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第103話 褒美を願い出る

 多少の会話はあるが、静かに食事は進んだ。ルイは肩の凝るマナーにうんざりしつつも、倭国の器に見惚れた。漆塗りのお盆は桜と風景が描かれており、器も一つずつ柄が違う。お皿の底にも絵があった。


 こういった文化は自国とあまり変わらないのだと頬を緩める。王妃である母も、様々な柄のお茶道具を揃えていた。これは持ち帰ったら、母どころか貴族女性に人気が出そうだ。商人バローが交易の準備を始めたことだし、提案してみよう。


 高価な品々を見慣れたルイからしても、倭国の調度品は珍しく美しかった。


『そなた、我が祠に賽銭を置いたであろう?』


 白蛇神は、のそのそとルイへ距離を詰める。話したことに驚いたものの、魔物と戦うこともある王子は納得した。こちらの大陸にも話せる魔物がいるらしい、と。のちに神だと聞かされるのだが、もう先だ。


「祠……紫陽花の?」


 こくりと頷く白蛇の頭の後ろに、飲み込んだ鶏肉が盛り上がっていた。さきほど蛇に用意された食事は、生の鶏肉だった。話をする間に、少し後ろへズレる。体をくねらせて移動したためか。


「あの祠って、神様がいるんだろう?」


「ええ、そうよ」


 アイリーンは自分の常識で頷く。白蛇が神と認識されていないことなど、まったく気づかなかった。知りながら、白蛇神はちろちろと赤い舌を覗かせる。


『賽銭分だけ願いを叶えてやろうと思うてな』


 神が話しているので、兄や姉は口を噤んだ。二人の認識のズレとか、アイリーンの鈍さとか。突っ込みたい部分は山ほどあるが、口は災いの元。余計な発言をして、神に睨まれたくない。


 視線を天井付近で泳がせて、ルイはうーんと唸った。真剣に考えているようだが、賽銭を出した時点で「アイリーンと結ばれたい」は聞かれている。機嫌よく返答を待つ白蛇神に、ルイは視線を合わせて首を横に振った。


「願いはあるけど、いいや。こういうのって、自分で叶えるものだろ」


 アイリーンと話したあとだったので、つい普段の口調が出る。慌てて言い直そうとするが、皇太子シンに止められた。


「ならば、皇族の屋敷を守った褒美を用意する。何か希望はあるか?」


 シンの思いがけない発言に、ルイは大喜びで飛びついた。得体の知れない白蛇ではなく、皇太子の約束なら現実的だ。


「留学期間を長くしてもいいかな。途中で一度実家に帰りたいから、時間が足りなくて」


 勢い込んで願うルイに、シンは瞬きした後ほわりと笑った。その顔は、アイリーンの好きな笑顔だった。ルイに気を許した証拠だ。手前のお膳を退け、シンは許可を与えた。


「学校には話しておく。好きなだけ学んでくれ」


「ありがとうございます。友人達も喜びます」


 平民のフリ、と慌てて話し言葉を取り繕った。ニコラは学びたい分野が多過ぎて追いつかないし、脳筋ドナルドも鍛錬に夢中だ。数年寄り道しても、得るものが多いだろう。


 ここで、今まで口を開かなかったセイランが、御簾の向こうから声をかけた。


「ところで、白蛇神様に何をお願いしたんだい?」


 近習を通さぬ直接の問いに、その場の全員が固まった。

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