「何もするな」と言われたので、引きこもり生活を開始します
「もういい。何もするな」
夫のダーリアン・フォントロスの眉間に深いシワがよっている。
「いきなり、何を言ってるの? 来月にはお茶会も催す予定なのよ?」
「それもするな。とにかく、大人しくしていろ」
おや、まぁまぁ。
何という物言い……。
「何もするなとは、どこまでの範囲? 息は? 食事は? お手洗い──」
「生きるのに必要なことはしてくれ! ハニーリアだけの体じゃないんだ。分かるだろ!?」
なるほど。
心配してくれているというわけね。
まぁ、夫を安心させるのも妻の努めかしら。
「分かったわ。今日から引きこもりになるわね」
「は? そこまでのことを言っているわけでは……」
「大丈夫よ。ダーリアンと可愛い我が子のために立派な引きこもりになってみせるわ」
そう宣言した日から、私の引きこもりライフが始まった。
***
「……何をしているんだ?」
「部屋の拡張ね」
ソファーに座る私の前では、職人たちが隣の部屋との壁を壊している。
「さ、ダーリアンもお茶をどうぞ。侍女がルイボスティーを用意してくれたのよ」
「あ、あぁ。すまない……。じゃなくて、何故部屋の拡張を?」
「だってお茶会を催すには、部屋が狭すぎるでしょう? せっかく安定期になったんだもの。皆様とお会いしたいわ」
そう言ったら、ダーリアンが頭を抱えた。
また心配をかけてしまったみたい。
「大丈夫よ。私はソファーから一歩も動いてないわ。立派に引きこもっているもの」
「そういうのを引きこもりとは言わない」
「それは、ダーリアンの主観でしょう? 実際、頑張ってくれてるのは、使用人と職人たちよ。心配しすぎると、また胃に穴が空くわよ?」
「誰のせいだと……」
「だから、私は引きこもりになったじゃない。ほーら、リラックスよ。ね、パーパ」
安心させるために言ったのに、ダーリアンの顔はどんどん険しくなっていく。
でも、私はじっとしているのが苦手だもの。ここは、話を変えた方が良さそうね。
「今度ね、この子のために編み物をしようと思うの。ダーリアンにもマフラーを編んだら使ってくれるかしら? 素人の作ったものは嫌?」
「そんなわけないだろう! 愛する妻が作ってくれたと自慢して歩くさ」
「まぁ! ダーリアンったら……」
くすくすと笑えば、そっと抱きしめられる。
「ハニーリアが心配なんだよ。無理だけはしないでくれ」
「分かっているわ」
***
「ダーリアン、できたわよ」
うん。なかなか納得いくものができた。
家紋の入ったダークグリーンのマフラーは、ダーリアンの瞳の色だ。
「待て。できたわよ、じゃない」
「できたものに対して、それ以外の言い方もないでしょう?」
「そうじゃない! どうして昨日の今日で、マフラーが出来ているんだ!! それに、そこにあるのも!!」
「当然、私が編んだわ。可愛い子どものためだもの」
ふふんっと鼻を鳴らせば、ダーリアンは今日もしかめっ面をする。
「きちんと寝たのか!?」
「寝たわよ」
「何時間!?」
「え、えーっと……」
正直に言ったら、怒られるわよね。
ダーリアンの胃にも、優しくないわ。
うん。だから、これは必要悪。必要悪なのよ。
「し、七時間くらいかしらねー」
「俺の目を見て、言ってもらおうか」
「ひ、七時間だったかなーって」
ま、負けちゃ駄目よ。
目を見るの。そらした瞬間、終わるわ。
「へぇ……。ハニーリア、今日からまた一緒に寝ような」
「──っ。駄目よ!!」
「決定事項だ」
「絶対に駄目! またダーリアンを蹴落としちゃうから!!」
忘れもしない。
新婚ホヤホヤの頃、寝相が悪すぎて、ダーリアンをベッドの端へ端へと追いやったあげく、背中を蹴飛ばして突き落としたみたいなのだ。
ドスンという地響きと、ベッドサイドテーブルから落ちて割れたランプ。ランプのそばにある私の枕。思い切り何かを蹴ったあとの、足の感覚……。
あの時に誓ったのだ。
ダーリアンと一緒に寝ないと!
どんなに寝る前にお話したり、腕枕してもらったり、朝起きたらダーリアンが隣にいるという幸せを噛み締めたいとしても!!
「もう落ちない」
「無理よ。ダーリアン、私に何でも譲ろうとするじゃない! ベッドスペースを明け渡さないはずがないわ」
「それでも、落ちない」
じっと、ダーリアンと睨み合う。
少しの間、無言の攻防が続き、ダーリアンが口を開いた。
「じゃあ、同じ部屋にベッドをもう一つ置く」
「どういうこと?」
「少しの隙間を空けて、ベッドを二つ並べる。同じベッドで横になり、ハニーリアが寝たら、俺は隣のベッドに移ればいい」
「──っ!!」
すごい! なんで今まで思いつかなかったのかしら!
「今すぐにベッドを移動してもらいましょう!!」
***
こうして、私の生活はもっと幸せになった。
「でね、ずっとお部屋にいるのも暇だし、書斎と散歩コースの増築をしようと思うの」
「部屋から出ればいいだろ」
夜、ベッドに寝そべり、隣で頬杖をついて私を見るダーリアンを見つめる。
「引きこもると約束したわ」
「ハニーリアのしていることは、一般的な引きこもる定義と大きく異なる」
「一般なんて知らないわよ。他者と比べたところで、私の意見が変わるわけじゃないわ」
「時に、周りを見るのも必要だぞ」
まぁ、言いたいことはわかる。
だけど、周りを見過ぎて身動きが取れなくなるダーリアンを見ていると思うのよ。
本当に、そんなに他者ばかりをみる必要があるのかなって。
「私の苦手はダーリアンが補ってくれるからいいのよ。代わりに、ダーリアンの苦手は私がやるわ」
「いつも助かってるよ」
「ふふっ、私もよ。でね、話は戻るんだけど──」
あぁ、楽しい。
ダーリアンと寝る前のおしゃべりは、どんなに話しても、どんどん話したいことが出てくる。
「そろそろ寝ろ」
「えー。あと少しだけ」
「もう五回も、もう少しをしただろ。今日も本を読んでやるから、目を閉じろ」
「はーい」
ダーリアンが読むのは、物語ではない。史実の年表だ。それを淡々と一定の速さで淀みなく読んでくれる。
「ねぇ、何で史実なの?」
「物語を読んだら、寝れなくなるだろ?」
「それもそうね」
ダーリアンの声に耳を傾けている間に、私の意識は深く深く沈んでいった。
***
──ドスンッ。
「何事っ!?」
地響きのような音に、飛び起きる。
キョロキョロと見回すけれど、特に何も変化はない。
「気のせいかしら」
まだ部屋は真っ暗だ。もう一度、寝よう……。
「……ぅ」
「…………え?」
うめき声に、ダーリアンが寝ているベッドを見る。
が、ベッドがない。
反対側には、私が寝ているはずのベッドがある。
「──っ!!?? ダーリアン!!!!」
床を見れば、ダーリアンが倒れていた。
「ダーリアン! ダーリアン!! ごめんなさいっ! 痛いところは? どこを打ったの? 頭? 背中? 腰?」
急いでダーリアンの方に向かう。
「落ち着け、ハニーリア。大丈夫だ」
「でもっ! あっ!」
「ぅぐっ……」
「──っ!!」
声にならなかった悲鳴をのみ込み、急いでダーリアンの上から降りる。
「ごめんなさい! 大丈夫? なわけないわよね!? 今すぐお医者様を呼んでくるわ」
体の向きを変えたところで、腕をつかまれた。
「行かなくていい」
「駄目よ。上に落ちたのよ!?」
「ハニーリア一人くらい、大丈夫だ。それより、怪我は?」
「ないわ……」
そう答えれば、ホッと安堵の息が聞こえた。
「本当にごめんなさい」
ダーリアンは体を起こし、私の前に座る。
「ハニーリアが謝ることじゃない」
「そんなことないわ。私がベッドを間違えたから……」
トイレに行ったあとに気をつけていれば、こんなことにはならなかったのに。
「気付いてて、俺がそのままにした」
「え?」
「ハニーリアが寝ぼけて隣に来てくれたのが、嬉しかったんだ。寝相のせいで、蹴飛ばされようが、叩かれようが、俺はハニーリアと寝たかった。だから、そのままにしたんだ」
「ダーリアン……」
ダーリアンは立ち上がると、私の手を取って立たせてくれる。
「一緒に寝てくれるか?」
「それは、駄目よ。本当に怪我をさせたら大変だもの」
「……そこは空気を呼んで「はい」と言うところだろ」
「「いいえ」という勇気も大切よ」
ふっ……と、ダーリアンは小さく笑う。
「寝るか」
「そうね」
互いにベッドへと入る。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
ベッドに入れば、ダーリアンのぬくもりが恋しくなった。
同じベッドで寝れたらいいのに……。
***
「ハニーリア! なんだこれは!?」
「柵ですね」
ベッドを見て叫んだダーリアンに微笑む。
私とダーリアンのベッドの間に柵を作り、ピッタリベッドをくっつけてもらったのだ。
「これで、手を繋いで眠れるわよ」
「いや、そうだが……。常識的にどうなんだ? というか、これはいつ作られた?」
「ダーリアンが執務室に向かってすぐね」
「待て。今日は友人を呼んでなかったか?」
「呼んだわよ」
ヒュッとダーリアンの喉が鳴る。
「まさか、この部屋で会ったのか?」
「えぇ。引きこもりですから、部屋から一歩たりとも出てないわ。あ、友人もこれならダーリアンの安全が守られると言ってたわよ。って、大丈夫!?」
ダーリアンが膝から崩れた。
手は、お腹を押さえている。
「すぐにお医者様を呼んでくるわ」
「待て、走るな!」
こうして、私は部屋を飛び出した。
引きこもり終了である。
お医者様から、胃に穴が空く一歩手前と診断を受け、ダーリアンをベッドへと強制連行する。
「パン粥を作ってくるわね」
「いいから、大人しくしていてくれ」
「……ダーリアンも療養が必要だし、二人で引きこもる?」
何という名案だ。
ダーリアンの療養中に、ダーリアン専用の執務スペースも作ろうかしら。
そうしたら、療養後も一緒に引きこもれる。
という企みがバレて、部屋の拡張を止められたのは、それから数日後のことだった。
──おしまい──
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