作戦4:吊り橋効果。
のど飴作戦が果たしてうまく行ったかはよくわからないが、LINEでたまにやり取りするようになって、イケメン上津を身近に感じ始めた、六月末のこと。
俺は作戦内容に悩んでいた。
悩んでいたというか、ちょっと飽きてきていた。地味すぎる。なんかここらで一発逆転の面白いのはないものか。そう思って、いつものサイトを上から下まで舐め回すように見ていたら、一つの投稿が目に入る。
止まったエレベーター内で偶然一緒になった相手に惚れた。そう、これは。
吊り橋効果。
恋に落ちる定番とも言える、がしかし、俺にとっては見て見ぬふりをしていたそれ。何故かって、そりゃ、一般企業のどこに吊り橋なんてあるんだよ問題である。
試しに一日吊り橋になりそうなものがないか必死に目を凝らして見たが、部長の卓上扇風機が壊れたことぐらいしか特筆すべきことはなかったのである。あれ〜なんて言いながら数分格闘していたが、諦めたようで、昼食後卓上から姿が消えていた。部長かわいそう。
見つからなかったとは言え、俺はなんとしてでも吊り橋効果を試したかった。一番効果がありそうだったし、ドラマチックな恋が始まる可能性を前にして、異世界転生に夢見た頃の自分が息を吹き返した心地だ。
「吊り橋効果って実際あるんですかね」
「あー、漫画とかでよく見るよな。そういうの憧れるクチ?」
「少し」
「え、意外。真面目に見えてロマンチストなんですね、先輩」
「ロマンチスト……」
先輩と反対側に座っている後輩が、昼ごはんのおにぎりを頬張りながら、おにぎりのみならず俺にも食いついてくる。ロマンチストと称される違和感に眉を寄せつつ、君はどうなんだと後輩にも聞けば、停電した部屋で手が触れ合うとかやってみたいですね〜なんて言うから、お前も大概やぞと返しておく。
「でも先輩、吊り橋効果とか、普段生活してる中じゃ、中々ないですよね」
「確かにな。エレベーター止まるとか停電とかはまあ、もしかしたら程度」
俺を挟んで会話する二人に頷きつつ、手元の処理途中の書類を見る。作りかけのそれを見て、数年ぶりに目をカッぴらく。俺の脳内には、世紀の大発見並みの考えが鎮座していた。
そうだ。無いなら作ればいいんじゃないか? と。
◇
作戦名、人為的吊り橋効果作戦。と手帳に記しながら、ワンルームの自室で頭を悩ませる。吊り橋効果は、ドキドキを恋だと誤認する、というのが肝だから、要は俺がドキドキする状況を作り出せばよい。相手をドキドキさせるとなるとちょっと難しかったり、嫌な気持ちにさせるリスクがあるが、俺が勝手にドキドキする分にはコントロールしやすい、と思う。
「俺がドキドキ……不安になる時とか書いてみるか」
目の前でラスト一個のおにぎりの前に立つサラリーマンを見た時。寝坊して時計を見た時。今までやったことないことをする時。
と、そこまで書いて、そう言えば上津に声をかけるときは大なり小なりどきどきしているかもな、と気づく。つまり、自分から声をかける、かつ、今までにない切り口であれば、俺はドキドキできるのではないか?
「実行する価値はあるな」
今日の俺は冴えている。明日の決行を前に、実にワクワクとした気持ちでベッドに入り、消し忘れた電気を消しに行って、アラームを設定し忘れていた時計をセットして、冷や汗をかきつつ入眠した。
◇
「上津さんは、合コンって行ったことありますか」
「なんで月曜日の朝イチでその話題が出た?」
今までにない話題、かつ俺が語れそうなこと。そう、恋バナ。まだそこまで親しくもない相手にいきなり恋バナを切り出すドキドキを感じながら、どうだ? 恋だと錯覚できそうか? と自問自答して、心底なんだこいつ的な視線を隠そうともしない上津が面白いなと思って好感度は上がったので多分うまく行っている。
「恋バナに挑戦してみようと思いまして」
「恋人いる? とかでいいでしょ」
確かに。
遅れて笑いの波が来たのか、んはは、なんて笑いながら、大学時代はあったなー、めっちゃ行ってた、と答える彼は、やはり彼女がいる時期が多かったらしい。
「今はいないんですか」
「やー、仕事楽しくてそっちばっか」
この間の出張でさ、と続けられる話に聞き入りながら、到着した電車に乗り込んで少ししたころだった。
駅に着くにはまだ早いのに、電車が減速して停車する。不思議に思っていれば、線路上に不具合が〜なんてアナウンスとともに、ご迷惑をおかけしております、お待ちください、という案内が流れた。
「あ。一応会社に連絡いれとこうか」
「そうですね……あ」
「どうした?」
スマホを片手に、ぐっと握り込んで上津を見上げ、熱の入った声で言う。
「これ、吊り橋効果ですね」
「その理論だと俺に惚れることになるけど大丈夫?」
俺が恋したいのは君なので、問題ないぞ。
なお、電車は十五分程度で普通に動き出したし、俺も別にドキドキはしなかった。