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Don't Cry

作者: 二葉一葉

明日から何をしよう。


1LDKの50㎡ある部屋で、あたしは絨毯に横たわる。

キリムの絨毯は色鮮やかでモノトーンの部屋に華を彩る。

体まるごと沈む柔らかなソファより、あたしは絨毯に寝そべるのが好きだった。

40インチのテレビは、大きすぎんじゃないかと心配したけど、今となってはもう少し大きくてもよかったとも思う。

音響に拘りはなかったけど、映画をよく観るあたしに勧められたステレオはとても満足してる。

さんざん迷って買ったローテーブルは、使いづらかった。ちょっと後悔。


寝そべったままあたしはティーカップに手を伸ばす。

ハーブティに凝って、ハーブが入ったたくさんのガラスの容器はダイニングにインテリア化してる。

冷めたジャスミンティの香りと渋みが口の中に広がった。

ティーショップ、開きなよ。と、言ったのは誰だっけ?

料理は出来ないこともないけど、上手じゃない。

調味料がアバウトすぎて、いつも味付けがイマイチだと自分でも思う。

お袋の味には、ほど遠い。


朝はトーストとヨーグルトと、カフェオレ。

自慢じゃないけど、あたしの作るカフェオレは、美味しい。

ミルクを小鍋で温めて、そこにインスタントコーヒーを入れる。だたそれだけ、だけど。

お砂糖の代わりに甘いお菓子。

チョコレート、クッキー、ケーキにアイスクリーム。

食べ過ぎて、後悔する。

慌てて運動して、ストレッチとなんちゃってヨガをする。


運動は昔から苦手だったけど、嫌いじゃなかった。

出来ないことがかっこ悪かったあの頃は、嫌いだったりもしたけど、ようやく最近、出来ないけど嫌いじゃないなって思えた。

出来なくても、楽しい。

いまの自分があの頃の自分だったら、少しは体育の時間も有意義なものなってただろうな。


あの頃の自分がいまのあたしだったら?


きっと簡単に泣いて、すぐ誰かに助けを求めるだろうな。

泣くことも難しくなって、助けを求める誰かを思い浮かべることもできなくて、あたしは笑った。

あの頃、思い描いていたいまの自分は、この自分だったんだろうか。

お腹が痛い。

シクシクと泣いてるみたい。

音楽くらいかけようかな。だけど、起き上がるのが億劫だ。

口ずさめる歌もない。

目を閉じて聞こえてくるのは、あの人の声。


「別れよう。」


昨日彼があたしに告げた言葉を口にしてみた。

「別れよう。」と、また口にして、そう言った彼の顔を思い出す。

あんな顔、初めて見た。

「やっぱりオレたち、戻れないよ。何度も直そって、元通りになろうと頑張ってきたけど・・・ダメなんだ。」

一言一句、間違えないように口にする。

「本当にゴメン。オレが、全部悪いんだ。」

泣きそうな顔だったな。泣かなかったけど。


そっと目を開けて、ローテーブルに置かれて紙を見やる。

広げられたまま置かれているそれは、『離婚届』ってやつだ。

あの人の角張った大きな字が透けて見える。

昨日見せたあの顔とは似合わない、字だな。

婚姻届は、一緒に書いて、一緒に出しに行ったっけ。

あれは、もう、3年前のこと。


ブィン、と携帯が震える音が聞こえた。

震えた回数は3回、メールだ。

誰だろう?

いいや。

いまは、いい。

あたしはまた、目を閉じる。

あの人の言葉に、あたしは何と言ったんだっけ。



お母さんが笑ってあたしを呼んでいる。


息が切れて両足が重いけど、なんだか嬉しくて、あたしは走り寄った。

「頑張ったわねー!すごいじゃない!」

「うん!」

「お腹、減ったでしょ?ほら、おにぎり作ったから、食べなさい。」

「うん!」

大きなお弁当箱にたくさんのおにぎり。

あたしは両手に持って、がぶりつく。

お母さんは笑ってる。

「頑張った、頑張った。えらい、えらい。」

うん、お母さん。

おにぎり食べたら、また、頑張るね。

見ててね。

また、褒めてね。

また、笑ってね。

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