第61話 ケンカは仲の良い証拠
数日後、届いた荷物の多さに眉根を寄せた。部屋に詰めたら、居場所がなくなる。仕方なく管理人に相談したところ、空いている部屋の使用許可が出た。もちろん、規定通りに追加料金を払う。
今年の入学者は寮に入る者が少なかったらしく、ぽつぽつと部屋が空いていた。荷物を運びこむ三人の様子を見て、自分達もと申請に走る上級生や新入生の姿が見受けられる。騒がしくも忙しい引っ越し作業は、入学日までの貴重な休日をほぼすべて潰した。
「ドナルドがサボるから」
ニコラが不満そうにぼやく。ドナルドは鍛錬があると言っては抜け出し、一番力があるにも関わらず引っ越し作業を手伝わなかった。王子ルイが強く言わないため、それも不満なニコラである。ルイにしたら、そもそも自分達で荷物を整理する自覚が足りなかった。
王宮にいた頃は、一から十まで侍女や侍従がこなしてくれる。運ぶ手伝いはするものの、押し込んで終わりのルイに顔を引きつらせたのは、ニコラだった。
子爵家の次男であるニコラは、さほど裕福な家庭で育っていない。貴族にも生活水準の違いがあり、金のあるラクール伯爵家とは雲泥の差だった。三男とはいえ、甘やかされて育ったドナルドに手伝う感覚は身についておらず、ニコラはむっとした顔で片づけを開始した。
「すまない。これはどうしたら」
困惑顔でルイが尋ねるたび、手を止めて指示を出す。だが、ルイは手伝うだけマシだった。自分は手伝ったつもりで、邪魔をしまくるドナルドは悪びれない。
「こっちは運んだぞ」
言葉通り、箱を動かしてある。だが荷ほどきはされていなかった。大人しく穏やかなニコラだが、ついにキレた。
「もう知りません!! 勝手にしてください。僕は別の部屋に行きます」
料金の請求はルイに押し付け、自分の荷物をかき集める。その姿に慌てたのはルイだった。この三人の中で、一番倭国の知識を持つのが文官候補のニコラだ。見捨てられたら生活に困る。切実な理由で、宥めに入った。ついでにドナルドを捕まえ、彼に頭を下げさせる。
「機嫌を直してくれないか」
「損ねていません」
ぷいっと取り付く島なく言い放たれ、ルイは言葉を選び直した。
「悪かった、許してほしい」
幼馴染みである王族の低姿勢に、少しだけ落ち着きを取り戻す。ドナルドも悪気がないだけで、叱られたら理解する。きちんと言い聞かせない自分が悪い、とニコラは諦めた。この二人を無事に祖国へ帰すまで、三年近く我慢する。その覚悟が決まったともいえよう。
「わかりました。では荷物をこのようにして……」
本気で怒ったニコラを初めて見たドナルドは、大きな体格に似合わぬ姿で荷物に手を掛ける。肩を落とし背を丸め、しょんぼりとした表情で木箱を開け始めた。力仕事を彼に任せ、ルイはニコラの指示通り中身を分類していく。服、宝飾品、日用品、積み上げた荷物を押し入れに並べた。
棚が足りず、卒業生の残した家具をかき集める。一部屋を物置にしてなんとか収めた。新生活は前途多難なスタートとなりそうだ。




