無謀キャノン
「いやー! ラルフ君!
やればできるじゃん!」
「なんか俺も勇気が湧いてきたよ」
「俺は死んだと思ったけどな」
「あ、あ、ありがと、う」
俺達は無事教室に生還し、円卓で食事を取りながらそんな会話をしていた。
あの後風紀委員はしばらく追いかけてきたけど、途中から見えなくなったのでなんとか撒くことができたようだ。
まあクラス0の教室の場所くらい知ってると思うので、あいつが本気になったらここまでやり返しに来るはずだが。
今回は見逃してくれたのだろうか。
「でも俺達結構マズイことしたよね」
「だよな……。レイカイドーとラルフは特にヤバい」
「なにビビってんだよ! 大丈夫だって!」
俺がそういった瞬間。教室の天井に彫られていた魔法陣からピンポンパンポンと木琴の音が聞こえた。
「なんの音?」
「校内放送。なんだろう」
あの魔法陣、ずっと何なのか気になっていたんだけど、どうやら放送用で拡声魔法を発動するための魔法陣らしい。
スピーカーみたいなもんか。
そんなわりとどうでもいいものだけ設備されているのが笑える。
『レイカイドー・レイヤ、エストリーデ・ラルフ、アンドルノ・べバリー、スケイル・ランド、至急職員室まで来なさい』
あの金髪教師の声だった。勿論さっきの件でお説教のお呼び出しだろう。
「……うわぁ」
「終わった……」
「あ、お、おお」
ランド達は放送で流れた内容に一斉に頭を抱える。
そして三人共立ち上がって、教室の扉の方へ向かった。
そんな三人に俺は尋ねる。
「え? お前らどこ行くの?」
「どこって……、職員室に呼び出し食らったんだからさ」
「いかなくていいんだよそんなの」
「は? 行かなかったら怒られるだろ」
「行かなかったら怒られましぇーん!」
「ハァ……、ガキの発想だな」
こいつらには不良性というものが足りてない。
それにしても学校サイドも、よくこの待遇で俺達に怒ろうと思えるもんだ。しかもあの程度の問題くらいで。
段々腹が立ってきたぞ。
「つか俺ら何か悪いことしたか?
いや、確かにしたっちゃしたんだろうけどさ、元はと言えば待遇の悪さが原因だろ?」
「それは……」
俺が渋る理由の中には腹一杯で苦しくて動きたくないってのもあるんだけど。
つかそれが半分くらい。
「だからわざわざ怒られに行くこたぁねぇよ」
そう言っても中々席に戻ろうとしない三人。
そんなに怒られたいのだろうか。
「……しゃーねぇーな」
俺はため息を1つ吐いて立ち上がる。
「お、行く気になったか?」
俺はべバリーを無視して、天井の魔法陣の丁度真下辺りまで移動した。
そして彫られた魔法陣目掛けて飛び上がる。
「何やってんだお前!?」
そのまま勢い良く天井に激突する俺。ドゴンと言う音を立てて魔法陣のあった場所に大きな窪みを作った。
着地すると、パラパラと砂が上から降ってくる。
俺はパンパンと体についた砂を払ってから再び玉座に腰掛けた。
「魔法陣が無いので放送が聞こえませんでした。
オーケー?」
「名案じゃないか……」
ランドは俺の名案に脱帽したのか、席に戻った。
つられてラルフも席につく。
「あれ見りゃ意図的に破壊されたことなんて一目瞭然だけどな」
べバリーも渋々といった感じで戻ってきて丸椅子に座った。
「さて、会議に戻るぞ。
引き続き教材のことについてだ」
「他クラスの奴らから奪うんじゃないの?」
「いや、やっぱりそれはやめよう」
「何なんだよお前……」
「一回学園長の所まで頼みに行こうぜ。それで無理なら盗もう」
「頼んだだけで教材もらえるなら最初からくれるだろうよ」
それもそうだけど、あんなに簡単に入学させてくれた学園長なら教材も案外簡単に貰えそうだと俺は思うのだ。
クラス0の待遇について文句も言いたいし、どっちにしろ学園長には用がある。
「頼んでみる価値はあるだろ。行くぞ」
「は? 今から?」
「当たり前だ。行動力が足りてないんだよお前らには」
「えー」
またしても乗り気じゃないなこいつらは。
「い、い、いこ、う」
「ラルフはやる気だぞ」
ランドは肩をすくめて、べバリーは盛大なため息をついて立ち上がった。
「あ、ちょっと待って。やっぱ少し休憩してから行こうぜ」
「マジで何なんだよお前……」
ーーー
昼休みも終わって他クラスの奴らが授業に入りだした頃、俺達は教室を抜け出した。
授業が始まっているので校内に昼休みの賑やかさはない。
そんな静まり返った廊下を俺達は騒がしく歩いていた。
「でさぁ、寮で飼ってるその魚なんだけど、あいつ俺の鼻くそも食うんだよ。その姿が無性に可愛くてさ……」
「ハハハハ! きったねぇ! きたねぇよデブ!」
「デュ、デュふふふ」
「アッハハハハハハ!!」
現在はべバリーのペットトークが弾んでいた。
俺達の笑い声が廊下に木霊する。
そんな感じで歩いていると、すぐ近くの教室から教師が飛び出してきて怒声を放った。
「こらァ! 授業中だぞォ! どこのクラスだ!?」
もうこれで3度目の注意なので、俺達は合図なしのダッシュで逃げ出した。
「ゼェ……ゼェ……」
しばらく走って逃げると、べバリーは息を切らして地に膝をついた。
「体力なさ過ぎ」
「ゼェ……ハァ、仕方ねぇ、だろ!」
まあ体型が体型だしなぁ。
ラルフの方も肩で息をしてるけど、べバリー程のではない。
「というより学園長室に着いたね」
「だな」
俺は学園長室の巨大な扉を見上げる。
「よし、入るか」
「ちょま……、ちょっと休憩させて……」
「仕方ないな」
地面でひれ伏してそう懇願するべバリーの体力が回復した後、俺達は学園長室の扉を蹴開けた。
ーーー
「で、わしになんのようじゃ? 見ての通りわしは忙しい」
学園長室は相変わらず植物だらけだった。
学園長は切り株をテーブルのようにし、その前に草の椅子を作って座っていた。
そしてなにやら書類に目を通してはサインを繰り返している。
「なんのようじゃ? じゃねぇーよ! 俺らの待遇なんとかしろや!! おぉう!?」
俺は切り株の上に足を乗っけて、学園長の顔を覗き込む。その振動で大きな切り株に積み上げられていた書類の何枚かが地面に落ちる。
「待遇? そんなに悪いかの?」
そこで学園長は一旦書類を置いて俺達の顔を見渡した。
「悪いなんてもんじゃねぇーよ! せめて教材よこせ!」
俺は学園長の禿頭をペチペチと叩く。
「ここは魔法学校じゃ。
魔力もない奴らが魔法の勉強をする意味はない。それなのに入学させてやったんじゃ。
それが嫌なら学校を辞めなさい」
ものごっつぅ正論来ましたよ。
え? これどう反論したらいいの?
俺が言葉に詰まっていると、ランドがそれに言葉を返した。
「なら、他クラスより優れた所を俺達が見せたら待遇を変えてくれますか?」
「かまわんよ。
じゃが、そんな場すらお主らにはないのでは?」
「10日後に行われる魔法祭に参加する権利を俺達に与えてください」
え? 魔法祭ってなに?
そんな疑問を口に出しかけたが空気を読んでやめておく。
学園長はしばらくの沈黙の後に答えた。
「……いいじゃろう」
ーーー
「魔法祭ってなによ?」
学園長室を出て、来た道を四人で戻ってる最中にそんな質問をした。
「あらゆる競技をクラス対抗でする行事さ。
文字通り、主に魔法を使って競い合う競技ばっかりだからそう呼ばれてる」
なるほど、体育祭みたいなもんか。
「つか魔法を使う競技ばっかりだったら俺らに勝ち目ないじゃん」
「だよね……。勢いで言っちゃったから……」
「いや、ナイスだランド」
“ばっかり”だったら何か勝ち目のある競技くらいあるのだろうか。
どんな競技があるにせよこれは下克上のチャンスだ。
「全然ナイスじゃねぇよ! 恥かくだけだ!」
「でも色々凄いレイヤがいればまだなんとかなるんじゃない?」
「一人だけ凄くても勝てねぇよ!」
「が、が、がんば、ろう」
ーーー
教室に戻る途中の廊下で、俺達は例の金髪教師と出くわしてしまった。
出くわしたと言ってもその間にはかなりの距離があるが。
金髪は俺達を見るなり猛スピードで追いかけてきた。
腕をブンブン振り、ブレない上半身。
完璧なフォームのダッシュだった。
「探したぞお前ら! あの教室はどういうことだ! それと魔法陣壊しただろ!」
「やっべ! 逃げろ!」
「待てゴルァァァァ!!!」
その圧迫感にヤバさを感じた俺は方向転換して逆方向に逃げ出した。
ランド達も慌てて俺についてくる。
「ちょ! はやっ!?」
「あれ身体強化使ってるよ!」
「お、お……!」
ダメだ。こいつらにあわせて走るとすぐに追いつかれる。
ここはなんとか俺があいつを抑えないと。
打開策を探りながら走っていると、廊下の先に見えたのは十字路。
そこで名案が思い浮かぶ。
「十字路で別れるぞ! べバリーは右! ランドは真っ直ぐ! ラルフは左だ!」
「レイヤは!?」
「俺か!? 俺は……、後ろだッ!」
「お前……まさか囮にッ!?」
俺は急ブレーキしてくるんと体をひねる。
そして金髪目掛けて逆走した。
「俺は大丈夫だ! ポイントCで落ち合おう!」
「どこだよそれ!?」
十字路で分岐したあいつらを見届けると、俺は目の前からグングン近づいてくる金髪を見据える。
「自ら捕まりに来たか!」
俺は壁ギリギリのラインにコースを詰めた。
なんとしてでも、奴を抜く。
しかし奴には抜く隙が全くない。
仮にも魔法学校の教師というわけか。
俺は体の重心を左に持っていき、また重心を元に戻す。
そう、ここからはフェイントの掛け合いなのだ。
勝負は交差する一瞬。
その瞬間に隙を生み出せればいい。
残り10メートルを切った。
俺は左足を一気に踏み込み、駆け出す。不規則に体を揺らしながら走った。
そして、一気に飛び上がると見せかけ、次は右足を少し左サイドに持っていく。
「見切ったぞ!」
金髪は恐ろしい反応速度で態勢を入れ替えた。
掛かった!
態勢を入れ替えた金髪の足元には計算通り、少しの空白が生まれる。
それを見た俺は一気に金髪の股下に滑り込んだ。
「なっ!?」
綺麗に金髪の真下をくぐり抜けていく俺。
すぐにスライディングから立ち直ると、また走り出す。
そして金髪が立て直すまでの数秒で大きな距離が生まれた。
「ハッハァ!! こんなもんか!!」
俺は振り返って叫ぶ。
「てんめぇ!! 廊下は走んなァ!!」
「アンタが言うな!!」
奴はもう俺に追いつくことはできないだろう。
「逃さん! アンアイシクル!!」
金髪が訳の分からない言葉を放ったと思って振り向いたら、ヒュッと俺のすぐ隣を何かが通り過ぎた。
なんだと思って目で追うと、それは氷の柱だった。
あいつ……、攻撃してきやがった……。
「アンタそれでも教師か!」
「お前が俺より速いなんて認めんぞォ! 俺が最速だァ!!」
「なんだその理由!?」
一度開いた金髪との距離だが、本気を出したのかどんどん詰めてくる。
しかし、この廊下で本気で走れないのはお互いに承知のはずだ。
床を強く蹴りすぎると、破壊してしまうからだ。
だから出せるスピードには限界がある。
つまり、直線を走るのは愚の骨頂!
そう思った俺は次に現れた角を曲がり、そこで見つけた階段を駆け上がった。
そして4階の廊下に出ると、近くにあった教室の扉をぶちぬいて、中に転がり込む。
「なんだ!?」「だれだよあいつ!」
俺がいきなり現れたことによって、教室内は途端に騒がしくなる。
走りながらざっと見渡すと、その生徒の人数はかなり多くて、100人くらいはいるだろう。
「なんですかあなたは!」
教師らしき女の人からそんな注意を受けるが俺は止まらない。
教室の窓を破って外に飛び出した。
俺は校舎の外に着地すると再び走り出す。
しばらく走って、金髪が追いかけて来ないのを確認すると、俺は足を止める。
どうやら完全に撒いたようだ。
俺は勝利の余韻に浸りながら、歩いて地下にある我が教室へと向かった。
俺が鼻歌交じりに教室の扉を開けると、すでにランド達は戻ってきていて中でくつろいでいた。
「おかえりー」
「おお、無事だったか」
「よ、よ、よかった」
「フフフ、撒いてやったぜ」
俺は中に入って玉座にドカッと座る。
そして円卓の上に足を乗っけて、より深く玉座に座った。
「いやー、大したことなかったよ」
俺は三人に、いかにしてあの金髪を撒いたかを得意げに語る。
「マジかよ。
でも絶対ここに来るよな」
べバリーがそういった瞬間、教室の扉がガラッと開いた。
誰が開けたかなんて見なくてもわかる。
金髪だ。
「だよね」




