主の悩み事
「ちょ、マジでヤバイって! 絶対あかんってこれ! 見たらわかるやん!」
俺は某お笑い芸人ばりのノリで入水を拒否していた。
ただ、俺の場合はフリじゃない。ガチで入りたくない。
「ほら、これを飲めば水中でも呼吸できるし視界も良くなる。会話もできるんだぜ? 人魚の涙っていう劇薬だ」
ラインはそう言って俺に小さな小瓶を渡してきた。
「ほら早くしなよ、バーバルに先を越されちゃうだろ」
「つか冗談抜きで行くの?」
「当たり前じゃん」
ラインの体の半分はすでに水に浸かっていて、行く気満々なのは一目瞭然だった。
いつまでもうだうだしていても仕方ないので俺はしぶしぶ人魚の涙を飲み干して、水に浸かる。
「大丈夫、俺もアレと交戦するのは避けたいから」
そういう問題じゃねぇんだよ。あいつからかかってきたらどうするんだよ。
「はぁ……、仕方ねぇな……」
ガバッと水の中に二人して潜る。水の中なのに、ラインのくれた人魚の涙のお陰で視界もクリアだし呼吸もできる。
「どこに道があんだよ」
「多分あそこ。あそこから水の流れを感じる」
俺はラインの指さす方を見ない。
だってこいつが指す方向にあのデカイのがいるのは分かりきっているから。
「いやいやいや、あそこはまずいっしょ」
「いくよ」
そう言って、ラインはどんどん下へ潜っていく。俺もビビりつつそれに付いていった。
そしてあのデカブツにかなり接近した。近くで見るとその存在感は並大抵のそれじゃない。
「……あいつこっちみてね?」
「いや、おそらく寝てる」
俺達は地底湖の底に着いた。
そして、このデカブツが俺達の進路を塞いでしまっていて、先に進めない。
ラインはこいつの後ろから水流を感じたと言っていたが、本当に進むべき道があるかも怪しい。
「これは流石に引き返すしかなくね?」
俺がそう言ったのに、ラインは返事を返さない。
それどころかラインはデカブツの方に泳いで近づいていった。
そしてラインはとうとうデカブツの体に触れてしまう。俺はその危なかっしい行動を少し離れたところで見ていたが、それが失敗だった。
ラインは何を思ったのか、いきなり腕をぐっと後ろに引き、反動をつけてデカブツへと拳を叩き込んだのだ。
「なにしてるのー????」
俺の脳内に、ラインの予想外の行動によって数多の疑問符が浮かんだ。
グワンと水を通して振動が伝わってきた。その様子から推測するに本気の一撃だったと思われる。
ラインはやりきったという顔で俺の方へ戻ってきた。
その時、竜種の祖先のその巨体がのっそりと動いた。そしてその首がぐるんと動いてこちらを向く。
「ライン? お前マジでなにしてんの? 交戦するのは避けたいって言葉は何だったの?」
「どいて貰わないといけないから仕方ない」
デカブツはゆっくりと動き出した。地底湖の底の泥が巻き上がっていく。
そしてその次の瞬間。
『ギョォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!』
耳をつんざくような咆哮。もちろん、デカブツによるものだ。
「あちゃー! こりゃダメだ!」
もう俺もどうでも良くなってきたよ。
「ほら、後ろに空洞が見えるだろ? あそこまで一気に進もう」
ラインの言葉より、俺はデカブツに目がいってしまう。こいつを回避してあそこに逃げ込むことなど可能なのだろうか。
デカブツはその巨体をうねらせ、ゆっくり浮上していく。
「いまだ!」
ラインの声によって俺達は地をけって空洞に向けて泳ぎだす。
が、人間が水中で本場の動きに勝てるはずもなく、デカブツの巨大な尾ひれビンタを俺達は自分から当たりに行く形で体にモロ受けした。
吹き飛ばされ、壁にぶち当たる。空洞はかなり離れてしまった。
「うーん、ヤバイかもね」
「お前のせいだろハゲ」
沈殿していた泥を巻き上げたせいで視界が悪くなった。きっとすぐにあのデカブツの追撃が来るに違いない。
そう思っていた矢先に舞い上がった泥の中からデカブツの顔が現れた。
しかし、デカブツは攻撃するわけでもなく目をギョロギョロさせた。
『人間が我に何の用だ』
しゃ、喋ったぜこの魚……。まあ数千数万単位で生きてたらありえないことでもないか。
とりあえず下手なことを答えるのはよくない。ラインと相談することにする。
「なんて答える?」
「はい? なにが?」
「いや、あの魚が聞いてきたじゃん」
「何言ってるんだ、逃げないとマズイよ」
話が噛み合わない。
こいつには今の声が聞こえなかったのか?
そこでハッとなって気付いた。
それがほんやくするこんにゃくさんの力であると。
俺はこんにゃくさんの万能性に涙を流しそうになりながらもデカブツに向かって言った。
「ちゃうねん! そんなつもりちゃうかってん!」
なぜか関西弁になりながらも必死に弁解する。途中でラインに「何言ってるの?」と何度か邪魔がはいったが、構わず俺はデカブツに事の経緯を話した。
『……驚いた、まさか言葉が通るとは。我は今の世を知らぬがそこまで進化したか人間は』
「レイヤ、もしかして会話できてるの?」
「あ? そうだけど?」
俺は先ほどこいつに攻撃をかましたラインに結構苛立ちを感じているため、返答は少しキレ気味のものとなる。
「本当に何者なんだ君は……」
『そういうことなら通ってよいぞ、人間』
「すいませんね、本当に迷惑かけてすいやせんした」
「なんて?」
「通っていいって」
俺達は許可を貰ったので、さっそく空洞に向かって泳ぎだした。
しかし、俺は後ろから再びデカブツに呼び止めらる。
『待て、人間。貴様は少し残れ』
俺? というジェスチャーをすると、そのようでデカブツは低く唸った。
「ライン、先に行っててくれ」
「分かった」
ラインに先に行くよう伝えて、俺はデカブツの方まで戻っていく。
「へへ、旦那。今度はなんのようですかね?」
『貴様に頼みたいことがある』
「なんでございましょう?」
『我は宝具の在処を知っているぞ』
「え、マジ?」
『あの人間が行った先には確かに宝具はある。だがあれはここまでこれる人間なら尚更扱えないシロモノだ』
「へぇ、で、頼みたいことってのは?」
『少し、話し相手になって欲しいだけだ。なにしろ数千年ぶりの会話でな』
ーーー
あの竜種の祖先の名前はリンガーデムと言うらしい。
リンガーデムの話は、外の世界はどうだとか、昔はこうだったとか、そんなのばっかりで、俺はそれに相槌を入れながら聞いていただけだが、それでもリンガーデムは嬉しそうに話した。
外見は怖いけど話してみると案外良い魚だと分かる。
『久しぶりに楽しかった。実は宝具への近道がある。魚達に案内させるからついていくがいい』
そしてそんなリンガーデムの粋な計らいのお陰で、俺は今、宝具の前にいる。
魚達の案内する狭い別ルートを進んでいき、水から上がる。するとその先に道があって、そこを進んでいくとこの広い部屋に着いたのだ。
周りにはいくつもの柱があり、まさに遺跡の終着点みたいな場所である。
俺の目の前には祭壇があって、その上に青く光る丸い玉のような物が置かれている。それは異様な雰囲気を放っていた。
言わずもなが、あれが宝具だろう。
そこで俺は閃いた。
そうだ、ラインを出し抜こう、と。
先に宝具を見つけてしまった以上、俺があいつと手を組む必要はないのだ。
俺は走って祭壇の元までいき、その上の宝具を手に取る。そしてそれをポケットに入れた。
この祭壇には代わりにこんにゃくでも置いとくか。
そう思って俺は祭壇の上にこんにゃくを想像する。
そしてさっさとここから出ようとかそんなことを考えていた時、後ろの道から足音が聞こえた。
俺は素早く柱の影に隠れる。そして柱の影から部屋の入り口を凝視した。
すると、現れたのはバーバルだった。
バーバルは、ゆっくりと歩いて祭壇まで近づいていく。
祭壇まで行くと、バーバルはこんにゃくを手にとって呟いた。
「これが今回の宝具か……」
笑いそうになった。それこんにゃくっす。
俺は必死に笑いをこらえながら、バーバルの様子を見張る。
すると、もう一つの声が部屋の入り口から聞こえた。
「それを渡してもらおうか」
ラインの声だった。それを聞いたバーバルは振り向いてラインを見る。
「またお前か、ビンセント・ライン」
そう言ってバーバルはポケットにこんにゃくを突っ込んだ。
ポケットから少しだけこんにゃくの頭が顔を出していて、それを見た俺はまたも吹き出しそうになる。
そしてこの雰囲気。戦闘でも始まりそうだ。
さっきラインはバーバルには絶対に勝てないとか言ってたけど勝算はあるのだろうか。
それと自分達がこんにゃくを奪い合おうとしていることを知ったらどう思うのだろうか。
俺は柱の影から緊迫した雰囲気の二人を交互に見る。
そして戦闘はいきなり始まった。仕掛けたのはバーバル。
駆け出し、腰の剣を抜刀。
ラインはそれをしゃがんで避け、地面の砂を握って投げつける。
俺はその戦闘を見て、すごいなぁ、なんて小学生並みの感想を抱いた。
さて、この戦闘の隙に俺はさっさと脱出してしまおう。
そう思ってた時、俺が隠れていた柱にバーバルの斬撃がヒットし、柱が崩れ落ちる。
俺はすぐにしゃがんで身を小さくしたが、その努力も虚しく二人に見つかってしまった。
「お前は……!」「レイヤ!?」
「ち、ちーす」
時間が止まったかのように二人の戦闘が止まる。
俺は逃げ出した!
しかしその瞬間ポケットからポロッと宝具がころがり落ちる。
「あ」
「……まさか、それが宝具……? じゃあこれは……」
バーバルのそんな呟き、その視線は自分のポケットのこんにゃくにあった。
「それこんにゃくアルネ」
バーバルはポケットのこんにゃくを俺に投げつけた。ペシャリと顔にヒットする。
「へいパス!」
俺は落ちた宝具を拾ってラインにパスした。こうなったら共闘を続けるしかない。
「ナイスパス! 逃げるよレイヤ!」
「オーライ」
「っ! 待てオラァ!」
入り口まで走り出すラインに俺も続く。もちろんバーバルも追いかけてきた。
そしてラインが入り口についた瞬間。
祭壇の間の床が抜けた。俺達はそのまま落ちていく。
「んだこりぁ!?」
「くそ! 盗禁系統の宝具か!」
「なんだよそれ!」
俺は落ちながら叫ぶ。
「その名の通り俺達みたいな盗人から宝具を守る為の罠さ! そして基本的にそういうタイプの罠の先には……」
落下し続けて、俺達はさっきの部屋の何倍も広い間に出た。そして着地する。
さっきから下に降りてばっかりだけど地上からどれくらい地下なんだろうかここは。
「で、その罠の先には?」
「……大抵宝具を守る番人がいるんだよね……」
「……ビンセント・ライン、これはどんな宝具か確認しなかったお前の責任だぞ」
俺は二人を見たが、お互いの視線は同じところに集まっている。その顔も至って真剣な表情……いや、焦り混じりの表情と言うべきか。
俺もその視線の先を追う。
すると、そこにいたのは、上半身は人間、そして二本の足の先に伸びているのは二匹の蛇、その体格は人の5、6倍はある、そんな化物だった。
そしてバーバルが呟く。
「……ギガースだ」