強引マイウェイ
「お前マジでやってくれたな」
俺は今、ギルドの隅でティルフィングと小声で話していた。
あの受付のお姉さんはレスタという名前で、現在地下訓練場の使用許可を取りに行っている。
俺はその間ここで待たされているのだ。
この完全アウェイな空間。周りの奴らの「あーあ、やっちまったな」って視線が俺に刺さる。
【いいじゃねェーか。勝てるだろあれくらい】
「そういう問題じゃねぇよ。
あと声をもうちょっと抑えろ、ローブの中とは言え聞こえるだろ」
レスタさんは見た感じかなり強い。
ティルフィングとのシェアリングのせいで、そういうのも分かってしまうのだ。
ちなみにこのギルド内にいる奴ら全員がそこらの雑魚とは違う雰囲気を放っている。
レスタさんと戦って俺は勝てるだろうか。
ティルフィングがあれば余裕で勝てるだろうけど、さすがに真剣を使ったガチ勝負をする訳はないはずだ。
そうなると厳しいかもしれない。
ここは2つ前の町のギルドよりレベル的にもかなり高いっぽいので、SS級のアルトヴァイルに腕相撲でボロ勝ちできたからレスタさんにも勝てるという経験則も通じないだろう。
そもそもあの時は身体強化無しの完全な腕力勝負だから勝てた訳で、知らない魔法とかバンバン使ってこられたら俺はなす術ないのだ。
まああの受付嬢にとってこの決闘は遊びみたいなものだろうからそんな本気で来ることもないはずだけど。
そんなことを考えてると、レスタさんが戻ってきた。
「来いガキ」
そう言うとレスタさんはまた踵を返して奥の階段を下りていく。
それを見た周りの奴らもレスタさんに着いていった。もしかして観戦とかするつもりなのだろうか。
「はぁ、いくかぁ……」
こうなったらギルド登録の為にちょっと頑張るか。
ーーー
地下訓練場はそれなりの広さだった。
俺は少なくないギャラリーに囲まれて、その真ん中に立っている。
もちろん目の前にはレスタさんだ。
ローブとティルフィングは訓練場の隅に置いて来た。
「さて、簡単にルールを説明してやるよ。
さすがに普通にやったらアタシがお前をボッコボコにして終わるだけだ。それだとつまらないだろ?
だからお前はあそこにある武器をなんでも使っていい」
レスタさんが指さした先には木で作られた武器が立てかけてあった。
そこには棍から剣までいろんな武器がある。
レスタさんに視線を戻して俺は頷いた。
「そしてアタシは武器を使わないし魔法も初級しか使わない。
さらに出血大サービスで、お前はアタシに攻撃を3回当てるだけで勝利という特別ルールを加えてやる。
お前は戦闘不能になったら負けだ。
判定は外野に任せる。
少しは楽しませてくれよ?」
無理だと思うけど、とレスタさんは続けた。
さて、今のセリフを聞いてたら分かると思うがレスタさんはあまりにも俺をナメすぎてる。
俺は内心ガッツポーズをした。
ナメてかかってきてくれるならそんなにありがたいことはない。
一瞬で終わらせてギルド登録させてもらおう。
もしかしたらレスタさん相手にすごい!ということでちょっとしたコネクションも得ることが出来るかもしれない。
そこまで考えた俺はレスタさんを見てチンピラっぽくコキコキと首を鳴らした。
「レスタさんやりすぎたらダメですよ!」「レスタほどほどになー」「あのガキも可愛そうだな……あのレスタに喧嘩売るとはなぁ……」「手加減知らないよなあの人。ヤバくなったら全員で止めるぞ」
「…………」
ギャラリーからそんな声が聞こえてくるので、少し怖くなってきた。
ティルフィングが使えないのが本当に痛い。あの魔剣は結構俺の自信になってたみたいだ。
突っ立ってても仕方ないので、とりあえず俺は武器を選びに行くことにした。
武器のところに行くと、本当にいろんな武器があった。
当然のごとく、というか剣しか使えない俺は木刀を手に取る。
ヌンチャクとかもあったが、ここでチャレンジするのはやめておく。
木刀を握ると、俺はレスタさんの前まで戻ってきた。
相変わらず笑顔のレスタさんが怖い。
頭の中では多分俺をボコボコにする構想でもしているのだろうか。
「さぁ、始めようじゃねぇか」
「はぁ……。分かりました、やりましょう」
そう言って俺は剣を構える。
俺の構えを見た瞬間、レスタさんの雰囲気が変わった。笑顔も消えて即座に構えをとる。
ざわついていたギャラリーも静かになった。
「……ガキがだせる気迫じゃねえ。
お前、なんだ?」
自分では気迫なんて出してるつもりなんて全くないのだが、出てるらしい。
これもシェアリングのお陰だろうか。
だとしたらそれのせいでレスタさんの油断が消えたことになる。
とはいえ、ぶっちゃけあれだけのハンデを背負う相手に負ける気はしない。ティルフィング無しだとしても。
「いや、なんだって言われましても……。
てかこれ始まってるんですか?」
「ああ……。
……チッ、ちとハンデあげすぎたぜ」
俺の気迫(?)を見てレスタさんはハンデがキツイことに気づいたらしい。
そんなことより始まっているということなので、こちらから行かせて貰うとしよう。
俺はまず地を蹴り、一瞬で距離を詰める。
「あいつめちゃ速いぞ!」「身体強化使ってなくね?」「んなわけないだろ。生身であんなスピードだせたら化物だよ」「そんなことよりあのハンデじゃレスタさんヤバくないか」
俺はレスタさん懐に入ると、そのまま木刀で斬り上げる。
レスタさんはそれを後ろに大きく仰け反ることで回避。
そのガラ空きの体を蹴りたくなったけど、相手は流石に女なのでと思いとどまった。
いくらこの人でも女を足蹴にするのは良くない。
レスタさんは態勢を立て直すと後ろに飛び退く。
そして悔しそうな顔でギリッと歯を鳴らした。
もちろん怒りの形相だ。
「お前ッ! 今攻撃できただろうが!」
「ええ、戦場ならあなたは死んでます」
「ざけやがって!」
レスタさんが突っ込んでくる。俺はつま先で地面を蹴って土の散弾を飛ばす。
そしてレスタさんがそれを避けたところにすかさず木刀を振り下ろした。
しかし、レスタさんはそれさえも地に転がって躱す。
レスタさんはゴロゴロと転がってそのまま立ち上がると、俺の顔を見て叫んだ。
「お前、マジで殺してぇ! 女だからって手加減してるだろ!!」
「いやだって怪我するじゃないですか……」
無理な攻撃をすると大怪我をさせてしまうかもしれないのだ。
その時、レスタさんからブチッと何かが切れる音が聞こえた気がした。
そしてその直後レスタさんの足元に浮かび上がる魔法陣。
「アタシの負けだ。ギルド登録はさせてやるよ。
だけどちょっと付き合ってくれよ、クソガキ」
もしかして、本気にさせちゃった?
現れた魔法陣が消えた時、レスタさんを中心に風が巻き起こった。地下闘技場の土がレスタさんの体の周りに渦巻く。
「風装……、レスタさん本気じゃないか」「あのガキ何者だよ……」
レスタさんはただ無表情で俺に向かって歩いてくる。歩を刻むごとに吹き付ける風も強くなった。
そしてレスタさんが右手を高く上げると、その手に現れたのは一本の剣……いや、レイピア。
「ええっ!?」
「安心しろ、怪我したらアタシが治してやるから」
そう言った瞬間レスタさんの体が宙に浮き、ビュゥという音を立ててこちらに一気に近づいてきた。
そのまま手に持つそのレイピアで突きを放つ。
「ちょ……!」
俺はそれを紙一重で避けて、飛び退いた。しかし、レスタさんは俺にくっつくように飛び、次々と突きを放ってくる。
俺は木刀を使ってなんとか受け流す。そして着地。
「……やるじゃねぇか。
じゃあ少し本気を出すぞ」
次に襲ってきたレスタさんの突きは、それまでとは比べ物にならない速度だった。
しかし、まだ躱せる。
その突きをなんとか躱すと、俺は反撃のために木刀を少し後ろに引く。
おそらく次の突きまでのインターバルは先程と違って長い。
こんなに一発のスピードを上げたら連続性に欠けるはずなのだ。
そう思ってた瞬間に次の突きが襲ってきた。
「……ッ!?」
「ッらァッ!」
俺は木刀でその突きを払おうとするが、それを見切ったレスタさんはクルンと1回転して再び突きを放ってくる。
突きのスピードはさっきよりも速い。しかし見える。
俺は足を踏ん張って体を横にずらす。
するとレイピアは俺の服だけを貫いた。
が、そのレイピアはすぐに引かれ、また突きとして俺を襲った。
スピードはまた上がってる。
俺は木刀を地面に思いっきり突き刺した。そしてそれを踏み台にして後ろに飛ぶ。
そのまま壁ギリギリの所で着地した。
「あいつ、あの突きを全部躱したぞ……」
これ以上速度が上がるなら俺も無傷ってわけにもいかないだろう。
俺は壁に立てかけてあるのティルフィングをちらりと見る。
レスタさんがあんなの使ってるんだから、俺も使ってもいいだろう。
そう思って俺はそっとティルフィングに手を伸ばし、柄を握った。
【木刀なんかに浮気しやがって】
「黙っとけ」
今度は俺からレスタさんに突っ込む。
レスタさんもそれに合わせて俺に向かってきた。
そして、ビュンという音を立てて突きが放たれた。
見える。見えるが、この速度はおそらく避けれない。
だから俺は鞘からティルフィングを抜刀、そのままレイピア目掛けて切り上げた。
レスタさんの突きは俺のその動きを見ても止まらない。
スピードに自信があるのかパワーに自信があるのかは分からないが、それは失敗だ。
肩、肘、手首と三段階の加速を経て、レイピアが俺に届く前にティルフィングの刀身を衝突させる。
そしてそのままティルフィングは風を切るように進んでいき、レイピアの刀身を叩き切った。
「なァッ!?」
しかし、レイピアは斬ったけどレスタさんの勢いは止まらない。
刀身のみが綺麗に無くなったガードだけのレイピアを前にレスタさんは驚いた顔で突っ込んできた。
そしてそれは俺の肩にドンと当たる。
衝撃が走ったが、踏ん張って耐えた。
それと同時に、俺はティルフィングをすばやく背中から逆の手に移し、レスタさんの首元に持っていく。
静止、レスタさんが纏う風が俺の服をパタパタとならせた。
飛んでくる土や砂も煩わしいが、レスタさんとの視線を外さなかった。
「……ガキ、名前は?」
「レイヤっす」
「レイヤ、強いなお前。
もっとやり合いたいところだが、嫌な奴が来た」
「え?」
レスタさんの視線が俺の後ろに移ったので、振り向くと、俺のすぐ後ろにはヒゲはやした白髪のおっさんが立っていた。
服を着ててもわかるその筋肉質な体と、鋭い眼光。安定した重心に、その存在感。
後ろを取られたというのに全く気付かなかった。
只者ではないと予想される。
「レスたん負けてんじゃん!」
「負けてねぇ! あとその呼び方やめろ!」
レスタさんは風の衣を解き、体についた土埃をパッパッと払う。手に持っていたレイピアもいつの間にか消えていた。
「レスたん、この人だれなのん?」
「レイヤお前、殺すぞ?」
「レスタさん、この人誰ですか?」
「うちのギルドマスターだ」
それを聞いて驚いた俺は振りむいておっさんの顔を見る。
するとおっさんはニカッと笑ってみせた。
「ここのギルドマスターを勤めてる、ベリタス・パドルだ。よろしく」
差し伸べられたゴツゴツの手と握手をする。
「よろしく、おっさん」
「おーいおい! いきなりタメ口かよ! 俺にタメ口きける奴なんてレスたん合わせて数人しかいねぇぜ!」
豪快に笑うパドル。
なんとなくこの人には敬語を使わなくてもいいかなーっていうゆとり脳が働いたのだ。
「ダメっすかね?」
半笑いで言う。
「いや、気に入った! とりあえず上がろうや」
はい、イージーモード。