届いていない、ということ
百三十五回目の朝。
今日の目標は試験を受けることじゃない。
石段の三段目で目を開けた。石灰岩の冷たさが服越しに脊椎を起こしていく。朝の空気が乾いていて、鼻の奥がヒリつく。空は晴れていた——薄い雲が端の方にあるだけで、真上は澄んでいる。光の粒が、石段の表面に散っていた。目が慣れると、石の白が眩しかった。
七段を確認した。今日は七段ある。三段目の感触は——普通だ。沈む感じはない。
立ち上がりながら、俺は頭の中で整理した。
百三十四回生きてきて、俺は一度も自分の合否結果を確認したことがない。
なぜなら、通知書が届いたことがないから。
ループするたびに「不合格だった」という前提で次のループに入っていた。でも——本当にそうか。俺は「不合格通知が届いた」のか。それとも「何も届かなかった」のか。
百三十五回目にして、俺は気がついた。
「何も届かなかった」のだ。ずっと。一度も。通知書が来なかった。不合格通知も、合格通知も。俺の家の郵便受けに、第七試験館からの封書が入っていたことは——一度もない。
一回目のループのことを思い出した。あの朝、郵便受けを確認したとき——何もなかった。灰色の金属の蓋を開けて、ガチャリと手を入れて、中が空だった。あの感触が手のひらに戻ってくる。空虚。なぜ通知書が来ないのか、そのときは「まだ届いていないだけ」と思っていた。
三十回目。郵便受け。空。
五十回目。郵便受け。空。
百回目。郵便受けを確認することを、俺はやめていた。どうせ何もないから。でも——「何もない」という事実に、俺は慣れてしまっていただけだ。慣れることと、理解することは違う。
なぜ今まで気にしなかったのか。「試験に落ちた」と思っていたから、通知書のことを考えなかった。でも落ちたなら、不合格通知が届くはずだ。
届いていない。
「……行ってみるしかない」
石段を下りた。広場に向かった。
――――――――――
「また来たのか」とベルさんが言った。
「また来ました。——少し聞いてもいいですか」
ベルさんが俺の顔を見た。「なんだ」
「受験者の結果通知は、どこで確認できますか」
ベルさんが少し目を細めた。細い穏やかな目の奥に、何かを考えている光が宿る。「……事務棟の受付窓口だ。試験館の右側を出て、石畳を百歩ほど行った先」
「ありがとうございます」
「……試験前に行くのか」とベルさんが言った。腰の鍵の束が揺れた。じゃらり。
「はい」
ベルさんが何か言いかけた。でも言わなかった。
「行ってこい」とだけ言った。
その言い方は、いつもの「頑張れよ」より少し違った。「行ってこい」という言葉には、「もう行く先が決まっている人間に言う言葉」のような重さがあった。背中を押しているのではなく、「そこに行くべきだ、お前はそれを知るべきだ」という意味が乗っていた——ような気がした。俺の考えすぎかもしれないが。
――――――――――
事務棟は小さな建物だった。
試験館の右側を出て、石畳の道を歩いた。試験館の威圧感——高さ4m近い木の扉、石のアーチ、色褪せた旗——とはまったく違う地味な建物だった。二階建てで、窓が試験館より少し大きい。入口の脇に木の看板があって「受付窓口」とだけ書いてある。看板の文字はいつも通り「窓口」と読める——今日はズレていない。
建物に近づくにつれて、紙の匂いがした。インクと乾いた紙と、古い棚の木の匂いが混ざり合ったもの。試験館にはない匂いだ。試験館は石と汗と緊張の匂いがする。ここは——書類の匂いがする。書かれた記録の匂いだ。
中に入ると、長いカウンターが一本あった。
石灰岩の内壁。いくつかの棚に書類が積まれている。一番高い棚は天井近くまであって、折り畳み式の梯子が立てかけてある。書類の束はそれぞれ麻紐で束ねられていて、端に小さな紙切れがくっついていた。年度と番号が書いてあるのかもしれない。奥に続く通路がある。その手前のカウンターの向こうに、三十代ほどの事務官が書類を整理していた。眼鏡をかけた、穏やかな顔をした人物だった。茶色い短髪、清潔感のある制服。手元に書類の束を持って、ページをめくる動作の途中で俺に気づいた。
「受験結果の通知書について確認したいのですが」と俺は言った。
事務官が顔を上げた。「お名前をどうぞ」
「アズ・カリンです。外縁区・灰の袋小路から来ています」
「少々お待ちください」
事務官が棚の引き出しを開けた。
そこからが長かった。
棚の一番下の引き出しを開けて、書類を一枚ずつ確認した。指が書類の上を滑っていく。ページをめくる音、紙が擦れる音だけが聞こえた。一つ目の引き出しを閉じて、二つ目の引き出しへ移動した。今度は棚の右側の列だ。また同じように書類を確認していく。指が止まることなく、几帳面に順序を追っている。時間が経った。事務官が棚全体を移動しながら探している。
俺はカウンターの前に立って待った。
後ろで扉が開いた。誰か他の受験者が入ってきた気配がした。俺の後ろで少し待って、すぐに出ていった——窓口が塞がっていると判断したのかもしれない。紙の匂いが濃い。棚の奥から書類が擦れる音だけが続いている。
不思議な時間だった。百三十五回のループの中で、俺が「自分の記録が検索されている」時間を過ごしたのはこれが初めてだった。書類の束の中に、俺のことが書いてある。名前が書いてある。発送した日付が書いてある。でも「届いた」という欄が空欄になっている——まだ見ていないのに、なぜかそう確信していた。
「……アズ・カリン様」と事務官が戻ってきた。「ございました。こちらです」
薄い台帳のようなものをカウンターに置いた。黒い表紙の台帳で、中のページが少しよれていた。事務官がページをめくって、俺の名前の行を指した。「ご確認いただけますか。発送記録はございますが……」と事務官が言いかけて、少し間を置いた。眼鏡の奥の目が台帳を見て、もう一度台帳を見た。眉が少し動いた——困惑、というよりも、何かを確かめているような動きだ。「未着の記録があります」
「未着」と俺は繰り返した。
「はい。通知書の発送は確かに行われております。ただ——受取確認が取れていない状態です」
「受取確認が取れていない、というのは」
「郵便配達の確認記録がない、ということです。通常、通知書は配達完了の記録とともに台帳に記入されます。ですが……こちらの欄が、空欄になっております」
俺はカウンターに身を乗り出して台帳を見た。確かに空欄だった。発送日は記録されている——「第三年・秋の末」という日付。紙が少し黄ばんでいた。でもその隣の「配達完了」欄が——空白だった。誰も何も書いていない。記録の中の、空洞だった。
「……未着の場合、どういう扱いになりますか?」
事務官が少し困った顔をした。眼鏡を押し上げて、台帳を再確認した。「……内規では、合否保留扱いとなります」
「合否保留」
「はい。合格でも不合格でもない、保留の状態です。通知書が届かなかった場合、合否が確定されない——という規則になっております」
俺が固まった。
固まったというより——止まった。思考が一点に凝縮した。体の感覚が、外側からなくなっていくような感じだ。足の裏から冷たいものが這い上がってきた。膝を通り越して腰まで来た。手が少し震えた——震えていないかもしれないが、震えているように感じた。喉の奥に何かが詰まっていた。唾を飲み込もうとして、うまくいかなかった。
合否保留。
不合格でも、合格でもない。宙ぶらりん。
百三十五回、俺は自分が「不合格だった」と思っていた。一回目の朝から、五十回目の朝から、百回目の朝から、今朝まで。「俺は落ちた人間だ」という前提のまま生き続けてきた。でも実際には——合否が決まっていなかった。
一度も。
百三十五回を通じて、一度も。
「……そんなことが」と事務官がつぶやいた。声に出ていたようだった。「大変失礼しました。ただ、このような事例は——私の担当になってから、初めてです。非常に珍しいケースです」
(百三十五回分の珍しさがある)
事務官の言葉が、遠く聞こえた。「非常に珍しいケース」という言葉が、水の中で聞こえるような距離感だった。
「保留のまま受験し続けることは可能ですか」と俺は言った。声が少し掠れていた。
「……内規上は、可能です。ただし通常はそのような状態にはなりません」
「なぜですか」
「通知書が届かないことは、通常ありません。郵便は確実に届きます。外縁区でも例外はないはずです」
「……俺の家には、届いていません」
「はい、記録上そうなっています」と事務官は言った。そして台帳を静かに閉じた。「ご不便をおかけしております。通知書の再発行はできますが——」
「いいえ」と俺は言った。「今日は確認だけで大丈夫です」
「そうですか」
「……ありがとうございました」
俺は事務棟を出た。
――――――――――
石畳の道を試験館の方向へ歩きながら、頭の中で情報を整理した。
通知書は発送された。でも届かなかった。だから合否保留。
その状態で俺は試験を受け続けている。保留のまま。
「……宙ぶらりん」
言葉が口から出た。風の中に消えた。
宙ぶらりんという言葉の形を、俺は頭の中で転がした。
空中に浮いた石。落ちることも、着地することもできない。重力が機能していない——というより、重力を受け取る場所が存在しない石。行き先がないから、宙に留まり続ける。
俺だ。
届かなかった封書。試験機構から発送されて、外縁区の郵便経路を通って、でも俺の家の郵便受けにたどり着かなかった封書。どこかの路上に落ちているのか、どこかの建物の隙間に挟まっているのか。あるいはまったく別の——
考えるな。今は整理だけだ。
合否が確定していない人間は、何なのか。有資格者でも無資格者でもない、どこでもない人間。試験の世界で「確定していない」ということが——何かを意味するのか。
試験館の石段が見えてきた。七段。石のアーチ。黒に近い茶色の木の扉。受験者がちらほら前に立っている。今日も試験の日だ。
――――――――――
待合室に入ると、ポムさんがいた。
「あっ! 来たっすよ!」とポムさんが言って、俺の方に向かって全身で手を振った。弁当箱が揺れる。今日の弁当箱は二段だ。「俺も通知書届いてないっすよ!」
「……今の話、聞こえていましたか」
「廊下で聞こえたっすよ! だから俺も! 俺も届いてないっすよ!」
「あなたは不合格通知が届いていないんですか」
「そうっすよ! 一度も! だから同志っすよ!」
「……届いてないんじゃなくて、不合格通知が届いていますよね」
「え?」
「毎回不合格通知が届いているということは、通知書は届いているんですよ」
ポムさんが考えた。ぼんやりした顔で、視線が宙を向いた。眼球が左上に動いて、右上に動いた。唇を少し動かしていた——頭の中で何かを計算しているらしい。「……それが届いてるっすよ」
「そうですね」
「……俺は同志じゃなかったっすね」
「違います」
ポムさんが「ぐっ」という顔をした。眉根が寄って口角が下がった。実に分かりやすい。でも一秒後には「でも弁当は同じっすよ! 今日も卵焼きっすよ!」と言っていた。
「いりません」
「なんで!!」
「初めましてですよね?」
右の扉が開いて、セナさんが入ってきた。カバンを抱えて、一歩入ってから立ち止まる。室内を確認する——今日も同じ動作だ。
「はじめまして」と俺は答えた。百三十五回目のはじめましてだ。
「……なんか毎回こうですね」とセナさんが言った。俺とポムさんを交互に見た。「初対面なんでしょうけど」
「初対面です」と俺とポムさんが同時に言った。
セナさんが少し目を細めた。榛色の目が少し笑っている。「……三人そろうと、なんか安心感がありますね」
(百三十五回目の安心感だ)
「そうですね」と俺は言った。
(でもポムさんの卵焼きは、何回もらっても初めての感触だから俺には判断できない)
「——卵焼き、もらいます」
「うぉ!! 初めて!!」
セナさんが小声で「よかった」と言った。
――――――――――
筆記試験を通過した。実技試験の中庭に出た。
今日の空は晴れていた。囲まれた中庭に光が入っている。石畳に影ができている——光に方向があるので、今日は各ゾーンの境目がくっきり見える。
俺はいつも通りに動き始めた。
今日の実技の目標は「壁を意識して、壁の手前で動きを変える」ことだ。先週の観察で、三つ目のゾーンの前に何かがあることは分かっている。今日はそれを「方向転換」で乗り越えようとした。
一つ目のゾーン。通過した。二つ目のゾーン。通過した。
三つ目のゾーン。手前の感触に差し掛かる前に、俺は意識して動きを変えた。体の角度を変えた。重心の位置を変えた。
「問題あり」
声が来た。いつも通りだ。
でも今日は「止まり方が違った」気がした。以前は審査官に流されて止まった。今日は俺が止まることを選んだ——止まる前に何かを試した。同じ場所で同じように止まっているが、原因が違う。それが意味のある違いなのか、まだ分からない。
――――――――――
廊下を歩いていると、呼ばれた。
「アズ・カリン様、5号室へお越しください」
俺は足を止めた。
5号室。第二回目だ。
前回(百十二回目のループ)以来だ。廊下の別の方向——通常の試験室とは異なる経路を辿って、5号室の扉の前に立った。
扉は小さかった。他の試験室より少し小さい木の扉。金属の取っ手。扉の表面は他より古く見えた——木目が荒れていて、塗料が所々剥がれている。触れる前から、ここが違う場所であることが分かる。
今回は「5号室に呼ばれる条件」を探ると決めていた。前回と何が同じで何が違うか。共通点は何か。
前回——百十二回目のループ——を思い出した。あの日も、三つ目のゾーンで止まった後、廊下に出て呼ばれた。今日も三つ目のゾーンで止まった後、廊下に出て呼ばれた。一致する。ならば呼ばれる条件の一つは「三つ目のゾーンでの失敗」なのか——それとも、失敗の内容か、あるいは失敗に至るまでの動きか。
まだ分からない。観察を続ける必要がある。
扉を開けた。
窓のない小さな部屋。石の壁、石の天井。中央に机と椅子が一つずつ。松明型の壁灯が一本。部屋の空気が冷たかった。窓がないから外気が入らない——石の冷たさが部屋に溜まったままになっている。息が白くなるほどではないが、室温は廊下より確実に低い。石の壁が肌の近くにあると、それだけで体温が奪われていく気がした。前回と同じだ。
でも——今日は一つ違うものがあった。
壁。
部屋の右側の壁に、小さな文字が書いてある。
俺は扉を背にしたまま、視線だけを右の壁に向けた。一歩、二歩。近づいた。松明の光が壁に届いていて、文字の形が浮かび上がっていた。文字は石の壁に直接彫られているのではなく、何かで書き込まれている——墨のようなものだ。小さく、几帳面な字で。
「第一回:合格基準まであと一歩」
俺の目がそこで止まった。
「第二回:」——空欄。
手が伸びた。壁の文字に触れようとして——触れなかった。指が止まった。石の表面の冷たさが、指先に伝わってくるより前に、意味が体に届いてきた。
「第一回」は前回だ。百十二回目のループ。俺が初めて5号室に来たときの評価。「合格基準まであと一歩」——そう評価されていたのか。
あの日のことを俺は覚えている。同じ部屋、同じ審査官、同じ問われ方。でも結果は「不合格」だった。「合格基準まであと一歩」の不合格。その一歩が何なのかを、俺はあの日知らなかった。今も知らない。
「第二回」が空欄なのは——今回の結果がまだ書かれていないからだ。つまりこれから書かれる。
俺のことを、この部屋が記録している。
ループを超えて、この部屋が——記録している。
それはつまり、この部屋に座っている誰かが、俺がループしていることを——
「……誰が書いているんだ」
声が漏れた。誰もいない部屋で。声が石の壁に反射して返ってきた。冷たいエコーだった。
扉が開いた。
審査官が入ってきた。前回と同じ人物——顔の半分が影に入っている、背の高い人物だ。動きが静かで、足音が聞こえなかった。松明の光が審査官の体の輪郭を照らしていたが、顔の右側は壁の影の中にあって、表情が読めなかった。前回もそうだった。俺はあの日から二十三回のループを重ねたが、この人物の顔を正面から見たことがない。
「座ってください」
「はい」と俺は座った。
前回と同じ審査内容が始まった。体の使い方の細かい確認。どこを意識しているか。力の方向。重心の位置。
俺は前回より精密に答えた。百十二回目から二十三回分の実技の積み重ねがある。今の俺は百十二回目のループより確実に「できる人間」に近い。問いに対して言葉が出るまでの時間が短くなっていた——自分でも分かる。言葉と体の感覚が近づいていた。
審査官が静かに記録を取っていた。木製のクリップボードに、細いペンで書き込んでいる。ペンを動かす音だけが部屋に聞こえた。石の室内では、その音が少し大きく聞こえた。石の冷たさが背中から来た。椅子に座っていても、足元の石畳が体温を吸っていく。
「……以前来たことがありますか」と審査官は聞いた。
「第二回目です」と俺は答えた。
「……そうですか」と審査官は言った。それだけだった。驚かなかった。表情も変わらなかった——影の中の表情は変化が分からないのだが、声の抑揚も変わらなかった。
この審査官も——知っているのかもしれない。
「第一回」の文字を書いた人間が、今ここにいる。俺のことを記録した人間が、俺の前に座っている。「合格基準まであと一歩」という言葉を選んだ人間が、今もペンを持っている。
それを聞けばよかった。「壁の文字はあなたが書いたのですか」と。「第二回の結果はどう書くつもりですか」と。「俺が何度来ても、あなたはここにいるのですか」と。
聞かなかった。まだ聞くべきタイミングではないと判断した——タイミングの問題ではなく、単純に言葉が出なかっただけかもしれないが。
審査が終わった。審査官が部屋を出ていった後、俺は一人残って右の壁を見た。
「第一回:合格基準まであと一歩」「第二回: 」。
「あと一歩」の中身が分からない。何が足りないのか。技術か、理解か、それとも別の何かか。二十三回分の積み重ねがあって、「あと一歩」はまだそこにある。減っているのかどうかも——まだ分からない。
5号室を出た。
――――――――――
口頭試問の前に廊下に立った。
今日の担当はガルドさんだった。入室した。いつも通りの問答。最後の質問で——
「諦めない理由は何ですか」と聞かれた。
「両親が俺を覚えていてくれる間に合格したい」と俺は答えた。本当のことだから。
ガルドさんが少し間を置いた。眼鏡の奥の目が書類を見て、俺を見た。
「……感謝の言葉は」
「試験の機会に感謝します」と俺は言って、お辞儀をした。
ガルドさんが書類を見た。書類を閉じた——今日は「合格」と言わなかった。
「不合格です」
「……分かりました」
廊下に出た。
今日は合格しなかった。百三十回目だけが「合格」で、その後の認定窓口が閉まっていた。それ以来また落とされ続けている。
でも今日は——別のことを掴んだ。
――――――――――
外に出ると、セナさんが待っていた。
広場の端、いつも通りのタイミングで待っている。石のベンチの近くに立っていた。カバンを両手で抱えて、俺が出てくるのを待っていた。
「今日はどうでしたか」
「落ちました。でも——一つ、分かったことがあります」
「何ですか?」とセナさんが聞いた。
俺は少し考えた。どこまで話すか。「……俺の不合格通知が、届いていなかったんです」
セナさんが目を見開いた。榛色の目が大きく開いた。「届いていない?」
「発送の記録はあります。でも受取確認が取れていない。規則上は合否保留という扱いになる」
「……それって、おかしくないですか」
「おかしいですよ」
セナさんが沈黙した。広場の石畳を少し見た。それからゆっくり言った。「……兄の話、前にしたかもしれないですけど」
「お兄さんが合格後に別人みたいになった、という話ですよね」
セナさんが少し不思議そうな顔をした。「……さっき話しましたっけ」
「記憶力がいいので」
「そうか。——合格した後に、何かされているのかもしれない、と私もずっと思っていて」と彼女は言った。「あなたの通知書が届いていないのも——偶然じゃないのかもしれない」
俺が止まった。「……そう思いますか」
「分からないけど」とセナさんは言った。「でも、偶然にしては——色々とおかしいことが多い気がします、この試験」
「そうですね」
二人で少し並んで歩いた。広場から大通りへ続く石畳の道だ。中央区の石畳は整っていて、外縁区とは歩き心地が違う。
「……でも、諦めないんでしょう?」とセナさんが言った。
「諦めません」
「そうですよね」とセナさんは言った。彼女の声が少し細くなった。「……続けてください」
馬車乗り場の分岐で別れた。セナさんが手を振って中央区の方向へ歩いていった。
セナさんの後ろ姿が小さくなっていくのを、俺はしばらく見ていた。
明日の彼女は、今日の俺との話を覚えていない。
――――――――――
外縁区への道を歩きながら、俺は今日掴んだことをもう一度整理した。
通知書が届いていない。合否保留の状態。百三十五回ループした。でも合否は確定していない。
石畳が外縁区に向かうにつれて粗くなっていく。中央区の整った白い石畳から、灰色がかった不揃いな石へ。靴底の感触が変わる。外縁区に近づいているのが、足の裏から分かる。俺の家の区だ。百三十五回、俺はここを歩いた。試験に落ちて、この道を帰った。この道を歩くたびに「また落ちた」と思った。
でも——正確には「合否保留のまま、試験に落ちた」だったわけだ。
百三十五回分の誤認を、俺は今日訂正した。
俺の中で、一つの仮説が組み上がっていた。
合否が確定していない人間は——世界から見て「宙ぶらりん」だ。決着がついていない。処理されていない。
だからループできるのかもしれない。
不合格が確定した人間はその日に終わる。合格が確定した人間は次の段階に進む。でも——合否が確定していない人間は、どこに行けばいいのかが決まっていない。だから同じ朝に戻り続ける。世界が行き先を決められないから、行き先のないまま、同じ石段の上に毎朝戻ってくる。
「届かなかったから——俺は、まだここにいられる」
つぶやいた言葉が石畳の上に落ちた。
怖い仮説だった。でも筋が通っている。
俺の手のひらを見た。夕暮れの光の中で、自分の手のひらが少し遠く見えた。この手が何百回も試験の動作を繰り返してきた手だ。でも「存在が確定していない」人間の手だ。合否保留。処理されていない記録。配達完了欄が空白のまま台帳に残っているアズ・カリンの手。
体が存在しているのに、記録の中では宙ぶらりんだ。
ということは——もしいつか通知書が「届いた」場合、あるいは合否が「確定」した場合、俺はループできなくなる。次がなくなる。
「合格」か「不合格」か、どちらかが確定した瞬間——俺は終わる。
その考えが来た瞬間、足が少し遅くなった。無意識だった。体が先に気づいていた。
怖い、というより——怖いという感覚が別の何かに変わりかけていた。「そういうことか」という、妙な静けさ。恐怖の隣に置かれた、冷たい理解。
そしてもう一つの考えが頭をよぎった。
通知書が届かなかったのは、本当に「配達ミス」なのか。
百三十五回分のループを作った偶然としては——できすぎている。郵便が届かないことが「通常ありません」と事務官が言った。外縁区でも例外はないはずだと。それが一度ではなく、何度も、ループをまたいで、記録の上で「配達完了」欄が空欄のままになっている。
偶然が百三十五回続いたのか。
それとも——
「誰かが、届かないようにした可能性がある」
誰かが。意図的に。
それが誰なのかは分からない。でも——試験機構の別室に人間がいる。俺のことを話している人間が。「まだ時間がある」と言った人間が。5号室の壁に俺の記録を書いている人間が。その人間が、通知書のことも知っているのか。
あるいは、知っているどころか——
操作したのか。
外縁区の入口で、俺は振り返った。
試験館の方向に向かって。もう見えない距離だった。でも俺の頭の中では、まだあの石造りの建物が立っていた。第七試験館。七段の石段。三段目が少し色が薄い。事務棟の「受付窓口」という看板。5号室の小さな木の扉。壁に書かれた「第一回:合格基準まであと一歩」という几帳面な文字。
百三十五回、俺はあの石段で目覚めた。
その理由が、今日少しだけ見えた。
風が来た。外縁区から吹いてくる、石灰岩と古い布と燻った木の匂いがする風。俺の地元の風だ。百三十五回嗅いできた。今日のこれも俺の地元だ。変わらない。変わらないまま、俺だけが百三十五回分の記憶を持っている。
「次は——届けにいく番かもしれない」
また、朝が来る。百三十六回目の朝が。
今日の死因:帰り道の橋の上で強風にあおられた。バランスを崩して川に落ちた。泳げなかった。享年二十二歳、死因・溺死。水が冷たかった。




