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朝日が差し込む前、静寂の中で車のエンジン音だけが響いていた。辺り一面、霧が立ち込め、昨日の出来事が嘘のように感じられるほど、異世界の風景は変わらず美しく神秘的だった。車の窓から見える木々の間には、まるで空から降り注いだ星のように光る果実をつけた枝が揺れている。風がそっと吹き抜け、どこか遠くで鳥のような動物の鳴き声が聞こえる。
「カール、どこに行ったんだろう?」颯斗が不安げに呟いた。
車内の空気は、昨日の激闘からの疲れとともにまだ重かったが、それでもカールの姿が見当たらないことにみんなが気づいていた。あんなに頼りにしていた案内役が、気が付いたらいなくなってしまっていた。
「うーん、昨日の後、どこかに行っちゃったみたいだな」健一がハンドルを握りながら呟く。昨日の激闘の後遺症がまだ体に残っており、彼は辛そうに体を動かしていたが、少しずつ回復しているようだった。
「まさか、あんなに暴れたから、俺たちのことを気にして隠れちゃったんじゃないか?」蒼一が言うと、玲奈が窓から顔を出し、外の景色をじっと見ていた。
「そんなことないよ、カールは私たちを見捨てるようなことはしないって、私は思う。でも、どうして消えたのかはわからないわ」真莉が静かに言った。
その言葉通り、カールのことを思うと胸が痛む。彼はいつも笑っていた。少し頼りないところもあったけれど、それでも家族を助けようと必死に尽力してくれていた。だが今、その姿はどこにも見当たらない。
「それにしても、カールがいないと、どうやって進むべきか全然わからないな。」颯斗が眉をひそめて言った。「異世界って言っても、どこをどう行けばいいのか、完全に見当もつかないし…」
「うん、でもそれはみんなで解決しないといけない問題だろ?」健一が振り返り、軽く笑った。「お前ら、昨日も言っただろ? 自分たちでできることは自分たちでやるんだ。」
颯斗は一瞬黙ってからうなずいた。「そうだな。でも、やっぱりカールがいてくれたら、少しは安心できるのに。」
「安心するだけじゃ駄目だろう。俺たちが前に進まないと、どうにもならないんだ。」健一は静かに言うと、再び車を走らせた。
「それでも…」蒼一が口を開いた。「カールは本当にどこに行ったんだろうな。まさか、何かに…」
その時、玲奈が突然静かに言った。「あれ、見て。」
玲奈の指差す先に目をやると、遠くに何かが動いているのが見えた。それは確かにカールに似ている、でもどこかおかしい。カールが隠れているようにも、逆にこっちに向かって来るようにも見えるが、今までのような軽快な動きではない。
「カールか?」健一が車のスピードを少し落とす。
「分からない。ちょっと…気になる。」玲奈が小さく言い、さらに視線をそこに集中させる。彼女は動物や異世界の言語に敏感だから、普通の人には見えないものが見えているのかもしれない。
その物体は、少しずつ近づいてくる。どうやら動物のようなものが歩いているが、歩き方にどこか不自然さがある。カールの姿ではないことは確かだ。すぐにその物体が近づいてきて、その正体が明らかになった。
それは、異世界の不思議な生物だった。おそらく動物の一種だろうが、身体の一部に不思議な模様が浮かんでいる。無意識に嫌悪感を与える存在だった。
その生物はゆっくりと近づき、家族の車の横を通り過ぎる時、目が合った。目の中には不安や恐れが宿っていた。その目を見た瞬間、玲奈の心に何かが呼び覚まされた。
「それ…私、あの生物と話ができるかも。」玲奈はそう言うと、車から降りようとした。
「玲奈、危ない!」健一がすぐに制止しようとしたが、玲奈はすでに外に出て、その生物に近づいていった。
「大丈夫だよ、お父さん。」玲奈はにっこり笑うと、そのまま近づきながらゆっくりと歩く。
生物は初めて見る人間に警戒しているのか、少し後退し、身を低くして息を荒くした。その様子からは、どこか疲れているような印象を受ける。
玲奈がゆっくりと手を伸ばすと、驚いたことに、その生物は少しだけ姿勢を緩め、恐る恐る玲奈に近づいてきた。
「大丈夫、怖くないよ。」玲奈は優しく声をかけると、生物が少しだけ振り返り、振動を感じさせるように尻尾を振った。
その瞬間、玲奈の心の中に言葉が浮かんできた。「迷子…お母さんを探してる?」
驚いたことに、その生物は少し首をかしげると、うなずくような仕草をした。まさにその通り、迷子で、ここにいる理由があるのだと、玲奈は確信する。
「じゃあ、一緒にお母さんを探してあげるね。みんなも心配しているから、ちょっとだけお話を聞かせて。」
玲奈の声に、家族も少し安心したようだが、それと同時に、カールがどこに行ってしまったのか、その答えを探す旅が続くことになったのだ。