鎖からの解放
祭りを思う存分堪能した俺達は、宿に戻ってきていた。
俺達が宿に帰ってきた時のティルフィングはアホほどうるさくて、ずっと文句を垂れていたが今は大人しい。
外ではまだ祭りが行われているが、シャーラも疲れたようだし俺的にももう眠い。
俺達は二人してベッドに寝転がっていた。
「よっしゃ、風呂に入ろうぜシャーラ」
俺はそう言って体を起こしたけど、シャーラはすでにうとうとしている。
だから今の言葉もよく聞き取れなかったようだ。
俺はシャーラを無理やり起こそうとしたが、普通に考えたら一緒に風呂になんて絶対入ってくれないので、やっぱり俺も寝ることにした。再びゴロンと寝転がる。
シャーラは布団の上に寝転がってるので、俺はその布団を下から取り除いて上にかぶせた。
そして俺もその中に入る。ついでにどさくさに紛れてシャーラのおっぱいを揉んどいだ。
それで目を覚ましたのか、シャーラは無言で膝蹴りを入れてきた。
それが俺の不味いところに当たった。
金的だ。
勿論強化された体とは言え、そこに打撃を受ければただでは済まない。俺は悶絶する。
「……っ! ……っ!」
シャーラもまさかそんなところに当たるとは思っていなかったらしく、俺の苦しみようを見てあたふたしだした。
しばらく俺の悶絶は続く。
「ご、ごめんなさい」
そんなシャーラの声が部屋に響いた。
「ち○こは無しっしょ、ち○こは。どう詫び入れてくれんの?」
「そもそもレイヤが私の胸揉むからですよ……」
ですよねぇ。
だけど今ならシャーラを押せる、そう思った俺は引かなかった。
「だからって金的ですかァ?」
一緒のベッドに入って二人とも天井見上げながらこんな会話。
中々シュールだと思う。
「だからさっきから謝ってるじゃないですか!」
「謝れば済むのか? 俺はどう落とし前をつけるか聞いてんだよ」
金的を蹴られたことに漬け込んで強気な俺。
シャーラからしたら相当面倒くさいと思う。
「はぁ、どうして欲しいんですか?」
ため息を吐いてシャーラはそう聞いてきた。
「おっぱい揉ませろ」
「嫌です。怒りますよ?」
シャーラの声色が少し変わったので、俺はやっぱり少し怖くなって布団の中でこっそりと伸ばしてた左手を引いた。
シャーラが怒ると必ずと言っていいほど無視に発展する。
無視ほど精神的に来るものはない。
「すいません、ノり過ぎました」
「いいから早く寝てください」
俺は寝た。
ーーー
翌朝、目を覚ますと俺はベッドから落ちていた。
寝相は良い方なので、大方シャーラに蹴落とされたんだろう。
そんなことより、手の鎖がなくなっていることに気付いた。
「おお! とれてる!」
なんか少し残念な気もするが、これで動きにくくない。
俺は開放感に身を任せて大きく伸びをした。
【起きたのか! 早く婆さんの所へ行こうぜ!】
「朝っぱらからうるさいな。ボリュームさげろよ」
朝からティルフィングのこのハイテンションはキツイ。
というよりこの魔剣、婆さんの事を結構気に入ってやがる。昨日二人で何を語り合ったのかは知らないが、その時に仲良くなったのだろうか。
「こんな朝から行っても迷惑じゃね? まだ体調悪いかもしんねーのに」
【だからこそ面倒見に行くんだろ。
まあ薬屋は眠らないって言うし大丈夫だ。
それに婆さんには日課があるんだよ】
薬屋は眠らない、何が由来でどんな意味を持ってそんな言葉があるのか知らないが、薬屋だって普通に眠るだろう。
そんなことより婆さんの日課ってのが気になった。
「日課?」
【あの婆さん、朝は山の奥にある湖のほとりまで散歩しにいくらしいぜ】
元気な婆さんだな。
結構な歳のはずなのに、豚の餌なんか食ってるのに毎朝そんな運動して……どこからそんな力が湧いてくるんだろうか。
婆さんならそんな日課も倒れた次の日にこなしかねない。そう考えたらティルフィングの言うとおり今から行くのもありだろうか。
「うぅ……んぅ……」
俺達の声がうるさかったのか、シャーラがうめき声を上げて布団の中でもぞもぞしだした。
その姿はちょっと可愛かったけど、婆さんの所に行くならこいつにも起きててもらわないと困るので俺はその布団を剥ぎ取った。
ベッドから蹴り出されたことに対する復讐も兼ねてる。
それでもシャーラは起きなかったので、俺は宿の窓を全開にした。冷たい風が窓から吹き込み、部屋の中を駆け巡った。
シャーラは寒そうに身を縮まらせたが、目が覚めたようで体を起こす。
「寒いです……、布団返してくださいよ」
そう言って俺から布団を奪い返すシャーラ。
それを体に巻いてくるまった。芋虫みたいだ。
「もうちょっと優しく起こしてくれません?」
シャーラは半眼で俺を睨む。
「分かった分かった。
そんなことより婆さんのところ行くから支度してくれ」
ーーー
薬屋の前で婆さんと出くわした。
婆さんは出かける格好で、丁度薬屋の鍵をかけてるところだった。
【よぉ婆さん!】
「おお、アンタらか。まさかこんな朝っぱらから来るとはね」
ティルフィングの声で婆さんは俺達に気づいてこちらを向く。右手には杖、肩に小さな袋を下げていた。
「体の方はもういいんですか?」
「お陰様ですっかり治ったよ」
そう言って俺達に笑顔を見せる婆さん。
一日ですっかり元気になる婆さんの体の作りが気になる。本当に治ったのかどうかは怪しいけど。
「で、昨日の金貨の件だけど」
「……」
まだ返すつもりなのだろうかこの婆さんは、勿論受け取るつもりは絶対にない。
俺は婆さんの顔を呆れた顔で見ていたが、婆さんの口から出た言葉は俺の想像してたのとは違っていた。
「ありがたく貰うことにしたよ、どうせ返させてくれないんだろうし」
「え?」
「なんだい、やっぱり返して欲しいのかい?」
「いや、願ってもないことだけどさ……」
ただ、予想外だった。
そんな俺の心情を婆さんも分かっているようで、複雑な笑みを浮かべている。
婆さんとしても受けとりたくはなかったんだろうけど、俺達が押し勝ったということだろうか。
【頑固な婆さんめ、よく受け取る気になったなァ! まあそれでうまいもん食いまくれや!!】
お前の金じゃあないんだけどな。
そうツッコミを入れようとしたけど、ティルフィングも嬉しそうだったので俺は何も言わなかった。
てかどんだけ婆さん好きなんだよこいつ。
「で、湖のほとりに行くんだろ? ティルフィングから聞いてるぜ。
俺達も暇だし着いてくわ」
「勝手にすればいいよ、ただの散歩だしね」
町の外に向けて歩き出す婆さん。
俺達もそれについていった。
ーーー
町を出て、山を登り始めてからしばらく経った。
婆さんは他愛もない話をしながら山をどんどん登っていくけど、もうこの辺りは道と呼べるような道ではなく、シャーラは足元に気をつけながらこれでもかというくらい慎重に歩いていた。
なんせ地面はぬかるんでいる。
シャーラのせいで山を登るスピードはかなり遅いけど、婆さんは嫌な顔一つせずシャーラに合わせてくれた。
何度かシャーラにおぶってやろうかと聞いたんだけど(下心で)、それをシャーラは嫌がったので、俺達はのんびりと登山するしかないのだ。
「それにしても婆さん凄いな」
「ですね……」
【毎日登ってんだから当たり前だろ】
それでも凄い。まず毎日登ってるのが凄い。
いったい何歳なんだろうか。
「婆さんって歳いくつなの?」
気になった俺は聞いてみた。
「レディに歳を聞くなんて、なってないねぇ」
【ババアが何言ッてんだ!】
「84だよ」
とんでもねぇババアだ。なんでそんなに元気なんだよ。
隣のシャーラも驚いてバランスを崩しかけていた。
「……見えてきたよ」
婆さんがそう言って正面を指さした。
俺が指さされた方向を見ると、そこには小さな湖があった。木漏れ日を浴びて、幻想的な美しさを醸し出している。
「おお、マーベラス……」
ーーー
「どうだい?」
ほとりは遠くで見るより幻想的だった。
「すげぇ……」
「……すごいですね」
【まあまあだな】
俺達は感嘆の声を漏らす。ティルフィングのは少し違っていたが。
湖の周りはなぜか木々が避けるように育っていた。それでも高く育った木々の枝葉は湖の上に被さるよう伸び、屋根を作っている。
婆さんは湖の水をすくっていくらか飲み、戻ってくると倒れていた木に腰掛けた。
「アンタらもこっちに来て座りな」
婆さんにそう言われて俺達もその倒れた木に座る。
背負ったティルフィングが邪魔だったので、鞘ごと地面に突き刺した。
「見ててごらん、そろそろ来るはずだよ」
「なにが?」
「見たらわかる」
婆さんは湖を眺めている。
よく分からなかったが俺もそうすることにした。
しばらくボーっとして見ていると、反対側の茂みがガサガサと動いた。
何かと思って目を凝らしてみると、そこから出てきたのは馬の体をして、一本のツノが生えた動物だった。
【珍しいな、ユニコーンじゃねェか】
「……ユニコーンなんて初めて見ましたよ」
その最初の一頭に釣られて、数頭が茂みから新しく出てきた。
そして湖まで歩くと水を飲みだした。
その姿は優雅で、背景の緑と純白のミスマッチも映えて見える。
【人前には絶対に出てこないはずなんだがな】
ティルフィングは納得のいかないようにそう言う。
それには婆さんが誇らしげに答えた。
「自慢だけど、この辺りの動物はみんなアタシと友達みたいなものなのさ、魔物も含めてね」
「どうしてだよ?」
「よく怪我を手当してやるんだ。
そのせいか、町でアタシは魔女と呼ばれているみたいだけど」
なるほど、それで婆さんには警戒心がないのか。
俺達も婆さんと一緒にいるから安全だと判断されたのだろうか。
ユニコーン達は安心して水を飲んでいる。
というかユニコーンだけじゃなく、いつの間にか湖の周りには色んな動物がどんどん集まってきていた。
そして最終的に動物だらけになった。
【こりゃすげェ】
ティルフィングもびっくりのようだ。
婆さんの体にはリスのような小さい動物が登ったりしていた。
「みんなお婆ちゃんのことが大好きなんですね」
【ここまで好かれるのも異常だけどな】
「でもまあなんか分かるわ」
現在、俺達だってこの婆さんに好感しか持ってないわけだし。
まあ婆さんの口ぶりや境遇からすると町の人からは良く思われてないみたいだけど。
俺が複雑な顔をしていると、婆さんはまた俺の心内を悟ったのか、ニヤリと歳に似合わないいたずらっぽい笑みを浮かべて言った。
「アンタらが特別なのさ」




