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2話 王宮

   王宮



「それは真なのか?」

けだるげに椅子に腰掛けながら、ジークハルトは己に忠実な部下にそう聞いた。


広く豪華なその部屋には4人の男がいた。部屋には一組の大きな大理石で出来た机があり、部屋の床にはウルバァーン帝国皇帝一族の色である金色がふんだんに使用されていた。


しかし決して下品ではなく、見るものを感嘆させるような部屋であった。

しかし今この部屋の大きな窓にはすべてカーテンが覆い陰鬱な雰囲気であった。四人の男の中でただ一人だけ椅子に座っている男がいた。その男こそこの部屋の主にてトリット大陸随一の領地と軍事力を誇るウルバァーン帝国皇帝のジークハルトであった。王族色である金色の髪と眼は薄暗い部屋であってもその存在感をおしげもなく放っている。

ジークハルトは胡乱気に今しがたの報告をした部下を見た。


「えぇ、にわかに信じがたい話ですが、真のようですよ。

手をかざすだけで魔獣の傷だろうが、病だろうが癒す人間がいるらしいですよ。


クルッシャ領に時々現れるという話です。その者についてただ今調べさせておりますが、今までのまがい物の宗教者のような人間ではないようですね。

金や金品は取らず、無償で癒す人だとか。クルッシャでは神に愛でられた人や女神といわれているらしいですよ。」



それを聞いて今まで黙っていた男が燃えるような赤色の髪を振り乱して笑った。

「そんな人間いるわけねぇだろ。巫女でもあるまいし。

まぁ巫女殿にいる巫女どもだって力が本当あるかわかったもんじゃねぇけどな。」

そういって、赤髪男は神殿の巫女達を嘲笑した。



国の宝である巫女を大声で笑いながら嘲笑するなどこの男くらいしかしないだろう。


おそらく今の発言を神殿の関係者か使徒達が今の言葉を聞けば卒倒するか顔を真っ赤にして憤慨することだろう。



しかし残りの二人の男達から咎めるような言葉は出なかった。事をジークハルトに報告した宰相のシンバは呆れたような眼差しを送り、ジークハルトにいたっては表情一つ動かさなかった。

シンバはため息を一つ着くと報告を再開した。



「“神に愛でられた人”の素性ですが、はっきりしたことはいまだわかってはいません。」

それを聞いてジークハルトは片眉を上げた。


自他共に優秀な宰相がこんな風に報告に不備をきたすことは滅多になかったからだ。


笑っていた赤髪の男ヴァンスも笑うのを止め、興味深げにシンバを見た。シンバはその秀麗な顔を顰めてもう一つため息を着くとこう付け足した。

「その者がおそらくミーリィーン領のものであることは確かなのですが、それ以上は分からないのです。領民に聞いても“そんなものは知らない”だとか“そんな人間ここにはいない”だとかまったく情報が掴めないのです。」

「ミーリィーンか、、、、。」

それを聞いてジークハルトは難しい顔をした。


ヴァンスも真剣な顔になった。



二人の頭には同時に一人の顔が浮かび上がった。ミーリィーン領領主であるシュバイツ・リーベルトである。現在はただの一領主にすぎないが十数年前までは将軍として数々の戦歴を上げ、王宮でも一切大きな発言権を持っていた。



そして、前王の凶行にいち早く気づき、真っ当から諌言をした人。そして、ヴァンスとジークハルトにとっては剣術の師でもあった。

「えぇ、ミーリィーンです。」

主の心の変化に気づきつつも、シンバは淡々と尚も続く報告書を読んだ。

「近年のミーリィーンを調べてみましたら、作物の収穫は毎年豊作ともとれるほどの収穫量です。


領民を食べさせていくのには十分すぎる程の収穫がありますからね。

そして魔獣による被害はゼロです。例の薬草の配給問題では唯一王宮に緊急助成を求めてもいない領ですね。」

それはジークハルトにしてみれば驚くべき報告であった。

魔獣の被害がゼロなど考えられない報告である。


王都や重要指定都市のような魔獣対策をしていれば別だが、ミーリィーンは辺境とまではいかないものの特に魔獣対策として兵を沢山置いている領地ではない。


そんな領で魔獣の被害がゼロというのは驚きである。ヴァンスもそう思っているのか、いかつい顔がポカンとしている。それは普段から人を食った表情しかしないこの男には珍しく笑いを誘うが、笑える程余裕のある人間はいなかった。

「魔獣の被害ゼロは信じがたいな。」

ヴァンスは一言言った。



軍の将軍であり、魔獣討伐隊の総司令であり、日々魔獣と戦う彼にとっては、信じられないような、信じたいような話である。

「ミーリィーンはもともと神殿が数多く存在する上に神力が浸透した地だといわれ作物も昔からよく育つ。

魔獣の被害がないなら、薬草を必要としないのも分かるな。作物の収穫量の報告書はどうなっていたのだ?」

ジークハルトはすでに王としても顔になりさらなる報告を己の宰相に求めた。

近年の作物の不作具合から言って、豊作の報告があがっていれば王宮の目に留まるはずだ。




シュバイツ・リーベルトの性格からいって虚偽の報告などしないように思えるが、過去の出来事に未だに不満を抱いていればあるいは…



「作物の収穫量は領民を食べさせていくのにギリギリの量で報告されていますが、同時に譲渡報告書も出されております。」



譲渡報告書とは、領の財産を辺境の地に認定され常時作物援助を必要とする街や村に破格の値段で援助することである。譲渡した分は収穫量には計算されないので、長年異常ともとれる豊作を見逃していたのだ。そもそも譲渡制度は近年自領の収穫だけでは領民を養っていくことの出来なくなった領を救う為ジークハルトが発案した救済制度だった。

「己のしいた制度に足を掬われたわけか。」

ジークハルトは自嘲するように言った。


実際にミーリィーン領の救済で救われている街や村は数多くあるだろうが、ミーリィーン領領主であるシュバイツにしてやられたという気持ちはくすぶっていた。


異常の収穫値がもっと早くに上がっていたら、その異常の“原因”にも早く着目することが出来たからだ。そんなジークハルトの気持ちを悟ってか、ヴァンスは

「さすがは“闘眼の鷹”ってか。老いてもいまだにすごい人だねぇ」

“闘眼の鷹”とはシュバイツのことだ。



闘う時の強さもさるとこながら、先を見る戦略を立てさせれば並び立つ人はいないと思われるほどの鮮やかな戦略をたてる人でもあった為そのような軍名が付いたのだ。


そして彼の隊では味方がほとんど死なないというもの特徴だった。



そのためシュバイツを英雄と呼ぶ人は多いのだ。

それだけが理由でもないのだが。軍人であり、徒でもあるヴァンスにもその傾向はあり、先ほどの言葉にも感嘆の念が見え隠れしていた。



「危険人物かもしれませんよ?女神について数ある噂の中には“女神はリーベルト当主の寵愛を受けている者”というのもあるんですからね。」


シンバはそういい捨てた。シンバは根っからの文官系であるため、軍名をあげている人間を英雄視することがあまり理解できないのだ。

それにカチンときたヴァンスより先にシンバに反論したのは先ほどまでここにはいなかった人間だった。


「そりゃあ、ありえねえな。リーベルト公は実直な人間だ。妻のマリーヌを大事にしてるし、妾をもつような人間じゃねえよ。」

そう王宮では聞かないような言葉遣いをしながら現れたのは蒼髪に鳶色の眼を持つ壮年の男であった。

その目は絶えず人を比喩するような色が浮かんでいる。

リーディー・オフマン。彼は、前王時代から側近を務めるただ一人の男でシンバの父親だ。

「父上、今は極秘会議中です。それに陛下の御前での言葉使いには注意して頂きたいと再三申し上げているはずですが。」

シンバは己の父親の言葉遣いに思いっきり眉を顰めた。


「頭かてぇこといってんじゃねぇよ。極秘ってったって“女神”の噂についての報告だろ?」

シンバは息子の言葉を気にしたふうもなくそう言った。王であるジークハルトも気にしたそぶりはない。

というより表情ひとつ動かさない。規律に厳しいシンバは咎めないジークハルトに対しても厳しい視線をぶつけた。



「それで、滅多に姿を現さぬそなたが出てきたのだ。何か報告したいことでも出来たか?」

ジークハルトはシンバの視線に気づきつつもそうリーディーに尋ねた。

「あぁ、ついにカイファで一人目の感染者だ発見された。

感染したのは老人で感染から5日で死んだらしいが。

いつ死んでもおかしくないような高齢で、感染が確認されてから、機密裏に隔離したから次の感染は確認されてねぇが時間の問題だろ。」

そう一気にしゃべった後で部屋に置かれている長椅子に腰掛けつつため息を吐いた。かなりの疲労が伺えた。そしてその報告にヴァンスも同じようにため息を吐き、シンバは顔を歪め、ジークハルトは目を伏せた。これこそが近年のウルバァーンでもっとも恐れていたことだったのだ。

「新薬の開発は?」

目を伏せたままジークハルトはリーディーに問いかけた。

「いんや、まだだ。」

リーディーは淡々と答えた。

「こりゃ、まじで噂の“女神様”とやらにおすがりするしかないってか。」

ヴァンズが冗談交じりにそういうがいつもの力強さはなかった。

「女神様か、、、」

その言葉にリーディーはぼつりとつぶやいた。リーディー・オフマンという男はおそらく帝国一の情報通とも言って良いほど独自の情報パイプなどを所持しているのだ。それがあったからこそ、前王の側近達が処刑されていく中ただ一人恩赦された。理由はそれだけはないのだが。

「何か知っているのか?」

ジークハルトは大声で喋っている訳ではないのに、聴く者に威圧感を与えるような声で聞いた。

「俺が集めた情報では、その女神様とやらは純粋な黒髪に紫眼も持った美しい人間。クルッシャに来るのは月に二度。だいたい二週間に一度だな。場所は今は管理されていない無人の神殿。とまぁ、こんなところだな」

リーディーはすらすらとそれでいて、先ほどの息子の報告よりも明確に調べた結果を述べた。普段のシンバであったらここで、父親に情報元はどこだとか、情報元は信頼できるのかだとか色々喚くのだが、今日はそんなことはなかった。

「黒髪だと、、、?」

と呆然とつぶやくのがやっとだった。

「あぁ、黒髪。漆を塗ったような黒々とした黒髪だそうだ。その上、眼は紫闇色。それが本当だとしたら民衆が“女神”だって騒ぐのも頷けるな。

そんでミーリィーンのやつらはその黒髪の女神をよそ者にとられないようにみんなで口止め、、、とかな。」

リーディーが何も感じていないような顔でそういった。

「ばかばかしい!純粋な黒髪などいるわけがないでしょう。そんな人間巫女殿にすらいませんよ。それに本当に黒髪なら産まれた瞬間に国に保護されていますよ。」

シンバはもっともらしいことをしゃべった。しかしリーディーは真顔で主であるジークハルトを見た。

「民衆どもはその“女神”をメシアにしているそうだぞ。まぁたしかに、薬草の配給が実際止まってんだから、何でも治せる人間がいれば、その人間は地獄に仏になるわな。そんでその人間を新たな指導者に、、なんて考えて民衆を担ぎたてようとする狸もいるかもな。」

リーディーは“女神”の存在が引き起こすであろう可能性を上げた。


「力は真であるかは放って置いても危険な存在だな。」

ジークハルトはつぶやいた。

「さて、ヴァンス、、お前に少し頼みごとがあるのだが?」





駆け足投稿になってしまいました。トホホ



読んで下さりありがとうございます。

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