第105話 未来は開いてあげる
帝セイランが近習に叱られている頃、アイリーンは客間でお茶の支度をしていた。せっかく異国の人なのだから、と抹茶を用意する。ちらりとルイの顔を見て、甘党だからと薄茶に決めた。
濃茶は倭国の人でも苦手な人がいるもの。畳に正座して道具を用意する。その姿を見つめるルイだが、背中に姉姫の視線が突き刺さっていた。居心地悪くて、雑談でもと振り返るが……恐ろしさに姿勢を正す。
うっかり余計なことを言ったら、返り討ちに遭いそうだ。皇太子シンが顔を見せるまで、針の筵状態だった。シンの顔を見て、嬉しそうに頬を緩めるルイの様子に、事情を察して苦笑いが浮かぶ。妹を奪う可能性がある男に用心していたが、これなら心配なさそうだ。
「どうぞ」
「これは……どうやって飲むんだ?」
やたら大きな器なのに、底にべったりと緑色の泡が広がる。正直、飲み物かどうか迷う。まあ、アイリーンがお茶を点てる姿を見ていなかったら、食べ物だと思わなかっただろう。
「こうだ」
すっと隣に座ったシンが器を持ち上げ、回してから口をつける。ゆっくりと傾け、一口飲んだら戻した。また器を回して置く。中の泡は少し減って、緑の液体が覗いた。
「ありがとう」
お礼を言って、器を手に取る。動きを真似て飲んだところ、苦さに固まる。が、最後の方は甘いような? 不思議な味に首を傾げながら、器を返した。丁寧に湯で流し、その場で片付けるアイリーン。
フルール帝国にはないお茶の習慣だが、意外と落ち着く。こういうきっちりと型に嵌った作法は、側妃殿が好きそうだな。倭国に来てから、家族のことを思い出す頻度が高い。離れて暮らすからか。後でニコラにも聞いてみよう。
ルイをヘタレ認定したシンは、目の離せない弟が増えた感覚だった。自分以外は姉妹ばかりの環境なので、不思議な感じがする。悪くない、と口元を緩めた。
「ねえ、私……ルイの国に留学してみたいわ」
「「「絶対にダメだ(よ)」」」
「嬉しいな」
三人の大声での否定に負けず、ルイは笑顔で答えた。この辺は王子の図太さが生かされている。
「夢だけどね」
少し悲しそうにアイリーンは笑った。過去のやらかしで、倭国に尽くすことを義務付けられた。守ってくれる母や親族もいない彼女は、自分の意思で未来を決められないと覚悟している。
声色に滲んだ諦めを察し、三人の兄姉は慌てて口を塞いだ。妹がルイに取られそうだから叫んだのであって、アイリーンの未来を潰す気はない。留学を機に、いろいろと世界を広げたら。もうこんな顔をさせたくない気持ちが大きくなった。
「父上に相談するが、反対はさせないよ」
「ちょっ! 一人だけいい顔しないでください。私からもお願いするわね」
シンの抜け駆けに、アオイが便乗する。乗り遅れたヒスイは近づいて、きゅっと抱きしめた。
「アイリーンが本当に望むのなら、なんでも叶えてあげる」
そのために私達の権力と地位があるのよ。ヒスイの纏めに、二人も頷いた。何が起きたのか理解できず、きょとんとしたルイは痺れた足に我慢できず転がる。その姿にアオイが吹き出し、つられて全員が笑い出した。




