第2章
1993年6月・・・
場所はアメリカのネバダ州、ラスベガス。
一年半前のこの日。
私(= 作家の沢木耕太郎氏)はラスベガスで、
44歳の元世界チャンピオン・・・ジョージ・フォアマンの試合を観た。
・・・それは、興行師によって、
『フォアマン最後の試合』と喧伝された試合でもあった。
しかし、
その試合(= 対トミー・モリソン戦。マイナー団体のWBO世界ヘビー級王座決定戦)のフォアマンは精彩を欠き・・・
まともに打ち合おうとしない相手に手を焼き、
結局、『見せ場』も作れないまま、判定で敗れてしまったのだ。
・・・アメリカのメディアは、
大々的にフォアマンの『引退』を報じた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
1994年10月
アメリカはテキサス州のヒューストン。
・・・ヒューストンを訪れるのは、
これで二度目だった。
一年半前、
ラスベガスでの試合を間近で観ていた私には・・・
それがフォアマンの『最後の試合』となることに、
どうしても納得がいかなかった。
そこで私は・・・
その試合(= フォアマンVSトミー・モリソン戦)の2日後に、
フォアマンの住む、ヒューストンを訪ねたのだ。
フォアマンとチャリティー・ゴルフの会場で会うことになった私は、
「本当にこれで引退するつもりなのか」と、
単刀直入に尋ねた。
・・・すると、
顔の腫れを隠すサングラスを掛けた彼は、
首を振って、
『ワンモア』・・・
「もう一試合」と言ったのだ。




