表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/108

それでも繰り返す

 宿に帰ると、シャーラは丁度起きたらしくて体を起こしてボーッとしていた。


「レイヤ、どこ行ってたんですか?」


「婆さんの所に別れの挨拶に行ってたんだよ」


「え? どうして起こしてくれなかったんですか?」


「起こしたさ。何度起こしても起きなかったんだよ」


 俺はそう言いながらベッドに腰掛けた。シャーラは不満そうな顔で俺を睨んでいる。


 

 シャーラには婆さんの死を伝えないことにした。

 俺のせいだから、とか俺一人で背負うから、とかそういうのではない。

 全てを話して、俺を慰めたりしてくると困るからだ。


 ティルフィングはあれから一度も話してこない。普段うるさいもんだから、違和感を感じる。


 妙な沈黙が訪れた。

 シャーラとは昨日の話もあって、会話が続かない。


 俺は思わず(こうべ)を垂れて、手で顔を覆いかけたが、グッとこらえて立ち上がった。


「腹減ったな。飯でも食いに行くか。

 そうだ、そのままバルジャンに向かおう。

 シャーラ、荷物はまとめ終わってるよな?」


 シャーラが俺の手を掴んだ。


「……レイヤ、どうしたんですか?」


 シャーラのその声は異様に部屋に響いた気がした。

 表情にこそ出さなかったが、驚いて一瞬の間を空けてしまう。


「え? なんで?」


 こうも早くシャーラが何かを察するとは思わなかった。

 そんなに俺は隠しきれてなかっただろうか。

 いや、そんなことはないはずだ。


「顔色、悪いですよ……?」


 シャーラとの視線を逸らせない。

 言葉を間違ってはいけないと思った。

 慎重に何て返そうか考えたが、空白を空けてしまうと余計にシャーラは何か感づいてしまいそうだ。

 ティルフィングに助けを求めようとしたけど、既のところで思いとどまる。


「シャーラのおっぱい揉めば治るかもな」


 俺が言いそうな事を必死に考えて出たセリフだった。

 身振りも口調もふざけて言ったのに、シャーラは表情を変えずに立ち上がって俺の目の前まで回り込んできた。


「……いいですよ、触っても」


 ダメだと思った。

 シャーラは完全に何かを悟ってる。

 俺が今からどんなことをしようとも、シャーラを動かすことはできなさそうだ。

 シャーラからはそんな断固たる意思が感じとれた。


「もしかして……、昨日のことですか?」


「……それは」


 否定しようと言葉がでかかる。

 だけど考え直した。

 今のシャーラから逃れるにはここで肯定するしかない。


 肯定したら、シャーラは気に病むかもしれない。シャーラはしたいことを主張できなくなるかもしれない。

 実際、俺もそれで少し憂鬱になっていた部分もある。

 だけど、今はそれとは違う。


 俺は嘘をついた。


「……そうかもしれない」


「そう、ですか」


 シャーラは俯く。

 やっと外れたシャーラの視線に、俺は小さく息を吐いた。

 もしかしたら、今の嘘もシャーラにはバレているかもしれない。


 それでも良かった。


「飯、食いに行こうぜ」


「……はい」



ーーー



 宿を出て俺達は近くの酒場に入った。

 なぜ酒場なのかと言うと、祭り中なので開いてる店が酒場くらいしかないのだ。ぶらぶら食い歩きをする気分でもないので、酒場に入るしかなかった。


 酒場は思ってたより……いや、かなり賑わっていた。

 祭りだから昼間から酒を飲む人が多いのだ。

 チェックアウトする時に気付いたのだが、宿も初日より混んでいたので、この町に人が集まってきているのかもしれない。


 テーブルが空いてないので、俺達はカウンターに座る。


 会話はなかった。

 シャーラも注文を頼むと、黙り込んでしまった。

 話しかける気も起きない。ティルフィングもだんまりを決め込んでいる。


 俺達は、運ばれてきた料理を食器の音だけ立てて食べた。酒場が騒がしすぎて本当はそんな音なんて聞こえない。

 だけど俺の周りだけ嫌に静かな気がした。


 食欲もないのにパンを無理に詰め込む。シチューも流し込んだ。



 そんな時、俺は聞こえた気がしたんだ。

 いや、確かに聞こえた。

 断片だけど「薬屋」という単語が確かに聞こえた。


 俺はバッと振り返った。


 すると入り口のテーブルに、騒ぎ立てながら酒を飲んでいる7人の男達を見つけた。近くに大きな弓や、剣が立て掛けられていた。


 俺は確信する。

 あいつらだ、と。


 思わずギリっと歯を鳴らした。


「レイヤ? どうしたんですか?」


 シャーラに声を掛けられて、ハッとなる。


「いや、なんでもない」


 そう言って食事に戻った。気にしてはいけない。

 しかし、耳だけはどうしてもあいつらの方に集中してしまう。

 俺は必死に振り切ろうとしたが、無駄だった。

 無理やり耳に入ってくるみたいに、声がねじ込まれる。


 聞こえてきた内容はこうだ。


 湖のほとりに行ったらユニコーンの群れがいたが、気づかれて逃げられた。

 いや、一匹取り残されてると思って見てみるとそこにいたのは薬屋の魔女だった。

 で、逃げられて苛立っていたあいつらは憂さ晴らしに婆さんを殺した。


「……っ!」


 俺はそこまで聞いて耳をふさいだ。目もつむった。

 しかし、それでもあいつらの声が聞こえてくる。


「あの時の魔女の顔は傑作だったよなァ!」


 めまいがした。


 本当に俺が……悪いのだろうか?

 俺の、せいなのだろうか?

 フレラルト達の、せいなのだろうか?


 いや、そんなことより……。


 もう俺は、下種でいい。



 気づけば立ち上がっていた。



【おい、レイヤ。

 何故オレを抜こうとする? 頼むから稚拙でくだらない理由だけは吐いてくれるなよ】


 稚拙でくだらない理由。

 復讐とか断罪とか、そういうのだろうか。


 だとしたら、こいつの見当はてんで外れてる。


「あ? 何言ってんだ。

 俺はただ、ちょっと機嫌が悪いから、丁度いいカスもいるし、憂さ晴らしに弱い者いじめでもしようかと思ってるだけだ」


【そうか、そういうことなら……、大歓迎だ】


 俺は鞘からティルフィングを引き抜き、一度ブンと振った。

 俺がティルフィングを抜いたことに、酒場にいる人間は誰一人として気付いていない。


 何かブツブツ言っているティルフィンの刀身をだらりと下げる。

 剣先は地面に当たるが、俺はガリガリと地を削りながらゆっくりと歩き出した。


「レイヤ……!?」


 シャーラの声が後ろで聞こえたけど振り向かない。

 俺の一方的な暴力を見て、シャーラは何を思うだろうか。軽蔑するかもしれない。

 だけど、少しずつ縮まる奴らとの距離に、俺が高揚感を感じているのも事実だ。

 これはもう、どうしようもない。


 俺はすぐにゴミ共がたかるテーブルの前まで着いた。


「んだてめぇ……?」

「剣なんて抜いてやがるぜこいつ」

「誰か相手してやれよ」


「しゃーねぇな」


 出てきたのは、ガタイの一番大きな男だった。

 男は俺の目の前にズシンと立ちふさがる。


 気づけば騒がしかった酒場は静まり返っていた。

 俺達に注目が集まっているのだ。


「おいガキ、剣を抜いてるってことは遊びじゃねぇよな?」


 丁度言い終わったくらいで、俺はその男のみぞおちに拳を叩き込んだ。

 男はうめき声を上げることもなく沈む。

 前のめりに倒れた男を踏み越えて、俺は再びテーブルの前に立った。


「なっ……!?」


 男達は何が起きたか分からないといった表情をしている。

 

 そんな男たちを見て、まずはテーブルを蹴飛した。

 反対側にいた二人の男はテーブルもろとも吹っ飛んで、壁にぶつかる。


「こいつ……やべぇぞ! お前ら剣を持て!」


 椅子から立ち上がる男達。

 俺はあえてこいつらが剣を手にするのを待った。


「オラァ!!」


 剣を手にしたや否やすぐに斬りかかってきた一人の男。

 剣は遅く、剣筋ははっきり見える。

 それを俺は、手で止めてやった。


「……え?」


 そしてティルフィングを横に振るう。

 血しぶきが上がった。


「あぎゃぁァァァァ!!」


 のたうち回る男を、踏み抑えて黙らせる。

 少し斬っただけなので、死にはしないだろう。

 かなり痛いとは思うが。


【キヒッ! クックック……!】


 俺が次の標的を定めるために残った三人を見渡してると、ティルフィングがそんな声を上げた。


「なんだよ、気持ち悪いな」


【いや、面白くてなァ……!】


「そうか」


 ティルフィングの刀身をちらりと見る。しかし血はついたままで吸ってはいないようだ。

 こいつこそ、これを復讐かなんかだと思ってるのではないだろうか。


「吸えよ、血を」


 少しおちゃらけ調子で俺は言ってやる。


【……それもそうかァ】


 ティルフィングがそう言うと、刀身についた血がゆっくりと染み込んでいった。それはやっぱり嫌々って感じがした。


 それをみた後、俺は再び歩き出す。


「ヒッ……、く、くるなァ!」


 来るなと言いつつも自ら斬りかかってきたそいつの腹に思いっきり膝を入れる。

 そして下がったうなじに肘打ちをいれて地に落とした。


 顔を上げると、残った二人は戦意喪失したようで、すでに剣を手放している。

 しかしそんなことは関係ない。

 俺は二人の男を追い詰めるように歩き出す。


「な、なんで俺達なんだっ!?」


 その問いには答えない。

 俺は黙って距離を詰める。


「た、助けてくれ……!」


 命乞いしながら後ずさる二人の男を追い詰め、とうとう壁にまで追いやった。

 俺はティルフィングを構える。



 その時。


【レイヤ、後ろだァ!】


 ティルフィングのその声で、俺は後ろの殺気に気付く。

 急いで振り向くと、そこにいたのはバルトだった。

 腰の剣に手を添え、態勢は低い。俺は完全に奴の必殺の間合いに入っていた。


 そして勇者の抜刀。

 俺はティルフィングをなんとか前に持っていってそれを受ける。

 ギィィン、という音と共に火花が散った。


「チィッ……!」


「なっ……!?」


 重い一撃だった。合わさった剣を少し逸らして受け流す。

 そのまま俺は地を蹴って飛び退き、さらに後ろの壁を蹴って上からバルトの後方に回り込んだ。


【ってェーなァ! アイツ聖剣なんて使ってやがる!!】


 手が少しジンジンする。それだけ今の一撃には威力があった。

 バルトの方も、今の一撃を防がれたことに驚きを隠せていない。 

 それにしてもいきなり攻撃なんてこいつ本当に勇者だろうか。


「勇者様!」「た、助かったぁ……!」


 男達のその言葉を筆頭に、酒場に歓声が上がった。

 バルトが来たことで酒場に勇者コールが始まる。その中で俺をぶっとばせなんて言葉も聞こえてきた。

 完全に悪役だ。だけど気分は悪くない。


「レイヤ……、やっぱり君が……」


「今更かよ無能勇者」


「……なぜこんなことをする?」


「ただのストレス解消だ」


「……なっ!」


 俺は逃げていく男達を横目でみて、軽く舌打ちする。


 まあ、勇者が相手でもいいか。

 そう思った俺は視線を勇者に戻した。

 勇者コールがやまない中、俺は勇者に向かって歩き出す。

 勇者は剣を構えていた


「レイヤ……、君は悪だ!」


「はいはい」


「君は裁かれなければならない!」


「分かった分かった」


 勇者の語りを聞いてやるつもりはない。どうせ自己満足の正義感かざしたオナニーだ。


 俺はダンと音を立てて地を蹴った。それで勇者との短い距離なんてすぐに詰まる。

 そして2つの剣が合わさった。

 衝撃波でブワッと髪の毛が逆立つ。


「ッ! なんて重い……」


【オラオラァ!】


 ティルフィングが勇者の魔力を質量に変えていく。

 勇者は力を抜き、剣を引く。そして横に飛び退いた。

 俺はそれを剣で追う。

 音を立てて再び合わさる剣、増える質量。

 勇者は両手で剣を持っているが、俺はもはや片手で十分だった。


「この……!」


 ギリギリと剣を押し付ける。

 勇者の足が床にめり込んでいく。そんな勇者の胸を俺は蹴り飛ばした。

 勇者は酒場の壁に穴を開け外へとふっとぶ。

 いつのまにか勇者コールもやんでいた。

 この雰囲気を楽しみながら勇者に追撃をかけようと、俺は歩き出す。


 その時、ふとシャーラのことを思い出した。

 俺は振り返らない方がいいと分かっていながらも、やっぱり振り向く。

 すぐにシャーラと目があった。


 その目は怯えていた。

 俺を見て、怯えている。

 取り返しのつかないことをしたんだと思った。

 魔法学校に行くにしろ俺はもうシャーラと旅を続けられないとも思った。

 なぜなら、理由もなく人をいたぶり、それを楽しんでいたのだから。

 こんな奴とはシャーラも一緒にはいたくないはずだ。現に怯えてる。


 しばらく呆然とシャーラを見ていたが、俺は勇者の方に向き直る。


 追撃は、やめた。だけど俺は勇者の方に向けて歩き出す。


 俺といるってことはシャーラが魔力源泉(エターナル・スペル)だということはもうバレているはずだ。

 捕まると、シャーラはまたあそこに連れて行かれるだろう。


 だけど、勇者に頼めば何とかしてくれるかもしれない。

 いや、きっとなんとかしてくれるはずだ。

 気に食わないけどイケメンだし、女に酷いことをするような奴でもない。なによりシャーラにあいつは一目惚れしてる。


 もし普通に頼んで無理なら土下座しよう。それでも無理なら脅してでもそうさせよう。


 そんな事を考えながら歩いていると、俺の腕を誰かが掴んだ。

 誰だと思って振り向いてみると、それはシャーラだった。


「お前……」


「レ、レイヤ……! ど、どこにいくつもりですか……?」


「どこって、勇者んとこだけど」


「……そうじゃ、ないです!」


 シャーラが俺にガバッと抱きついてきた。まるで行かせないというように。

 そう、また悟られた。


「……魔法学校、一緒にいきましょうよ……!」


「……あ」


 こいつ、さっきのあの目は怯えてた訳じゃないのか……。


 俺が左手をシャーラの肩に置くと、シャーラが震えていることに気付いた。

 シャーラのしがみつく力が強まる。

 そして胸の中でシャーラは小さくすすり泣き始めた。


「一人に……、しないでください……」


 立ち尽くす。全てに置いて、俺は何もわかってなかった。

 俺はティルフィングを鞘に納める。


「なぁ、ティルフィング、俺はまだガキだ」


【知ってるさ】


「じゃあさ、情けないけどさっきのはやっぱり復讐でもいいか?」


【ああ、それも知ってた】


 ずっと我慢していたものが解き放たれる。自分すら騙してた。

 何か別のもので覆って、復讐をしたんだ。


「悪いなティルフィング」


【仕方ねェ、貫き通せねェガキを飲み込むのが大人ってもんだ。

 許すぜ】


 それを聞くと、俺はシャーラをそっと引き離す。

 丁度勇者が立ち上がってきたのが見えた。


 俺はダッシュでカウンターの所に置いた荷物を取りに行き、戻ってくるとシャーラをお姫様抱っこして酒場を飛び出す。

 それを見た勇者は俺を追いかけてくるが、遅い。


「待て!」


 俺は飛び上がって屋根の上に乗る。そしてすぐに勇者を撒いてしまった。


 風を切って、駆け抜ける。肩にかけた荷物が体に当たって何度もバウンドした。


「シャーラ、このままバルジャンに行こう!」


「こ、このままですか!?」


「ああ、いいだろ!」


 そう言って俺はシャーラを抱える腕の力を少しだけ強くする。


「……はい!」


 シャーラは笑顔で返事をした。



第三章――終

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 辛くて苦しいけど好きな回。 読み返してみると、この回から少しずつレイヤ達が経験するあの旅が始まっていく感じがして楽しみなような苦しいような複雑な気持ちになります。 [一言] 弁当箱先生…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ