下剤と剛腕レフトハンマー
決勝戦まで来てしまった。
もう一度言う。決勝戦まで来てしまった。
不戦勝で、決勝戦まで、来てしまった。
今、俺の目の前には“極彩の鷹”の異名を持つ、アルトヴァイル・ペンセンさんがいる。
噂によるとこのギルド三番手の実力者で、数々の伝説を残しているとか。
ギルドランクというありきたりなランク分けがあるらしくて、そのランクで言うとアルトヴァイル・ペンセンさんはSSクラス。最上級ランクだ。
下剤でここまで来てしまうとは思ってなかった俺は、心底驚いていた。そして後悔していた。
決勝戦まで不戦勝するのは流石にダメだと思って……ごめん、嘘ついた。
しようとしたんだけどこの人何も飲み食いしなかったからできなかったのだ。
つまり、こんなヤバイ人と戦わなければならなくなった。
俺の背丈より一回りはでかいその巨体に、顔の無数の傷。
強そう。いや、絶対強い。
俺は、周りから運良く不戦勝で上がってきたけどこれから料理される可哀想な羊を見るような目で見られている。
いや、実際その通りだ。
罰があたったんだ。俺が卑怯な手でここまで来たから……。反省はしてないけど。
目的としては賞金を貰えるところまで来てる時点で達成しているし、それはいい。
だけど心配なのは俺の安全だ。
この人の試合を一回見たけど、対戦相手の手は折るわテーブルは壊すわで、凶暴なんてもんじゃなかった。
対戦した人全員が負傷しているらしい。
見ためはクールなおっさんなのに、バーサーカーみたいな人だ。
そんな人と戦って無事で帰れるはずがないだろう。
それにこの人さっきから機嫌が悪くて、とっても怖い。
そんなこんな考えていると、アルトヴァイル氏が「おい」と俺にいきなり話しかけてきた。
「なんでしょう?」
「俺はバーバルの奴と戦いたかったんだ。それがなんだこれは?
不戦勝で運良く上がってきたァ? んなわけねぇだろ、毒でも盛ったに違いねぇ。
とりあえず五体満足で帰れると思うなよ」
おしっこ漏らしかけました。
周りには聞こえないくらいの声だったが、その凄みは半端ではなかった。
一回戦でこの腕相撲大会に俺の実力は通用しないと理解してしまっている俺は、死をも悟った。
ゴーンと鐘が鳴る。
アルトヴァイル氏は、どしりとテーブルに肘をつき、俺を睨んだ。
観客も勝負がみえみえの試合なので、全然盛り上がってなかった。
そこで、審判の実況が入る。
「西サイド、お前らおなじみのアルトヴァイル・ペンセンだァァァ!!!
前回腕相撲大会では、2位の実績を残しているぅぅ!!
ギルド最強の男、バーバルと戦えなくて残念かァァァ!?」
そこで観客達の声援が上がる。
なんで実況してんだよ審判……。
「続いて東サイド、ミラクルルーキー!! レイカイドー・レイヤだァァァ!!!
なんと不戦勝だけでここまで上がって来たぞぉ!! この戦いで奇跡は起こるのかー!?」
いや、最初しましたよ腕相撲……。
というより観客をあまり煽らないで欲しい。
「それでは、位置について!!」
審判がそう言ったので、俺もしぶしぶ腕を差し出す。
しかし、右腕はさっきフルに使ってしまったから使いたくないのだ。
こんな力の入らない腕に追い打ちをかけられたりしたら、骨折どころか粉砕されるかもしれない。
だから俺は左腕を出した。
すると、辺りが静まり返った。
あれだけうるさかった観客や審判は唖然としている。
そして額に青筋を浮かべるアルトヴァイルの低い声が響いた。
「……てめぇ、……喧嘩売ってるのか?」
え、なにこれ……?
俺が状況を飲めないでいると、審判が持ち直して、親切に実況してくれた。
「これは宣戦布告ととってもいいのだろうかァァァァ!!! 強すぎるあまり、ハンデとして利き手の左手を封印されたアルトヴァイルに、あろうことか左手で勝負を挑んだぞォォォォ!!!!」
その実況にドッと会場が沸く。
え? え?
俺は良い顔をしつつも内心絶望していた。そんな設定を知っていたなら左手を出すわけがないだろう。
「いいぜ、てめぇがその気なら……、その腕へし折ってやる」
そう言って左手をテーブルの上に乗っけて右手を下ろすアルトヴァイル。
俺、顔面蒼白。
よく見ると右手より左手のほうがゴツイ。
もうどうとでもなれ、そう思って俺も左手をテーブルに乗せ、アルトヴァイルと手をがっしりと組んだ。
「このフィオリーノ金貨10枚を手にするのはどっちだ!! アルトヴァイルか、それともレイヤか!
それでは、レディィ…………」
ゴクリと唾を飲む。なるべく痛くないように全力でやらないと。
「ファイ!!!」
誰もが一瞬で勝負は決まると思っていた。俺もそうだ。
確かに決着は一瞬で着いた。
そう、アルトヴァイルが負けると言う形で。
合図と同時に俺は思いっきり力を込める。
そして気づけばアルトヴァイルの手をテーブルに叩きつけていた。
その勢いはそこで止まらず、テーブルを粉砕、そして床も粉砕、アルトヴァイルの手は床下にまでえぐりこまれた。
静まり返る。観客呆然、審判呆然。
アルトヴァイルは手を床下にねじり込まれて、そのまま何が起きたのか分からないと言った表情で床に転がっている。
アルトヴァイルより俺自身、一番驚いていた。はてなマークで頭がいっぱいだ。
が、ここではしゃぐのはカッコよくない。
まるで自信がありましたよ、そんな気品で俺はをシャツを翻す。
そして最後にアルトヴァイルに言ってやった。
「……それが、貴様の驕りだ
シャーラ、行くぞ」
決まった……、完璧なまでに……。
そのセリフと同時に大歓声があがり、思ってもいなかった大番狂わせにエントランスホールは盛り上がりの絶頂を迎えた。
しばらくその歓声に軽く手をあげて答えた後、俺は審判からフィオリーノ金貨10枚を受け取って、静かにギルドを出た。
ーーー
日なんかとっくに落ちていて、とっくに暗くなってしまった町を照らすのは、街灯と月の光だけだった。
もう店は酒場くらいしか開いてないので、衣服等は明日買うことにして、とりあえず俺達は適当な宿を探すことにした。
宿はそこら中にあって迷ったが、せっかくだから近くにあった高級そうな宿に泊まることにする。
中に入ると、おじいさんが迎え入れてくれた。
「ベッドは一つの部屋でよろしいですか?」
「ええ、それで」
「2つでお願いします」
せっかくのご老人のナイスな計らいを台無しにしやがる。
冗談はさておき、シャーラは絶対2部屋取れと言うと思っていたのだが、それは我慢してくれるみたいだった。
お金はあるし、別に2部屋とっても良かったのだが。
さて、部屋まで案内された俺は真っ先にベッドに飛び込んだ。
腹がかなり減ってるけど、かなり疲れているので、このまま寝てしまうかもしれない。
シャーラもベッドに腰を下ろした。
「そういえば一回戦で苦戦したっていう人は何者だったんでしょう」
シャーラの言ったそれは俺も気になっていた。
アルトヴァイルに余裕で勝てたということは、あの……名前なんだっけ……、そう、ビンセント・ラインがかなり強いということになるのだ。
「わかんね、そんなことより飯食いに行こうぜ」
「あ、私もうお腹いっぱいです」
「なんで!?」
「さっきのところで色々つまみました」
こいつ一人で抜け駆けしてやがったのかよ……。まあいい、今日は飯我慢するか。
ごめん無理。あのおじいさんになんか恵んでもらおう。
「じゃあ風呂でも入ってこいよ」
「あ、そうします」
俺はこのタイプの異世界には風呂とかないんだろうなとか勝手な偏見を持っていたが、そんなことはなかった。
さっき、宿の人から聞いたところによると、一般家庭にでも普通にあるみたいだ。
おそらく魔法が発達していて、水出したり温めたりすることができるから発展しているのだろうと推測。
流石にシャンプーとかはないだろうけど、それはそのうち創造で出そうとは思っている。
なんにせよ衛生的にはそこまで汚い文化習慣じゃないことに少し安心した。
シャーラが行ってしまうと、俺はしばらくベッドに寝転がって天井を見つめていた。
見つめていただけでとくに何か考えてたってこともない。
「さて、風呂でも覗きにいくか」
俺は立ち上がり、部屋を出る。すると部屋を出たところで宿の主と出くわした。手には何か持っている。
「蒸しパンはいかがかと思いまして……。あ、ラム酒もありますよ」
ラム酒はともかく蒸しパンを持ってきてくれたことに俺歓喜。
お礼を言って受け取る。そして部屋に戻ってそれを貪った。
「うまかぁ、うまかぁ」
なんでこんなうまいんだよこれ……。
こんにゃく以外を食べるのは久しぶりだから過剰に美味く思えるのかも知れない。
だけどどうせ明日からは豪遊。町にあるもの全てを食い尽くす予定だからこんなのに驚いていたら駄目だ。
わりと量があった蒸しパンを一人で全部食べ終わると、風呂から上がったシャーラが部屋に戻ってきた。
「レイヤは入らないんですか?」
「いや、ちょうど今行こうとしてた」
俺も風呂に入りたかったのだ。
異世界に来たら、風呂に入れないことを覚悟してたから、古代ローマ人ばりの風呂好きを自覚している俺にとっても嬉しい誤算だ。
風呂から出て、部屋に戻るとシャーラはベッドでもう寝てしまっていた。
さて、俺も寝るか。
そう思っておもむろにシャーラの布団をめくって横に入ると、シャーラは実はまだ起きていたみたいで、蹴り出された。
「レイヤのベッドはそっちです」
「ちょ、冗談ですやん……」
ベッドから蹴り落とされた俺は、立ち上がって自分のベッドへと戻った。
俺は灯ったろうそくを消して、俺も目を瞑る。
風呂上がりなのもあってすぐに眠気は来た。そしていつしか俺は夢の中へ。
ーーー
パッと目が覚めた。
俺は、それはもう遠足に行く前の小学生並みのテンションでベッドから飛び起きて、叫んだ。
「朝だYO!! 起きる時間だYO!!」
俺はリズムに乗りながら手拍子、足踏み。
いわゆるボディーパーカッションをしながらシャーラの布団をひっペがした。
「え? え? なんですか?」
シャーラは寝ぼけて目をこする。というより俺の謎のテンションについてこれてないみたいだ。
「おはYO!! 顔洗って出かけるぜチェケラ!!」
シャーラは最初こそボーッとしていたが、だんだんと頭が回転し始めたらしく、それと比例するように俺を見る目に哀れみがこもり始めた。
それを見た俺もなんとなく「あ、このテンション違うな」と思ってすぐに落ち着いた。
「で、なんでこんな朝早いんですか?」
「おま、これから町中豪遊し尽くすのにのんびりしてていいわけ無いだろ」
現在、俺とシャーラは町中を歩いていた。
シャーラは朝早いと言ったが、すでに町は賑わいを見せ始め、店もチラホラ開店していた。
俺の背中には大きな荷物が背負われている。開いてるの店の中で衣服と靴、他にも旅に使いそうなものを一式買い揃えたのだ。
そして今、俺達は朝食を摂るための店を探している最中である。
「あ、あの店なんてどうです?」
俺はシャーラが指す先の店を見た。するとそこは中々小洒落た店で、俺の朝食としては及第点を得れそうな雰囲気だった。ごめん、ぶっちゃけなんでもいい。
店に入ると、外見から想像できた通りいい感じの店だった。
他の店を知らないから比較は出来ないけど、この時間帯に客も結構いるようだし人気店と呼べるのではないだろうか。
そしてなぜか、俺に視線が集まっている。
周りの声に集中してみると、昨日の腕相撲大会の話をしている。おそらくアルトヴァイルに勝ってしまったせいで、ちょっとした有名人になっているのだろう。
そのままカウンターまでいって座ると、店員が注文を聞きに来た。
そこで俺はすかさず「いつものやつ」と言うが、困った顔をした店員を見たシャーラが二人分の注文を適当に決めてしまった。
「本当にいらないことしかしませんね、レイヤは」
ノリ悪りぃ……。
さて、しばらく待つと料理は運ばれ、俺達は久しぶりのマトモな飯を思う存分堪能した。
店を出る頃にはもうこれ以上食べれません状態になってしまった。
支払いを金貨一枚でした時は、かなり嫌な顔をされたが、おかげで小銭が大量に増えた。荷物が増えたと言ってもいいか。歩く度に懐でジャラジャラ音がなる。
そんなこんなで朝食を終えた俺達がしばらく商店を見ながら彷徨っている、急に一人の男が俺を見て叫び声をあげた。
「見つけたぞォォ!!!」
俺を指さしてそう叫ぶ男に呼応されて、男達がゾロゾロと集まって来た。
え? 俺?