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第77話 王子様なんて聞いてない!

「ええ、今回捕まった二人を開放してほしいわ。だって、実害はなかったんだもの」


 儀式を邪魔した容疑だけれど、現場では衛兵がきちんと押さえてくれた。侵入したことは処罰の対象になるが、重罪ではない。声を掛けたというが、私は気付いていなかった。その点は姉達も承知しているはず。


 集中し過ぎて、聞こえていない。私にはよくあることだった。開放して儀式の内容が漏れる心配もいらない。だって、ココの能力で発言を制限できるわ。利点を並べて、父を説得する。なるほどと呟きながら、彼の足が階段を踏みしめた。


 ひんやりしているが、地下に湿気は少ない。足音をあまり立てない父の後ろで、ネネの爪が高い音を立てた。猫と違って引っ込められないので、仕方ないわよね。これがココでも音はしたと思うし。


 少し先、ろうそくの明かりが揺れる座敷牢の前で足を止めた。


「この子がアイリーンの言うルイで間違いないか?」


「はい、お父様」


 勝手に話すと不利になる。牢番に説得されたのか、何らかの術か。二人はぐっと唇を引き結んでいた。両手足も自由な状態だ。


「二つの大陸を股に掛ける大商人セザール・バロー、その隣は……フルール大陸を統べるビュシェルベルジェール王室の第二王子ルイ・フレイム・ビュシェルベルジェール殿で、間違いはないか?」


「……はい?」


 驚いた目を見開く二人と、己の父を交互に何度も確認したアイリーンの口から、間抜けな声が漏れた。今、なんて?


「お父様、変な言葉が聞こえました」


「そうか? 私は普通に話したつもりだが……大商人セザール・バローと」


 ここまでは問題ないので頷く。アイリーンの耳に続けて届いたのは、隣大陸を統べる強大な国の第二王子殿下という強烈な単語だった。


「王子?」


「なんだ。知らずに付き合っていたのかい?」


「つ、付き合っては」


 いません! そう叫んだ声に、牢内で暴れる音が重なった。やっぱり何らかの術で言葉を奪ったのだろう。口はパクパク動くのに、声が聞こえなかった。結界で遮断した可能性もあるけれど。一応、他国の王族なのにこの扱いでいいのかしら。


 それを言ったら、一応罪人なのよね。不法侵入と国家の大事な儀式を中断させようとした罪は、それなりに重い。他国人で知らなかったって言い訳が通りそうだけど、お父様だったら屁理屈つけて却下しそう。


 座敷牢は畳が敷かれているけれど、彼らは異国の人だから畳を知らないかも。だったら草の床に放り出されたと抗議して、戦争を仕掛けられたりしたら……どうしよう。


 頭の中でいろいろ考えすぎて、アイリーンは許容量を超えた。その場で膝を抱えるように蹲り、顔を両手で覆う。耳がやや赤く染まっていた。飛び降りたココは迷惑そうに乱れた毛を舐め、子犬姿のネネは元気よく周囲を飛び回る。


 収集が付かない現場を上から見下ろし、皇帝セイランは声を立てて笑い出した。何かツボに入ったのか、腹を抱えるようにして笑い続ける。きょとんとした顔をしたのは、牢内の二人だった。

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