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【BL】特別な存在になりたい俺が、意図的に、いけすかない同期へ恋する話。  作者: 絃四季 想
タスク1_特別になりたい俺が、特別な君に恋をする。
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作戦2:類似性の法則。

 俺のイケメン同期に対する好感度が若干の上昇の兆しを見せた3日目を経て、昨日までの俺に残念なお知らせがある。 



 雑談タスクをこなし、業務もこなして帰宅した俺が、風呂上りに何となく見ていたWebサイトにこう記載されていた。


 単純接触効果は、最初の興味関心が薄い場合などは効果的だが、既に嫌悪感などを抱いている場合は逆効果になると言う説である。


 早く言ってほしかったな、とインターネットの集合知があるであろう空の彼方へ思いをはせるとともに、しかしそのおかげで雑談タスクまでこなせたので良かったのかもしれないと前を向く。



 さて、単純接触効果は意外な結果を生んだことだし、そも時間がかかる検証であるからして、継続しつつ次なる行動を考えよう。


「恋におちる、テクニック、やり方……」


 ぽつぽつと、モテたい男の検索履歴みたいなものを生み出しながら、まとめサイトに目を通す。どこも似たことが書いてある傾向があって、その中の一つに目が留まる。


 類似性の法則。



 相手との共通点があると嬉しいよね、という、俺も納得がいく内容に、これだ! と、椅子の上で若干前のめりになってスマホの画面を見つめる。


 現状の類似性といえば同期であることと性別と肺呼吸することくらいしか見当たらないし、それが嬉しいかと言われると正直曖昧にほほ笑むことしかできない。


 これは調査が必要だ、と結論付け、明日のタスク、挨拶の下に好きなものを聞く、とメモしておく。


 持ち歩く手帳の後ろの方、普段はあまり使わない自由スペースが埋まっていく様は、謎の達成感があって結構好きだ。たまに帰りに買う野菜の名前が適当に書いてあって、めちゃくちゃ邪魔なので過去の自分に文句を言うことになる。


 明日やることが見えてきて、やる気に満ちていた時だった。


「へっくしょい」

 

 はっと気づけば、濡れた髪から全身冷え冷えとしている。脳みそだけは熱意に溢れているのだが、乾かし忘れた髪が変な跳ね方のまま微かに自然乾燥していくのを察知して、慌てて洗面所のドライヤ―に助けを求める。


 慣れない美容院で整えてもらった髪はちゃんと手入れが必要らしく、若干の面倒臭さを感じるが、しかしやらねば明日が大惨事だ。


「あ」


 少し緩めのパーマがかかった髪を、鏡越しに見る。そういえば、これも類似性の法則を狙えるかもしれないと、そう思った。




「おはよ」

「……おはようございます」

「はは、何で驚いてんの?」


 いつもの車両停車位置に並ぼうと改札を通った直後。後ろから声がかかって一瞬反応が遅れる。わかりやすくぎこちない反応を返した俺を見た彼が、少し笑ってから、えーっと、なんて口ごもるから、鞄の内ポケットに入れていた社員証を取り出して示す。


三奈崎みなさき 智樹ともきです」

「ありがと。うん、覚えたわ。俺の名前は知ってる?」

「はい。上津かみつ まことさん、営業部のエースだってもっぱら評判ですよ」

「はは、どんな評判?」

「難しい相手でもうまいこと契約とってくるって聞いてます」


 へぇ、なんて余裕のある返事が、彼の自信と称賛への慣れを物語っていて、このイケメン腹立つよなぁ、と思いながらぺらぺらと聞きかじった評判を述べる。


 話が途切れた頃合いに、今思いついた風を装って、普段から営業の勉強でもしてるんですか、なんて聞けば、本なら読むよと言われるのでこれだ! とピンときた。


「好きな本とかあるんですか」

「ん~~」


 少し首を傾けて、ちらとこちらを見てから目を細める。何だろうと思っていれば、小さく笑う口から言葉が零れてきた。


「ツァラトゥストラかく語りき」


 なんて?


 脳内を疑問符で埋め尽くされつつ、そのまま先に電車に乗り込んでいった彼の背を見送る。とりあえず俺も遅れて乗り込んで、スマホにツラトス、と打ち込めば予測変換が答えをくれた。


 なるほど、哲学書の類らしきそれは、ニーチェという俺でも聞き覚えのある有名な哲学者の本らしく、あのイケメン……もとい、上津はこれが好きなのかと戦慄する。


 頭がいいやつは読んでるモノからして違うのか~、なんて尊敬のような引いてしまうような複雑な気持ちになりながら電車に揺られ、職場で朝食のサンドイッチを食べる先輩に挨拶とあいさつを交わす。


 しばらくぺたぺたとエンターキーを叩き、隣の席の先輩に書類をまわしがてら、ふと思い出して聞いてみる。


「先輩は、ニーチェって知ってます?」

「あー、哲学の?」

「です」

「聞いたことはある程度かな。神は死んだのやつでしょ」

「そうです。意味とか知ってます?」

「さぁ。なに?哲学にはまった?」


 少しからかいを含んだ声音に首を振りつつ、知人が好きらしくて、と検索したつぁらとぅすとらの解説ページを見せる。二人して沈黙した後で、わかる? いえ、なんて言い合って互いの結束を強めていれば、決裁書類を見ていた上司が仕事しろ~なんて間延びした声を飛ばす。


 その後も給湯室で数人に聞いてみたけど、皆同じような反応で、その日はしばらく哲学ネタが流行っていた。やはり哲学に詳しい人なんてそうそういるものではないらしい。


 まあ、食わず嫌いならぬ読まず嫌いは良くない。帰り道で電子書籍を買い求め、画面をタップし、そして同じ行を何度か読んだ。





「おはようございます」

「ふぁ……おはよ」


 週明けの月曜日。どことなく億劫そうなサラリーマンの群れの中、大あくびと共に、手にした缶コーヒーを飲み干す喉元を眺める。放られた空き缶が駅のゴミ箱に飲み込まれるのを見てから、さりげなさを意識しつつ口を開く。


「そういえば、ニーチェの、ツァラトゥストラ、アレ好きなんですか」

「ん?あぁ、まあね。大学でちょっとかじった程度だけど、結構面白いよ」

「俺も買って読んでみましたよ」

「え?マジ?」


 あぁ、なんて返事のあとで、ぐいんと首がこちらを向いて、ほくろの上の切れ長の目が真ん丸になる。思いの外喰いつきがよすぎて若干引いた。


「正直よくわかんないのばかりで、検索して解説読んで何となく思ったことしか言えないですけど」


 途端に自信がなくなったので予防線を引きながら、この週末で頑張った成果を報告する。なお、俺の貴重な休みをニーチェタスクに捧げた成果としては、ニーチェさんって頭がいいんだな、と尊敬の念を抱くと言う結果に終わっている。


 対ニーチェさんの好感度を上げてどうするというのだ。俺は哲学に恋したいのではなくて、目の前のこの男に恋がしたいのだ、なんて決意を新たにしながら言葉を続ける。


「永劫回帰っていうのは、なんかこう、背中を押してくれる考え方だなって思いました。同じ人生しか送れないなら、せめて少しでも納得いくように行動したいなって」


 永劫回帰。ニーチェの哲学的概念のひとつであるそれだから、解釈を解説しているサイトはいくつかあって、同じようなことを言っていたり違う独自の解釈をうちだしていたりと様々で、わりと興味深かった。思うのは、皆結構難しく考えているんだな、ということだ。


 凡人にはよくわからないことも多くて、でも、誰かが必死に考えた先に記された言葉であるのだから、きっとたくさんの経験と感情の集合なのだろう。


「……うん、そうかもね」


 話しながらこれで合ってるだろうか、とドキドキして視線を逸らしていた俺に、思いのほか優しい声が降って来て、つられて声の主を見上げる。


 少し離れた自動販売機の前に立ち、コーヒーを手に戻ってきた彼が、それを俺へ向けて差し出して口を開く。


「本当はどのくらい読めた?」

「……5ページくらいですかね」

「ごめん。わざとちょっと難しい本言った」


 手渡されたコーヒーは微糖で、受け取って礼を述べる。


 俺は微糖が嫌いだったので、イケメンクソ同期上津の好感度は逆エベレスト級にまで降下したが、甘いコーヒーを飲みながら眺めた上機嫌そうな奴の顔は悪くないなと思うので、好感度急降下は無かったことにしてやろうと思った。







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