オレの名は魔剣ティルフィング
「どうやら核は自由に移動させることができるみたいだね」
一見冷静に聞こえるそんな言葉だがラインの顔を見てみると、その表情からは焦りがにじみ出ていた。
「……どうするんだよ、勝てねぇよこれ」
「これは駄目だな。もしかしたらやれると思ったが、俺はここで降りさせてもらうぞ」
バーバルはそう言うと、ポケットから小瓶のようなものを取り出した。
そしてバーバルはそれの蓋を開けて中から丸い粒を数個とって口に含んだ。
するとバーバルの体から煙が吹き出したと思えばその姿は小鳥に変わり、その場に衣服だけを残して飛んでいってしまった。
「え? あのおっさん逃げたの?」
「……みたいだね」
いつでも逃げられる切り札ってやつか。
唖然としていると、ギガースの拳が俺に襲いかかった。避けようとしたがその努力も虚しく直撃する。しかし壁に当たる前に、なんとか地面に食らいついて耐えた。
俺は立ち上がって、敵を見据える。
すると、奴は口をパカッと開けて先程のビームを放った。
ビームの向かう先は俺ではなく、ライン。
ラインは油断していたのか、そのビームを体に受けてしまった。
ラインの胸は焼き貫かれる。その場で崩れるライン。
「かっ……は……」
「おい!」
俺はラインの元へ駆けつけ、すぐに創造した。
「ベポマ!」
視界が歪み、めまいがする。これ以上の創造はもうすべきではないだろう。
ラインの傷は癒えて、全回復した。
ラインはその瞬間に飛び上がって態勢を立て直す。
そして懐から何かを取り出したと思えばそれをギガースに投げつけた。それが当たるとギガースの動きはピタリと止まる。
「今のは何だ?」
「宝具、夜空の鎖さ。今、見えない鎖がギガースを縛っている。
ま、すぐに壊されるだろうけどね」
「もっと早くそれ出せや」
「いや、今がベストタイミングだ。
それにしても助かった、危うく死ぬところだったよ。
デタラメな回復魔法を使うねレイヤは」
今がベストタイミング? 何を言っているんだこいつは。
「それはいいからあいつ倒すぞ……」
俺はクラクラする頭を抑えながら、体を動かせないギガースを視界に収める。
「いや、その必要はないよ」
ラインがそんなことを言ったもんだから、何か秘策があるのかと思って振り向くと、俺は壁に叩きつけられた。
ギガースではない、ラインにだ。
そして、謎の光の輪が俺の手首と足首に巻き付き、俺は壁に拘束された。
状況は飲み込めた。
こいつ、裏切りやがった。
「君がおとりになればいいんだ、レイヤ。俺は逃げさせてもらうよ」
「お前、まさか最初から……」
「そう、最初からこうする予定だったんだ」
「マジか、やるじゃん」
俺は素直に賞賛の言葉を贈る。微塵も疑わなくなるほど俺に自分を信用させたこいつのテクニックは心底すごいと思った。
「元々俺の狙いは君の持ってる宝具、シャーラちゃんさ。
予想通りここの遺跡には番人がいたし、後はこの番人を君に押し付けて帰るだけ。ここの宝具は残念ながら手に入らないけど、ほとんど計算通りだ」
「……全て仕組まれていたってことか」
いやー、マジやばいなこいつ。キレッキレじゃん。つかこの話を俺にする意味があるのか?
そんなことを考えながら俺は手足を縛る拘束具から逃れようとする。しかしびくともしないところをみると、脱出は不可能のようだ。
「腕相撲大会で見た時からずっと狙ってたんだ。宝具として狙っているというより、あの容姿に惚れた。
だからシャーラちゃんは俺のものにするよ」
ラインはゆっくり歩いていって、転がっている丸い玉の宝具を拾った。そして俺の方まで戻ってきて、その宝具を俺のポケットに入れる。
「代わりと言ってはなんだけど、これはレイヤにあげるよ」
近くまで寄ってきたラインにヘッドバットをお見舞いしようとするが、躱される。
「命の恩人に酷い仕打ちっすわ」
俺は余裕ぶってそう言うが、実は創造の使い過ぎで意識は朦朧としてるし、身体的にも限界が来ている。
「そんなのは関係ないよ。
あ、思い残すことなく死ねるように良いことを教えてあげる。
俺は女の子を拷問するのと、拷問して剥ぎ取った肉をウェルダンで食べるのが大好きなのさ」
「糞野郎が、ここまで人をボコボコにしてやりたいと思ったのも初めてだわ」
「遠慮しておく。
ギガースが動き出しそうだからそろそろお別れだ。地獄でまた会おう」
そう言うとラインは飛び上がってしまった。
見上げると、壁を蹴ってどんどん上に上がっていくその姿が見えた。
俺は後頭部を後ろの壁をガンガンと打ち付けて足掻く。
そうこうしていると、ギガースは拘束具が解けたのか、いきなり動き出した。
宝具を持っている俺の元までゆっくり向かってくる。
俺はその巨体を見上げた。
ギガースは腕を大きく振りかぶり、そして拳を俺に叩き込んだ。
「ゴフッ……」
防御も回避も衝撃を逃がすことも出来ず、俺は一身にその攻撃を受けた。
ギガースの攻撃がそこで終わるわけなく、何度も何度もその巨大な拳を叩きこんでくる。
バキバキッと何度か骨が折れる音が聞こえた。
鼻からは鼻血が吹き出し、内臓を吐き出しそうなくらい体を圧迫されて、口から血を垂れ流す。
それでもギガースの攻撃は終わらない、俺の意識は何度も飛んだが、ずっと攻撃をされ続けているのでその度に意識が覚醒した。
しばらくそれが続いて、俺の体より後ろの壁の方が先に限界が来ていた。壁には無数の亀裂が走っている。
そしてそれはとうとうギガースが放った新たな一撃で崩壊した。
俺は壁を突き破ってふっ飛ばされ、新たな一室に出る。
そこがどんな場所かなんて分からない。とにかく飛びそうな意識を保とうと、震える顎で口の中を噛み切った。
今創造を使えば確実に意識を失うだろう、下手をすると死ぬかもしれない。だから例の回復魔法を使ったりはしなかった。
俺は体中の骨がバラバラになっているのを自覚していたが、それでもなんとか立ち上がって、巻き起こった砂煙の中から姿を現すであろうギガースを待つ。
するとギガースはすごい勢いで砂煙から飛び出して来て、俺に突進してきた。
俺はまたも吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
今度は、立ち上がれなかった。
あー、こりゃ流石に死んだかー。
そんなことを思っている時、いきなり甲高い声が響いた。
【そこの瀕死のガキィィ!! オレを抜けェ!!】
は?
【オイィィ!! 死んじまった訳じゃねェェだろ!?】
最初は幻聴かと思った。だけど俺がその声の発生源をぼやける視界で探してみると、視界の端に映ったのは一本の剣。
明らかにそこから声が聞こえていて、それは鞘ごと壁に突き刺さっていた。
【無理だと思うけどヨォ!! 抜いてみろってェ!!】
なんだありゃ……、悪いけどもう声も出せねぇんだ。立ち上がることなんて到底できねぇよ。
ギガースがズルズルと音を立ててこちらへ向かってくる。
【オイオイオイオイ、ギガァァァース!! 勘弁してくれヨォ! お前のせェでここまで来れる奴なんて皆無なんだからヨォ!!】
その悲痛な叫びともとれない剣の叫びは、俺の頭にガンガン響いた。
あいつなんで喋ってんだよとかいう疑問より、俺はなぜかアレに賭けてみたくなった。
だけど体が動かないのでどうしようもない。
仕方ない、根性みせるか。
俺は創造する。そう、ホウィミを。
「ホウィミ……」
これくらいの創造ならまだできる。
そう思っていた通り、魔法は発動して俺の体を気休め程度に治した。
だけど、俺の意識はどんどん遠のいていく。
フッと意識が消えかけた瞬間、俺は口内の肉を思いっきり噛み千切った。
口から流れる血の量は増えたが、意識は覚醒する。
俺は目を見開いて立ち上がり、剣の元まで走り出した。
【おお、根性あるじゃねェか!!】
後ろからギガースが追いかけてくる。ギガースの足の蛇が俺の肩に喰らいついた。
「ってぇ、な……!」
【ギガァァァース!! 何やってんだやめろやめろォ!!】
蛇が咬む力を強めた。肩に激痛が走るが、それでも俺は渾身の力を込めて前に進む。
もう一匹の蛇も肩に咬み付いた。それも気にせず俺は足を踏み出す。
ドン、とギガースの拳が俺の背中を襲う。が、俺は強く踏ん張って耐える。
そして一歩、また一歩。俺は少しずつ剣の元へと近づいていった。
ギガースはそれを阻止するかのようにデカイ手で俺の頭を掴んで後ろに俺を引っ張る。
肩に咬み付いている蛇も噛み千切れるだろってくらい食い下がる。
それでも、俺は足を前に出した。
【あと少しだ、ガンバレ小僧ォォォ!!!】
少しずつ、少しずつ、俺はギガースの巨体を引きずっていく。だけどギガースも負けじと俺を後ろへ引っ張った。
その引き合いはしばらく続き、とうとう俺は壁に突き刺さっている剣の元に着いた。
火事場の力ってやつだろうか、俺はこの怪物との力比べに勝ったのだ。
しかし、その瞬間に俺の体の力はフッと抜けてしまう。
ヤバイ、そう思ったが遅かった。
俺はギガースに思いっきり引っ張られている反動で、後ろへ吹き飛んでしまった。壁に激突して地に落ちる。
だがしかし。
俺のその片手にはしっかりと剣が握られている。
そう、俺はギリギリで剣の鞘に手を伸ばし、そして掴んでいたのだ。
【……抜きやがった。……オイオイ、……これは夢か?
抜ゥゥきやァァがったぜコイツ!!! このオレをよォォォ!!!】
「……へへ、どうよ?」
【ヒャァァァァァッハァァァァァァ!!! 最ッッッ高だぜ!!
さァ! 今度は鞘からオレを抜きやがれェ!!】
「うるせぇなお前。
……だが、そうさせてもらうぜ」
俺は剣を杖にして立ち上がる。
そして鞘を左手で抑えながら、右手でその剣を鞘から引き抜いた。
怪しく、そして鈍く光る刀身が少しずつ顔を出していく。
【……ガキ、名は?】
「俺か? 俺は、レイヤだ」
【うわぁ、ダッセぇ名前。
じゃあオレのイカした名前を教えてやるぜ、レイヤ】
そして、その剣の全貌が顕になった。
【オレの名は、ティルフィング……。
魔剣、ティルフィング!!】
「……魔剣かよ。
はぁ、厄介なのを抜いちまったなぁ。俺の異世界ライフが台無しになりそうな予感だぜ。
……まあよろしく頼むわティルフィング」
【任せろや相棒】
俺がその名を口にした瞬間、ティルフィングから俺に何かが流れ込んできた。
猛烈な頭痛が俺を襲う。しかしすぐにそれは治まった。
今のは何だったんだ、そんなことを考えていると、前方からギガースが俺めがけて走り出してきていた。
だけど、不思議と焦りはない。
さっきまで脅威だったその巨体が、なぜか今では脅威ではなくなっている。
何せ、ひどく落ち着いていた。
この余裕はなんだ。この剣の力か?
そんな疑問を感じながら、俺はギガースの巨大な拳や足の蛇を少し体を反らすだけで避けていく。
攻撃の雨の中を散歩でもするように歩いて、その懐に入っていった。
そして縦に一閃。それは紙のように容易く。
横に一閃。それはまるで空を斬ったような無感覚。
気づけば戦いは終わっていた。
キレイに四等分にされたギガースはバラバラになって崩れていく。
その肉の四等分された中心点には、核らしきものが見えた。
二撃。あれだけ苦戦したギガースはたった二撃で沈んだ。
【プッハァァァ!! 実に血がうめェェ!!!】
ティルフィングの刃についたギガースの血がみるみる乾いていく。いや、吸い込まれていくと言った方が適切かもしれない。
そしてなにより、それと同時に俺の傷も少しだが癒えたのが驚愕だった。
「わーお、ヤバイなお前。これもお前の力か?」
【オレも驚いてるぜ、まァさかここまで相性がマッチするとはなァ!】
そこで俺はシャーラが危ういことをふと思い出した。
ティルフィングの能力に驚いていたせいで、腐れ外道ラインのことをすっかり忘れていたのだ。
「マズいな、悪いけど話してる暇なんてないんすわ」
【あ? お前が聞いてきたんだろ】
まだラインは遺跡を出てないはずだ。急げば追いつける可能性は十分にある。
そう思った俺は、うるさい魔剣を鞘に戻して走り出した。
ーーー
【つかよォ、オレを持ててるってことはお前魔力少ないんだな】
俺は今、遺跡の地底湖に繋がる狭い隙間をティルフィングを片手に泳いでいた。ラインに貰った人魚の涙の効力はまだ切れてなくて、水中でも呼吸ができる。
ラインはこの道を知らないので、ここからなら奴を先回りできるかもしれない、そう思った俺は急いでいた。
それはともかく、さっきから鞘に納まっているティルフィングがうるさすぎる。ずっと一人で喋っているのだ。
だけど今の話は俺としても気になったので返答した。
「少ないどころか魔力0だ。魔力多かったらお前持てないの?」
【そういう訳じゃねェが、持てないに近いな。少なくとも常人程度の魔力を持ッてたら、オレは重くなっちまって持てたもんじゃねェよ。
それにしても魔力なしでよくあそこまでこれたなァ。
あそこまで辿り着ける奴が魔力を持ってねェ訳がねェのに】
あれはここまでこれる人間なら尚更扱えないシロモノだ、そう言っていたリンガーデムを思い出す。
ティルフィングの話を聞いて、やっと意味がわかった。
そしてこの遺跡に隠された真の宝具がこのオレだ、ということもティルフィングから聞かされた。
なら俺のポケットに入っているこの宝具は何なのだろうか。
それをティルフィングに聞いてみたところ、これはダミーらしい。
それを聞いた俺はすぐにダミー宝具を捨てました。
いらねぇよあんなゴミ。
「魔力を持ってたら重くなる?」
【魔力に干渉するとオレには質量が生じるのさ。
さっきなんであんなにあっさりギガースをバラせたか教えてやろうかァ? ちょいと長くなるがな】
「ああ、頼む」
即答。泳ぎながら聞けばいいだろう。こいつの能力は俺としても知っておきたいしな。
【さて、オレには3つの能力が存在するんだわ。
一つはオレが血を吸えば所有者の傷も治すことができる力。相性が良くねェと使えねェけどな。ま、これはさっきギガースをバラせたのとは関係ねェ。
次に、魔力が質量に変わる力。これがデカイ。お前は魔力がないからオレにほとんど重さを感じないだろ?
だけど魔力を持つギガースの方は違ったンだよ。
お前がギガースを斬った時、オレには確かに多大な質量が生まれた。
でもオレの仕様上、お前にはその質量負荷は掛からなくて、むしろ剣の進行方向にそのエネルギーが加算される。
通りで斬った気がしなかっただろ?
その矛盾を無視して攻撃力は発生するわけさ。もちろん、持ち主であるお前の腕力も上乗せされてな。
魔力0で重さ感じねェってのはそれだけ質が悪いィ。
そして最後に、オレとお前は少しだけ知識がシェアリングされる。これもデカイかもな。
記憶とか思い出とかそういうのではなく、知識が共有されるわけだ。
最初の頭痛はそのためで、お前は気づいてないかもしンねェが、今のお前には剣術の達人くらいの実力があるんだぜ?】
「……俺ってもしかしてとんでもない剣拾っちゃった? デタラメな能力じゃん」
話を聞いてる限り最強じゃないか。
重さ云々より、俺に達人の知識が付加されたってのがかなりよろしい。
ぶっちゃけ身体能力があっても、それに伴う実力がないから少しネックだったのだ。ギガースの攻撃を流れるように避けれたのもそれのおかげだろう。
【今更かよ、オレは自分で言うのもなんだけどかなりツェぇ剣なんだぜ。
一つだけデメリットを言うなら、大昔にオレを使った奴らは総じて悲惨な死に方をしたってことだなァァ!! ザマァねェ!!】
「お前がうるさいって点では十分悲惨な状態だがな」
話している内に、いつのまにか隙間の出口が見えてきた。
そこを抜けて、俺は地底湖の底に着く。
すぐに俺は辺りを見渡して、リンガーデムを探した。
彼はデカイのですぐに目に止まった。
リンガーデムはまだ俺が戻ってきたことに気付いていないようで、それを見た俺は近づいていって、名前を呼ぼうとする。
しかし、その前にティルフィングがいきなり大声を上げた。
【リンガァァァァァァァァーッッッデム!!!! まァァァだしぶとく生きてたのかよテメェェェェ!!!】
それがあまりに大きな声だったもんだから俺の心臓が飛び跳ねた。イラッときた俺は強く魔剣を叩いた。
「うるさい」
そうこうしてると、俺達に気付いたのかリンガーデムがのっそりと顔をこちらに向けた。
『おお人間、お前か。
……その手に持っている剣は、もしかしてティルフィングか……?』
【そォォだ! ひっさしぶりだなァ! いやいや懐かしいぜェ!! お前の血は美味かったなァ!!】
『相変わらず五月蝿いな、貴様に斬られた場所は今でも疼く。その度にあの戦争を思い出すものだ』
なんだこいつら知り合いだったのかよ。なんか時代を感じる会話だな。
「そ……そういえば、リンガーデム、さっき俺と一緒にいた人間がここに来なかったか?」
そんなことより、と言いかけた。
彼らにとっては懐かしい昔を、そんなことよりと言ってしまうのはなんだか失礼な気がして、そう思ったから言葉を変えたのだ。
『いや、来てないはずだ』
ということは、先回りが成功したのだろうか。
リンガーデムが気付かなかったという可能性があるが、時間的に考えてもラインが俺より先に進んでいるとは考えられない。
だから俺はここで待ち伏せすることにした。