マイホームイズ牢屋
それにしても幸先が悪い。悪すぎる。
俺はあぐらをかいて穴をぼんやりと見つめながらそんなことを思っていた。
門番が俺を見てしまってる訳だし、この事がバレたら勿論俺だと思われるだろう。
そしたら囚人達を逃した大罪人としてすぐに指名手配である。
序盤から大罪人て……。
そしてよく考えると、異世界来てから一番最初にあった人が男なわけだ。そう、あの門番。
これはもう大罪人になるより質が悪い。最悪の事態とも言えるだろう。
最初に合うのはどう考えても美少女が正しい。男はいくない。
……過ぎたことを考えても仕方ないのでこれからのことを考えることにする。
とりあえずはこの牢屋から出るべきか。これではまだ町に入ったとは言えないしな。
いや、もしかすると俺はこのままこの町には入らずに、どこか違う町でも探すべきなのかもしれない。
いや、そうするべきなのだろう。
でも俺はあえてそうしない。虎穴に入らずんばなんとやらだ。
俺は立ち上がり、ぐっと拳を握る。
そして鉄格子に思いっきり拳を叩き込む…………手前でやっぱりやめた。なんか痛そうだ。
というのは嘘で、やっぱり夜まで待って外壁を超えて中に入ることにしたのだ。
ここからいくと色々面倒なことになるのは目に見えてる。急がば回れ、状況が変わったのだ。
俺は穴に再び入ってまた掘りまくった。今度はドリルが出なかったので素手だ。本当に早くマスターしないと。
ある程度掘ったのでもう牢屋の真下ってことはないだろう。
そう思って、また地上に出ようと上に掘り分けてみる。
するとレンガのような物が露出した。どうやらこの上は道か何かのようだ。
上から人の気配はしないので、ゆっくりといくつかのレンガを押し上げて顔をのぞかせると、雰囲気からして路地に出たようで安心して体も完全に外に出した。
すっかり汚れてしまった服を手で払うが全然落ちない。
もういいやと思い、とりあえず上着のブレザーはそこらに脱ぎ捨てた。
「さて、これからどうすっかな」
とりあえず路地にいても仕方ないだろう。とりあえず適当に歩くか。
ーーー
「あぁ、これこそが異世界っすわぁ」
俺の感嘆の声に何人かが振り向いて奇異な視線を向けた。
だがそれも仕方ない。俺は今改めて異世界を実感してるのだから。
まず最初に思ったのは、カラフルさ。そう、髪の毛のバリエーションが非常に色とりどりなのだ。
青、赤、緑、金、銀、そして黄色いの。黒髪など見当たらない。
勿論、総じて地毛だろう。日本人のダサい染髪とはワケが違う。
そしてもう一つが町並み。
もうね、中世。夢にまで見た中世ですわ。昼間から酒でも飲みたくなる。まあ俺お酒飲めないんだけど。
しばらく立ち尽くしていると俺は目立っていることに気づいた。服装もそうだろうが、黒髪っていうのも珍しいのかも知れない。
そう思いながら歩き出した俺の行く先は決まっていた。
無論、ギルドである。異世界の代名詞と言ってもいいギルド、響きからすでにカッコイイ。
異世界転生したらギルドでひと暴れ、そしてまず金には困らなくなるのがテンプレだ。俺もそうさせてもらおうじゃないか。
ギルドの場所は分かってる。運良く目の前に『漆黒の翼』と書かれた看板があったからだ。みたらわかる、あれはギルドだ。
ーーー
ギルドの中に入ると、俺は迷わず受付まで進んでいく。
ギルドの雰囲気は、みんな酒を飲んだり掲示板をみたりでギャーギャーとうるさく、期待していた通りの感じだった。
「依頼ってどうやったら受けれるんですかね?」
受付まで来ると、俺はギルドの受付嬢にそう聞いた。
「初めての方ですね、受けたい依頼を掲示板から剥がしてきて手続きするだけでいいですよ」
ああ、てっきりギルド登録的なものがいると思ったんだけどそんなことはないのか。
さらに受付嬢から説明を聞いてみると、ギルドメンバーのみならず、誰でも依頼を受けることができるらしい。
便利な制度だが、少しガッカリだ。
魔力測定とかギルドメンバーと喧嘩になるやつとかやってみたかった。
……まあいいか。
とりあえず俺は掲示板を見てみることにした。まずは簡単な依頼でもこなして腹ごしらえと服の調達をしたいところだが、どんな依頼が丁度いいだろう。
ペットの捜索やらグールの討伐、他にも色々あるが、なににしよう。
そう思いながらなんとなく掲示板の裏側を覗いてみると、赤い色の依頼が数枚張り出されていた。
みてみると、ドラゴンの討伐やらで明らかに危険度が高そうなものばかりだ。しかし報酬はバカ高い。
うわぁこれ絶対アカンやつやん、なんて思いながらも、せっかくだからこれにすることにした。
そうと決まればさっそく俺は一つの依頼を剥がして受付までもっていこうとする。
そんな時、視線が俺に集まっていることに気づいた。
「おい、あいつ赤紙剥がしやがったぞ」「二つ名持ちか?」「いや、みたことねぇ、多分無名だ」
そんな声があたりから聞こえてくるところを見ると、この赤い色の依頼はやはり結構ヤバいものだったみたいだ。
「この依頼は最低200万マナの受注基準がありますね」
とりあえず赤い依頼を受付嬢に出してみると、そんなことを言われた。
はい、でました。マナっていったら多分魔力の単位だろう。おそらくこの依頼をうけるにはそれだけの魔力がいるってことだろう。だが俺の魔力は未知数、つまり魔力測定が必要ッ!
「オーライ」
俺は魔力測定してもいいですよという意味で手を上げる。
「ちょっと待っててくださいね」
そういって受付嬢はゴソゴソと後ろの箱をあさりだす。
どうせ水晶とかで魔力測るんだろうなぁとか思ってたらやっぱり受付嬢は水晶を出してきた。
「はい、手をかざしてください」
さて、いっちょ魔力込めるか。
水晶が割れたり溶け出してしまわないか心配だぜ。
俺は腕まくりして言われた通り水晶に手をかざす。
いつの間にか、俺の周りには人だかりができていて、俺の魔力測定は注目の的になっていた。
そんな中、俺はどれだけの魔力をみせてやろう。少しは手加減したほうがいいのかな?
いや、手加減などいらないか。
しばらくの沈黙。誰かのつばを飲む音が聞こえた。
そして俺は一気に解放する。
「ハァッ!!」
…………
……?
「あの、魔力込めてます?」
なんの反応もないので我慢が切れた受付嬢は戸惑いながら俺にそういった。それに対して俺は無言の笑顔で答える。
やっぱり魔力ないかぁ、俺。
「フフ、無いものを込めることなど勿論できませんよね?」
腹が立ったので失笑まじりにそう言ってやった。
「つまみ出せ」
受付嬢の無慈悲な判決が下された。
ーーー
ギルドから追い出された俺に行く宛は無く、しばらく本当にどうしようかと考えながら彷徨っていると、いつの間にかスラム街のようなところに迷い込んでしまっていた。
外壁をグルッと周った時から気づいていたが、この街、デカい。
やはりそんな地区もあるのか、とか思いながら歩をすすめる。
家々が寂れていて、どこか暗い雰囲気が醸し出されているこの辺りも、俺から言わせればカッコよかった。
だけど住んでる方はそうじゃないんだろう。そこらに浮浪者が座り込んでいるところを見ると、少し申し訳ない気分になった。
しばらく歩いて分かったことは、この街は外壁に近づくにつれて貧しくなっていくようだ。
こんなところにいるといたたまれないので、俺はギルドなどがある中心の方へと戻ることにした。
俺はなんとなくこんにゃくを創造して、ニギニギしながらいつのまにか止まっていた足を動かし始める。
そんな時だった、フードを被った身の丈140cmくらいだろうか? とにかく子供だろうなって感じの奴が前からすごい勢いで走ってきたのだ。
前を見てなかったのか、俺と軽くぶつかってしまう。
俺は思わず握っていたこんにゃくを落としてしまうが、その拍子にそのフードの中が見えた。確かに女だった。
「す、すいません……」
少女は小さくそれだけ言って、すぐ走っていってしまう。
汚い格好だけど結構可愛い娘だったなぁなんて思っていたところ、次は後ろから怒声が聞こえた。
「いたぞ! つかまえろ!!」
そう言って現れたのは数人の男。あの時の門番と同じ格好だから、城に仕える兵士と推測してもいいだろう。
俺は走っていったあの少女と兵士達を交互に見る。あの少女、盗みでもして追われてるのかな。
そう思いながら俺は小さくなっていく後ろ姿を見つめていた。
これはイベントの予感……ッ。神があの少女を助けろと言っている。いや、神様はそんなことはを言わないだろう。だけどそれは関係ない。
とりあえず助けてやるか。
そう思って俺は走り出す。
一歩、足を踏み出した瞬間、靴の裏でにゅるんとした感覚。俺は足元のこんにゃくを思い出す。
だが、その時にはもう遅かったのだ、俺の体勢はみるみる崩れていき、そしてそのまますってんころりん、尻もちを着いてしまった。
またしてもこんにゃく。先程落としたこんにゃくが俺の進路を邪魔したのだ。
どうしようもない怒りで足をジタバタさせた後、俺は気を取り直して立ち上がる。
そんな時、いきなり後ろからグッと肩を掴まれ、そのまま頭から壁に押し付けられた。
こんなんすんのん誰やねん、そう思った俺は首だけ動かして見てみる。
すると先程の兵士さん達だった。数えてみると8人の兵士が俺を囲んでいた。
「なんでぇぇー???」
追われてたのはあの少女じゃなくて、僕ぅぅぅ??
「つれていけ!」
俺はそのまま手を縄でしばられ、体にも数重に縄を巻かれて引っ張られた。
しかし俺は飼い主に引っ張られる犬のごとく抵抗。
動物病院の前でよく見かける光景を連想した。
そんなことをしばらくしていると、怒った兵士たちは俺を担いでしまい、情けなくも結局俺は連行されてしまった。
ーーー
「もう一度聞く、どうやってあの床に穴を開けた?」
「だからドリルブレイクですって」
「だからそれはなんなんだ」
「必殺技ですって。何回言わせるんですか」
かれこれこんなやりとりを10回は繰り返していた。
俺は暗い部屋に閉じ込められて、少しお偉いさんっぽい人からそんな尋問を受けている。
勿論、あの囚人達の件についてだ。
そして俺は囚人を逃したことより、どうやって床に穴を開けたかを尋問されていた。
囚人を逃したことに対する罰は言うまでもなく死刑らしい。だけどその前に、それだけは聞き出しておきたいみたいだ。
「それは魔法か? しかしお前が魔力を持たないという情報は入ってきているぞ」
「螺旋の力です」
「……はぁ」
ため息を吐かれた。俺は至って真面目に答えてるのだが、こいつはなんて答えて欲しいのだろう。
「宝具を使ったんだろう? 魔力も持たないのにアレに穴を開けるなんてできるはずがない」
「それは調べたけど出てこなかったでしょ?」
まず宝具ってなんだよ、まあ大体想像つくけど。
その後もあまり話が噛み合わないままに今日の尋問は終わった。
宝具を出せば俺の罪は免罪にしてくれるらしいのだが、あいにく持ってない。てか宝具狙いで免罪とかどんな国だよ。
最後に、ずっと何も喋らないなら拷問も辞さないとか脅されたので、正直小便チビリかけたが、それまでに脱出すればいいだけの話。
だがまあ今日は本日二回目の牢屋で夜を明かすことになりそうだ。
初日から宿が牢屋かぁ。