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レイヤと命

【で、お前はいつまでこの町にいるつもりなんだよ】


「明後日くらいには出ようと思ってる。

 祭りもちょうど明日で終わりらしいしな」


 宿に帰った俺達は、今後の進路について話し合っていた。

 テーブルの上には先ほど買っておいた地図を広げ、それを囲むように立っている。


 もう外はすっかり暗くなってるが、いまだに祭りで賑やかだ。

 勇者も祭りが終われば町を出るだろう。


「で、次にどこ行くかなんだけど……。

 シャーラはどこに行きたい?」


「海を見てみたいです」


「無茶言うな」


 この地図には、俺達が今いる国とその隣国の地形しかのってない。

 少なくともこの地図の中に海は記されていないので、おそらく海は相当遠いのだろう。


「とりあえず国境越えようぜ。

 近いのはこの国か」


 そう言って俺が指差したのはリーセルハルバイナという国だ。


【昔と変わりすぎてちっとも分かんねェ!】


「なら静かにしてろ」


 俺はリーセルハルバイナがテーブルの中心に来るように地図をずらす。


 地図を見てる限り、町や村はたくさんあるようだけどまずはどこに行こう。

 やはり近い町から順々と渡っていくべきか。


「リーセルハルバイナと言えばバルジャンの魔法学校が有名ですね」


 とてつもなく興味深い単語がシャーラの口から飛び出てきた。

 これでもう行き先は決まったも同然だ。


 異世界といえば魔法学校。

 今まで思い浮かばなかったのが不思議なくらいだ。


「よし、バルジャンにいこう。えーとバルジャンはと……」


 俺が地図でバルジャンを探しているとシャーラの指が地図へと伸びた。


「バルジャンはここです」


 バルジャンは国境を越えてかなり離れたところにあった。

 遠い。荷馬車で行くとどれくらいかかるかわからない。


「新幹線でいくかぁ……」


「なんですかそれは?」


「いや、なんでもない」


 シャーラに言うと嫌がりそうなのでよしておこう。


 これくらいの距離なら、俺の足で一日もかからないはずだ。荷馬車は捨てよう。


「つーか学園生活とか絶対楽しいやん……」


「えっ? もしかして入学するつもりなんですか?」


「は? 逆になんのつもりだったんだよ。当たり前だろ」


 俺がそう言うと、シャーラの表情はパァーっと明るくなった。その目は輝いている。


「私、学園生活がずっと夢だったんです!」


【シャーラはともかく、魔力0の糞が入学できるわけねェだろォ!】


「あ」


 ガクンと膝をつく。


 そうか、そういえば俺には魔力がないんだった。


「な、なんとかなるっしょ」


【いや、ならねェよ】



ーーー



 とりあえずバルジャンに行ってみるということで話は落ち着いた。

 バルジャンというか、リーセルハルバイナは世界最高峰のギルドもあって、魔王討伐に一番貢献している国らしい。

 そんな国だったら俺の情報も行き渡っていて、もしかすると捕まるかもしれない。

 だけど魔法学校。

 最優先事項を見失ってはいけない。魔力0でも頑張れば入れるかもしれないんだ。


「おけ、明日出発しよう」


【魔法学校って聞いた途端だなァ!

 もう一回言うけどお前が魔法学校に入れる可能性はほぼ0、OK?】


「うるせぇ!!」


 俺は望みもクソもねぇことを言ってくるティルフィングを地面に叩きつける。

 そしてそれを拾い上げてまた背中に担いだ。


【ひでェなオイ!!】


 とりあえず部屋の中に散らばった荷物を片付けないといけない。

 主に俺の服などが散らばりまくってる。


「そういえば勇者さんはなんでこの町に来たんですかね?」


「知らね」


 そういえばそうだな。転移魔法でもなんでも使って、すぐに魔王討伐に行ったりできそうなのに。

 いや、転移魔法とか使えないから馬車で旅をしているのだろうか。

 まあ勇者の事情なんて知ったことじゃないし、考える意味もないか。


「転移魔法とか使えたら便利だろうなぁ……」


 ル○ラは行ったことある場所しか行けないし。


「かなり難易度が高い魔法ですよ?」


 ポイントはそこじゃねぇよ……。魔力ねぇんだよ……。


「そもそもお前が魔法使えたら……」


「使いたいんですけど、誰からも教わったことありませんし……」


「つかお前が魔法覚えたら無敵だよな」


 ほぼ魔力無限のシャーラだ。そんなのが魔法を覚えたらもはや兵器だろう。


 ふと思ったんだけど、もし俺が魔法学校に入れなかったら、シャーラとの旅はそこで終わりなのではないだろうか?


 魔法学校に入れないとなると、俺は旅を続けることになるはずだし、シャーラは学園生活を夢と言うくらい憧れてたんだからわざわざそれを捨てて俺に着いてくる理由もない。


 というより、元々シャーラと一緒に旅する理由がないんだから、シャーラのやりたいことが見つかったら、それが魔法学校じゃなくても別れが訪れるのは必然だろう。


 正直シャーラと旅するのは結構楽しいからそうなると寂しい。シャーラがそうだったかは知らんけど。


 なんにせよシャーラの人生だ。全てはシャーラが決める。


「どうしたんですか? 余計変な顔になってますよ」


 黙り込んでいたせいか、俺の顔をのぞき込んでくるシャーラ。

 今言っておくべきか。


「多分お前の魔力だったら、魔法学校に入れる。

 宝具だってことも多分バレない。

 国を越える訳だから、追手もなんとかなるだろう。

 お金とかのことも俺がなんとかできる」


【はァ!? シャーラって宝具なのかァ!?】


「うるさい」


 今んとこシャーラが宝具なのを見破ったのはラインだけだ。いや、ラインも情報を照らし合わせてシャーラが宝具だと分かっただけで、実質見破ったわけじゃない。

 どう言う訳か、ティルフィングですらこれなのだから確信的だ。


「えっと、何が言いたいんですか……?」


「俺が魔法学校に入れなかったら、また旅を続けることになるけど、お前はどうすんの?」




ーーー



 翌朝、少し憂鬱な気分で俺は目覚めた。

 結局あの時シャーラは俺の問いに答えられなかったのだ。


 窓を開けて外を見てみる。空は青く、風は冷たい。

 太陽はすっかり山の向こう側から出てきてしまっていて、部屋にその光を注ぎ込んでくる。どうやら寝過ぎてしまったようだ。


 俺がベッドから降りて靴を履くと、ティルフィングが俺が起きたのに気付いて声を掛けてきた。


【浮かない顔だなァ】


「そうか?

 そんなことよりティルフィング、婆さんのところに別れの挨拶に行こう」


【シャーラはいいのか?】


「もしかしたらもう婆さん湖まで行ってるかもしれないし、こいつ連れてったら時間かかるだろ」


 そう言ったけど、実際は隣のベッドで眠るシャーラを何故か起こす気にはなれなかったのだ。


【……そういうことにしといてやるよ】


 俺はテーブルの上に無造作に置いていたローブを羽織り、その上からティルフィングを背負う。

 そしてシャーラを置いて宿を出た。



ーーー



「道あってんのかこれ」


【知らねェよ】


 薬屋に行ってみたけど婆さんはやっぱりいなかった。

 だから俺は今、あの湖に行くべく山を登っている。


 俺一人ならすぐに湖まで辿り着けるはずだけど、道が間違ってたら話にならない。


「あ、あの木は昨日も見た気がする」


【じゃあ合ってるだろ】


 俺はぬかるんだ土を踏みしめて、草は木の枝を避けながら前に進んでいく。

 しばらく進んでいくと、例の湖が見えてきた。やっぱり道はあっていたようだ。


 俺は木々の隙間を走り抜ける。そして、湖へと辿り着いた。


 真っ先に目に飛び込んだのは、一箇所に群れる動物たちの姿だった。

 俺が現れたのに気づいて、みんな首をこちらに向ける。


 ここに集まってきているということは、婆さんがいる証拠だろう。

 姿は見えないけど、もしかしてログハウスの中にいるのだろうか。


【オイ、おかしくねェか? なんであいつら一箇所に集まってやがる】

 

 そう言われればそうだ。

 それに動物たちの声が全く聞こえない。

 こんなにたくさんいて、誰も話さないのはおかしい。昨日はあれだけ騒がしかったのに。


 動物たちはただ俺を黙って見つめていた。


「ど、どうしたんだよ……」


【何かあったっぽいなァ……】


 何故か嫌な予感がした俺は、そう問わずにはいられなかった。


『やはりこの人間、私達の言葉を話す』『今時そんなのもいるのか』『匂いも他とは違う』


 沈黙していた動物達は、俺の言葉を聞いてざわつき出した。

 静寂から打って変わって騒がしくなって、なぜか俺は一瞬安心した。


 が、そのざわつきの中から一つの怒声が響き、ざわつきは止まる。


『そんなことはどうでもいい!!』


 一匹のユニコーンが俺の前まで歩いてきた。おそらく先程怒声を放ったのもこいつだろう。

 他のユニコーンより小さな体、子供だろうか。


『よせ、フレラルト』『その人間のせいじゃない』『仕方ない、フレラルトは若すぎるから』『みんな我慢してるんだ』


『うるさい! こいつが僕らの言葉を話せるのなら、言いたいことが言えるぞ!』


 状況の展開に頭がついていかない。だけど、ただ事ではなさそうだ。


「何があったんだよ……?」


 俺は目の前のフレラルトと呼ばれていたユニコーンにそう聞く。

 

『………………メグは……殺されたよ』


【……あ?】


「え……?」


 何を言っているのか分からなかった。

 理解できなかったが、その言葉は分かる。

 そしてそれは段々と脳に染みていった。


 その時、俺は動物たちがなぜ一箇所に集まっているかがわかってしまった。


 いるんだ、そこに。婆さんが。


 俺はフラフラと歩いて、動物たちの中心まで行った。


 そしたら、そこには婆さんが血溜まりを作って横たわっていた。


【……】


「……な、なんだよこれ……」


 俺はひざまずいて婆さんの体を抱き起こす。体は冷たかった。


『………………せいだ』


 後ろからフレラルトの声が聞こえた気がした。

 しかし俺は振り向かない。いや、振り向けない。


 俺は、人の死を初めて見た。


 そして底しれぬ恐怖をまず、感じた。


 ナメていたんだ。異世界を、死を。 

 俺は二回も死んで、転生したから死に対する恐怖は薄れてしまった。

 しかし、直面してみるとどうだ。


 呼吸をしていない、顔が白い、心臓が動いていない。


 まさに、死、だった。


「嘘…………だろ」


 そして、震えた。

 が、次に俺の心を侵食したのは怒りだった。

 俺の心の恐怖がどんどんと怒りへと塗りつぶされていく。


「誰がやったんだ……」


 俺が静かに呟くとそれを質問と捉えたのか、誰かが答えた。


『何もこの場所を知っているのはマーガレットとお前たちだけではない。

 いつも昼前に私達の毛皮などを狙ってくる町の賊がこの場所に来るんだ。

 マーガレットはいつもすぐに帰ってしまうから、道も違うし鉢合わせたことはなかった。

 だけど今日は……』


「あ……」


 俺にとって衝撃的な事実だった。


 後ろのフレラルトの声が再び紡がれる。


『……お前のせいだ!!!』


 そうか……、あの家か……。


 俺のせいじゃないか。

 俺のおせっかいのせいで婆さんは死んだんじゃないか。


 お前のせいだ、という言葉が頭で反響する。


 俺は立ち上がろうとしてたのだけど、再び膝を地に戻してしまう。

 先程の怒りはどんどん鎮火していって、最終的に俺に残ったのは、後悔と、虚無感だけになった。


 婆さんは泣くほど喜んでいたんだ。

 それに俺は知らなかった。


 言い訳が、頭の中でぐるぐる回る。

 それが俺の心をさらに傷めつけた。


『確かに、あの家がなければ……』『フレラルトの言うことも一理ある……』


 動物たちの声が耳に入ってくる。


 罪悪感で押し潰されそうな中、俺は耐えて、それを噛みしめた。

 俺にはただ俯くことしかできない。


『人間はいつも意味のない殺しをする! 自分のことしか考えてない下種ばっかりだ!!

 どうせまたほっとけばこいつは復讐なんてしようとするよ!』


 そうだ、俺はついさっきまでやり返すことしか考えてなかった。

 こいつの言う通りだ。




【死にぞこないのババアが一人死んだくらいでギャーギャーうるせェな】



 ふと、ティルフィングのそんな声が響いた。

 いつものような騒がしさはなくても、その声はよく響いた。


 俺は驚いて首を上げる。


『魔剣、お前も何かを殺すためだけに生まれた道具なんだ! 殺しの道具が何を語る!!』


【婆さん死んだけどよォ、お前らは守ろうとしたのかァ?】


 その言葉で、湖のほとりは静まり返った。


【おおかた婆さんなんて放っぽいて逃げたんだろうなァ、殺されるのが怖いから。


 だけどこいつなら、相手が魔王だって立ち向かってたんじゃないかって殺しの道具であるオレは思うわけよ】


 短い付き合いだけどな、とティルフィングは付け足した。


 俺はティルフィングの声を黙って聞いていた。

 声で分かった。ティルフィングは怒っている。


 だから、ティルフィングの言葉を俺は遮れなかった。


 その言葉を聞いたフレラルトも、まただんまりになった。

 そして嗚咽を上げたす。


『……わかってる、わかってる……。

 僕達は……、メグを置いて……、逃げたんだ……。

 その人間のせいにしないとやってられなかったんだ……』


 しまいには泣き出すフレラルト。その瞳から大粒の涙が溢れた。


 ユニコーンだって、泣くのか。


「違う……。やっぱり俺のせいだ……」


【チッ……】


 フレラルトが泣きながら俺の方へと近づいてきた。

 


『……お前は何でも創れるんだろ……。

 なら創ってよ……!

 メグの命を!』



「……俺に命は、創れない」






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