第67話 着々と進む浄化の準備
狗神様と過ごして気づいたことがある。すごく子どもなの。アイリーンの感想に、姉達は何とも言えない表情で曖昧に頷いた。肯定すると神々を軽んじたように見えるし、否定すると妹を傷つける。
「どの辺りでそう感じたの?」
「寝る時、寂しがってお布団に潜り込んでくるのよ」
うふふと笑う妹の豪胆さに、アオイは顔を引きつらせた。巫女としての能力が低いヒスイはぴんと来ていない様子だが、神々と同衾? それも契約していない神様だ。不敬だとか無礼だとか、この子にはそんな感性が足りないのかも。
アオイはちらりと狗神へ視線を向けた。平然と寝転がるが、その尻尾はゆらゆらと揺れる。大きな姿のままなのは、契約した巫女がいないからだ。神狐のココが小型化できるのは、神格を預けているから。一時的に姿を変更することは契約なしでも可能だが、今の狗神にその理由はなかった。
舞いを奉納する舞台は、十分過ぎるほど広い。手足を伸ばしても問題ない場所で、わざわざ小型化する理由はなかった。あれは神格を預けた契約獣の霊力と神力の消耗を防ぐ意味合いが強い。ココはアイリーンの膝に頭を乗せて眠り、後ろの狗神は彼女の背中にお尻を当てていた。
信頼されているのは一目でわかる。だからアオイは注意をせず、ぐっと呑み込んだ。
「リン、狗神様を浄化するのよね? 手伝いましょうか」
ヒスイは舞いの名手だ。単純に舞いの技術だけなら、アイリーンより優秀だった。神々を呼び寄せる巫女の力が弱いため、儀式の中央に立つ機会が少ない。今回はアイリーンの儀式の手伝いを申し出た形だった。
問題になるほど大きな力を持つがゆえに、過酷な運命を背負ってしまった妹アイリーン。彼女を助けたいと願うのは、姉妹共通の想いだ。ココはふらりと立ち上がり、膝の上にちょこんとお座りした。
『祓えの儀式は三日後、月が欠けた暗夜に行うよ。ヒスイは最上位の装束、アオイも皇家に伝わる白い笛を用意して』
契約獣も含め、皇族は神々の姿が視える。だが言葉を交わせるのは、神狐のココだけ。姿を見せても話しかけない白蛇神や、自由気ままな白鹿神は声を掛けなかった。神が声を掛けないのに、人から話しかけるのは無礼に当たる。
「「畏まりまして」」
深く頭を下げて神狐に敬意を示す姉達に、アイリーンは居心地悪そうにもぞもぞと動いた。膝にココがいるから仕方ないのだけれど、後ろに自分もいるのに。そんな彼女に、ココはにやりと笑った。これは確信犯だ! むっとして尻尾を握る。
『尻尾はダメって言ったじゃん!』
「ココが悪いんでしょ。意地悪っ!!」
言い争う二人に、姉達は顔を見合わせて笑った。常にわだかまりがあり、互いを視界に入れずに過ごしたアオイとヒスイ。彼女達の笑顔に、アイリーンも頬を緩める。
『ねえ、リン。本当に僕の穢れが落ちるの?』
「落ちるかどうかじゃなくて、絶対に落とすのよ」
迷う余地なんてない。確実に穢れを浄化して、美しい白い狗神に戻すの。失敗するなんて想像する必要がないわ。だって成功させるもの。言い切ったアイリーンに、狗神はぱたぱたと尻尾を振った。




