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1話  八年後

8年後、


ミーリィーン領の領主城は今日も明るく穏やかな雰囲気が流れていた。

黒髪の子供を拾ってから8年。子供は自分の名前がシオンであること以外言葉をしゃべることが出来なかった。

黒髪の子供は普通は巫女として巫女殿で生きるのだが、リーベルト家は巫女の家系ではなく、また子供を拾った時期、ウルバァーン帝国では皇太子であったジークハルトが父王であった先帝を無理やり退位させる形で即位したりと、国が荒れていたこともあり、こんな荒れている時期に黒髪の子供の出現はいらぬ混乱を招いてしまうであろうと、シュバイツは子供を王宮に報告せず密かに己の養女にするに留めた。



本音を言えば、幼い家族を失いバラバラになりかけていた家族が皆、黒髪の子供に夢中になり、シュバイツ自身もまた、突然どこからか現れた黒髪の遺児はもしかしたら我が家に与えられた天使なのかもしれないと、普段の慎重さからはかけ離れた発想をさせてしまうほど、突然あらわれた遺児はリーベルト家、並びにミーリィーン領に幸せを運んでくれた。



末娘を失ってから、暗く沈みがちだった妻は元の朗らかさを取り戻し、鍛錬ばかりであった長男と三男も色々な事に眼を向けてくれるようになった。


そして女性関係に浮名を流してばかりいた次男は新たな黒髪の家族を溺愛し、毎日のように贈り物をし、それだけでは飽き足らず、自ら珍しく価値ある物の仕入れに没頭し、いつしか商業を営むまでになってしまった。


名門公爵貴族の次男がいきなり実業家になった時は、さすがに驚きだったが、シュバイツもマリーヌも女遊びをし続けるよりいいだろうと黙認した。


そして、各地で問題となっている魔獣も元々ミーリィーンは出現率は低かったが、黒髪の遺児が現れてからさらに被害が減り始めたのだ。

その上、減りかけていた作物の収穫量も毎年豊作といって良いくらいの出来であった。

しかし良いことばかりではなく、むしろ、ミーリィーンの外では悪しき事柄が多く起こっていた。

まず第一に、魔獣による被害は年々増し、また土地が穢れていくからか魔獣の傷に効くと言われる作物や薬草が育ちにくくなり、薬草にいたっては今では王都にある神殿でしか育たなくなってしまったのだ。これはウルバァーンだけではなく、どこの国でも魔獣の被害、作物の不作、薬草の欠乏は年々深刻さを増していっていた。

貧困は争いをうみ、近年戦争が活発化していた。領土を求め、また薬草や作物を求め、争いや暴動は日々絶えなかった。トリット大陸最大の領土を誇るウルバァーンはその広大な領地によりまだ飢える事はなくまた、他国を侵略するようなこともなかったが、他国との揉め事はわずかながらあった。


そんな中、ミーリィーン領の近くの街や領では小さな噂があった。

「魔獣の怪我を神力で癒す、神に愛でられた人」がいると。



「お母様!見てください!やっと完成しました!」

そう言いながら品のある女性に駆け寄るシオンはとても美しく成長していた。

流れるような黒髪は漆をぬったようにきらめき、光にあてると藍にも暁色にも見える紫眼は見るひとを見入らせる輝きがあった。


小作りの顔に乗る面は幼い頃の美貌を優美にさせ紫眼と相成って、誰もが見惚れる美しい姿だった。

しかし母に駆け寄るその行為は優美とはかけ離れていて、それでも母はいつでも活発な我が子を微笑ましそうに見、側の侍女も慣れた光景を優しい気持ちで見ていた。

 

「あらあら、そんなにはしゃいで少しは落ち着きなさい」


「そうだ、むやみに走ったりするんじゃない」


そこに偶然居合わせた、父シュバイツは嗜めるというよりは、おてんばな娘が怪我をしないようにハラハラしながら言った。



「お父様もいらっしゃったのですね!見てください!今度こそ“聖水”が出来たはずです。今までの出来の中で一番神事録とか聖神書の記述に近い物ですよ!!」

大好きな母だけでなく父もその場にいたことに気づきさらに眼を輝かせて、シオンはその手に持っていた薬ビンを2人に掲げた。

その薬ビンには、液体が入っており無色なのだが、波打つとわずかに蒼銀の光の粒子みたいなものが液体の中に浮かび上がっていた。

その摩訶不思議な液体を侍女は食い入るように見、シュバイツとマリーヌも興味深そうにみていた。しかしシュバイツとマリーヌには“聖水”という言葉にハッとした。神殿の奥深くに湧き出たり、巫女達や神力を宿す者が作り出せるという。怪我や病を治す秘薬。


“光の水”


とも言われるその秘薬の特徴と今、シオンが持っている薬ビンの中身は確かに伝承と酷似していた。

「それは、お前が作ったのかい?」

シュバイツはシオンの薬ビンに眼を向けたまま、ゆっくり問いかけた。


「はい。力を水に注ぎ込むイメージで作ったのです。少し作るのに時間がかかったけれど、先ほど手を切って試したけれど成功したのですよ!」


シオンは嬉しそうに言った。

シオンには黒髪故かやはり特別な力があった。


治癒や、土地を癒したり、土地を魔獣から守るための結界、これはすべて、巫女や神に近い者たちの力だといわれていた。

それでもシュバイツは自身がかつて王宮にて将軍として参内していた頃、これほど力のある巫女はいただろうかと思える程、シオンの力には驚かされていた。

ミーリィーンではシオンのおかげで魔獣の被害はほとんどなかった。またシオンはその力を有効に活用しようと、日々領地にある診療所に出かけ、民の為に働いていた。領民はそんなシオンに感謝していたし、多くのものが慕っていた。

そのため、シオンの神力やその黒髪の姿が明らかになれば、王都や他国からシオンは狙われてしまうだろうからと、領民は領主一家に言われるまでも無く暗黙の了解として、シオンのことを触れ回るようなことはしなかった。


しかしシュバイツは聖水片手に母と歓談するシオンを見て、シオンのことが世間に露見する日は遠くないのではないか、と危惧し始めていた。

日々魔獣の恐怖から神やおかしな宗教にはまる人間が多い中、傷を癒す人というのは、珍しくないかもしれない(その力が本物かどうかは差し置いても)だが、黒髪で魔獣の傷をも治癒する力があり、おまけに聖水まで作れるとあっては、他領民や貴族、王宮の気を引いてしまうかもしれない。


そうなればシオンが望まぬとも政治の場であったり、神殿の象徴にされてしまうかもしれない。そして今一番危惧しているのは、シオンの婚姻であった。

黒髪に限らず髪の色や眼の色は血族によって受け継がれていくものである。力と黒髪とその美貌。

シオンのことが露見すれば群がってくるであろうし、下手をすればさらわれてしまうかもしれない。

シュバイツをはじめリーベルト家は、シオンの幸せを願っていた。壊れかけていた家族を1つにしてくれた、シオンがただ大切であった。


力や美貌に群がってくる人間たちなどに渡したくなかった。



日々自重して過ごすように言ってはいるが、好奇心旺盛で、領民を大事にしているシオンが言いつけを守ってくれるはずもなく、診療所を駆け回り、病人や魔獣の怪我を負った人を癒して歩き、領地を囲うように力を注ぎ自己流で結界をはったり、怪我や病に効く薬の開発にいそしんでいた。

そして今日、シオンが長い間研究に勤しんできた、“聖水”が出来たという。

いよいよシオンの事が露見するかもしれないという心配が膨らんできた。もはやミーリィーン領に近い領や街で噂になっていることをシュバイツは知っていた。しかし領民の為に頑張っている娘に強くも言えず今日まで来てしまった。

「今日は久しぶりにライナスお兄様もロイドお兄様も帰ってくるから2人にも見せようと思うのです。」

 そういって笑う娘に、領民の為に頑張っていると知っているだけにシュバイツもマリーヌも強くも言えず今日まで来てしまった。


みんなで守るようにこの8年シオンを育ててきた。

“悪意や人々が抱える歪んで醜い部分をどうか知らずに過ごして欲しい。”

今までそういったものを間近で見てきたシュバイツは願わずにはいられなかった。









両親の微妙な顔を思い出しながらシオンは自室に戻った。


「シオン様、領主様には喜んでいただけましたか?」

侍女であるリリアは部屋に戻ってきたシオンにそう問いかけた。その問いはどこか答えが見えているようでもあった。それはシオンがあまり浮かない顔をしていたせいもある。

「たぶん、お父様もお母様もあまり喜んではいらっしゃらないんだろうな。」

シオンはその浮かない顔のまま答えた。シオンも今年で13歳、父や母が心配するよりもっと多くのことが理解できていた。

出自が分からない黒髪という稀有な容姿を持つ自分は本当なら、おとなしく生活していた方が安全であるということも、父や母が自分の事を本当に大切に思っていることも。


それでもシオンは皆を癒す事を止められなかった。



そうすることが当たり前であるかのような強い使命感のような物を感じるからだ。



魂の奥底にあるようなその気持ちは年々大きさを増していた。それでも父の複雑そうな顔は見ていて苦しかった。父のその苦悩の根底に自分の事を案ずる気持ちがあるのは明白だからだ。

「あなたはあなたらしく己のやりたいようにやればいいんですよ。」

リリアは静かに言った。リリアは時としてこうしてシオンの背をそっと押す言葉を囁いてくれる。それは主と従という関係よりも友の言葉に近い言葉であり、そんなリリアをシオンも信頼していた。シオンは静かにうなずいた。

「さて、今日はライナス様とロイド様がお帰りになられますから、その準備でもいたしましょう。」

話を変えるようにリリアは微笑んでそう告げた。

そう今日は去年から城に騎士として仕えているライナスとミーリィーン領の2つ隣の領にある港街で商いをしているロイドが帰ってきているのだ。


「そうだね、ロイドお兄様の土産話は長いからなぁ。ライナスお兄様はもう3月振りだね」

シオンは嬉しそうに答えた。趣味が転じて商いを始めた次男ロイドだが、もともと商才があったのか、今では一財産を築くほどの大きな事業をしていた。が、その分の多忙さも余儀なくされ、生家であるミーリィーン領には一月に一度くらいしか顔を出す事が出来ず、生活のほとんどを事業の拠点であるカイファという港街で過ごしているため、ミーリィーンに帰った時などは溺愛しているシオンを手放さないのだ。


三男ライナスは王都で騎士として仕えており、王都とミーリィーン領が馬車で5日と離れているため、そう簡単には帰ってこれない。成長するにつれ家族が揃わなくなりがちだったが、今日は久しぶりにみんなが揃う。シオンは今日を心待ちにしていた。




夕食時になり、食事をする広間には家族全員が揃っていた。リーベルト家が暮らすのはミーリィーン領の領主城であり、そこそこの規模の城である。


しかし剛健を信条とする、シュバイツの趣味により、無駄な置物などはほとんどなく、しかしマリーヌの趣味である絵画が品良く飾られ落ち着いた趣の城であった。


夕食には、シュバイツとマリーヌを上座に左側に長男アルベス、その妻セレス、アルベスとセレスの子ヨシュア、右側にライナス、ロイド、シオンが座っていた。

年功序列に座るのが慣わしであり、本来なら次男のロイドは三男ライナスより上座に座るはずなのだが、ロイドは持ち前の自由奔放さでシオンの隣を確保したきり、動かなかったのだ。


そんな兄にライナスはため息ひとつで席を譲った。


どちらが兄かわかった物ではないがシュバイツも呆れた一瞥だけで何も言わず、マリーヌも微笑んでいるだけである。




夕食も終わりに近づいた時、ロイドは胸からおもむろにビロードで出来た、小箱を取り出してシオンに中身を差し出した。

「シオンこれね、ファナイ国でとれた紫水晶なんだよ。シオンの眼と一緒だろ。」

ロイドは中身を嬉しそうに差し出した小箱には、美しい紫水晶で出来た、対の耳飾とペンダントロケットがあった。


紫水晶は数がなくその色が高貴なことからかなりの高額の貴石である。

対の耳飾は涙型の紫水晶に純銀で月桂樹の形があしらわれた物で、ペンダントは親指の爪大程の大きな紫水晶を囲うように耳飾と同じく月桂樹があしらわれ、中心の紫水晶には、運命の女神の紋が描かれていた。


ウルバァーンの古い慣わしとして、騎士には、闘神の紋。恋人や伴侶には、愛と平和を司りし者の紋など神の名になぞらえたお守りを渡すのは珍しいことではなかった。運命の女神は幸運を呼び込むとして家族や親しい友人に送る物としてポピュラーであったが、ロイドの送った物は紫水晶をふんだんに使用したりと13才のシオンには高価過ぎる物であった。

「ロイドお兄様、こんな高価な物どうしたんですか?」

シオンは呆然としながら微笑む兄に聞いた。

「シオンに何かお守りを創ろうと思ってね、どうせならシオンにぴったりな物を創りたかったんだ。そしたらファナイでこの紫水晶をみた瞬間にこれはシオンに合うだろうと思って買い付けたんだよ」

兄の言葉を聞いたシオンは耳が痛くなった。どこの世界に5代貴石とまで言われる紫水晶を13才の妹のお守りに使うというのだろう。


お兄様ってどうしてこんなお金使いで事業が成り立つのかな。


シオンは嘆くようにそう思った。


それでもニコニコ笑ってシオンが受け取るのを待つ兄を見ていると、兄の散財振りを嘆くより嬉しさが増し、表情を緩めてその小箱を受け取ってしまうのだった。

「ありがとうございます、お兄様。大事にし、何かのときに着けますね。」

シオンが謝意を述べると、しかし兄は困ったような表情をした。

「シオン、出来たら毎日着けてほしいな。それは装飾品ではなくお守りなんだから。

常日頃から着けなくてはお守りの意味がないじゃないか。

シオンにただのペンダントや耳飾をおくっても着けてくれないから、わざわざお守りにしたんだよ?」


ロイドはシオンに装飾品を今まで何度となく送ってきたが、診療所を駆け回ったりする生活をしているせいか、元来装飾品の類に興味がないのか、あまり着けてくれないのだ。

送っている方としては悲しくまた、シオンを溺愛している身としては、いつでもシオンを可愛く着飾っていたいという気持ちもあり(これはあまりシオンにはつたわっていないのだが…。)

そこで思いついたのがお守りだった。


ロイド自身は神をしたう気持ちはないのだが、溺愛しているシオンが母と同じく敬虔な信徒である事を知っているので、お守りという名目で装飾品を贈ればシオンが常日頃から着けてくれるのではないかと考えたのだ。

シオンはまったくもって神に失礼だなと思ったが、自他ともに認める超自己中心的な思考の現実主義者であるロイドなので何をいっても無駄であることも瞬時に理解していた。それに装飾品の類を苦手とするシオンもこの紫水晶で出来たお守りには不思議と愛着心が沸いていたのでありがたく毎日着けようと思った。


「お前みたいなヤツが送ったお守りでは御利益も薄そうだな。」

ロイドとシオンの掛け合いに、もといロイドの発言に口を挟んだのは、今までだまっていたアルベスだった。弟の義妹への溺愛振りに呆れているのだ。


「そんなことはありませんよ。このペンダントには僕がシオンの息災を丹精こめて吹き込んでおいたしね。それに兄さんみたいに甲斐性はあっても女性を喜ばせるいろはも知らない人間に僕のシオンへのプレゼントについて色々言って欲しくないな。」


ロイドは心底心外だという顔をしながら兄に言った。




「相変わらず口だけはよく回るな。

それに今はお前みたいに神心の欠片もないようなヤツが神の紋を用いてお守りを作ることについて言っているのだ。」

アルベスは毅然と言い放った。




「それはそれは、聡明な兄上の優しき諌言痛み入ります。以後気をつけましょう。」

ロイドは胡散臭い笑みを貼り付けながらそう言った。





潔癖なところのあるアルベスと自由奔放なロイドは時々このような言い合いをする。

基本的に仲が悪いわけではないのだが、弟であるロイドの口の上手さに乗せられ沸点の低いアルベスついつい言い返してしまう。


それをまたロイドが比喩するので悪循環になってしまうのだ。



シュバイツとライナスは基本的に無口で傍観しているのでそれをとめるのは必然的にシオンか母、マリーヌになる。

顔を合わせると始まるロイドとアルベスの言い合い(というより一方的にアルベスが噛み付いているのだが。)にシオンはため息をつきかけたのだが、自分も原因のひとつであることを思い出し、気を取り直して、相変わらずアルベスを比喩しているロイドに話しかけた。




「ロイドお兄様、近頃のカイファの様子はどうなのですか?カイファの近くでは最近魔獣が集団で出たと聞きましたが、」

シオンがさりげなく話しかけると、ロイドはくるりとシオンに体の向きをかえた。




顔つきがアルベスに向けていたより優しげになっているのは気のせいではないだろう。

「あぁ、僕の雇った商隊は被害を受けたことはなかったけど、なにやらカイファ近くに根城を作った魔獣が集団でいたみたいだね、でも2週間ほど前に王都から討伐隊が出て退治には成功したそうだよ。」

ロイドは事の無げに言ったが、シオンの顔つきが暗くなった。




「いままで集団で魔獣がいることなどなかったのにどうしたのでしょう。一匹でも大変なのにこれでは、ますます危険ではないですか」



実際に戦う力のない一般市民にしてみれば種類によれば人の2倍ほどある魔獣は恐怖の的だった。


そんな魔獣が集団でいれば、市民はパニックになるだろう。

ミーリィーンに住みあまり魔獣を見たことがないシオンでも、その様は簡単に想像することができた。





「そうだね、僕が思うに彼らも知恵を付けてきたのかもしれないね。


今回の集団はそれほど大きくない下級の魔獣だったからまだよかったけど、これから同じようなことが起きれば国に何か対策をとってもらわなきゃいけないね。


ただでさえ魔獣が急増して大変なのに、沢山で固まられたりしてはもはや一般市民では太刀打ち出来ないからね。」


ロイドは口調は慰めるように、しかし冷静に分析しつつ言った。




「そういえば、隣国クレメシアは徴兵制度の年数を長くする処置をとるようだな。」

アルベスは深刻そうな顔で言った。



その言葉にセレスの表情も曇る。クレメシアとはミーリィーン領の森を隔てて隣にある国でウルバァーン帝国とはかなり親しくしている国の一つであると同時にアルベスの妻セレスの母国でもあった。



「かの国もまた大きな軍事力を持つ国。魔獣の勢いがそれほどまでにすさまじいということか。」

シュバイツは憂いるように言った。




「ねぇ、ライナス、わが国の軍事状態はどうなのさ。」


ロイドは平素とかわらぬそぶりで現在王都で騎士をしている弟にそう聞いた。

「現在わが国で司令官の職についている方は立派な方ですし、魔獣討伐隊にはかなり優秀な人がそろっているらしいですよ。

しかしここのところは出動回数はかなりのものだとか…。

徴兵の年数を上げたりする処置はきいたことはないですが、兵士を募るために兵士の給与増額など検討中らしい。

あぁ、それから最近王宮は優秀な医師も集めているとかはよく聞きます。」


ライナスは無表情にそっけなくそう答えた。

ライナスは父シュバイツの気質を継いでか、真面目で寡黙実直な性格で普段あまり表情は変わらないが、冷たいわけではなく、ただ、感情表現が苦手なのだ。みんなその事を知っているので気にしない。

「医師ねぇ、薬草もそんなにないはずなのにどうしてだろうね。」

ロイドは訳知り顔でそう答えた。


薬草が育たなくなり今では王都の一部の神殿でしか栽培出来なくなっているのは、周知の事実だが、薬草がなければ病気などを治すことは出来ないので、今は王都が薬草をすべて管理し、各領に薬草を平等に分配する形をとっている。


しかしここ最近各領に届くはずの薬草が滞っているのだ。

理由は薬草を王都から各領に届ける際に、強盗などに盗まれる為とされているが事実かどうかは確認されていない。


幸いミーリィーン領ではすべての病と怪我をシオンが癒しているので大した実害はないが、他の領地では深刻な問題となっている。

何せ、病や怪我には薬草がなければ治せないものもあるのだ。

その代表例が魔獣による怪我である。魔獣による怪我は、怪我をしてそのままにすると患部が勝手に広がり、最終的には腐ってしまう。患部が広がるのを防いだり、腐るのをとめるのに、薬草は不可欠なのだ。

薬草での治療が行えなければ患部を切断するしかなくらるため、

各領主は薬草を盗まれないように王宮の護衛隊とは別に護衛を雇ったりしているのだが、ことごとく失敗している。

薬草は今どこの国でも政府が薬草を管理しているのだが、どこの国でも裏ルートなるものは存在する。そこで薬草は少量でもかなりの高値で取引されているのだ。それゆえに強盗などの被害が拡大し止めることが出来ないのだ。

「何が言いたいのだ?」

含んだ物言いをする弟にアルベスは厳しく聞いた。ライナスも兄に興味深気に眼を向けている。

ロイドはその父親譲りの深緑の瞳を冷たく冷酷にした。

「最近どこの領でも薬草の盗難が相次いでいるでしょ。この半年間なんの被害もなく薬草が行き渡っている領地はないんだ。」

それを聞いてもシオンたちは不思議には思わなかった。実際ミーリィーン領もここ半年間で6回あるはずの配給が3回しか来ていない。

他の領も同じような感じだと聞いている。

「ところが、かなりの量の薬草が蓄えられているところがあるんだ。一つはトリアハーデン公爵家。」しかし、続く言葉に皆はビックリした。

トリアハーデン家とはウルバァーン帝国の旧家で王族の血も汲む由緒正しき家だ。

今当主は70代近いにもかかわらず、王宮で重鎮を務める大物である。

「ちょうど半年前にトリアハーデン家の嫡男ヨムンが自領であるシャザイで魔獣退治の折に魔獣の傷を負ったらしい。かなりの重症だったみたいで、薬草もその分沢山必要なはずなのに、ずっと薬草による治療を受けているらしいよ。その大量の薬草はどこからくるのだろう…ね。」

そこまでいえば、みんなある程度予想はついていた。薬草の治療を受け続けるにはかなりの量の薬草が必要になる。そんなに多くの薬草が配給されているわけではないので、おそらく正規のルートではない方法で薬草を手に入れているということなのだろう。正規のルートではない方法。今までの話の流れから言えば、他の領に行くはずの薬草を横取りしたりなどだ。

「いつの時代とて、子を思う親の気持ちは深いものだ。トリアハーデン家当主のアランは人格者だが、嫡男を年をとってから授かり、また嫡男も人格者ときく。諦められないのだろう。」

シュバイツはため息を吐きつつ言った。

他の領民を思えば納得できることではないのだが、まったく理解できる話でもないだけにシオンの表情も暗くなる。

「一つは、、といったがトリアハーデン家以外にもあるのか?」

アルベスは話を変えるように聞いた。ロイドは眼をさらに冷酷にししかし、表情には面白がるようなそぶりさえあった。

ロイドは内にいれた人間にはそこそこ優しいが本性は極めて気まぐれの自己中心的な性質であった。家族といる時だからこそ柔らかな面もみせるが基本的に他人の不幸はどうでもいい上に楽しければなんでもいいのだ。大切なシオンの前では極力そういう面を見せないようにしているが、、、。

「もう一つは定かではないが王宮、、、だろうね。もともと王宮には王族用に薬草などが特別に用意してあるだろうけど、今の直系王族はジークハルト王とクレメシアに嫁がれたレイア様しかいないはず。すでにウルバァーンを出られた姫の分まで薬草は厳密には必要ない。となると王族はジークハルト王ただお一人だけ。そのための量にしては多すぎる程の薬草が隠されているらしい。僕が思うに盗賊がすべてトリアハーデン家の仕業ではないだろうね。半分は王宮の仕業だと思うよ」

これにはライナスもビックリした。

自身が仕えている王宮のことなのだから。


今の時代どこの王宮とて裏や悪行はあるだろうが、現皇帝陛下のジークハルトは不正には断固たる姿勢をとっている。その粛清は恐ろしいほど冷酷であると騎士たちの間では噂だった。

兄の話はにわかに信じられない部分があったが、こと情報の分野でこの兄がこういった話を噂半分で話すことなどありえないので、信じるほかなかった。



また城に仕えている自分よりも王宮詳しく、普通なら知りえないはずのことまで知っていることに、いつもながら恐れを感じた。そんなこと顔には微塵もだしてないはずなのに

「ライナス、情報っていうのはどこからともなく漏れるものなのだよ?大事にしているものならなおさらね。」

ロイドは胡散くさげな笑みでライナスにそうのたまわった。


ライナスはこういう場面におかれるたびに、この兄に勝てる日は来ないだろうな。と思うのだった。

「王宮は薬草を独占しているということなんですか?」


シオンはロイドが言ったことに不快感を覚えた。

魔獣の被害が多くなってきているのに、民から薬草を取り上げたら“死ね”と言っている様なものだ。




そんなシオンにロイドはやはり優しく

「いいや、おそらく王としても苦肉の策だったと思うよ。

さっきライナスが王宮が医師を集めていると言っただろう?それと関係しているんだよ。

最近ね、ファナイではある伝染病が流行っているんだ。感染力の強い病気でね、貴石の買い付けで行った時には街中に病人が溢れていたよ。ファナイとは海を隔てているとはいえ、ファナイとウルバァーンは貿易が盛んだからね、いつ病が移ってくるかわからない。おそらくもうすぐ食物の輸入は制限されるだろう。そして病が移ってきた時のために薬草で特攻薬の開発がおこなわれているらしいんだ。」

伝染病、、、、隣国とはいえ伝染病のような物が流行り始めているとはシオンは夢にも思っていなかった。領主として、治世を行っているシュバイツとその補佐をしているアルベスは特段驚いた様子はないが、ライナスやマリーヌ、セレスはシオンと同じように驚愕の表情を浮かべていた。小さなヨシュアも段々話が深刻になっているのに気づいているのか、いつもはよくしゃべるのに、今日は黙り込んでいる。

シオンはずっと話を聞いているうちに閃いた。

シオンは黙って退室し、部屋から今日完成したばかりの“聖水”を持って広間まで、戻ってきた。シオンは皆に

「父上と母上にはもう見てもらったのだけど、今日やっと“聖水のようなもの”が出来たのです。先程試して怪我には効きましたし、もしかしたらこれでその流行病を治せるかもしれません」

そう言ったシオンに事情を知らない者たちはビックリした。アルベスたちにとっては“聖水”などは伝承の物でしかなく、実物が存在するとは夢のも思わなかったからだ。たしかにシオンが持つ薬ビンに入っている液体は伝承の“聖水”そのままに見える。


そして何より神力を宿すシオンが言っているのだ。特別な水であるのは確かだった。


もしシオンが言ったとおり伝承どおりの“聖水”なら病を治すことは可能なのかもしれない。

皆は一様に戸惑った。シオンは皆の戸惑いに気づかずに自身の手を切って“聖水”の効果を見せた。しかし、、、

「シオンそれはむやみに使ってはいけない」

シュバイツは厳しく言った。アルベスもロイドも顔を曇らせている。

しかしシオンは、

「どうしてですか?これなら、流行り病がウルバァーンに来たとしても、治せるかもしれないのに。それにトリアハーデン家の嫡男の怪我だってきっと癒せるわ。そうすればトリアハーデン家が他の領から薬草を奪うような事だってしなくてよくなるはずで、、」


「シオン!」


常ならぬ厳しい父の叱責にシオンはこんどこそビックリした。



「…シオン、たしかにお前の言うとおりその“聖水”やお前の力は病やヨムンを治す力があるかもしれん。

しかしそれを聞きつけてたくさんのけが人や病人がお前のところに癒しの力を求めてやって来るだろう。そうすればお前はどうするのだ?」





「そうしたら、、、癒します。出来うる限り。」

シオンは詰問するようなシュバイツの視線からのがれるように目線を下げながら答えた。

その答えにシュバイツはため息を吐きながら伝えた。

「シオン、お前の力には限界がある。神力を使いすぎるとお前が寝こんでしまうのだろう?だったらすべての民を癒せるわけではないだろう。

むやみに民を救ってはいけないのだよ。

人にはむやみに不安も希望も与えてはいけない。

王もそう思ってひそかに特効薬を作っているのだろう。それにあまり人々から支持を受けることも危険だ。この荒れた世で人々からの支持は大きな影響を持つ。

王宮からしてみれば謀反ともとられかねん。そして私としてみてもシオンが世間で注目されるようなことでもあれば今までのように守れるとも思えん。自重することも覚えねばいけないよ。」

シオンは静かに義父の話を聴いた。


義父の話に間違っているところはない。

シオンはそれを聞いて居た堪れなくなった。自分はここミーリィーンを出たことがなく、民を癒して回っているといっても、それは父シュバイツの治めるこのミーリィーン内でのみ。もっといえば父の庇護の元、ミーリィーンという小さな小さな世界で行っているにすぎない。それなのに民に感謝される日々を送るうちにどこかで、驕っていたのだ。自分は正しいことをする人間なのだと。シオンは急に恥ずかしくなった。

そんなシオンの心を知ったようにシュバイツは優しい心を持つ娘に

「お前は確かに正しいことをしているんだよ。お前のおかげで何人のミーリィーンの民が命を救われたかわからんのだから。でもお前も一人の人間。間違えることもあれば、限界もあるのだ。お前には力があるが、すべての民をお前は癒すことは出来んし、すべての不安を取り除いてやることもできん。しかしそれはお前のせいではない。力は考えて使わねばならんよ。」

優しくそう告げた。そしてマリーヌも

「そうよ、それにシオンはまだ13歳色々な事をしたいのはわかるけれどもう少し私たちの可愛いシオンでいてほしいわ。」

冗談交じりにしかし大きな愛情をもってそう告げた。



結局シオンの作り出した聖水は他の領に流れることは無かったが、

シオンはそれからも聖水と、治癒の力の行使をミーリィーンでのみ行った。


もっといろいろなことを勉強して家族や領地に面倒をかけることなく、力を使える日が来ればいいなぁと思いつつ。




誤字脱字ありましたらお知らせください。



読んでくださりありがとうございました。






日が変わるまでにもう一話投稿したいな。



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