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強くて優しい人達

 目を覚ますと白い空間にいた。


「目覚めたか」


 聞き覚えのある声。

 俺は体を起こす。


「……」


「泣くな」


 目の前にいる黒髪黒髭の男は言った。

 ああ、やっぱり泣いてんのか俺は。


「……死んだんだな。俺は」


「そうだな」


 ああ、死んじまったかぁ。

 そうかぁ。


「……俺が転生したのって、魔神を倒させる為だったんだな」


「復活を防ぐだけでよかった。魔神の言う通り、お前は失敗したんだ」


 なんだよお前。

 お前が俺を転生させたんだろ。


「……言ってくれよ最初から……。

 言ってくれよ!! なんで言ってくれなかったんだよ!!

 俺がどれだけ辛い目にあったか知ってんのかよ!!」


 神の胸ぐらを掴んで俺は叫ぶ。あふれる涙は止まらない。

 吐きそうだ。


「ずっと見てたからお前が何をやってきて、何を思うかは分かる」


「なら……ならさ、もう一回だけチャンスをくれよ、いけるだろ?

 神様だろ? 今度こそなんとかするから……!」


「ダメだ。お前にもう転生権はもうない。

 こうなった以上、……あの世界は切り離さないとダメだな」


「転生権……」


「お前は人を殺しただろ?」


「あ……」


 そうか……、そうだよな。

 

「う……うう……、ううぅ……!」


 シャーラはどうなるんだよ。あの世界はどうなるんだよ。

 聞こうとしたが、声が出ない。

 嗚咽に押しつぶされる。


「あの世界は切り離す。隔絶する」


 それって、どうなるんだ。


「切り離された世界は、やがて無に還る。

 死んでもここに来ることはない」


 俺のせいか。

 あの時の俺なら……、異界の門くらい簡単に閉じることができた。


「……」


 心が、首が、どんどん重くなっていく。


「俺は……どうなるんだ……」


「お前は、すまないが、地獄行きだ。

 チカラは全て返してもらう」


「……分かった」


 もう、何でもいい。

 目を瞑る。




 悲鳴が聞こえて、俺は瞳を開いた。


「……!」


 気づけば俺は先ほどの白い空間ではなく、何かの台の上に乗せられていた。

 服もボロ切れのようなものに変わっている。


 ガコン、ガコンという揺れで、俺は台が降下していってることに気づいた。

 台から下を覗いてみる。


 阿鼻叫喚、地獄絵図。

 地獄の責め苦に合い、泣き叫ぶ人々がそこにいた。


 金棒で何度も頭を潰されるために順番を待つ人。焼けただれた大地は血で赤く染まっており、鬼のような醜い巨人が辺りを徘徊している。


 まな板のようなものに乗せられて、足からみじん切りにされる人。

 肉を無理やり剥ぎ取られ、そのまま壷のような物に入れられる人。

 玉ねぎでも剥くかのように皮膚を剥かれる人。


 泥のような悲鳴が上から聞こえてきた。

 見上げると、そこには無数の人間が吊るされている。

 生きたはまま全身の皮を剥がれて。

 吊るされた人間は、カラスのような鳥に肉をついばまれていた。



 車裂きにされる者、八つ裂きにされる者、千の針に貫かれる者、刺し身にされて食われる者、業火に焼かれる者、万力に頭を挟まれている者。


 誰もが死んでいない。生きたまま地獄の苦しみを味わい続けている。


 背けた目の先に、そんな景色が飛び込んできた。

 聞こえるのは、うめき声、悲鳴、鬼の唸り声くらいだった。


「い、嫌だ……」


 そんな言葉を漏らす。

 地上に近づいていき、熱気も近づいてくる。

 目を瞑る。

 しかし、目を瞑っても地獄の景色が脳裏に浮かんだ。


「……っ!」


 近づく地上。

 台がガコンと振動して、俺は地面に投げ出された。

 尻もちを着く。


 ジュウと音がなり、俺の尻と手を焼いた。


「あづ……」


 すでに絶望していた。

 恐ろしい。怖い。嫌だ。逃げたい。死にたい。

 嫌だ。

 帰りたい。どこに?


 俺は腰が抜けていることに気づいた。

 ドシンという音を立て、俺の前に立ったのは鬼だった。


 バシャっと何かを駆けつけられる。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛がああ゛あ!!」


 熱湯だった。

 熱い、熱い。

 のたうちまわる。


 その度に鉄板のように熱い地面が俺を焼き、皮膚を持っていった。


 鬼はそんな俺の首を引きずっていくと、まな板の上に乗せて、縛り付けた。


「あ、……ああ、やめ……」


 ビリ。

 ビニールでも破くかのように俺の胸は開かれる。


「あぎやぁぁぁ!!!」


 イタイイタイイタイイタイ。

 イタイイタイイタイイタイ!!

 鬼が金棒を振り上げるのが見えた。


 ゴン、そう言った音と共に俺の胸がぺしゃんこになった。

 胸板がぺしゃんこになるなんて、あっていいのだろうか。


 悲鳴を押し出す肺がなくなって、口から臓物を吐き出した。


「……っ! ……っ!」


 目が飛び出しそうだ。

 なんだよこれ、いつ死ぬんだよ……!!


 …………あ、そうか。

 死なないのか。


 再び振り下ろされた金棒が、俺の頭をぐしゃりと潰した。


 目を開けると、俺の体は元通りになっていた。


「ハァ……ハァ……」


 しかし痛みは消えない。激痛が、体に残っている。

 ゴトンと、俺の左足に金棒が振り下ろされた。


 足が、変な方向似曲がっている。


「ぐぎ……ぃぎぃ!!」


 鼻から血が出る。

 金棒は順々と、俺の顔面に向かって振り下ろされる。

 ぐしゃりと頭が潰されると、俺はまた元通りになっていた。




 それを、何度も繰り返した。




「ハァ……ハァ……」


 何度繰り返しただろうか、ボロ雑巾のようになった俺は、飽きられたのか鬼に放置されていた。

 が、そんな暇は一瞬でしかない。


 すぐに他の鬼が俺をどこかに連れて行く。



「……い、いやだ……」


 絞り出した声は、鬼を喜ばせるだけだ。

 使えるかと思って放った魔法は、不発で終わった。

 創造はもちろん使えない。

 生身で枷を外しても痛いだけ。



「ハァ……、ハァ……」


 いつになったら終わるのか。終わらない。

 それを考えるだけで、涙が出るくらい絶望した。


 今度はどこに連れて行かれるんだ。


 鬼が唸り声を上げ、俺をドデカイ壷に放り投げた。

 その中に俺は沈む。


 血の池だ。湯立った血の池に入れられると、生気が吸い取られて行くようだった。

 口から嘔吐物を吐き出し、どんどん沈んでいく。

 泳げない。


 血を飲むと、嘔吐感がこみ上げそれをはき出す。

 俺はなんとか足掻いて壷の端に辿り着き、しがみついた。


「げホッ……げホッ……おぇええ……」


 激しく呼吸する。胃が焼けるようだ。


 俺はどうしてこんなところに……。

 なんでなんだ。


 何かすることがあった。

 いや、俺より苦しんでいる奴はいるか?




「……シャーラ」


 ふと呟いた。

 本当に、無意識に。

 すると。


「よし」


 そんな声が後ろから返ってきた。

 驚いたけど振り向く力なんてない。

 こんな地獄にいるのに随分明るい声だなぁ、なんて思ってる。


 そんな時、チャプンと血の雫を落としながら壺から這い上がった男がいた。

 黒い髪。さっきの声の持ち主だろうか。

 視界がぼやけてよく見えない。


 そいつはまるでそう……。

 この血の池からだ。

 まるで、風呂から上がるかのように這い上がったのだ。


 だけど、こいつは鬼に酷い拷問を受けることだろう。


 俺は視線を逸らす。


「よォ、気分はどうだ? 地獄(ここ)は最高だろ」


 男が話しかけてきた。


「……」


 俺は顔を上げる。


「オイオイ! こんな状況でこそお前の軽口が聞きたかったぜ!」



 甲高く、うるさい声。

 その声が誰の物か認識する前に、俺の瞳からは大粒の涙が溢れていた。


 そして、男の声は続いた。



「久しぶりだなァ! 相棒よォ!!」



 なんでこんなところにいるんだよとか。

 なんでそんなに元気なんだとか。


 そんなのはどうでも良かった。


 ただ、相棒の前で醜態をさらしている俺が恥ずかしくて恥ずかしくて。

 気づけば俺は立ち上がって、隣に立っていた。



「よォ……、元気かァレイヤ!?」


「見りゃわかるだろ。元気なんてあり余ってるさ、ティルフィング」


 強がりを言う俺の頭に、ティルフィングはガシッと手を乗っけてガシガシと撫でた。


「そうかァ! なら10秒で泣きやめ!」



「うん……、うん」



 ティルフィングに言われた通り、10秒で泣き止んだ俺は、ティルフィングに向き直った。


「お前、そんな顔してたんだな……」


「ああ、イケてるだろ?」


「最高に」


 沈黙。

 鬼は近づいてこない。

 ティルフィングが殺気を放っているからだろう。



「俺、死んじまったわ……」


 ポツリと、俺はそうつぶやいた。


「ここにいるんだからそりゃそうだろ」


「……悪い」


「何に謝ってんだよ」


「お前がせっかく助けてくれたのに」



 吹き飛んだ。

 俺は血の上をワンバウンドして、血の池に沈む。

 殴られたのだ。


 ティルフィングに殴られるのは、初めてだ。当たり前か……。

 俺は水面に上がり、ティルフィングを見上げる。


「死んじまったことを謝られても苛つくだけだァ。

 オレが聞きたい言葉はそうじゃねェ。

 言ってみろ、思ってることをなァ」


「……」


 言っていいのか。

 図々しく。

 二回も生き返って、人を殺して、命を甘く見て、また落ちぶれ果ててる俺が、言っていいのか?


「いいぜ、言え。心の底から、お前の言葉をな」



 なんたって、最高の相棒なんだ。



「…………。諦められない……! 諦められないんだ……!

 死んでも、死にきれねェ……!」


「ああ」


「力を貸してくれ、ティルフィング!」


「任せろや相棒」


 差し伸べられた手をとって、俺はまた壷から這い上がった。

 さっきとは景色が違う気がする。

 心情的にも、物理的にも。


 大量の鬼に囲まれた俺達は、並んで壺から降りていった。

 そこからは言葉は消えた。足の裏を焦がす大地が、熱くない。

 むしろ心地良い。



「レイヤ」


 前を進むティルフィングは言った。

 俺は静寂を返して答える。


「たとえ地がお前を揺らそうと暴れても。

 たとえ風がお前を吹き飛ばそうと吠えても。

 お前はヘラヘラ笑ってそこに立っとけ。


 邪魔する奴は蹴散らせ。

 ああ、お前が正しい。


 迷ったら進め。

 そうだ、それで合ってる。


 レイヤ」



 ――世界はお前を中心に廻ってる。



 今度は泣き止めと言われても止まらないかもしれない。

 涙があふれた。


「ほら、行け」


 ティルフィングは鬼の群れを指差し、言った。

 俺は無言で走り出そうとして、やっぱりティルフィングの隣で止まった。


「……ティルフィング」


「オイオイ、言葉はいらねーぜ?」


「でも……」


「これでいい」


 ティルフィングの拳が俺に突き出される。

 俺は、その拳に己の拳を打ち付け、今度こそ走り出した。


 後ろでティルフィングのどでかい声が響く。


「オレの名は、ティルフィング……!

 魔剣、ティルフィング!!

 鬼共どけェ!! そこはレイヤの通る道だァァ!」




 俺は声を上げて走りだした。




ーーー




 走って、走って、走った。

 どこにいけばここを出られる、いつまで走ればいい。

 そんなことは頭にない。


 とにかく走れ俺。



 進め、俺。



 見えるさ。ああ、見える。

 聞こえる。

 感じる、匂う。


 死んだ?

 関係ねぇ! 走れ!


 もっと、もっと心臓動け!!

 俺を生き返らせろ!!



「レイヤ!」


 その声に、振り向いた。

 気づけば俺がいる場所は地獄ではなかった。

 真っ白い空間にいる。


 そして俺の後ろに立っているのは。



「ルル……!!」


 ルルだった。


「レイヤこっち! ついてきて!」


「ああ!」


 ルルの背中を俺は追いかける。

 あの日、何度も追いかけた背中から、確かな温もりを感じる。


「ハァ……ハァ……」


 白い空間を走る。走る。

 切れた息。

 目の前で揺れる水色の髪が、眩しい。


 白い装束を纏うルルは、裸足でどんどん前に進んでいく。

 引き離されそうになって、俺は白い地面を強く踏んだ。


 ルルは背中で俺に訴えかけてくる。

 頑張れ、一人じゃない、と。


 言葉では伝わらない何かが、俺の体に浸透していく。


「ハァ……ハァ……」


 ルルは笑っている。笑顔で、走っている。

 気づけば俺の乱れた心は綺麗に畳まれていき、よく見えるようになった。


 支えられている。



 気づけばいつか通った道にいた。

 そこら中に色んな球体があって、それぞれが光っている。


 ルルはそこで足を止めた。


「はい、道案内終わりっ! じゃ、私元の場所に帰るね! 

 どれが世界か分かるでしょ?」


「ルル……!」


 何が言いたい? 俺。

 伝えるべき言葉を、ルルに。


「ルル……! ありがとう! 大好きだ! 愛してる!」


「うん、私も! ずっと!」


 ルルはすぐに背を向けた。俺の言葉から逃げようとしてる。

 涙も、多分こらえてる。


 ……だけど、やっぱり俺は言わずにはいられない。

 言わなくてもいい言葉なのかもしれない。

 今更なんてなんだ。


 言いたい。

 言いたいから、言え。


「ルル……! ごめん……! 俺はお前を救えなかった……!」


 ルルが肩をすくめたのが分かった。

 困った顔してるんだろうか。

 本当はもっと話したい。連れていきたい。一緒にいたい。

 もっと謝りたいことがある。でも、時間がない。


 お願いだ。振り向いてくれ。


「ああ、そんなことか!

 全然気にしてないよっ!」



 ルルは笑顔で振り向いた。




 空が透き通った。



 “そんなこと”で済まされることじゃない。気にしてないわけがない。

 死にたかったわけがない。

 もっと生きたかったに決まってる。


 俺だけ生きることを、許してくれ。



「頑張って、レイヤ。

 レイヤなら、きっとなんだって乗り越えられるよ」


「ありがとうルル。俺、行くよ」



 最後に自分から踏み出す。



「うん、ばいばい!」



 最後に笑顔を見て、俺は球体へ身を投げた。


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