イージーモードが許されるのは小学生まで
「お前……、魔力0って……」
レスタさんがありえないと言った表情でそう言った。
俺は3階にあるギルドマスターの部屋まで連れて行かれて、例の魔力測定をさせられたのだ。
まあ結果はご覧の通りの魔力0。
隣ではこれでよくギルド登録しようと思えたなとパドルが腹を抱えて笑っている。
「俺も魔法使いたいんだよなマジで」
魔力がないおかげでティルフィングを軽々と振れるのだけど、それでも魔法は使いたい。
だって魔法だぜ?
「ところでレイヤ、お前の背中のそれ、魔剣だろ?
俺が昔古文書漁ってた時に見たことあるわ。
確か名前は……フルティングだったか」
パドルがティルフィングを指さして言った。
「あー、いや、これはね……」
さて、なんてごまかそうか。
いや、まてよ?
よく考えればティルフィングのことを隠す理由があるだろうか?
こいつが喋れることを周りが知ったところで、なんの不利益も俺にはないじゃないか。
違フ。
こいつが喋るとロクなことにならない。
現にさっきもそうだった訳だし。
つまり、隠すとかじゃなくてこいつは純粋に喋ってはいけないんだ。
そこまで考えて、俺が否定の言葉を返そうとした瞬間、ティルフィングの声が部屋に響いた。
【ティルフィングだァ!!】
「うおっ!?」
そのいきなり響いた大きすぎる声にレスタさんが驚いて飛び退く。
「おお、やっぱ喋れんのか!
ずっと黙ってたから聞こうと思ってたんだよ」
「ハァ……、喋んなって言ってたんだけどなぁ。
なんせこの魔剣言うことを聞かねぇ」
【あァ!? かなり持ったほうだろ!!】
確かに、ティルフィングにしてはかなり黙ってた方か。
「ちょっと振らせてくんね!?」
「いいぜ」
おっさんが年齢に合わず目を輝かしていたので、俺は何気なくティルフィングを放った。
【オイこら!】
そしてティルフィングが宙を舞って声を上げた時、俺はティルフィングの能力を思い出す。
「あ」
しかし時すでに遅し、パドルがそれをキャッチした瞬間、ズドンと床を突き抜けてその姿は消えてしまった。
部屋の真ん中に大きな穴が空き、覗いて見ると、その穴は地下まで続いている。
パドルの姿も見え、ティルフィングは床にめり込んでいた。
「レイヤてめえ! 何しやがった!?」
「いや、これはね……」
俺はレスタさんにティルフィングのあの能力のことを話した。
「……という訳なんですよ」
「なるほど、魔力保有量が多けりゃ多いほどあの魔剣は持てないってことか。
ならあのおっさんは絶対に持てないな」
「あ、とりあえず拾ってきますね」
その穴を使って地下訓練場まで下りた俺はまずティルフィングを拾って背負う。
そして横に立つパドルを見て言った。
「わっり、すっかり忘れてた」
「いやー、そういやそんな能力も古文書に書いてあったわ!」
体中土埃で汚して豪快に笑うパドル。
【お前とんでもねェ魔力持ってるなァ!】
「これでも一応ギルドマスターだしな」
「つかあの穴どうしたらいい?」
俺は天井に空いて、3階まで続く穴を指さす。
俺の不注意のせいで空いてしまった穴なので、少し罪悪感があるのだ。
「ああ、これぐらいならいつものことだから気にしなくていい」
パドルはそう言うと階段の方まで歩いていく。
俺もそれについていった。
ーーー
3階に戻ると、レスタさんはもう受付嬢としての仕事に戻ったみたいでいなかった。
だから俺はパドルと二人きりで色々話した。
隣国で指名手配を受けてることはさすがに言ってないけど、シャーラと二人で旅してたこととかは話した。
俺に関してはこっちに来てからそんなに時も経ってないのでそんなに話すことはなかったのだけど、パドルからはギルドの仕組みやルールなどを聞かされ、それで結構な時間が経った。
そしてある程度話題が尽きた所で、俺は本題を切り出した訳だ。
「なに? 魔法学校に入りたい?」
「ああ、そうなんだよ。
魔力0の俺じゃ入れないだろ?」
「そうだな、魔力0とか行く意味がまずないもんな」
「無理? どうしても入りたいんすわ」
「……仕方ねぇ、明日一緒に学園長の所へ行って入学できるように話してやるよ。
その時はもう一人の女も連れてこい」
「おお! サンクス!」
「構わねぇ構わねぇ! なんせ俺達もう仲間だからな!
その代わりギルドの仕事はしっかり頼むぜ?」
「ああ、任せろ」
そう言ってとりあえず今日は帰ることを伝えると、俺は踵を返して階段を下りた。
そしてレスタさんや、他のギルドメンバーに挨拶した後ギルドを出る。
ーーー
宿に帰って部屋の扉を開けると、そこには裸のシャーラがいた。
「え……?」
シャーラは驚いて振り向く。
髪が濡れているので、部屋に付いてる風呂にでも入ったのだろう。
とりあえず俺はその姿を脳裏に刻もうと、眼を限界まで見開いた。
「ちょ、出てってください!」
【イエア! 眼福眼福ゥ!】
勿論出ていくつもりはない俺はその場で腕を組んで仁王立ち。
シャーラは慌ててベッドの毛布に包まって体を隠した。
「無駄だシャーラ! 所詮その下は裸ッ!
それが俺の妄想をさらに引き立てるッ!」
毛布マジ邪魔ッ!
【逆に言えば所詮妄想なんだけどな】
「勝手に妄想でもなんでもしててください。私はこの中で服を着ますから」
シャーラはそう言って近くにたたんであった着替えに手を伸ばす。
その隙間からシャーラの肌が少し見えたが、そんなの気にせずに俺は地を蹴った。
そしてシャーラが着替えを手に取る前に、それをかっさらってやった。
「ハッハァ! これで着替えれません!
シャーラちゃんの着替えクンカクンカァ!!」
【ひでェ!!】
俺はシャーラの着替えを顔面に押し当てて匂いを存分に嗅ぐ。
シャーラの反応がないので、俺はちらりとシャーラを見てみると、シャーラの目には涙が溜まっていて、今にも泣き出しそうだった。
「……え? ちょ……マジ?
……あの、ごめんなさい」
それにビビった俺は大人しく着替えを返して土下座する。
恐る恐る見上げてシャーラの様子を見てみると、シャーラはニヤリと口角を釣り上げていた。
「ふっ……」
その目にはすでに涙なんて溜まっていない。
俺はそこで今のが嘘泣きだということに気づく。
やられた……。
そしてそんな俺を見下ろしてシャーラは言った。
「レイヤはチョロいですね」
【お前に言われたらおしまいだろ……】
ーーー
シャーラに魔法学校入学の問題はクリアできたことを伝えた後、俺達は晩飯を食べるために宿の食堂に来ていた。
もちろんの如くティルフィングはお留守番だ。
俺達は端の席でシャーラと向かい合わせに座り、注文を済ませた。
シャーラは先程の本を持ってきて読んでいるから俺は料理を待っている間暇である。
グラグラと椅子を揺らしながら、未だに少し濡れているシャーラの銀色の髪をボーッと眺めていた。
シャーラは垂れる髪を鬱陶しそうに掻き上げて、肘をつく。
そんな時、俺はなんとなくシャーラに髪型をツインテールにして欲しくなった。
「なあシャーラ」
「なんですか?」
シャーラが顔を上げたので、神妙な面持ちで俺は話を切り出した。
「シャーラ、これをみてくれ」
そう言って俺がポケットから取り出したのは、二つのヘアゴム。たった今創造しました。
妙な沈黙の後、シャーラは聞き返してくる。
「……髪留め、ですか?」
「ああ、そうだ」
「これがどうかしました?」
「ツインテールにして欲しいんだよね」
「ツインテールって……、こういうやつですよね?」
シャーラはそう言って自分の髪を両手で持ち上げた。
「そうそう!」
「別にいいですよ」
シャーラは本を閉じて、俺が机の上に置いたヘアゴムに手を伸ばす。
そして片方ずつ髪を結んだ。
「できました」
「違う! それはツーサイドアップだ!
ツインテールってのは後ろ髪を残さないんだよ!!」
バンと机を叩いて立ち上がる。
「し、静かにしてください……。周りの人に迷惑です」
周りを見渡すと、他の客の視線が俺に集中していた。
「す、すいません……」
そう言って俺は席に着く。
シャーラはため息をついて髪を結い直し始めた。
俺はその様子をじっと見つめる。
女の子が髪をくくる仕草ってすごい良いと俺は思うんだ。
シャーラはすぐに結び終え、結んだ両方のテールを首を降って俺に見せてきた。
「どうですか?」
「おお、なんか新鮮だな」
女の子は髪型一つで印象がかなり変わってくる。
シャーラの場合もそうで、いつもとは雰囲気が違っていた。
ギャップ萌えってやつだろうか? ぶっちゃけかなり可愛い。
「私、どの髪型もあまり似合わないんですよね……」
「そんなことない、可愛いぜ」
「えっ? そ、そうですか? あ、ありがとうございます……」
「……」
「……」
俺がポロッとそんなことを言ってしまったせいでなんか変な雰囲気になってしまい、会話が途切れてしまった。
皮肉の一つでも言ってくれたら良かったのにシャーラがそんな反応するからだ。
そんなシャーラに突っかかろうにも、さっきの言葉がいつもとは違って混じりけのない一言だっただけにそうもいかなかった。
それも思いっきり真顔でそんなことを言ったもんだから、シャーラも俺の心情を多少理解してるかもしれない。
そう考えると、段々恥ずかしくなってきた。
シャーラは気を紛らそうとしてるのか、前髪をいじっている。
その顔は真っ赤だ。
そしてそのまましばらくの沈黙が続いた後、シャーラが口を開いた。
「これ、くれるんですか……?」
これとはもちろん二つのヘアゴムのことだろう。
「ああ、やるよ」
「大事にしますね」
少し微笑んでそう言ったシャーラに不覚にも心臓の高鳴りを感じた。
ヤバイ、これがツインテールの破壊力か。
それに畏怖の念を感じながらも、俺はぎこちなく返事をする。
「……お、おう」
再び沈黙。
居心地が悪くなったので、この空気を打破していつもの感じに戻すべく俺はシャーラにちょっかいをかける。
「あれ? シャーラさん顔赤くね?」
「レイヤもですよ」
三度目の沈黙が訪れた。
飯が運ばれてきたのも丁度その時だった。
ーーー
食べ終わって部屋に帰った俺は真っ先に風呂に入った。
しばらく温まると風呂から出て、体を拭いてからパンツだけはいて寝室に戻る。
そして半裸の状態でベッドにダイブした。
「ちゃんと服着てください」
シャーラからそんな苦情が来たが、風呂上がりでまだ暑いので要求に答える気はない。
「シャーラの後風呂最高だったわ」
「ハァ……、そんなことしか考えてないんですか?」
【レイヤはデリカシーが皆無なんだよォ!】
「え? お前がそれ言うの?」
「レイヤもティルフィングも変わりませんよ」
俺が、ティルフィングと変わらない……だと?
そのシャーラの発言にショックを受けた俺はベッドから飛び起きて言ってやった。
「アホンダラァ! んなら今から一言でも喋った奴が負けじゃい!」
【あ? 俺に勝てると思ってんのか? 何千年黙ってたと思ってんだ】
「ハァ……」
「なにため息ついてんだ、シャーラもやるんだよ!」
「え? 私もですか?」
【当たり前だろォ!】
「ハイ始めるぞー。
よーいドン」
さて、ティルフィングが黙って静かになったので、寝ることにしよう。
いつも夜はティルフィングがうるさいので、久しぶりに気持ちよく眠れそうだ。
隣のシャーラも同じことを考えてたみたいで、ベッドに入って横になってた。
そして俺は電気を消す。
翌朝、この勝負について覚えていたのはティルフィングだけだった。




