大好きだった宝探しゲーム
「うちのギルドに入ってくれ!」「いやぜひうちのギルドに」「俺達とパーティ組まないか!?」
男達に囲まれた俺はそんな勧誘を受けていた。
俺とシャーラの周りには人だかりができていて、抜け出せそうにない。
それにしても最初に俺を指さして叫ばれた時は、前の町の事件の情報が、もうここまで届いているのかと思ったけど、そうではなくて安心した。
「すいません、そういうの興味ないっす」
俺がそう言って人々を押しのけていくけど、しつこい奴は俺の手を掴んだり、肩を叩いたりしてきた。
それでもシャーラを連れてどんどん進んでいくけど、人だかりもそれに合わせて移動してくるものだから、俺はそこから抜け出せなかった。
最初は自分のあまりの人気に気持ちよくなっていたが、こう現状スパイラルが続くと鬱陶しさを感じる。
そんな時、急に目の前の人だかりがモーゼの十戒のワンシーンのように開いて、一筋の道ができた。
そして、その先には一人の男。その身に漂う強キャラ臭。
それを見た周りの人だかりは俺から一歩距離を置いて、急に静かになった。
そしてそいつには俺も見覚えがあった。
“天獄の暦”で一番の実力者。確か名前はバーバルとかそんなのだったと思う。
俺が準々決勝くらいで便所へと誘った男だ。
だんだん俺の元へと歩み寄ってくるバーバルも、俺を勧誘しに来たのだろう。
だけど、今はギルドなんて入るつもりは毛頭ないし、そもそも下剤で決勝まで進める間抜けギルドなんかに興味はない。
良い顔して歩いてくるバーバルさんには申し訳ないけど、逃げさせてもらおう。
俺は懐の財布に手を入れ、金貨一枚を取り出した。
そしてバーバルさんの足元に放り投げた。
するとどうだろう、さっきまで静かだった周りの男達が雄叫びをあげながらバーバルの足元目掛けて猛突進し始めたではないか。
「なにしてるんですか! もったいないですよ!」
シャーラも思わず拾いに行こうとしたが、俺が手首を掴んで阻止する。
すでに金貨の奪い合いが始まっているあんなところに入ったら、きっと怪我をしてしまうだろう。
「どけっ! 俺のだ!」
そんな叫び声をあげたのはバーバルだった。
ギルド最強の男すらも金貨を奪い合ってる始末。周りの群がる人を蹴飛ばしたりしていた。
お前も拾うのかよ。
思いっきりツッコミを入れたいのを我慢して、俺はシャーラを連れてひっそりとその場を離れた。
その後、俺達は急いでフード付きのローブを買った。
顔が見られると人が集まるので、隠しておいた方が良いという話になったのである。
俺はフード付きのローブのカッコよさにテンションが上がっていたが、シャーラはあまりお気に召さなかったようだ。
あれから、並ぶ商店の果物などを買って適当に食い歩きしたりしていると、いつしか太陽は沈んでしまって、そろそろ開いてる商店も閉まり始める時間になった。
そんな時、ふと路地の方に視線を向けた俺は見覚えのある後ろ姿を発見した。
ビンセント・ラインだった。
「シャーラ、悪いけどこれ持って先に宿帰っといてくれ」
「え?」
シャーラに持っていた大量の荷物をどんと手渡す。
シャーラはその重さに耐えきれず尻餅をついてしまったが、気にせず俺は駆け出した。
「ちょっと待ってください! こんなの私一人じゃ運べませんよっ!」
後ろから聞こえるそんな声に、「がんば!」とだけ返して俺はラインを追いかけた。
ーーー
俺はラインを尾行していた。というより、どうコンタクトをとればいいのか分からなかったから、後ろを着いて歩いていたのだ。
その距離1メートル。
俺の尾行にはとっくに気づいているはずなんだが、奴はなんの行動も起こさない。
俺の推測では、俺にライバル的な認識をしているラインは、言葉を交わすのが無粋だと思っているのだろう。
多分そうだ。なぜなら俺もそう思ってるから。
だから、俺は言葉の代わりに攻撃を仕掛けようと思う。
腕相撲で語り合ったように、俺達は腕っぷしで通じ合わなければならない。
いきなり背後から飛び膝蹴りを入れることを決めた俺は、さっそく数歩離れて助走をつける。
そしてラインの背中めがけて思いっきり飛び膝蹴りを放った。
奴の背中に当たる、という所でラインは体を横に逸らした。
「!?」
もちろん、俺は躱されるとは思っていなかったので、その勢いは止まらず、そのまま民家の壁に飛び膝蹴りを食らわすことになった。
ズドンと言う大きな衝突音と共に民家の壁には大きな穴が空く。
「Oh……マンマミーア……」
やっべ、これやっべ。
俺はキッとラインを睨む、そして叫んだ。
「こら!」
「は、はぁ?」
ラインは訳がわからないと言った様子だ。
俺は一旦冷静になって、ラインに問うた。
「なぜ避けた?」
「いや、普通は避ける」
ま、そりゃそうだよね。いきなり飛び膝蹴りする奴の方がイカれてる。ぶっちゃけるとあまりにこいつがイケメンだから悔しくなっただけ。
とりあえず民家を破壊してしまったということもあって、早々にこの場は離れないといけない。
「まあいい、逃げるぞ」
「俺は関係ないだろ」
俺はラインを無理やり連れて、その場をあとにした。
ーーー
夜の町をラインと二人で歩く。響くのは足音だけだった。
ラインがだんまりなので俺が話しかける。
「お前って何者なの?」
最初こそこいつを腕相撲大会大会の基準にしてしまったが、アルトヴァイルの件で考えると、こいつのパワーは規格外だった。それはラインの方も俺に感じていると思う。
「ごく普通の旅人って言っても信じないか」
「そりゃあな」
「俺はしがないトレジャーハンター。宝具をコレクションするのが趣味さ」
ほう、俺が今したいことナンバー1のトレジャーハンターさんでいらしたか。
「ということは昨日のあの力は宝具の力だったり?」
「正解、それでも君には負けちゃったけどね」
なるほど、それならあの謎の力にも納得がいく。
が、宝具をコレクションしているとなると、俺は警戒しなくてはならない。
宝具についてあまり知識を持っていない俺だが、シャーラが宝具ということは知っている。
つまり、シャーラがこいつに狙われるという可能性も十分に考慮しないといけないのだ。
「さて、君の番だよ」
「俺はマジでただの旅人」
「そんなわけはないだろう、あの時君は宝具も身体強化の魔法も使ってなかった。生身であの力を出せるのは異端だよ」
そこまでなのだろうか。正直神様に貰った身体能力をナメていた節がある。
「実は大罪人だったりする」
俺が何者かなんて伝えようがないので、というより伝えても信じないと思うのでそんな風に答えた。
「あ、もしかして噂のドラゴンライダー?」
ドラゴンと聞いてすぐにブリッジゲートを連想する。それにライダーと来たら俺しかいない。
「あー、そうかも」
ドラゴンライダーか、悪くないけど、そんな噂はあまり流れてほしくない。
「まだこの町では俺くらいしか知らないと思うけど、実は君の首にはフィオリーノ金貨50枚の懸賞金がかけられてるんだぜ」
「……嘘だろ?」
「ほんとほんと、アーバンベルズ王が血眼になって君を探しているらしい」
アーバンベルズ王とはあの時玉座に座っていた王様だろうか。
俺は今更だが、あの町の名前すら知らないことに気付いた。どうでもいいけど。
「そんなとんでもないことになってるのかよ」
「相当暴れたらしいね君」
「そこまでだと思うんだけど」
「金貨50枚だったらSS級犯罪者に値するね。賞金稼ぎに狙われる日々が君を待ってるよ」
話を聞いていると、結構面倒なことになっているようだ。
「勘弁してくれよ……」
「国外に逃げればなんとかなるかも。いや、もしかしたら勇者や帝が君を追ってくるかもしれない」
「勇者?」
結局、勇者の召喚が成功したということだろうか?
「なんでも勇者の召喚が昨日成功したらしい」
というよりこいつなんでこんなに色々知ってるんだよ。そんなポンポン俺に教えていいものなのか。俺なら金を取る。
俺は街灯が照らすラインの顔を伺った。
「なんでこんなに教えてくれるのか不思議そうだね」
「よくわかったな」
「実は君に頼みたいことがあるんだ」
「聞こうじゃないか」
「俺と手を組まないか?」
ーーー
宿に戻ると、俺のベッドの上には豪快に荷物が散りばめられていた。
シャーラはと言うと、昼間に買った果物を椅子に座って齧っている。
「……シャーラさん?」
「……」
あ、怒ってるわこれ。
「荷物の件はすいませんした」
「……」
シャーラはあの荷物をなんとかここまで運んでくれたようだが、その代償として俺は無視されているみたいだ。
こうなるとどうしようもない。
だけど俺にはひとつだけ秘策があった。
「はぁ……、無視するならこの一個しかないサルコプルは一人で食べるかぁ……」
「……っ!」
サルコプルとは、シャーラの大好物である薄いパンになんか色々挟んだサンドウィッチ的なやつである。
昼間に売っていたのを見かけてシャーラが買おうとしたのだが、その前に並んでいた客が全て買い占めてしまったのでシャーラは結局食べれなかったのだ。
その時に相当機嫌が悪くなったので、よほど食べたかったのだろう。
シャーラの機嫌をどうやって直そうかと試行錯誤していた俺としても、このサルコプルを宿のマスターがくれたのは嬉しい誤算だった。
俺がサルコプルの包を開けて匂いを部屋に充満させると、さっきからチラチラこっちを見てくるシャーラも我慢できなくなったのか、とうとう声を出した。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「え? なんすか?」
「ずるいですよそんなの……」
サルコプルの圧倒的効力に驚きながら俺はニヤニヤしながらシャーラにそれを手渡す。
シャーラはそれを嬉しそうに受け取った。機嫌をある程度回復させるのは成功したようだ。
「そういやシャーラ」
「ふぁんでひょう?」
「……いや、食い終わってから話すわ」
さて、シャーラが食い終わったのを見ると、俺はさっきの出来事を話した。
「てなわけでそいつのトレジャーハントを手伝うことになった。宝は山分けだ」
「遺跡に行くってことですか?」
ラインが言っていた今回のトレジャーハントは宝具狙いの物だ。宝具は基本的に遺跡にあり、その遺跡はテンプレ通りの罠だらけらしい。
もちろん、危険が伴うのだが、俺の実力を見込んでラインは俺に頼んだようだ。
「らしいな」
「止めてもいくんでしょうね」
「何言ってんだお前も来るんだよ」
ーーー
次の朝、俺は目覚めるとすぐに荷物をまとめた。昨日は色々買いすぎてしまったせいで、荷物の量が無駄に多い。
荷物の大半を占めているのは衣服。俺はそれらをカバンに力ずくで詰め込んで運びやすいようにコンパクトにしてやった。
荷物をまとめ終わると、俺はまだすやすや眠るシャーラを揺さぶり起こす。
「……もういくんですか?」
「当たり前だ、着替えろ」
「ハァ、分かりました」
やれやれと言わんばかりの様子で、ため息を吐くシャーラ。
シャーラはベッドから出ると、部屋の端に置いていた自分の荷物の中を探る。
シャーラもシャーラで、小さなカバンに自分の荷物をまとめてあるのだ。シャーラはそれから服を取り出すと、着替えを始めようとした。
俺は昨日買って、食べようと思って食べてなかったリンゴっぽい果物が部屋のテーブルに置かれていることに気づく。
それを手にとって、人かじり。果汁が口の中に溢れた。
そして、シャーラの着替えを鑑賞しようと俺がベッドに腰掛ける。
しかしすぐに「出ていってください」と怒られ、部屋から追い出された。
部屋の外でリンゴっぽい果物を齧りながらしばらく待っていると、すぐにシャーラは着替えを終えて出てきた。
俺も急いでそれを食い終わる。
「んじゃ、いくか」
「はい」
ーーー
宿のマスターにさよならを言って、俺は今町の入り口にいる。
ここでラインと待ち合わせをしているのだ。
朝食はすでに済ませていて、昼飯用のパンも買ったし、用意は万端だ。
しばらく待つと、荷馬車を引いたラインがやって来た。
「おはよう」
「ああ」
俺が軽く手を上げてそれに答えると、ラインは俺の後ろにいるシャーラをのぞき込んだ。
「君がシャーラちゃん?」
「はい、よろしくお願いします」
「俺はライン、よろしく。さ、二人とも乗りなよ」
言われて、荷馬車に乗り込む俺達。
それを見たラインは、馬に鞭打って荷馬車を走らせた。
「ライン、どれくらいで着くんだ?」
「昼までには着く」
結構時間かかるんだな。
さて、俺がシャーラをこのトレジャーハントに連れて来たのは、あの町にはもう戻らないからという理由がある。
というより戻れないといった方がいいかもしれない。
なぜなら、ラインの情報によると俺の指名手配の情報が、今日にはあの町にも届くらしいから。
シャーラは遺跡に行きたがらなかったが、そういう理由であの町に残すわけにはいかなかったのだ。
「ラインさん、遺跡の難易度はどれくらいなんですか?」
シャーラがふとラインにそんな質問を投げかけた。
俺は荷馬車の端にもたれ掛かって、ゆっくり流れてく景色を見ながらその話に耳を傾けた。
「……実はその遺跡は最近発見されたんだ。だから失敗者がいない今のところは難易度は分からない」
だからレイヤに頼んだのさ、とラインは続ける。
「私、足手まといになりません?」
「多分なるね。でもレイヤがどうしても連れて行くって言うから」
「そうなんですか?」
今の質問の「そうなんですか?」は俺に投げられたらしい。
それに気づいて、俺は答える。
「俺達、運命共同体だろ?」
「違います」
きっぱり否定された。
さっきからラインの方ばかり見てるシャーラだけど、こいつラインに惚れてね?
イケメンだから分からなくもないけど。
「ま、遺跡がヤバそうだったら外で待っててもらうけどね」
「そうじゃなくても外で待っておきます」
そう答えて断固たる意思を見せるシャーラ。
俺もシャーラを危険な遺跡の中まで連れて行こうとは思っていない。
そうしてくれるとこちらとしてもありがたい限りだ。
「同業者との交戦も十分にありえる……というより多分あるから、そこの所は頭に入れといてくれよ」
ラインは今度は俺に視線を向けてそう言った。
「同業者って、他のトレジャーハンター?」
「そう、トレジャーハンターは情報が命だからすでに先客がいるかもね」
それもそうだ。遺跡が発見されても先を越されたら意味がない。
こいつの情報が早いんじゃなくて、「トレジャーハンター」の情報が早いということだろう。
「なら急いだほうがよくね?」
「これでも十分急いでるよ。
まあ、先客がいたとしても俺の予感では今回の遺跡はそう簡単にクリアできないと思うんだ」
「なんで?」
「この辺りに遺跡はもうないと言われていたのに、また発見された。
何かある。俺の勘がそう告げてるんだ」
そう言った時のラインの瞳は輝いていた。