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第94話 賽銭分の仕事をしようか

 倭国の帝セイランは、御簾の内側で顔をしかめた。我が子四人の母親は全員違う。それぞれの実家は力を持つ貴族だった。公家と呼ばれる彼らは、帝政を支える柱ではあるが。


 口出しして良い内容と、触れてはならぬ禁忌の区別がつかないようだ。失礼極まりない発言を、平然と口にする連中に苛立ちながら、畳んだ扇をゆらゆらと動かした。肘置きに寄りかかったセイランの機嫌は急降下していく。


「つまり、我が娘を華国へ差し出せ、と? 倭国最高位の巫女を」


 ぼそりと溢した声は地を這うように低かった。実際は直接公家に声をかけたりしない。間に入る近習が青い顔で、丁寧な言葉に直して伝えた。


 唯一後ろ盾がない末姫は、倭国最高の巫女だ。その実力も、二柱の神々と契約したことも、尊い皇家の血筋も。幼い頃の暴走一つで、そこまで貶めようと考えるのか。皇位を狙うでもないあの子は、己のできる責務を必死に果たしているというのに。


 怒りで扇を強く握った。ヒビの入る音が漏れ、公家達が平伏する。震えながら、そのような意味ではないと言い訳を並べるが、どう釈明されても腹立たしさが収まることはなかった。


 ぺきっと派手な音を立てて折れた扇で、下がるよう合図を出す。近習も含め、全員を下がらせた。謁見を願い出られれば、会うのが仕事だ。ここまで不愉快で失礼な話であっても、耳を傾ける必要があるか。


 セイランは折れた扇を御簾へ投げつけた。本当なら、あの連中がいる時に投げたかったくらいだ。八つ当たりをしてもすっきりしない彼は、するすると入り込んだ蛇に目を見開いた。


「白蛇神様?」


『近々、潮の香りに紛れて一つの縁が届くであろう。それを大切に繋ぐが良い』


 予言のようだが、白蛇神は知っているだけだ。ルイがアイリーンに想いを寄せ、彼女も満更ではないこと。ルイの側近が頻繁にバロー経由で王家に手紙を送っていること。いつか結ばれたいとルイが願っていることまで。


 紫陽花の祠を通して、幼い恋を見守ってきた。そろそろ賽銭分の仕事をしてもいい頃だ。優しく明るいあの子を縛る、この国の呪詛を解いてやろう。


 白い蛇神は単独で動くつもりだった。しかし、勘のいい神狐は協力すると名乗り出た。まだ完全ではない狗神も、恩に報いると気合いを入れている。神が三柱も揃えば、多少の無理は効くだろう。


『セイラン、ちと頼みがある』


 神の身では触れることができない穢れを一つ、解き放ってくれないか? とんでもない頼みを口にされ、帝は驚いて固まった。その指先からしゅるりと這い上がり、耳元で白蛇は作戦を明かす。


「畏まりまして、必ずやお望みの通りにいたしましょう」


 神の代理人として帝の地位を得た男は、我が子を守ろうとする蛇神の願いに平伏した。

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