恋するシャーラのプロトコル
予想通り、山の麓の小さな町に着いたのは、遺跡を出発した次の日の昼過ぎくらいのことだった。
まず最初に腹が減っていたので、適当な店で食事をとった。
その後、荷馬車を預かってくれる場所に馬とそれを任せて、今は宿にいる。
「ハァ、マジで疲れた、ホントに死にそう」
俺はベッドに寝転がり、目を瞑って盛大なため息を吐いた。
体の傷は、段々回復していった創造のMPを使ってほとんど治したが、そんなことより精神的にかなり疲れている。
昨日の夜は荷馬車の上での就寝だったこともあって、全く疲れが取れていないのだ。
【だッらしネェなァ!】
ティルフィングのデカイ声が部屋に響く。
だけどベッドに寝転がった瞬間どっと疲れが押し寄せてきたので、俺はティルフィングに皮肉の一つも言い返せない。
それに満腹なので、眠気もすごいのだ。
「なら私も昼寝することにします」
そう言って横のシャーラも自分のベッドにゴロンと寝転がる。
【オーイオイ、オレが暇になるじゃねェか!!】
「……ちょっと静かにしてください」
シャーラとティルフィングのそんなやりとりが朦朧とした意識の中で聞こえる。
主にティルフィングがうるさい中で、俺の意識はすぐに闇に落ちた。
ーーー
目が覚めた。
すっかり夜になってしまったようで、部屋は真っ暗だ。
俺は枕元にろうそくを立てて布団から出ようとしたのだが、そこで俺はあることに気付いた。
シャーラが俺の布団に入って寝ているのだ。
そのありえなさ過ぎる事態に一瞬俺はまだ夢の中なのではないか現実を疑ったが、シャーラの体温をしっかりと感じることができる所を見ると、どうやらこれは夢じゃないらしい。
俺は困惑した。
布団の中がやけに暖かかったのはそのせいか。
それにしても寝ぼけて入ってきてしまったのだろうか? いや、そんなベタなことをシャーラがやらかすわけがない。
とりあえずからかってやりたい気分になったので、俺はシャーラを揺さぶり起こすことにした。
「おい、起きろシャーラ」
「……うぅ」
中々起きないので、俺はとうとう布団をひっぺがす。
ほとんど山の中と言っても過言ではないこの町だ、当然気温も低い。
だから布団を奪われたシャーラは伸ばしていた体を寒そうに小さく縮めた。
なんか猫みたいだなこいつ。
そう思って見ていると、シャーラは目を覚ましたようで体を起こした。
目を擦った後、しばらくボーっとしていたが、やがて頭が冴えてきたのか俺をじぃーっと見つめてきた。
俺はニヤニヤしながらシャーラになん言ってやろうか考える。
「おま……」
そして俺が口を開いた瞬間、シャーラがガバッと俺に抱きついてきた。
「っ!?」
びっくりした俺はそのままシャーラごと後ろにひっくり返ってしまう。
それでもシャーラは俺に強く抱きついたままで、それどころか顔を思いっきり俺の胸に押し付けてくる。
「レイヤぁ……」
「……な、何やってんのお前?」
俺が状況を理解できずにいると、壁に立てかけてあったティルフィングがいきなり喋りだした。
【惚れ薬を飲んじまったのさ! そいつは!!】
惚れ薬?
ゴロリと、手に何かが当たった。
手にしてみるとそれはペットボトルくらいのサイズの瓶だった。中の液体は半分くらいまで減っている。
なるほど、これのことか。
【あのラインとかいう小僧から奪った薬の中にその惚れ薬が入ッてたわけよ!! それを間違って飲んじまったんだ!!】
で、俺に惚れていると。
それってつまり……
「イタズラし放題じゃん!」
【その通りだ!!】
とは言ったものの、元に戻った後のシャーラが怖いのでほどほどにしとこうと思う。
つーかなんでそんなものを間違って飲んでしまうんだよ。ちゃんとしまってなかった俺も悪かったけどさ。
俺は疑問に感じながらもとりあえずシャーラを軽く引き剥がそうとした。
だが離れない。
その体のどこからそんな力が出てくるんだというくらいの力で、離れるもんかとでも言うように俺を抱き締めてくる。
それはシャーラのやわらかい体が俺に押し当てられている状態なので非常に心地いい。ちょっと良い匂いもするし、俺の理性的にもそろそろ離れてもらわないと困るところだ。
そう思って今度は本気でシャーラを引き剥がしにかかった。
俺の服を握りしめて離さないシャーラをなんとか引き剥がす。
するとシャーラは潤んだ瞳をして泣きそうになりながら言った。
「離れたく……ないです……」
「ちょっと待って、今のこいつ反則級に可愛いぞ」
【結構な量飲んでたから元に戻るのは時間かかるかもなァ!】
「マジで!? やったぁー!」
俺の歓喜の声が部屋に響いた。
ーーー
さて、飯を食べに行くということで宿を出たのだが、シャーラが俺から離れてくれない。
しかも俺の腕を両手で抱えた上に、ぴとっとくっついて持たれかかってきているので、俺は歩きづらいことこの上なかった。
シャーラは満足そうにずっとニコニコしている。
ふむ、とりあえずやっとくか。
「まずはおっぱいぃぃぃぃ!!!!」
俺はシャーラのおっぱい目掛けて手を伸ばす。そして服の上からムニっと鷲掴みにした。
「んっ……」
だが、シャーラは胸の上に置かれた俺のその手を愛おしそうに握りしめ返した。
予想はしていたが、実際起きてみるとやはり予想外の事態に俺は完全に毒気を抜かれる。それどころか戸惑いを見せてしまった。
「ちょ……!」
俺は慌てて手を抜いて後ずさった。しかしシャーラもそれに合わせてひっついてくる。
なんだこいつ……可愛い、非常に可愛くてよろしい。
だが、俺の方は気まずくなった。
明らかに普段と違うシャーラに、俺は段々とどう接していいか分からなくなってきている。
会話もしづらいし、イタズラすると今みたいなことになる。
ティルフィングを宿に置いてきてしまったのは失敗だったようだ。あいつくらいうるさいのがいたら、俺もまだ悪ノリできただろう。
というよりこの発情モードのシャーラはこうなってしまった現状に対してどう思ってるんだろう。
自覚とか恥じらいとかそういうものはないっぽいけど、ただ自分の欲望を追求する獣になってしまったのだろうか?
実際に聞いてみるか。
「ズバリ、シャーラさんに質問です! 今どんなお気持ちですか!?」
俺がいきなりそんなことを聞いたもんだから、きょとんとした表情で俺を見上げるシャーラ。
そしてしばらく考えた後、パッと笑顔になって答えた。
「レイヤがあったかいです……!」
ダメだ可愛い。
しかもこれ獣や。完全に発情期の獣の顔っすわ。
うーん、冗談抜きで早く元に戻ってもらわないとマズイな。調子が狂う。
なんだかシャーラの表情を直視できなくなった俺は顔を背けた。
元に戻った時、どれほどからかってやろうか。
ーーー
しばらく歩くと酒場を見つけた。
小さい町なので、酒場の数は前にいた町に比べるとかなり少ない。だから宿から少し離れた所まで来てしまった。
こんな時間だと開いてる店が酒場くらいなので、俺達はそこに入ることにした。
「シャーラさん、ちょっとだけ離れてくんね?」
さすがに酒場の中でくっつかれるのは周りの視線的にもキツイので、酒場に入る前に俺はシャーラにそう言う。
「……はい」
俺の気持ちを考えてくれたのか、そう返事して俺から離れるシャーラ。
その時シャーラがこの世の終わりみたいな悲痛な顔をしたので俺の心も少し痛んだ。
しかしすぐに我慢ができなくなったのか、シャーラはそろっと俺の袖を握った。
袖くらいなら別にいいか。そう思って俺は酒場に入る。
酒場に入ると俺は適当に空いてる椅子に座った。
シャーラはなぜか俺の袖を握ったまま座らずに立っている。多分個椅子に座ってしまうと俺から離れざるを得なくなってしまうので、渋っているのだろう。
「……なにやってんだ、早く座れよ」
俺がそう急かすとシャーラは隣の椅子を俺の椅子の隣にくっつけた。
なるほど、そうきたか。つーかどんだけ離れたくないんだよ……。
そしてシャーラはちょこんと俺のふとももの上に座った。
「なんでー???」
横の椅子はなんのためにくっつけたのー?
「えへへ、座っちゃいました」
俺を見上げ、ニコニコしてそう言うシャーラ。俺の上に座ってるもんだから顔が近い。
「はいちゃんと座りましょうねー」
俺はシャーラを持ち上げて横の椅子に座らせる。
シャーラはジタバタして俺のふとももの上に戻ろうとしたが、しばらく抑えつけてなんとか椅子に落ち着かせた。
その時、ふと周りの視線が俺達に集まっていることに気付いた。
めっちゃ見られてますやん……。
シャーラもシャーラで、隣に座らせた途端また寄りかかってくるし、こんな状況で飯なんて食えたもんじゃない。
さっさと食って帰るのが得策か。
そう思った俺はすぐに注文を頼んだ。
しかし、嫌がらせのつもりか知らないが、注文が来たのはそれからかなり後のことだった。
その間、シャーラの相手が大変だったのは言うまでもないだろう。
ーーー
「笑えないぜこれ……」
【いいじゃねェか!! こんなのがお前の好みなんだろ!】
俺はベッドに腰掛ける。横には勿論のごとくシャーラだ。
「いや、そうだけどさ……。確かに今のこいつはめちゃくちゃ可愛いよ?
だけど俺のリビドーとか色々ヤバイし、なによりやりにくい」
俺がそう言いつつ横のシャーラを横目で見ると、シャーラと目があった。
その瞳は潤んでいる。おそらく今の言葉が原因だろう。
うわぁ、やっちまった……。
「私のこと……嫌いなんですか?」
シャーラの目にみるみる涙が溜まっていく。
さっきの酒場でも俺がシャーラにそういう事を言ったら泣き出してしまって大変だったのだ。
わんわん泣き続けて、最終的に好きって言わされることでやっと泣き止んだ。
あの酒場には二度と行けない。
「いやいや! そんなわけないじゃん!」
「……じゃあ好きですか?」
「当たり前さ!」
「ほんとですか……?」
「俺がお前に嘘つくわけが無いだろ?」
「ちゃんと好きって言ってください」
「好き好き愛してる」
「ぎゅーってしてください」
「はいはいぎゅー」
「よしよししてください」
「はい、よしよし」
そこでやっとシャーラの催促は止まった。シャーラは俺の背中に手を回して俺との接触範囲を増やす。
……、……可愛い、だけどマジでこれは重症やで……。
シャーラはいつごろ元に戻るのだろうか。
俺は胸の中に顔を埋めるシャーラをよしよししながらティルフィングに聞いてみた。
「ティルフィングさん、こいついつ治るんすか?」
【最低でも数日はかかるはずだが。
まあせっかくなんだし今のうちに堪能しとけ!】
「数日もかよ……、俺もさすがにキツイぞ。治す方法とかないの?」
【いいじゃねぇか、悪いもんでもねェし】
ダメだ、こいつは宛にならねぇ。使えねぇな。
惚れ薬か、最初こそ歓喜したけど冷静になってみればなんかシャーラが可哀想だ。
好きでもなんでもないやつを好きになってしまうわけだから、シャーラにしてみればそんなはた迷惑な話もない。
そう考えたら俺が男としてシャーラをすぐにでも治すのは当たり前のことじゃないだろうか。
俺が黙り込んで考えていると、ティルフィングの声が続いた。
【どうしてもすぐに治したいなら薬屋にでも行ってみろよ。宿に来る時に見たぞ。
今は知らねぇけど薬屋なら一日中開いてんじゃねーか? 昔からそうだッたし】
「ティルフィングさんさすがっす!!」
そうと決まればさっそく……、いや、シャーラが寝てからにした方が良いかもな。
俺自体まだ疲れてるし、今は寝て、夜中ティルフィングに起こしてもらおう。
俺はそう思ってゆっくりシャーラを離しシャーラを自分のベッドに寝かせようとしたが、やっぱり俺のベッドに寝かせた。
どうせこいつは離れないだろうし、なんとか離せたとしてもすぐに俺の布団に潜り込んでくるに違いない。そう思ってのことだ。
まあシャーラと添い寝なんてむしろご褒美みたいなもんだ。
そう思って俺もベッドに入った。
「ティルフィング、んじゃあ夜中起こしてくれ」
【あァ!? また寝んのかよ!?】
布団を被って、目を瞑る。
シャーラの息音が聞こえてくるくらい近い。俺はシャーラの方を向いてないけどシャーラはぴっとり俺の背中にくっついているのだ。
いや、これは眠れないだろ。
まあ気づけば寝てたんだけど。
ーーー
【そォろそろ起きろォォォォォ!!!!! ファァァァァァァ!!!!】
飛び起きてティルフィングを蹴り飛ばした。
壁にティルフィングが当たって小さな穴ができる。それよりも早く俺はシャーラが起きてしまってないか確認した。
良かった、まだ寝てる。今ので起きないのもどうかしてるが。
俺は向き直ってティルフィングの所まで行く。そして拾い上げた。
「え、お前何考えてんの?」
【いきなり蹴るこたァねェだろ!?】
「頼むから静かにしてください。シャーラが起きるだろうが」
【ああ、スマンスマン!!】
「それ絶対わざとだよな? 静かにしろや」
俺はティルフィングをたしなめた後、背中に担いでこっそりと宿を出た。