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第100話 小さな悪意が集まっただけ

「結局、呪いの正体って……生き霊なのかな」


 ぐったりと畳に転がるアイリーンに、キエは冷たいお茶を差し出した。霊力の高いアオイに診断され、舞いの上手なヒスイが手足の無事を確かめる。最後に皇太子シンによって、過去と現在の変化を聴取された。


 ルイは穢れ退治に一躍買った功績で、今夜は宿泊が決まっている。夕食で同席できそうと聞いて、兄姉を見送ったところで倒れ込んだ。お盆と一緒に置かれたお茶を前に、よいせと身を起こす。霊力の放出が多かったので怠い。


 長姉アオイが心配したのも、ここだった。三柱もの神と契約した事例はない。人の身に弊害がないか、霊力の濁りなどを確認されたのだ。特に問題はなかった。神狐ココは、やらねばならぬと気合を入れて出ていった。代わりに付き添うのは、可愛い子犬ネネだ。


 猫に比べれば硬い毛だが、子犬も十分に柔らかい。もふもふと口にしながら抱き上げ、膝に乗せた。きちんと座ったが足を斜めに崩す。キエはテキパキと片付けをして、振り返った。


「お夕飯には着替えていただきます。こちらに準備しますね。侍女が手伝いに来ますので、頼んでください」


「はい」


 いい子の返事で見送り、冷たいお茶に口をつける。美味しい。疲れた体に沁み渡るようだ。やや甘くしてあるのも、飲みやすかった。


「甘茶、久しぶりだな」


 幼い頃はよく飲んだが、最近は記憶にない。懐かしい味に頬が緩んだ。ゆっくり一口含み、時間をかけて味わう。不思議なことに、体が軽かった。今までも重いと感じていなかったけれど、いきなり重石が取れたような。体が浮いている感覚が近い。


 呪いが解けたので、元の状態に戻ったのだろうと兄は言う。シンお兄様、不機嫌そうな顔をしていたな。アオイお姉様やヒスイお姉様も、ちょっと怖かった。アイリーンはまた一口、お茶を含んだ。


 私を呪ったのが、兄や姉の実家の人だと聞いても、ピンとこない。巫女や陰陽師でもないのに、そんなに簡単に呪えるのか。大勢が関与したなら、集合して呪いをかけた? 目立つんじゃないかな。


「呪いなんて、面倒なだけなのに」


『リンは力があるから、そう思うんだよ。今回の呪いは、悪意が凝ったものだったから』


 ネネがぼそっと教えてくれた。その説明によれば、呪う気はなかったらしい。単に、自分達が送り込んだ皇妃の子に皇位を継承させたかった。そのために邪魔になる最有力候補(アイリーン)を排除したい。


 彼らの前で、幼いアイリーンがミスをした。きっかけはそれだけだ。あの子が消えればいい、自分達の親族が次の帝になれば……と欲が膨らんだ。ミスを責め立て、候補者を引き摺り下ろす。


 彼らも帝に妃を差し出す程度には、貴族として地位が高い。皇族の血を引く者もいただろう。微々たる霊力でも、同じ方向を目指して集まれば力を発揮する。それが呪いだった。


「そっか、早くに私は継がないよと言えばよかったのね」


 軽く笑い飛ばすが、もし幼いアイリーンがその言葉を口にしても、誰も信じなかったはずだ。最も霊力が高く、血筋も正しい。神狐を味方につけた少女を、誰もが警戒した。


『ココの苦労が分かったかも』


 ぼそっと呟き、ネネは丸まって溜め息を吐いた。知らぬは当人ばかりなり?

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