第7章:モハメッド・アリV Sジョージ・フォアマン
(以下は・・・1964年、当時のヘビー級チャンピオン『ソニー・リストン』に挑戦する前の、アリのコメント)
アリ:「クレイ(= のちのアリ)の右、クレイの左。見よ! コレが、若いクレイの猛攻だ!!
リストン後退し、もう、あとがねぇ。
ここでイッパツ、クレイが強烈パンチをおみまいだぁ!
倒れたリストンつまみだして、大西洋へとブッ飛ばす。
野郎は、そのまま周回軌道に入り、見えなくなっちまった。
『人間人工衛星』のできあがりってかwww」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
・・・かつて、『カシアス・クレイ』と名乗っていたアリは、
ヘビー級としては例を見ないスピードと、バネの持ち主だった。
・・・試合前になると、さかんに『ホラ』を吹いたが、
そのホラを『現実のもの』にすることで、
不思議な人気を勝ち得ていった。
1964年にアリが王座に就くと、
ヘビー級のタイトルマッチは、巨額のファイトマネーが動く、
『ビッグ・ビジネス』に成長していった。
・・・しかし、
そのアリも、1967年、
『俺にベトナム人を殺す理由はない』と徴兵を忌避したことを理由に、
タイトルを剥奪されてしまう。
最盛期の3年間を、無意味に過ごさざるを得なかったアリは・・・
1970年に、「世論のあとおし」を受けてカムバックしたが、
ジョー・フレージャーに敗れ、
どうしても『失ったタイトル』を取り戻すことができないでいた。
フォアマンは、
19歳でメキシコオリンピックの金メダルを獲得すると、
プロに転向して3年半で、
ジョー・フレージャーの持つ、世界タイトルに挑戦するに至った。
フレージャーは、『機関車』のような馬力を持つボクサーだったが、
『37勝無敗、34KO』という、フォアマンの強打の前には、なすすべがなかった。
ボクシングの興行師たちが、
その圧倒的な強さの若いチャンピオンと、
これまた圧倒的な人気を誇る、元チャンピオンを戦わせそうとするのは・・・
当然のことだった。
・・・しかし、フォアマンの勝利を疑う者は、ほとんどいなかった。
アリはすでに、
『盛りを過ぎた』と思われていたからだ。
こうして、
フォアマンとアリは、
1974年10月・・・
アフリカはザイールのキンシャサで、雌雄を決することとなった。
・・・当時、長い旅の途中にあった私(= 沢木氏)は、
その衛星中継を、
イランの街角のテレビで観たのだった。
フォアマンは、最初から強引に攻めていった。
ロープ際に追い詰めると、
『丸太』を振り回すような太い腕でボディをえぐり、
『ハンマーを叩きつけるようなパンチ』で顔面を狙った。
・・・アリは、
サンドバッグのように打たれながらも、
両腕で必死にガードし続けた。
だが・・・
アリは倒れなかった。
そして、第8ラウンド。
耐えに耐えたアリは、疲労の見えたフォアマンの『一瞬のスキ』をのがさなかった。
(アリの右ストレートをまともに食ったフォアマンは・・・ゆっくりと回転しながら、キャンバスに沈みます。アリの『8ラウンド・逆転KO勝ち』でした。)




