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第93話 側近は主の恋に画策する

 紫陽花の祠に足を運び、賽銭と手紙を入れる。宛名をアイリーンにした。愛称で手紙を出せば、証拠が残ってしまうから。言葉と違い、形の残る手紙には用心も必要だ。


 倭国に来て、三人の意識は変わり始めた。違和感なく当たり前だと思って生きてきた世界が、なんと窮屈なことか。倭国にもしきたりやルールは山ほどある。だが、きちんと説明できる理由が存在した。


 危険だから、人を不愉快にさせるから。気遣いの文化が根付いた倭国は、居心地がよかった。ビュシェルベルジェール王国との違いを学ぶほど、彼らは祖国の異端者になっていく。


「倭国にずっと残る方法ってありますかね」


 和国に来て半年も過ぎれば、遠い目で窓から外を眺めるニコラは、帰らずに済む方法を考え始めた。文官なので、国交があれば大使の道も開けるだろう。今後の国交は、大商人バローと第二王子ルイ次第だ。


「俺も残りたい」


 訓練を終えた体で畳に寝転がるドナルドも、同じような発言をした。武者修行の名目では無理だが、大使の護衛なら何とか。ぎりぎり申請できるか。友人二人が本気なら、考えておこう。


「ルイ様はどうなんです?」


「何が?」


 王家に戻って、役立たずの病弱第二王子を演じるのは面倒だな。そう思いながら、首を傾げる。ニコラは肩をすくめて指摘した。


「好きな女性を追い掛けていたでしょう。想いは通じましたか?」


 ここ最近、外出の回数も多かったですし。付け足すニコラの話に、ドナルドも興味を持ったらしい。転がったまま、ルイを凝視する。


「進展はない」


 残念だが取り繕う余地もなく、彼女は変わらなかった。何度も手紙を入れ、街で顔を合わせた。一緒に林へ散策に向かったり、買い物に付き合ったり、時には姉君を交えてお茶をしたり。もう恋仲なのでは? と思うくらい、複数回の交流を持った。


 しかし、アイリーンの態度はいつも同じ。大事な友人だと繰り返し、微妙な距離は縮まらない。項垂れるルイの様子に、ニコラは眉根を寄せた。


「何か失礼なことしました?」


「いや」


「男が嫌いとか」


「わからん」


「ルイ様は好みのタイプじゃないのかも」


「どうだろう」


 答えているが上の空、未来のボスは傷ついているようだ。そう判断したニコラは、じっと考え込んだ。海を渡るほど好きな女性なのに、愛が届かない。よほど高貴な女性なのか? でもビュシェルベルジェール王家だって、フルール大陸の支配階級だ。


 肩書きを名乗らず、自分の魅力だけで口説こうとしているのかもしれない。推測しながら、バローに手紙を頼もうと決めた。ニコラは良かれと思い、友人であるルイのために、一肌脱ぐつもりでいる。


 その結果が吉と出るか、凶となるか。神々すら知らぬ賽子は転がり、思わぬ目を出して止まった。

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