第9章
・・・のちにアリは、こう語った。
「自分が負けることは、全世界の虐げられた人々が負けることと同じであり・・・絶対に負けるわけにはいかなかったのだ」と。
それはもちろん、
アリの一方的な思い込みにすぎない。
・・・思い込みとは、
精神が産み出す、一種の『フィクション』だ。
しかし、その『フィクション』が、
アリにフォアマンのパンチを耐えさせるチカラを与えたとすれば、
第8ラウンドのあの一瞬は・・・
壮大な『精神の虚構』が、
絶対の『肉体』を打ち負かした、
まさに『奇跡としか言いようのない一瞬だった』ということになる。
・・・以後、私は、
そうした『一瞬』をふたたび味わいたいために、
ヘビー級の試合を、
世界の各地に追うことになったのかもしれなかった。
・・・あれから20年。
『キンシャサでアリに負けた元チャンピオン』
それがフォアマンの宿命となった。
フォアマンにとっては、この『モーラー戦』こそが、
その『宿命』を断ち切る、絶好の・・・
そして、
『最後の機会』になるはずだった。
しかし・・・
フォアマンの練習を見ている限り、
それは単なる『夢物語』にすぎない、とも思えた。
緊張感をみなぎらせた表情とは裏腹に・・・
フォアマンの動きには、
まったく『キレ』がなかったからだ。
練習が終わると、
ドレッシングルームに閉じこもってしまう。
そこには、
カメラはもちろん、『スパーリングパートナー』すら入ることができない。
それはまるで・・・
人前では決して脱ごうとしない、『だぶだぶのTシャツ』のように、
『何か』を隠そうとしているようでもあった。
フォアマンが隠そうとしているもの・・・それは、
『45歳という年齢』だったのだろうか。




