人が炎帝の傍に着地した。
パドルも瓦礫の中から起き上がって、こちらまで歩いてくる。
「観念しろ。いくらお前とは言え、我々4人が相手だ」
「なんでだよ……。シャーラはもう用済みなんだろ……。自由にしてやってくれよ……」
「魔力を無限に供給できるシロモノが用済みになると思うか?」
炎帝のその言葉を聞いて、俺は膝を地につけた。
そしてそのまま手をつき頭を下げる。
「……なんのつもりだ? 命乞いか?」
「お願いします。シャーラに酷いことしないでください」
「レイヤお前……」
パドルが何か言いかけたが途中で止める。
そして炎帝の無慈悲な言葉が投げられた。
「大罪人には一切の希望も与えるつもりはない。
あの宝具は一生箱の中だ」
「分かった」
俺は立ち上がる。
つまり、シャーラは殺されないってことだ。
それだけ聞ければいい。炎帝はむしろ俺に希望を与えてしまったようだ。
俺が下座ってる間に攻撃しなかったのを一生後悔することになる。
俺の目が攻撃的になったのを見て、炎帝は一気に俺まで距離を詰めてきた。
俺は一瞬でそれの後ろに回り込み、首元に肘を打ち付けた。
「ガァッ……!」
次にくるりと体を回し炎帝の再び正面に回り込むと、俺は拳を思いっきり鳩尾に叩き込む。
そして血を吐いて崩れ落ちそうになったところで炎帝の髪の毛を掴み、地面にその顔を叩きつけた。
大砲が着弾したかのような大きな音が闘技場に鳴り響く。
炎帝もそのまま動かなくなった。
俺は服についた砂埃をパンパンと払う。俺は残った三人を睨む。
後退る雷帝と水帝。
パドルだけは眉をひそめて俺を見ていた。
「……こっち来んなよ。今は手加減とかできない」
そう言って釘をさすと、俺は踵を返す。
が、パドルは構わず突っ込んできた。
俺はバク転し、パドルを蹴り上げる。
俺のつま先はパドルの首筋をかすめ、通過する。
つまり、躱された。
俺は土を掴んでそのまま地面を押して跳ねる。
空中で、強く握った土をパドルに投げつけた。
「ウォール!」
パドルは土の壁が出現させ、土の弾丸から身を守った。
俺はすぐに地を蹴ってその土の壁を突き破り、パドルの胸ぐらを掴む。
しかしパドルは自ら服を破って横に飛んだ。それと同時に腰の剣を抜いて俺の腕を少し切っていった。
「そろそろ身体強化が切れる頃か? 今度は使わせる暇なんて与えないぜ」
「……」
多分、身体強化が切れたら俺はパドルに勝てなくなる。
ギリギリとは言え、今の俺の攻撃に反応した上、反撃までしてくるのだ。
「……レイヤ。
お前はウチのギルドメンバーだ。
正直俺もこの状況をよく分かってないが、お前が本当に悪いことをするやつじゃないってことはこの数日で分かっている。
だから、天空の使者のギルマスである俺の権限を持ってすればお前の死刑くらいはなんとかできるはずだ。
他国のことだからシャーラちゃんは無理かもしれないが、大人しく降参してくれないか?」
「無理だ」
「……即答か。残念だ」
再開する戦闘。
俺は明らかに押しているが、剣を使いだしたパドルを仕留めきれない。
パドルは息切れしながらも全部ギリギリで俺の攻撃のクリンヒットを躱していくのだ。
しばらく交戦していると、とうとう俺の身体強化は切れてしまった。
その瞬間を見切られたのかパドルの蹴りをもろに受け、吹き飛ばされる俺。
「形勢逆転だな」
俺が飛び上がろうとすると、俺の足をガシッと何かが掴んだ。
足元を見ると、俺の足を土の手が掴んでいた。
それを振りほどいて、飛び上がる。
その瞬間、俺の腕を氷の刃が貫いた。
「つぅッ……!」
驚いて氷の刃が放たれた方向を見ると、そこにいたのは水帝。
水帝は連続して氷の刃を放って来て、空中で身動きが取れない俺は直撃を受ける。
そしてそのまま闘技場の壁に押しピンで紙を止めるように括りつけられた。
腕、足、腹を貫いて、俺の体を壁に押し付ける氷の刃は体温で次第に溶けていき、俺はずるずると地に落ちる。
なんとか創造で傷を治そうとしたところ、俺の体に電撃が走った。
「あがァァ!!」
意識が飛びかけた。
電撃が止むと同時に、喉元に突きつけられる剣。
「レイヤ、今ならまだ間に合う。これが最後だ」
「くそ、……くらえ」
「……そうか」
ヒュンと剣が降りてくる音がすると同時に俺は創造する。
「ベポマ」
一瞬で全快した俺はその場を飛び退いた。
「……はい?」
傷口が塞がった俺を見て首を傾げるパドル。
俺はその間に距離をとった。
全快しても状況は変わらない。
身体強化を使う暇を与えるのは得策ではないし、この場を切り抜けるいい方法が思い浮かばなかった。
三対一で状況は不利。
あのうるさい魔剣さえあれば負ける気はしないのだが。
そう思っていた時だった。
「レイヤ受け取れぇぇぇぇ!!!」
そんな叫び声が闘技場の入り口から聞こえた。
振り返ると、べバリーがそこに立っていた。後ろにはランドとラルフも立っていた。
そして、ヒュンヒュン回転しながら飛んでくるのは。
【ファァァァァァァァァ!!!】
ティルフィングだった。
「サンキューお前ら!!」
俺はそれをキャッチすると、駆け出した。
【シャーラ拉致られたらしいなァ!!
んなことするのはどこのどいつだァァ!!?】
「チッ!」
俺がティルフィングを手にしたのを見て、パドルは俺めがけて突っ込んできた。
俺はパドルの剣撃をティルフィングで受け止め、そのまま受け流す。
そしてパドルのふとももをティルフィングで切り裂いた。
「ッ……!?」
血飛沫が舞い、パドルはガクンと地に膝をつく。
【オイオイ、今日は容赦ねェな!!】
「手加減していい相手じゃないからな。さっきも死にかけた」
俺はその場にうずくまるパドルを見下げる。
ふとももの半分をざっくりと切ったので、パドルはもう立てないだろう。
俺は水帝と雷帝の方に向き直った。
後ずさる二人に向けて、俺は歩き出す。
隙だらけなので身体強化を使い、走り出した。
突如としてスピードアップした俺に、二人は反応できなかった。
俺は一瞬で二人の元に到達すると、少しだけ反応した雷帝の腹に蹴りを入れる。
吹き飛ぶ雷帝。
俺はそのままティルフィングを持ち替え、その柄で水帝の腹に一撃を入れた。
そのままグタりと倒れた水帝を、俺はしゃがんで抱きかかえる。
そして立ち上がった。
【どうするんだよそいつ】
「拉致る」
こんなことをする理由は、シャーラを助けるための保険だ。
俺はこれから最初の王都に向かうつもりだけど、もしかしたらシャーラはそこで見つけれないかもしれない。
それだと困るので、帝の一人くらい捕まえとけば、人質にもなるし、シャーラの居場所だって聞き出すことが出来るのだ。
【なるほど、つか上気づいてるか?】
「あ?」
ティルフィングがそういったので、俺は上を見上げてみると、そこで恐ろしい光景を目にした。
そう、無数の魔法陣。
無数の魔法陣がそこに広がっていたのだ。
【全部転移魔法だな】
「援軍か……」
【それしかねェ。転移魔法を使えるレベルの奴をこれだけ相手にするのはキツイと思うぞ】
「分かってる、そんなことしてる暇もないしな」
そう言って走り出そうとすると、俺の進路を塞ぐようにレスタさんが現れた。
「レスタさんか……」
俺はティルフィングを鞘に納め、気を失っている水帝を荒く抱えなおす。
そうしてるうちに、後ろに数人の気配。転移魔法の魔法陣から続々と人が降りてきた。
2階席にいたギルメン達もレスタさんを筆頭に俺を囲んだ。
何人かはパドルの介抱をしている。
「水帝を離せ」
「レスタさん。それは無理な話ですよ」
上の魔法陣が全部消える頃には、俺は何十人の強者に完全に包囲されてしまった。
「うわ……めんどくさ……」
【お前がモタモタしてるからだよォ!】
まあこれだけ囲まれていても、身体強化を使っている俺なら逃げるのは容易いはずだ。
これは自惚れや油断ではなく、確信である。
この中に、単体で俺より強い奴は一人もいない。分かるのだ。
俺はレスタさん向けて歩き出す。
レスタさんは腰に下げていたレイピアを抜き、構えをとった。
その体に纏うのは風装。
そしてレスタさんは、俺の心臓めがけて最高の突きを放つ。
俺はそのレイピアが俺に届く前に、それを蹴り上げた。
真上に勢い良く飛んでいきかけたレイピアをつかみ取り、それでレスタさんの肩を貫いた。
「……つぅ……!」
レスタさんは一瞬で顔を歪ませたあと、その口角を釣り上げる。
そして顔を近づけてきた。
「お前らの荷物は、街の門の前においといたぜ……」
そう耳うつと、レスタさんは俺の顔にペッと血混じりの唾を吐きつけた。
それは俺の頬を伝って落ちる。
「アタシの勝ちな」
俺はレスタさんの肩を貫いたレイピアを引き抜き、後ろから近づいてきていた男にそれを投げつけた。
レイピアは男の足を貫き、走っていた男はそのまま勢い良く転ぶ。
「参りました」
それだけ言うと俺は走り出す。
俺が走り出したのを見て、俺を囲んでいた奴らは水帝なんか構わず一斉に魔法を放ってきた。
俺はそれを手で弾いたり避けたりしながら突き進み、一気に地を蹴り飛び上がる。
それで人のバリケードを突破すると、俺は闘技場の入り口目掛けて走り出した。
入り口を抜ける時、俺はそこにいたクラス0の三人とハイタッチを交わした。
そのまま入り口を抜け、俺は校舎の中を走り抜ける。後ろからは数人が俺を追いかけてきていた。
距離は空いているが、飛んでくる魔法が面倒だ。
それを避けながら俺は走る。
直に身体強化が切れるので、それまでに振り切らないといけない。
十字路を曲がった所で、俺はその先に人影を見つけた。
金髪だった。
「金髪!」
「廊下は走るな!」
その声と同時に、俺の走った後に大きな氷の壁が出現する。
俺がすぎる場所すぎる場所に、氷の壁は出現していく。
金髪の魔法だ。
「すまねぇ!」
「魔戦争もやりたかったぜ」
【全くだ!】
金髪を通り過ぎると、俺は校舎を抜けて外にでる。
そして魔法学校の校門を飛び越えて、そのまま民家の屋根に着地。
屋根を飛び飛びで走り抜け、街の門が見えてきたところで俺は一旦地面に降り、そしてまた強く地を蹴って飛んだ。
門を飛び越える。後ろからの追手は見当たらなかった。
そして風を切って落ちていく。ちょうど身体強化も切れた。
落下中の風で抱えていた水帝のフードが裏返ってその顔が顕になった。
それと同時に、長い水色の髪もバサリと広がった。
俺はそれを見て驚愕する。
こいつ、顔は見えないけど女だ。
フード被ってたから分からなかった。小柄だなとは思っていたけど。
着地すると、とりあえずレスタさんが言った通り門の前にあった荷物を拾った。
ちょうどその時、抱えていた水帝がうめき声をあげる。
「ん……」
やばい、起きる。
そう思ったが遅かった。
いきなり水帝は暴れだし、俺の背中を強い力で殴った。
「離して!」
そして俺の胸に蹴りを入れて、俺の手から脱出した。
水帝は宙を舞って地に着地する。
その時向かい合って、初めて顔を見た。
若い。俺と同じ年齢くらいの顔立ちだ。
【ガキでも帝になれんのかねェ……】
「なんでもいいけど、また気絶してもらわないと」
なるべく女には暴力を振るいたくなかったのだが、シャーラを助けるためならそんなことを言っててはいけない。
「くっ……」
俺が近づくと、水帝は一歩後ずさった。
それをみた俺は一気に距離を詰めて、その胸ぐらを掴む。
そして背中のティルフィングを抜いて、水帝の首筋につきつけた。
「動くな」
すると水帝はそれに驚いたのか、そのままふっと気を失ってしまった。
第四章――終