第102話 お呼ばれした懐石料理
夕食の支度が出来たと呼ばれたのは、日が暮れてすぐだった。ルイはさっと手櫛で髪を整え、小さな手鏡で確認する。ハンカチと一緒に、毎朝用意してくれるニコラに感謝だ。
服装は特に指定もないし、何か用意もなかった。このまま学生用の制服で向かうのが正しい。平民が式典に呼ばれる際は、学生なら制服が正装になるから。この辺は問題ないだろう。
王族として呼ばれたわけではないため、余計に変な緊張をする。いっそ王族扱いなら、相応に振る舞えるのだが。結局考え終わる前に、案内の侍女が扉を開けた。着いてしまったようだ。軽く会釈して室内に入れば、やっぱり畳だった。
廊下も靴下だったので、そのまま進む。示された席についた。正座で座るが、食卓はどうするのか。座布団しか用意されない場で、ルイは困惑した。尋ねる相手もいない。
すぐに皇太子シンが現れ、姉姫の一人が顔を出す。こちらは次姉のほうか。名前がすぐに出てこないルイは、愛想笑いで誤魔化した。アイリーンが駆け込み、乱暴に襖を閉める。
「セーフ!」
「リン、お行儀が悪いよ」
兄に嗜められ、ぺろっと舌をみせ謝る。悪びれた様子のない彼女は、一人動物園状態だった。元々連れていた小狐に加え、先日も一緒だった子犬。なぜか大きめの蛇が加わった。室内に蛇がいるのに、誰も気にしない。
ルイも気にしないフリをした。が、時々視線が向いてしまうのは仕方ない。全長は大人の身長より長いくらいか。
「ルイ、今日はありがとうね」
「いや、あまり役立てなくてすまん」
つい、いつもの口調で答えてしまい、慌てて敬語に直そうとした。
「じゃなくて、お役に立てなくて、すまな……すみません?」
これは敬語か? 迷いが語尾に現れ、ちょうど到着して座りかけた長姉アオイが、ふっと笑った。
「全員揃ったようだ。本日はご苦労であった。ゆっくりと食事を楽しんでくれ」
セイランだけ御簾越しだ。かなり砕けた口調で話すが、一応親族以外のルイがいるため、顔は隠す方針になった。面倒な仕来りだと思うが、勝手に変えられない。
「失礼致します」
侍女達がお膳を運んできた。脚がついた漆塗りの盆に似た膳は、懐石膳などと呼ばれる。そんなことは知らないルイには、一人用の小さな机に見えた。ベッドの上に運ばれるテーブルの脚が短いやつ? そんな感想を抱きながら、並んだ食器の数に眉を寄せた。
これは食べ方があれこれ決まっている、難しい料理ではないか? 大皿や丼ならいいが、正式なマナーは分からない。困惑するルイの隣で、シンがお手本を見せ始めた。お椀の蓋をゆっくり開けてみせ、ちらりと視線で促す。
真似ながら、すべての蓋を取り終えた。ほっとするルイは、最近慣れてきた箸を手に、食前の挨拶をする。顔を上げれば、心配そうなアイリーンが、これ! とお椀の蓋が落ちそうなことを知らせてきた。
そんな彼女の足元で、小狐は稲荷寿司を頬張る。白蛇神は丸呑みした何かを消化中で、子犬はご飯の器に顔を突っ込んでいた。家族の食卓に、普通にペットも含まれるのか。ルイは驚くが、さほど気にしなかった。




