絶許
おかしい。あれからそれなりに時間は経っているのに一向に奴が現れる気配がない。
【おいレイヤ、もしかすりゃそいつ別ルートで戻ってるんじゃねェーか?】
「……あ」
そういえばラインは正規のルートが何だとか言っていた。
それによく考えると、ラインならリンガーデムと戦闘になる可能性を考慮して、ここを通らないこともあるかもしれない。
俺はリンガーデムの言葉が理解できるけど、そうじゃないラインはリンガーデムの側を通るのは完全に安全だと思えないだろうし……つーか俺なら絶対にここを通らない。
つまり、……やべぇよこれ。
【だとしたら結構ここで話し込んじまッたし、今頃そいつ遺跡出てんじゃねェ?】
「お前もっと早くに言えや!」
【オイオイ、時間とか考えんの久しぶりなんだよ!】
そうか、ずっとあそこに閉じ込められいて、悠久の時を過ごしてたら時間の感覚も狂っているはずだ。
まず剣にそんなもんがあることに驚きだが。
「悪いけどリンガーデム、もういくわ」
『ああ、我も久しく楽しい一時だった。
礼と言ってはなんだが、ここから連れ出してやろう』
「え、マジ?」
俺がそう言った時には、すでにリンガーデムの口は大きく開かれていた。
無数の牙が広がっているその口の中に恐れをなしたが、リンガーデムがその開いた口を水面の方に向けたのでそれも見えなくなる。
【うわァ、リンガーデムお前遺跡壊す気かよォ……。
ちっとも構わないんだけどなァ!!】
何をするつもりなんだ、そう思っていた時、俺は水流の流れに異変を感じた。
そう、リンガーデムの口の方に吸い寄せられるかように水が渦巻いていたのだ。いや、実際吸い込んでいるのだろう。
そしてリンガーデムがその大きな口を閉じた。それと同時に水の流れも落ち着いていく。
そして次の瞬間。
リンガーデムが口を開けたと思えばいきなり大きな波動。その口から先程吸い込まれた水が一気に放たれた。
その水流は水面を飛び出し、地底湖の天井をどんどん抉っていく。
上からは削られた土が落ちてきて、どんどん地底湖は濁っていった。
それがしばらく続いて、やっとリンガーデムの水レーザーが止まる。
しかし、それでも水は重力に逆らって上へとのぼっていき、一つの流れとなった。
『さぁ、行くがいい人間よ』
「サンクス、リンガーデム!」
【じゃーな、せいぜい長生きしろよ!】
別れを告げると、俺はその水流に身を任せる。
すると俺はどんどん上へと流れていって、凄いスピードで地上へと運ばれていく。
そしてそのまま勢い良く地上に飛び出した。
地上どころか空高く投げ出される俺。
随分久しぶりに感じる太陽が、俺を照らす。
【ヒュー!! 太陽が眩しィィィィ!!!!】
そんなうるさい魔剣の叫びも今は爽快に感じる。
いつしか水の勢いは消え、俺は落下していった。
その間に俺は下を見渡してラインの荷馬車を探すが見つからない。
俺は焦ったが、伸びている道の遥か先に馬を走らせるラインの姿を見つけた。
荷台には両手両足を縛られたシャーラが転がっている。よくみると口にはさるぐつわ、目隠しもされている。
ラインは飛び出した水柱に気付いてこちらを向いた。
その時、俺の姿に気付いたようで目があった。
ラインはまるで幽霊でも見たかのような驚いた表情をしている。それに向けて俺は最高に下卑た笑みを向けてやった。
「ライン、みぃぃぃぃつけたァァァァ!!!!」
リンガーデムがここまで飛ばしてくれなかったら奴を見つけることはできなかっただろう、俺はあの厳つい顔をした魚に感謝する。
着地、そのまま一気に走り出した。
忘れているかもしれないが俺は新幹線だ。体中ボロボロでもそこらの馬よりは余裕で速く走れる。
【嬉しそうだなご主人!!】
「当たり前だ!」
今からあのゲス野郎を殴れると思うと自然にテンションも上がる。
それくらい、腹が立っているのだ。
そのうち奴の後ろ姿が見えてきて俺はさらにスピードを上げる。
【この疾走感ッッッ!!!!】
俺がみるみるその距離を縮めていくと、ラインは諦めたのか馬の手綱を引いて荷馬車を止めた。
ラインはそこから降りて、向かってくる俺を見据える。
そしてラインは懐から弓矢を取り出した。
その弓を構えると、ラインは空に向かって矢を射る。
あんなのが当たる訳がない。
しかし何度も何度もそうやってラインが矢を放つもんだから、何かと思ってその矢を見上げると、無数の矢が俺めがけて降り注ごうとしていた。
矢は空でどんどんと分裂していき、無数の矢へと変わっていたのだ。
しかし、俺はその放物線を描く矢の射線を全て見切って避けていく、避けれないものはティルフィングで撃ち落とした。
【オイオイオイ! 準備運動にもならねェよ!!】
矢の雨の中を走り抜け、とうとうラインの元まで辿り着いた俺はまずティルフィングを鞘に戻した。
【嘘だろ!? なんでだよ!?】
そして弓矢をほっぽりだして短剣へとシフトチェンジしたラインの攻撃を、体を後ろに反らして躱す。ついでにラインの手の甲に軽い一撃をいれて短剣を叩き落とした。
「なっ……!?」
「さぁて、歯を食いしばれぇ?」
俺は、避けられないようにする為と、重心の乗った重い一撃を繰り出す為の下準備として、ラインの足にズンと右足を踏み込む。
「……ま、待ってくれ!!」
次に体を捻って腕をうねらせ、その遠心力に己のパワーも加える。
そしてラインの顔面に渾身の一撃を放った。
「衝撃のレイヤブリッドォォォォォォ!!!」
ドン、と衝撃が走るがラインが吹き飛ぶことはない。
なぜなら俺がその足を踏みつけているからだ。
それでも大きく後ろに反ったラインの胸ぐらを掴んでこちらに引き寄せる。
【オイオイ、もう気絶してるぜそいつ!!】
「起きろ」
そう言って俺はラインにヘッドバッドを食らわせる。
無理やり起こすとラインは引きつった顔で必死に弁明しようとした。
「お、俺が悪かったよ! でもああするしかなかったんだ!」
「あ? 別に裏切ったことはもうどうでもいいんだよ」
「し、シャーラちゃんのことなら返す! だから命だけは……!」
「俺は嫌いなものが実は結構多いけど、それでも群を抜けて許せないことがひとつあるんだ……」
「ヒィ……!」
俺は掴む胸ぐらの力を強めて言い放った。
「リョナ専は万死に値する」
「や、……!」
「オラオラオラオラオラオラオラオラ!!!!」
一撃、二撃、三撃、四撃、すべての拳はラインの顔面に吸い込まれるようにヒットしていった。
最初の数発でラインは意識を失ったようだが、それでもしばらく俺の攻撃は続いた。
ーーー
ラインをボコボコにして気が済んだ俺は、まず最初にシャーラの拘束を解いてやった。
拘束されていたシャーラがちょっとエロかったので、拘束を解くのを名目に色んな所をおさわりしてやろうと思ったが、それで口を利いてもらえないとかになると困るのでなんとか思い留まった。
「怪我はないか?」
そう言って俺は最後にシャーラの目隠しを取る。するとシャーラの目には少しだけ涙が溜まっていた。
「あ……」
そう漏らしてシャーラは急いでそれを拭くけど、すでに俺は見てしまっている。
「あれ? もしかして怖くて泣いちゃった?」
調子に乗るなら今だと思った俺はニヤニヤしながら聞く。
「あ、当たり前ですよ!
“シャーラちゃんをウェルダンにして食う”とか、“俺の好きな拷問方法は”とかそんなのを淡々と聞かされてたら怖いに決まってます!
それに……」
言いかけて、しばらくの沈黙。
シャーラは言うかどうか迷っているような感じだったので俺から聞いた。
「それに?」
「……あの人が“レイヤは死んだ”なんて言うから私……」
俯いてそう言うシャーラ。
なるほど、俺が死んでしまったと思っていたのか。
少し声が震えているところを見ると、本当に心配してくれてたようだ。
茶化そうと思ったけど、そんな表情をされるとこちらも少し申し訳なくなる。
こんな時、アニメの主人公達なら頭を優しく撫でて、優しい言葉を掛けたりするのだろうか。
だけど俺が思った事は、 今ならおっぱい触っても怒られないんじゃね? だった。
そして俺の悪い所はそれを本当に行動に移してしまう所で、俺は優しくシャーラのおっぱいを触ろうとしたけど手で払い除けられた。
「……」
お前、なにしてんの?的な視線が俺に突き刺さる。
どうやら調子に乗りすぎてしまったらしい。分かってたけど。
シャーラはそこから不機嫌そうな顔つきになったが、俺の体中ボロボロなありさまを見ると目を丸くして表情を変えた。
「レイヤ、ボロボロじゃないですか……」
「だろ? 俺も苦労したんだよ」
実は意識失いそうになってたりする。体中悲鳴を上げてるのだ。
「……遺跡の中でなにがあったんですか?」
俺が説明しようと口を開きかけた時、今まで空気を読んで大人しかったティルフィングの奴がいきなり大声を上げた。
【可愛いなお嬢さん!! でもレイヤ専用かなァァァァ!?】
そのいきなり発せられた声に驚いたのか、シャーラはビクッと肩を震わせる。
「その通り、俺の嫁だ」
「違います。なんなんですかその下品な剣は?」
俺はティルフィングの説明も込みで遺跡に入ってからの出来事を武勇伝っぽく、所々脚色してシャーラに話した。
途中ティルフィングがうるさかったりしたが、なんとか説明を終える。
【オレがいなけりゃこいつは本当に死んじまってたのさ!】
悔しいけどその通りだ。だけど調子に乗っているので無視しておく。
「まあ俺とシャーラのラブラブ二人旅は早くもここで打ち切りってことだな」
「何言ってるんですか?」
「……」
シャーラのこの冗談に対して本気で聞き返してくるの、マジでやめてほしい。
【なんでもいいけどよォ。お前らの旅には目的とかあんのか?】
「ないんだな、それが」
栃木の魅力じゃないけど。
俺がそう答えるとなぜかシャーラは驚いた顔をして俺の方を向いた。もちろん目的なんて無いのはシャーラも知っているはずだが、どうしたのだろうか。
すると、シャーラの口から驚くべき言葉が発された。
「ハーレム目指すんじゃないんですか?」
「それお前に心折られて諦めたやつやん……」
ーーー
さて、ラインの荷馬車は当然のごとく頂戴した。ティルフィングとのシェアリングのお陰で馬の扱いの知識も今の俺にはある。
荷馬車だけではなく、他にもあいつの懐に入っている宝具やら薬やらを根こそぎ貰っていこうとしたのだが、荷物が増えるのもアレなので、ティルフィングとシャーラに見てもらって使えそうなやつだけ奪った。
だから荷台には少しだけ荷物が積んである。
頂戴した宝具のほとんどはシャーラに使わせるつもりだ。
シャーラの護身能力はほぼ皆無なので宝具でカバーしようとの算段である。
「で、次はどこに向かうんですか?」
「わかんね、近くに町とかあんの?」
「あ、そういえば昨日ギルドの人が、あの山のふもとに小さい町があるとか言ってました」
そう言って遙か向こうに見える山を指さすシャーラ。頂には少しだけ雪が積もっているのが見える。
結構遠いので、下手をすると日をまたぎそうだ。
食料もなにもないけどまあ何とかなるだろう。最悪こんにゃくでも食えばいい。
そう思って俺はシャーラに言葉を返す。
「ならそこ行くか」
「……ですね」
その声が少し遠く聞こえたので、振りむいてシャーラを見ると、シャーラは荷台の壁にもたれてどこか遠くを見つめていた。
銀色の髪が風に吹かれてなびいている。
そしてその横顔は心なしか微笑んでいるように見えた。
俺は馬に鞭打って、荷馬車を走らせる。