ズッコケ四人組
「これより第一回ド底辺円卓会議を始める」
俺達はボロボロの四つの机をくっつけて円卓代わりに座っていた。
隣はランド、向かいにはべバリー、斜め前にはラルフだ。
べバリーは面倒臭そうな顔でだらしなく椅子に座っている。その体重を支える椅子が不憫でならなかった。
「本日集まってもらったのは他でもない。
この現状の打破についてだ」
「初対面だってのにびっくりするくらいグイグイ来るなお前」
俺が話し出すといきなりべバリーのやじが飛んできた。
確かに客観的に見ると俺はかなり面倒な奴だろう。
だが、今はそんな場合ではないはずだ。
俺はべバリーを軽く一睨みしてから言葉を続ける。
「まず、お前らがこの現状についてどう思っているか。これはかなり重要なことだ。教えてくれ。
はい、べバリーから」
「別になんとも思ってないけど」
はい論外。
次に俺はラルフを見る。
ラルフはすでに口をパクパクさせていたが、中々声が出てこない。
「ぼぼ、ぼ、僕も」
はいボツ。
そして最後にランド。
「あー、俺もかな」
全員の意見を聞いた俺は頭を抱えた。
全滅、まるで救いようがない。
整理すると、こうだ。
こいつらはこの現状に関して全く何も感じていない。
劣等感も、悔しさも、闘争心もまるでねぇ。ただこの現実を当然のように受け入れている。そう、完全に開き直ってるのだ。
落ちこぼれにしても酷すぎる有り様だった。
「それでいいのかてめぇら!!」
頭にきた俺はドンと机に拳を打ち付ける。
その瞬間、べキッという音と共にべバリーの姿が消えた。
「いってぇ……!」
どうやら俺の机を叩く振動が地面を伝い、向かいのべバリーの椅子に届いたようだ。
その結果、べバリーをギリギリ支えていた椅子の足が折れて、べバリーは転んだ。
「べバリー、そんなあからさまな笑いは狙わなくていいんだ……。
ほら、誰も笑ってないだろ?」
俺はそう言ったが、実はかなり笑いをこらえていた。
隣のランドも普通に腹を抱えて笑ってるし、ラルフも気持ち悪い笑みを浮かべてデュフデュフ笑ってる。
「てっめ、ざっけんな!」
デバリーがそう叫ぶと同時にドンという衝撃が俺の尻に走った。
べバリーが俺の椅子を蹴ったのだ。
短い足で無理しやがって……。
俺はこれくらいでは潰れないだろうと高をくくっていたのだが、衝撃からワンテンポ遅れて俺の椅子がバキッと崩れ落ちた。
もちろん俺も尻餅をつく。
「もろっ!?」
机の下でべバリーと目があった。
にたぁと下卑た笑みを張り付かせるべバリーに苛ついたが、俺は立ち上がる。
そして唐突に、隣で大笑いしてるランドの椅子に足払いをかけた。
「お前も転んどけ!」
割りと強い足払いをかけたので、椅子はだるま落としのようにランドを空中に残し、教室の真ん中あたりまで飛んでいった。
ドテンと尻餅をつくランド。
「え? なんで俺が?」
「ラルフの椅子も壊しとこうぜ。一人だけ不公平だ」
べバリーはそう言うとラルフの椅子をべキッと蹴りつける。
するとラルフの座っている椅子の前足が片方折れて、バランスを崩したラルフは机に顎を打ち付けてから床に転がった。
「お、お……!?」
それをみたランドは吹き出す。
これには俺も思わず吹き出してしまった。
しかも被害者であるラルフもなぜか転がりながら気持ち悪く笑いだしたもんだから、真顔だったべバリーもとうとう笑ってしまった。
ギャハハと笑い声が教室に響く。
そのまましばらく爆笑していた俺達だが、急に冷静になった。
そして無言で立ち尽くす。
「……何やってんだろな、俺ら」
沈黙を破ったのはべバリー。
「ハァ……」
俺は椅子がないので机に腰掛けようと思ったんだけど、これも潰れると困るのでやめておいた。
「ぼ、ぼ、僕達……。い、いい、椅子なくなたけ、ど、ど、どする?」
「ハキハキ喋れや」
べバリーのコミュ障ラルフに対する厳しいツッコミ。
「全然関係ない話だけど、クラス0には先輩とかいねぇの?」
俺はべバリーにそう尋ねる。
「あー、全員退学したらしいわ」
「ああ、そう……」
まあ普通はやめたくなるわな。
こいつらはかなりお気楽だけど。
「おいレイカイドー。
マジで椅子どうするよ? 新しいのなんてクラス0に支給されないぞ」
「ああ、それなら任せろ」
俺はニヤリと口角を釣り上げて答える。
こんな安請け合いできるのにも理由があった。
そう、創造能力。
俺にかかれば椅子の1つや2つ、ちょちょいのちょいなわけだ。
「任せろってお前な」
「まあ見とけって」
べバリーを黙らせて、俺はイメージする。そして創造した。
すると俺の丁度後ろに現れたのは、王様が座る椅子。つまり玉座だ。
「お、お……お!?」
「!?」
俺はそこにどかっと座り、肘をつき足を組む。
いきなり現れた玉座に驚く三人。
その顔を堪能しながら、俺はドヤ顔で足を組み直した。
「おまっ……! それなんだよ!?」
俺は三人に創造能力のことを軽く説明した。
魔法でもなんでもないけど、こいつらはオツムが足りてないので、一応魔法の類ってことで話を落ち着かせる。
「すげー! 俺にも作ってくれよ」
話した途端このリクエストだ。
まあこれから仲良くやっていくクラスメイトだし、創ってやってもいい。
そう思って俺はランドの玉座を創造した。
ラルフも口をパクパクしていたので、その後ろに玉座を創ってやる。
「おお、すごい!」
「レイカイドー、俺のも創れよ!」
「しゃーねぇーな」
べバリーのだけは丸椅子をイメージして創造した。
しかし出てきたのはこんにゃく。
「あれ?」
「んだこれ?」
調子が良いと思ってたのだが、やっぱりちゃんと失敗もするようだ。
「もうお前それでいいだろ」
「よくねーよ! 椅子ですらねぇ!」
デバリーがギャーギャー喚くので、俺は四回ほどチャレンジして、やっと丸椅子を創造できた。
「なんで俺のだけこんなちゃちいんだよ! それ出せよ!」
「そうだな、せっかくだし教室リフォームするか」
「無視すんな! ……え?」
ーーー
教室はとんでもないことになってしまった。
天井にはシャンデリア。床一面にはゴージャスなカーペットを敷き、壁紙も創造で貼り替えた。
そして教室の真ん中には円卓。もちろん円卓会議のためだけにある。
4つほどベッドも創って、いつでも昼寝ができるようにもした。
その改革時に排出されたこんにゃくの量も並ではなく、それらは教室の端に山を作っている。
「どうよ?」
俺はドヤ顔で玉座にふんぞり返ってそう聞く。
が、もうすでに驚き尽くした三人は、地面で寝転がったりベッドで飛び跳ねたりしていた。
大量の創造で疲れたけど、そこまで難しい物を創った訳ではないので、体力は言うほど持っていかれてない。
「お前ら、一旦席につけ」
俺がそう言うと、ランド達は円卓の周りに設置した玉座に座った。一人だけ丸椅子だが。
「さて、これで環境はそれなりに整ったはずだ。
他に俺達に足りてないものはなんだと思う? はい、ランド君」
「やる気かな?」
「違う。いや、違わなくないんだが少なくとも俺にはある」
「じゃあなんだよ?」
「俺達に足りてないのはズバリ教材だ。これじゃ勉強なんて出来たもんじゃねぇ」
魔力のない俺達がエリート共と張り合える可能性があるのは勉強しかないのだ。
可能性があるといっても、物理的に可能という意味で、不可能ではないというだけ。
相当な努力が必要となるだろう。
「そんなこと言ったってどうしようもねーよ。くれねーんだから」
べバリーが丸椅子をカタカタと揺らしながらそう言った。
「なに? 教材あったらお前ら勉強すんの?」
「そりゃあな、でもこんな待遇じゃあ勉強する気にもなれねぇ」
「俺達も最初からやる気0ってわけじゃなかったんだ。だけど教えてくれる教師もいないんじゃあね……」
俺は目を丸くした。こいつらにも勉強意欲というものがあったらしい。
つまり、まだ救いがある。
こいつらは諦めていただけで、もしかすると普通の落ちこぼれなのだろうか?
だとすると俺は見誤っていた。
しかし、これは嬉しい誤算である。
「俺達が抱える問題は多すぎる。
一つずつ問題を解決していこう。
まずは教材だ。教材はさすがに創れない」
「な、な、なにな、良い……」
「お前は黙っとけ。
何か良い案あんの?」
ラルフがなんか頑張って話そうとしてたのに、べバリーが妨げた。
べバリーはラルフにだけなぜか特別当たりが強いけど、なにか過去にあったのだろうか。あんまり興味ないけど。
「他クラスの奴らから盗むんだよ、教材を」
「はい?」
「他クラスの奴らからパクります」
二度目のそのセリフと共に俺はポケットから学校の地図を取り出す。
そして円卓の上に広げた。
「現在地はここだろ?
ここから一番近いクラスはCクラスだ。
しかし、あえてAクラスの教材をパクろうと思います」
俺が早速作戦内容を説明しようとすると、べバリーが妨害してきた。
「ちょ、なんで盗みに行く設定で話進めてんの?
そんなこと俺らがしたってバレてみろ……とんでもないことに……」
「だからやるんだよ」
「いやお前な……。俺らは確かに差別の目で見られてるけど、他クラスから直接何かされたことはないんだぞ」
「関係ねぇよそんなの。
這い上がるためなら底辺らしく最低のクズに成り下がろうや」
俺がそう言い放つと、意外なところから賛同が上がった。
「や、やや、やろう」
「正気かよラルフ!?」
「レイヤ、俺もやるよ」
ランドも乗った。後はべバリーだけだ。
俺達はべバリーの顔を見る。
「……チッ、どうなっても知らねぇぞ」
全員一致に俺は口角を釣り上げた。
その後も引き続き今後の方針について会議してると、ゴォォンとどこかから鐘の音が聞こえてきた。
「今の音は?」
気になった俺はべバリーに今の音が何か尋ねる。
「昼休みだ」
「もうそんな時間か。一旦会議は中断して飯にしよう。
お前ら飯はどうすんの?」
俺がそう言うと、三人とも弁当を持ってきてるようで、カバンからそれを取り出した。
「俺弁当とか持ってきてないわ。
食堂でも行くか……」
「あ、食堂は行ったらダメだよ」
「なんで?」
「実は……」
俺が理由を聞くとランドから度肝を抜かれるような説明を受けた。
ランドによると、クラス0は食堂、図書室、闘技場などのあらゆる施設が使用禁止らしい。
「これは人権問題だ!!」
叫んだ。
いくらなんでも酷すぎるだろう。
落ちこぼれなだけでここまでの仕打ちを受けないといけないの?
学園長あのハゲ何考えてんだよ……。
「これはさすがにブチ切れもんだろ」
「役に立たないクラス0が何を言ったってなぁ」
「ざっけんな! 俺は食堂に行くぞ!! お前らもついてこい!!」
ーーー
ランド、ラルフ、べバリーを無理やり連れて、俺は食堂の前までやってきていた。
「レイヤ、本当に入るの?」
「み、み、みら、見られ、てる」
「やばいって、やっぱやめとこうぜ」
さっきからピーピーうるさい奴らだ。
変えないといけないのは現状。じっとしてちゃあ何も始まらないのを分かってない。
「お前らもっと堂々としろよ」
そう言って俺は一歩を踏み出す。
扉を開けて食堂の中に入ると、まず最初にブワァっと料理の良い匂いが鼻を刺激した。
そして目の前に広がるのは、まさに大食堂といった感じで、驚くほど長い机が数列並んでいた。
そこにまばらに生徒が座っている。
「うお、すげーな」
「俺も初めて入ったよ」
食堂はバイキング制のようで、奥には料理が大量に並んでいた。
「じゃ、俺料理とってくるからお前らはそこらに座って弁当でも食っとけよ」
「わ、分かった」
挙動不審な三人だったが、俺にそう言われて近くの席に座る。
俺はそれを確認してから料理を取りに行った。
適当に料理をよそってる際、俺がクラス0の人間だと気づいたのか、何人かの生徒が俺を睨んでいた。
「あ? 文句あんのかゴルァ?」
そう言って俺はそいつらを順番に睨み返す。
するとそいつらは慌てて視線を外し、どこかへ行ってしまった。
料理を取り終えた俺は、ランド達のところに戻ろうと振り向く。
そしたらあいつらがいたであろう場所になぜか人だかりができているのが見えた。
一体この一瞬で何が?
気になった俺は料理をもってそこまで駆けつけた。
そして背伸びして人だかりの中心を見てみると、そこにいたのは当然のごとく例の三人。三人共焦った表情をしている。
そしてそれに向かい合うのは胸に金の刺繍を持つ背の高い男だった。
刺繍の下に何かワッペンのような物も付けられていた。
人だかりに聞き耳をたてていると、あのワッペンは風紀委員の証らしくて、その風紀委員の学年も俺達より1つ上らしい。
「おかしいな、クラス0の落ちこぼれは食堂の使用を禁止されているはずだが」
そんな声が聞こえてきた。
俺はすぐにでもそんな事を言った風紀委員にパロスペシャルを食らわせてやりたかったが、グッと堪えてあいつらがどう出るか見守ることにした。
「なんとか言え」
「いたっ」
だんまりだった三人に苛ついたのか、風紀委員は先頭に立っていたランドの胸ぐらをドンと押した。
べバリーは他クラスから直接何かされたことはないとか言ってたけど、それは今まで目立たなさ過ぎたから直接何かされるタイミングがなかっただけかもしれない。
というか明らかにそうだ。
俺がそんな考察をしながらその現場を見ていると、ラルフに反応があった。
そう、口をパクパクさせだしたのだ。
あれは何か言う前の前兆である。
ラルフの言葉を逃さないよう、俺は耳をすませた。
すると、ラルフの口からびっくりするような言葉が発せられる。
「じゃ、弱者を、し、虐げるのは、楽しいか?」
耳を疑った。たしかにそんな言葉がラルフの口から発せられたのだ。
その声はいつもよりハキハキしていて聞き取りやすかった。
隣に立つランドとべバリーも驚いている。
「いったい誰に向かって口をきいているんだ?」
風紀委員はラルフまで近づくと、その胸ぐらを両手でグイと掴んだ。見るからに体重が軽いラルフはそれで宙に浮く。
「う、うう……」
苦しそうな表情のラルフ。
こいつの勇姿は見せてもらったし、そろそろ俺が出張ろうかななんて思っていると、ラルフがまた魅せてくれた。
俺も目を見張る。
ラルフは何を思ったのか風紀委員の眉間目掛けていきなりヘッドバッドをかましたのだ。
「ブッ……!?」
後ろに大きくよろける風紀委員。
それで解放されたラルフはドテンと尻餅をついた。
「おまっ……!」
「ラルフ! 大丈夫かい!?」
べバリーとランドは慌ててラルフに駆け寄ってそう言った。何よりもラルフの身を案じて駆け寄った二人に俺は感心する。
頃合いなので、俺も人だかりを押し避けて中に割り込んでいった。
「やるじゃんラルフ! お前すげぇイケてたぜ!」
中心まで辿り着いた俺がラルフを賞賛していると、後ろから持ち直した風紀委員の怒声が聞こえた。
「貴様ァ! この僕に何をしたァ!」
うるさかったので、俺は持ってきた料理の中にあったパイを風紀委員の顔面にべチャリと押し付ける。
そして三人に指示を出した。
「よっしゃ! お前ら逃げるぞ!」




