シャレティーラの2日間
町を飛び出してから2日経った。
こんなに時間がかかっているのは、シャーラの負担を気にしているからだ。
走り続けると風がキツイし、揺られるのでシャーラも結構体力を使う。
まあ急いでるわけでもないので、ゆっくり行こうという話になり、歩きやすい道は歩いて進んでいる。
2日もそうしてたので、もう国境は超え、山も四つほど越え、地図的にもそろそろバルジャンに着きそうなものである。
この2日間、飯と水は俺の創造でなんとかできたけど、寝る時が大変だった。
創造で寝具を作ってシャーラを眠らせて、俺は寝ると見せかけて見張りをしないといけなかったのであんまり眠れてない。
たまにティルフィングに見張りを任せて眠ったくらいだ。
途中で村や町を見つけたりもしたけど、寄らずにそのままバルジャンへと向かっている。
そうする訳は、なるべく早くバルジャンに着きたいから、だ。
さて、まあそんなことより、この旅一番の問題があった。
それはシャーラとの間で若干の気まずさが発生していたということだ。
まああんな事あっての後だから、気まずくなるのも分かっていたけど、いざ直面してみると中々居心地が悪かった。
ティルフィングとは案外なんでもなかった。しかしそれはティルフィングの性別は魔剣とは言え男だからだ。
そういうしがらみを少しは感じていても、わけないってのが男同士なのである。
まあこの2日間でティルフィングとのそのしがらみも、完全になかったことになったが。
ティルフィングが元々気にしてなかったからってのが大きい。
だけどシャーラの場合は違った。
町を出た最初の方はお互いに無理な話題で会話をしていたのだけど、元々会話の種がそこまでないのですぐにそれも切れてしまった。
そこで、それまで無理してた分気まずさが跳ね返ってきたのだ。
そこからはお互い何を話していいか分からなくなり、会話はほとんどなくなった。
そういう時にティルフィングの空気の読めなさが欲しかったのに、ティルフィングの口数もなぜか少なかった。
たまに話すことも自分の昔話なので、当然のごとく俺達の会話の回復には繋がらない。
自分たちで何とかしろって遠回しに言ってるように感じたが、それも勘違いに感じる。何考えてるのか分からないのがティルフィングだ。
そんなこともあってこれを何とかするために、俺は先ほどシャーラにスキンシップを測ったのだ。
そう、いつも通りおっぱいを触ると言う形で。
これは成功だった。
でも、雰囲気を修復したけど、シャーラ的にはあまり良くない結果になった。俺としては良い結果なのだが。
というのも、その時の俺はおっぱい触って、いつも通りシャーラに怒って欲しかったのだ。
そこで無視されてもいい、そこを起点になんとかしようと思ってた。
だけど触ってみたら、シャーラが嬉しそうな顔をしたわけだ。
いや、一瞬顔をパァーっと輝かせただけだが、確かにあれは喜んでた。
勿論、俺は驚いた。シャーラがそういう反応をした理由が分からないわけじゃないけど、思わず笑ってしまった。
シャーラは俺のその反応を見て、後から思い出したかのように怒ってきたけど、もう遅い。
というかそれも慌ててたので怒りきれてなかった。
そしてその後、シャーラの言い訳になってない言い訳が始まったのだ。
そう、今も続いてる。
「レ、レイヤ! 絶対わかってませんよね?」
「いや、だから分かったって!
あれは俺の勘違いなんだろ?」
「ほ、ほんとに分かってますか? あれは違うんです!」
【でも俺は見たぜェ!
あきらかにレイヤにおっぱい揉まれて喜んでたよなァ!】
「ち、違います! ほんとに違います!」
もうスパイラルしてる。
ティルフィングがいらないことを言うからシャーラの弁明が終わらない。
そうでなくてもさっきから俺が本当にわかったのか心配なのか顔を真っ赤にして何度も確認してくる。
【いやァ! シャーラちゃんは可愛いなァ!
レイヤに構って貰えてうれちかったんでちゅかァァー!?】
「いや、それは見たら分かるだろ」
かくいう俺もいらないことを言ってふりだしに戻してるのだ。
惚れ薬に代わる新しいシャーラのイジりネタが増えて嬉しい限りだ。
本当におっぱい触ってよかった。
と思ってた矢先、唐突にシャーラに生理が来た。
言い換えると、機嫌が悪くなった。
「……もういいです」
そう言うと、ズンズンと前に歩いていってしまう。
やりすぎてしまったようだ。
いや、当初の計算通りとは言え、やっぱりシャーラが怒るのは困る。
しばらく無視されるわけだから。
「怒ったじゃないか、お前のせいだぞ」
【アァ? 主にお前のせいだろ】
「あ? よく言えんなてめぇ」
【まあいい、怒った女をなんとかする良い方法を教えてやろうかァ? 大人の俺がァ!】
「……言ってみろ」
【シャーラの隣まで行ってそッと手を繋いでこい。
絶対に喋んな。
シャーラの方も見るなよ、前を向いとけ】
俺は前方を歩くシャーラを見る。怒っているので歩調も早い。
もう結構前を歩いていた。
それを見ると、そんなので何とかなるとは到底思えなかった。
「そんなのでなんとかなる訳ないだろ」
【いいからやってみろッて!】
ティルフィングがやたら推すので、俺はダメ元でやってみることにした。
小走りでシャーラの隣まで追いつき、その振られる手を見る。
シャーラはさらに歩調を早めたが、俺もそれに着いて行く。
本当にそんなのでなんとかなるのだろうか。
どっちみち怒ってるんだしやってみるけど。
そして、俺は隣を歩くシャーラの手を黙ってそっと握った。
俺は言われた通りただ前だけを見据えて、いつ手を払われるのかなと半ば諦めがちに待っていた。
するとその時、シャーラが弱くだけど確かに、俺の手を握り返してきたではないか。
驚いてシャーラの顔を見そうになったけど、耐えて前を見据えた。
ティルフィングの言う通り、なんとかなったのだ。
これに関してはティルフィングすげーと言うしかなかった。
でも喋るなと言われているので、俺は左手でピースを作ってそれを背に回す。
ティルフィングは何も言わなかった。
俺はその手をポケットに突っ込み、落ちてきたシャーラの歩調に合わせてゆっくり歩く。
バルジャンらしき町が見えてきたのも、丁度その時だった。
ーーー
街の中に入ると、バルジャンは今までの町とは比べ物にならないほど大きな街だということが分かった。
建物のサイズもいちいち大きくて、なんていうか体が少し小さくなった気分だ。
前の町とは違って地面は石で塗装されているので違和感もある。
そして街ゆく人々には若者が多い。
魔法学校の生徒だろうか、みんな決まった制服のようなモノを着ている。
今は丁度太陽が落ちるくらいの時間なので、授業が終わって帰宅の時間なのかもしれない。
街に入った俺達は最初に宿を取った。
宿も今までとは違って高級ホテルみたいな感じで、俺としては少しガッカリだった。中世雰囲気を楽しみたかったのだ。
普通に水道も電気もある。聞くと、両方とも魔法で稼働してるらしい。
さて、俺達がこれからすることと言えば情報収集だ。
魔法学校に入りたいって言ってもそんなすぐ入れるような所じゃないだろうし、そもそも街が広すぎるので、まず地図が欲しい。
それと魔力0の俺に必要なのはコネクションである。
ぶっちゃけ魔法学校に入れる気がしないのでお偉いさんとの繋がりが欲しいのだ。
だから俺はギルド登録をしようと思う。
丁度ここには世界最高峰のギルドがあるらしいじゃないか。
そんなうまく行くとは思えないけど、なにかしらのイベントが発生したら、上層部の人と関わりを持てて、その上色々教えてもらうこともできるだろう。
そうなればもうイージーモードだ。
そうなったとして、俺達の隣国での出来事は話さない方がいいだろか。
言っても誰も信じてくれなさそうだけど、隣国でお尋ね者だという事だけがバレたら面倒な事になるかもしれない。
安心した生活を送る為の予防線を張るってのも……いや、いらないか。
よく考えたら異世界に来て安心した生活ってのもつまらない。
それにそういう面倒ごとだったらある程度のスリルとして楽しめるので、俺は嫌いじゃない訳だ。
面白くなくなったらすぐにここを去ればいい。魔法学校が面白くないはずはないから、しばらくは持つと思うけど。
……考えが飛躍していったが行動を起こさないと始まらない。
というより、行き当たりばったりの方が良いに決まってるのに、余計なことを考えてしまった。
俺は仰向けになり、天井を見つめる。
そして起き上がった。
「……どうしたんですか?」
横でロビーに置いてあった本を読んでいるシャーラが目も向けず俺に聞いてきた。
「ちょっとギルド行ってくるわ」
俺は壁に立てかけてたティルフィングを背負い、その上からローブを羽織る。
【何しに行くんだよ!】
「ちょっと情報収集。シャーラは留守番しといてくれ」
「分かりました」
シャーラは着いて来たがると思っていたのだけど、本に夢中だった。
ーーー
「あいたたたたたたた」
ギルド“天空の使者”
「マジで痛いなこれ。ギルドってなんでこんな痛い名前多いの?」
【知らねェよそんなの】
そのでかい建物を俺は見上げる。
ここが世界最高峰のギルドか。
「ティルフィング、ここでは絶対に喋んなよ。絶対だからな」
【しゃーねェな】
ティルフィングがそう言ったのを確認して、俺はその建物の中に入る。
中は他で見たギルドとあまり大差はなく、至って普通だった。
ただ、俺が入ってきた瞬間、急に静かになったのはどういうことだろうか。
やっぱり世界最高峰ともなると、見知らぬ顔は警戒されるのかもしれない。
若干ピリピリした雰囲気の中、俺は受付まで歩いていく。
受付には赤髪の受付嬢らしきお姉さんが座っていて何か忙しそうにしてる。
そしてここから見てもわかる、美人だ。
俺は受付の所まで来ると、そのお姉さんに話し掛けた。
「あの……ちょっといいですかね」
「便所ならあっちだ、クソしたら帰れガキ」
聞き間違いだろうかと思って受付嬢の顔を見る。受付嬢はすごい笑顔で俺を見ていた。
この笑顔で今のセリフを吐いたとしたらとんでもない人だ。
この態度からして、ギルド登録なんてさせる気ないのも分かる。
「……ギルド登録とかは……」
「お前みたいな雑魚がここに入れるわけねぇだろ。さっさと帰れ」
とりあえず受付嬢の最後の言葉だけ俺は聞き直そうとした。
……のだが、その前に後ろの魔剣がやりやがった。
【えぇーと、雑魚ギルドの受付嬢ごときがなんでこんなに偉そうなんですかね?
そんな言葉使ってたら婚期逃しますよ。ってもうババアか】
それは俺そっくりの声だった。口調すらも。
こいつ声真似なんてできんのか、なんて感想の前に俺は目の前で眉をピクつかせてるお姉さんに心底恐怖する。
笑顔がひきつってる受付嬢を見て、とりあえず今日は帰った方がいいことを悟った俺は、踵を返してそろそろと出口に向かう。
まさかギルド登録すらままならないとは思わなかった。
俺が帰ろうとしてるのを見たのか、後ろから声がかかる。
「どこいくんだよクソガキィ……。
その度胸に免じてギルド登録させてやろうじゃねぇか……。
ただし、アタシに決闘で勝ったらなァ……」
寒気がした。
どうやらイベントは俺が一番望まない形で発生したようだ。
俺は振り向かずに逃げ出そうとしたが、グッと首元を掴まれた。
勿論その手は受付嬢のものである。
「あ、あの……。キャンセルとかって……」
「もちろん無しだ」




