森の理解者達
「主人がこの場所のことを教えてくれたんだ。
その主人は何十年も前に逝っちまったから、今じゃここを知ってるのはアンタらを除けばアタシだけ」
【辛気臭せェ話だなァ! かまって欲しいのかァ!?】
「そういうわけじゃない、と言ったら嘘になるね。
ただ、年寄りは過去を語るのが大好きなのさ」
婆さんはそう言って自分のポケットをまさぐりはじめた。
何を出すんだろうと思っていると、そこから出てきたのはくしゃくしゃの紙。
「なんだよそれ」
「これはね、主人が描いた設計図だよ」
「何のですか?」
シャーラが聞くと、婆さんはそのくしゃくしゃの紙を広げ、俺に渡してきた。
俺はそれを手にとって見る。シャーラものぞき込んできた。
「家の設計図か」
「そう、主人とアタシはここに家を建てて住むつもりだったんだ。
今じゃ無理だけど、ここに住めたら幸せだと思わないかい?
若かった頃のアタシは、小鳥のさえずりで目覚めて、湖の水で水浴びをして、動物と戯れてって暮らしが憧れだった。いや、今でもそうだ。
そのことを主人に話したらここに家を建てて暮らそうと言ってくれたんだよ。死んじまったけどね」
あんまり明るい話じゃなかったけど、婆さんは楽しそうに昔の話を語った。
好きなモノの話を誰かに話せるってことほど幸せなことはないと、俺はいつも思う。
アニメの話だって、恋人の話だって、食べ物の話だって、性癖の話だって。最後のは少しモラルに欠けるかもしれない。
婆さんは止まらなかった。
俺は相槌を打ちながら、シャーラは時に質問をしながら、ティルフィングはいらない茶々を入れながら、婆さんの話を聞いた。
自分が興味ない話を延々と聞かされるのはうんざりするけど、婆さんは案外話し上手で聞いていても飽きないし、面白い。
そんな中、俺には動物達の声が聞こえる。
『メグ、楽しそうだね』『俺達も何度聞かされたことか』『マーガレットのあんな顔は久々にみるな』『メグが若かった頃みたいだ』
あちこちで聞こえる「メグ」や「マーガレット」という単語は婆さんの名前だろうか。そういえばお互いに名前を名乗っていない。
婆さんはその後もしばらく話し続け、やっと話し終えると大きくため息をついた。長々と話して疲れたのだろう。
「婆さん、名前を教えてくれ。俺はレイヤだ」
「……そんなものは必要ないだろう? 婆さんで十分だ」
そう言って婆さんは立ち上がった。
この様子だと俺達に名前を教える気は無さそうだ。
まあいいか、婆さんの言うとおり「婆さん」で十分かもしれない。
俺も立ち上がって、手に持つ設計図をもう一度見る。
実は婆さんが話してる間、ずっとこのことばかり考えていたんだ。
この紙に描かれた設計図。
この小洒落た家。
俺なら創造できるんじゃないかって。
「婆さん、この家、俺が創ってやるよ。
俺はなんでも創れるんだ」
婆さんはその言葉を聞いて、しまったという顔をする。
そして俺の手から設計図を取り返そうとするが、俺は返してやらない。
「迂闊だったよ。アンタの言い出しそうなことだ。
話さなければよかった」
「何言ってんだ。いますぐ創ってやる」
俺は設計図を凝視して、イメージする。
頭の中で、婆さんの主人が思い描いたであろう家をトレースした。
そして、創造。
「……え?」
目の前にできたのは、設計図通りのログハウス。
こんにゃくを危惧したが、成功したようだ。
婆さんもいきなり現れたそれに驚きを隠せずにいる。
「ほらな?」
「な、何が起こったんだか……」
「設計図通りの家を創ってやったのさ」
婆さんの瞳から一筋の涙が流れた。
その一筋に釣られるように、ポロポロと婆さんの頬を涙が伝う。
「言葉に……できないよ……」
まさかそんなに喜んでくれるとは思ってなかった俺は、返す言葉を見失った。
婆さんにとってこの設計図がそれだけ大きな存在だったってことだ。
ーーー
「……前から思ってたんですけど、レイヤのあの力はなんなんですか?」
「すごいだろ?」
得意げな顔をシャーラに見せる。
俺達は山を降りて町に戻ってきていた。
俺達は昼飯を求めて、未だに祭りで盛り上がる町中を歩いている。
婆さんも、いきなりあそこに住むわけにはいかないので、今頃薬屋で必要な荷物でもまとめているだろう。
【こいつはなァ! 元々別の世界の人間なんだよォ!】
「えっ?」
シャーラが驚いて俺の顔を見る。
そして俺の肯定否定を待つかのようにじーっと見つめてきた。
「そうだけど、ティルフィングはなんで知ってんだよ?」
【共有された謎の知識から考えりゃ予想はつく。大方召喚でもされたんだろうな】
そういえばティルフィングとは知識が一部シェアリングされるから、ティルフィングにも俺の知識のがあるのか。
それでも転生してきたって発想は出なかったみたいだ。
「じゃああの力も元の世界の力ですか?」
「まあそんな感じかな」
全然違うんだけどね。
別に隠す意味はないんだけど、逆に言えば説明する意味もないので、そういうことにしとこう。
言ったところで何が変わるということでもない。
それどころか同情されるかもしれない。それは困る。
そんなことを考えていると、ふとシャーラの歩みが止まった。
「……なんで教えてくれなかったんですか?」
「いや、聞かれなかったし……」
「……」
なぜだか不満そうな顔をして黙り込むシャーラ。
教えなかったことがそんなに気に入らないのだろうか。
それなら俺にも言いたいことがある。
「お前だって自分のこと全然話さないだろ」
そう言うとすぐにシャーラの反論が返ってきた。
いや、それは反論と呼べるかも怪しい。
「レイヤは男です!」
シャーラはそう言うとまた歩き出した。その足取りで怒っているのが分かってしまう。
「なんで怒ってんだよ……」
俺は訳もわからずその後をついていく。
【なァァにイチャイチャしてんだ!】
後ろのティルフィングの声は無視した。
ーーー
プンスカシャーラちゃんの機嫌をとるために、俺はいろんなことをした。
サルコプルを買ってあげたり、褒めちぎったり、ちょっとしたギャグを言って笑わせようとしてみたり、おっぱい揉んだり。
だんだんと回復に向かっていたシャーラの機嫌はおっぱいを揉んだことで全部振り出しへと戻ってしまった。
シャーラのおっぱいは決して大きい訳じゃないんだが、丁度俺の好みのサイズなのである。
確かに俺は巨乳も貧乳も大好きだ。
しかし、それを超えて俺は手のひらで収まるサイズが一番好きなのだ。
シャーラのおっぱいはそれに当てはまる。俺にとって魔性のおっぱいだ。
俺は女性の部位ならどこでも大好きだけど、その中でも一番好きなのがほっぺたであり、その次におっぱいだ。
ほっぺた、おっぱい。
言葉の語感から伝わってくるこの柔らかさはなんだ?
考えてもみるといい。
言葉が、すでに、柔らかい。
いや、女の子を連想するから柔らかくなるのだろうか?
確かにそうかもしれない。
俺の場合は「ほっぺた」とか「おっぱい」と言えばその単語の前に「female(女性の)」を無意識に省略してしまっている。
男のおっぱい、男のほっぺた。
こうしてしまえば一目瞭然だ。
硬度が桁外れに跳ね上がってしまう。
つまり、ここから導くことのできる答えは、言葉の前に「女の子の」を付けることによって全ての言葉を柔らかくすることができるということではないだろうか?
女の子の石。女の子のフライパン。
……違うな。
「女の子の」を付けても単語に植え付けられたイメージを緩和することは難しい。
やはりこうなってしまうと女性の体の部位が持つなんらかの力が働いているとしか思えない。
うなじやおしり、ふとももやおなか……。
なんでこんなこと考えてんだろう、俺。
今はシャーラの機嫌とりに専念しないと。
「すいませんでした」
「はぁ……、どうして胸ばっかり触るんですか」
数えてるだけでも34回目の謝罪で、やっとシャーラの返事が返ってきた。
ここで選択を誤ると、また好感度が下がるから慎重にいかないといけない。
「それだけシャーラが魅力的なのさ」
僕はキメ顔でそう言った。
「全然嬉しくないです」
「なにちょっとニヤけてんだよ」
「ニヤけてません」
別にどこに向かって歩いてるって訳でもないのに、シャーラは歩調を速めた。
だけど怒ってるって訳じゃなさそうで、さっきの選択は正しかったようだ。
理由は見えている。
何を隠そう、シャーラは実は褒められるのに弱いっぽいのだ。
ふふ、この俺がそこを責めないわけがなかろう。
俺は前を歩くシャーラに追いついて隣を歩く。
「シャーラってさ、髪も綺麗だよな」
「そ、そうですか?」
内心ほくそ笑む。
効いてるぜ。
「笑うと可愛いしいい匂いするし、お前のダメなところを教えて欲しいくらいだぜ」
意外と泣き虫だったり結構メンタル弱かったりするけどな。
いや、これはむしろプラスポイントか。
「ほ、褒めても何もでませんよ……?」
ちょっと口角が釣り上がってるシャーラ。
ニヤついてしまうのを必死我慢しているのだろうか。照れも入ってるようで、頬が少し染まってる。
シャーラは肌が白いので赤くなるとそれが目立つ。
なんにせよ効果てきめんだった。
いける。
「シャーラ、バンザイしてみてくんね?」
「こうですか?」
シャーラはそう言ってバンザイする。
「よっしゃ」
俺は無防備になったシャーラのその双丘を鷲掴みにした。
まさかあの流れからそんなことをされると思っていなかっただろうシャーラはしばらくの間固まっていた。
そして思考がようやく間に合ったのか声を荒らげた。
「な、なにするんですか!」
次の瞬間、シャーラの腕が俺めがけて振り下ろされる。
しかしそんな攻撃が当たるはずもなく、俺はひらりと身を逸らして躱した。
「ごちそうさまです」
「レイヤはどうしてそうなんですか!」
「それはもちろんシャーラが魅力的だからさ」
そこでしばらくの沈黙。
先程とは違い、シャーラは真顔だった。
「……もう知りません」
「ちょ、おこんなって」