第109話 留学の意味が変わる
日常に戻って、寮と学校の往復が始まる。学校長に呼ばれて、留学期間をいくらでも伸ばしていいと聞かされたのは、数日前だった。皇太子シンが約束を守ったのだと、ルイは嬉しく感じる。
ニコラは嬉しそうに、学ぶ予定を変更した。二年の期限が撤廃されたなら、学ぶ内容を減らして時間をかけるつもりのようだ。同級生に気になる女性がいるようだ。もしかしたら、フルール大陸に帰らなくてもいいと思っているかもしれない。
ドナルドも似たようなもので、訓練に夢中だった。訓練場を駆け回り、山盛りの白米を食べてよく眠る。パン食より腹持ちがいいと笑っていた。どちらも実家を懐かしむホームシックには程遠い。倭国での生活を堪能していた。
「まあ、いいか」
深く考えることをやめ、ルイは畳に転がる。このまま倭国に骨を埋めてもいいんじゃないか。そんな気がし始めていた。アイリーンと結ばれなくても、彼女が暮らす大地で朽ち果てるなら、それも愛情なのでは? と。自分でも極端だと思うが、正す気はなかった。
ただ、時折感じる街での視線は、自分達が余所者なのだと知らしめる。幼子を連れた母親が避けて通ったり、金銭のやり取りで手が触れると驚かれたり。フルール大陸も多少は異民族に対する態度の違いはあるが、こちらは閉鎖された国だっただけに区別が激しい。
ルイはこの扱いを差別とは考えていなかった。見知らぬ外見の者が現れれば、母は子を守ろうとするのが当然だし、驚くのも同じだ。異国人を知らないから、こういった対応が目立つ。話しかければきちんと答えてくれるし、品物を売らないなどの拒絶はなかった。
「ルイ様はどうするんですか?」
図書館で借りたという本を読みながら、ニコラが声をかける。寝転んだ姿勢から、ニコラに向き直った。
「何が?」
「僕はこのまま倭国に居残る気ですけれど、王子であるあなたはそう簡単ではないでしょう?」
一文官候補の子爵家の子と、第二王子では国の対応が違う。王家はルイに帰ってくるよう促すのでは? そう尋ねられて、再び天井を仰ぐ形に転がった。両手両足を広げ、畳を満喫する。
「帰りたくはないな」
「巫女様がいるから?」
巫女の為に祠へ通い、彼女を助けて褒美をもらった話は、彼も知っている。惚れた女性なのでしょう、と断言された。否定できないのは、自覚があるからだ。恋心は膨らんで、愛情に変わり始めた。まだ止められると思うが、止めたくないのが本音だった。
「そうだけど、それだけじゃない」
新しい文化に触発されたし、魔法が使えなくて大変な思いもした。彼女の置かれた環境が少しわかって、守りたいと願う。だが、白蛇神の言葉が印象に残っていた。
願いを叶えよう――賽銭分だけ。それならもっと多額の金額を投げ入れたら、大きな願いでも叶うのだろうか。ドラゴンが地下に眠る大陸で、溢れんばかりの魔力の恩恵を得てきた。そんな俺でも、異国の神に願っていいなら。
「彼女が泣かなければ、それでいいさ」
俺が幸せに出来なくても、彼女が幸せならばいい。ルイは溢れた言葉に苦笑いした。そうだ、俺じゃなくてもいい。でも、出来たら……アイリーンを助けるのが俺だったら。最後の部分を飲み込み、明日、賽銭を奮発しようと決めた。




