第二話 家族旅行
健一の両親の家に旅行へ行く一行に待ち受ける試練とは
夏の暑い日差しが山の上まで照りつける中、家族全員は車に乗り込み、健一が運転席、まりが助手席、颯斗、蒼一、そして玲奈は後部座席に座っていた。今日は、毎年恒例の真莉の両親が住む山奥の家へ向かう日だ。
「もうすぐだな、到着は午後遅くになるだろうけど、途中で休憩しようか」と健一が言う。
「うん、運転お疲れ様、けんいち」とまりがにっこり笑って応じる。
颯斗は窓の外をぼんやりと見ながら、「あと少しだな」とつぶやく。彼にとって、この夏の休暇は楽しい時間であり、特に父とのサバイバルを楽しみにしている。だが、今日はどこか不安定な感じがする。空気の密度が、普段とは少し違っているような気がする。
蒼一は後ろでノートを広げ、数学の問題に没頭していた。まったくもって自分のペースを崩さずに過ごす彼だが、心の中で何かが引っかかっている。車の揺れがどこか不自然に感じられ、空気がひんやりとした。気のせいだろうか。
玲奈はタマを抱きながら静かに目を閉じているが、他の家族が感じていない何かに気づいていた。彼女の能力で、人々の心の動きや感情が敏感に伝わる。誰も言葉にしないが、何かが違う。この空間のゆがみが、彼女の胸の奥に違和感を与えていた。
「なんだか、空気が変わったような…」と玲奈がぽつりと言う。
「玲奈、どうした?」とまりが心配そうに振り向く。
「わからないけど、空気がちょっとおかしいかも」と玲奈は不安そうに答える。
その時、突然、車が大きく揺れ始めた。大きな音が鳴り、視界が一瞬ぼやける。窓の外に見える景色が歪み、山道の緑が一瞬にして霧のように変わる。車がまるで無重力空間に浮いているかのように感じられ、次の瞬間、まったく別の場所に転移した。
「何だ…これは?」健一が目を見開き、すぐにハンドルをしっかりと握る。
まりは驚きながらも冷静に状況を見守っている。颯斗も後ろで身を乗り出し、「空間が歪んでる! まるで異世界に飛び込んだみたいだ!」と叫ぶ。
蒼一はパニックを抑え、冷静に状況を分析しようとする。「どこだ? これはどこに転移したんだ?」
「見渡す限り、山と森しかない…でも、どこか異様だ」と健一が言う。車の外は、見たこともない巨大な木々や、まるで別の時代に来たかのような風景が広がっていた。
突然、車のすぐ前に巨大な岩山が現れ、まるで自然の壁が立ちはだかったように感じられる。その岩山の隙間から、見たこともない生物が歩いている姿が見えた。
「ど、どうしよう…!」とまりが焦りながらも、どこかで冷静に息を呑んだ。
「大丈夫、あれは動物だ。気をつけろ!」健一が冷静に声をかける。
その時、玲奈が静かに言った。「あれは…ただの動物じゃない。私は、あれが話すのを感じる…」彼女の言葉に、家族全員が一瞬で静まり返った。
「話す?」颯斗が眉をひそめ、「動物が?」と疑問の表情を浮かべた。
「うん…たぶん。気をつけて、何かおかしい」と玲奈は慎重に答える。
車がゆっくりと停止すると、外の風景がさらに異常なものに感じられる。巨大な木々は、すべてが奇妙に輝き、空に浮かぶ星が異常に大きく見える。この世界には、今までに見たことのない奇妙な生物たちがうごめいている。
「異世界に来てしまったのか?」蒼一が呟く。
「多分、そうだな。だが、ここでどうやって生きるかが問題だ」と健一が言うと、家族全員が再び車内を見渡し、サバイバル道具やキャンプセットを確認する。
「これだけあれば、しばらくは生きていけるだろう。でも、この世界には何かある」と健一は意を決して言う。
まりは心配そうに「でも、何が起こってるのか、わからないわ。どうしてこんなことが…」と答える。
颯斗は力強く頷き、「どんな状況でも、俺たち家族なら大丈夫だろ」と言い、すぐにでもサバイバルの準備を整え始める。
蒼一は静かに言った。「まず、状況を冷静に把握しないと。あの生物や、この空間が何かを教えてくれるはずだ。」
玲奈は静かに目を閉じ、聞こえるものすべてに耳を澄ましながら「私ができることがあれば、すぐに言って」と答える。
家族は再び一致団結し、この未知の世界で生き抜くために動き出した。
車から降りた家族全員が、足元の土や草の匂いに驚きを感じていた。ここは、明らかに普段の山奥とは異なる。空は青いものの、どこか現実とは違う色合いをしており、遠くには巨大な植物が密集している森が広がっていた。家族は、不安と好奇心の入り混じった表情で周囲を見回す。
「まずはキャンプの準備をしよう。場所が分からなくても、ここで生き延びる準備を整えないと。」と健一が言い、後部座席からサバイバル道具を降ろし始めた。
「けんいち、慎重にね」と真理が声をかける。彼女の表情には不安が浮かんでいたが、それでも健一を信じている。
颯斗も大きく息を吸い込み、さっそく父に手を貸す。「父さん、俺がテントを広げるから、あとは任せて!」
蒼一は、すでに地図代わりになりそうなノートを手にして辺りを観察している。足元の土や草の形状をスケッチし、周囲の音や風の動きもメモしていた。「ここで何が起きても、情報を集めればいつかは帰れるかもしれない」と独り言をつぶやく。
玲奈は少し緊張した面持ちで、静かに周囲の「声」に耳を傾けていた。遠くで小さな動物たちの囁きが聞こえてきたようで、彼女はそっと微笑んだ。「動物たちが、怖がらないでって言ってる気がする……。」
ふと草むらの陰から小柄でふわふわした毛並みを持つ生物が飛び出してきた。その生物は、耳が大きく、尻尾がふわふわで愛らしいが、どこか妙な表情をして家族を見つめていた。玲奈はその生物が何かをブツブツと呟いているのを聞き、すぐに気づいた。
「お父さん、お母さん、みんな…あの子、話してるよ!」玲奈が小声で伝えると、家族全員が興味津々でその生物を見つめた。
「な、何を言ってるんだ?」健一が慎重に尋ねる。
玲奈はカールのブツブツした言葉に耳を傾け、戸惑いながらも通訳を始めた。「えっと…『人間、もしかしてお菓子持ってる?』って言ってるみたい…」
「お菓子?」颯斗がクスリと笑いながら、「なんだ、食いしん坊なのか?」と冗談交じりに言う。
玲奈は頷きながら、「うん、どうやらちょっと食い意地が張ってるみたい」と答えると、カールは玲奈をじっと見上げ、うなずきながらブツブツと話し始めた。
「うーん、ちょっとわかんないけど、カールって言うらしいよ」と玲奈が家族に伝えると、カールはおかしな動きでぴょんぴょんと跳ね、頭を振って何かを強調しているようだ。
玲奈はカールの奇妙な動きに再び耳を傾け、驚いたように「『カール、世界一の案内役!任せろー!』だって」と通訳すると、家族全員が目を見合わせた。
真理は微笑みながら「まあ、頼もしいけど、なんだか少しおっちょこちょいみたいね」と玲奈に優しく声をかける。
玲奈は嬉しそうに頷き、「カール、私たちの案内をしてくれるみたい。『みんな、ついてくるといいよー!でも、途中でお菓子もくれたら嬉しいな!』って」と少し笑いながら伝えた。
その言葉に家族は少し安心しつつも、どこかほっとした雰囲気が漂う。颯斗も興味深そうにカールを観察し、「このバカっぽいけど案内できるのか?」と疑いを持つものの、玲奈の通訳によってカールが自信満々に「任せとけー!」と言っているのを聞いて、少し笑ってしまう。
カールは得意げな表情で先を歩き始め、家族はその後ろをついていくことにした。玲奈は通訳としての役目をしっかり果たしながら、時折カールが口走る不思議な言葉を家族に伝える。次第に家族全員がカールのことを微笑ましく思い、旅路を進めていく中で、一体感が生まれていった。
10話に行くまでにコメントなどがありましたら続編を考えます。
よろしくお願いいたします。