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藤城皐月物語 3  作者: 音彌
第7章 大人との恋
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330 苛立ち

 藤城皐月(ふじしろさつき)がコンカフェに行った話をすると、母親の小百合(さゆり)は機嫌が悪くなり、席を外してしまった。

「ねえ頼子さん。このハーフパンツのウエストを詰めたいんだけど、ミシンってどこにあったっけ?」

「ミシンなら小百合の部屋にあるけど……。皐月ちゃん、自分でウエストのサイズ直せるの?」

「一応やり方は知ってる。やったことはないけど、まあ自分でなんとかなるかなって思って……」

「サイズ直しくらい私がやっておこうか? ちょっと見せてみて」

 及川頼子(おいかわよりこ)にウエストを見てもらい、後ろと両脇の3カ所を詰めてもらうことになった。皐月は後ろの詰め方しか知らなかったので、頼子に任せてバランスの良い形にしてもらった方が良さそうだ。

「明日中に直しておいてあげる。今日はもう遅いからお風呂に入っちゃいなさい」

「は〜い」

 皐月はすぐにでも風呂に入りたいところだった。今は少しでもいいから一人になる時間が欲しい。家に帰って人心地がつくと、一日の疲れがどっと出た。


 皐月は風呂から上がり、部屋に戻った。修学旅行の訪問先の法隆寺について調べようと思い、ノートPCを起動した。

 今週の木曜日から修学旅行だ。京都については班行動のためにいろいろ調べたが、奈良については学年全体で参拝するので、まだ積極的に調べてはいなかった。

 PCの起動が終わる前に部屋の襖がノックされた。返事をすると、ベッドの横の襖が開いた。

「今大丈夫?」

 さっきまで部屋着だった及川祐希(おいかわゆうき)はすでにパジャマに着替えていた。

「うん……まあいいよ」

「何かしようとしてた?」

「うん……別に後でいいや。どうしたの?」

「名古屋の話、聞かせてほしいなって思って……」

「わかった。じゃあ、そっちの部屋に行く」

 ベッドを乗り越えて祐希の部屋に移動しようと思ったら、開かれた襖の向こうにはすでに蒲団が敷かれていた。畳の上に蒲団だけが浮かび上がっているようで、妙に淫靡に見えた。皐月は祐希の部屋に入るのを躊躇した。

「ちょっと飲み物を取りに行こうか」

 皐月の提案で下の台所にお茶を取りに行った。祐希と二人で蓋つきタンブラーにお茶を入れ、居間に顔を出して母親たちに挨拶をした。

「おやすみなさい」「おやすみ」

「二人とも明日から学校があるんだから、早く寝なさいよ」


 皐月が起動したばかりのPCをシャットダウンしていると、その背後を祐希が通って自分の部屋に戻った。

「皐月」

 祐希に呼ばれ、皐月はベッド越しに祐希の部屋を見た。祐希は敷かれた蒲団の上にちょこんと座っていた。皐月はベッドを乗り越えて祐希の部屋に入り、畳に座って自分のベッドを背もたれにした。

「服屋さんを何軒も回ってきたって言ってたみたいだけど、名古屋のどこに行ってたの?」

「大須商店街って知ってる?」

「名前くらいは聞いたことがあるよ」

「大須ってアパレルショップや古着屋が何十軒もあってさ、今日はショップを片っ端から見て回った」

 大須商店街がどんな所でどんな店があったかを詳しく話していると、皐月はあることに気が付いた。

 聞かれたくないことを聞かれないようにするためには、関係ない話をして時間を稼げばいい。退屈させて、話を誘導されないようにするためには、面白く興味深い話をしなければならない。

 祐希が一番聞きたいことは、自分と満が遅くまで何をしていたのかということだろう。だから皐月はできるだけ満と関わりのない内容を話すようにした。

 コンカフェのことを聞かれたら、どんな店でどんな女の子がいたか。車のことを聞かれたら、ビートがどんなに楽しかったか。今日は色々なことがあったので、話題が尽きることはなかった。


「満ってすぐにコンカフェに入りたがるんだよね。でも、俺は普通のカフェにも入ってみたかったな〜。祐希と大須でカフェ巡りができたらいいなって思ったよ」

 話の端々で「祐希と一緒だったら楽しいだろうな」という言葉を入れた。そういう時、祐希は嬉しそうな顔をするが、どこか表情を強張らせていた。祐希が何を思っているのかはわからないが、皐月は自分が残酷なことをしているような気がしてならなかった。

 時刻は11時になろうとしていた。祐希に満との関係を勘繰られると思っていたが、会話の中で特に波乱はなかった。杞憂だったのかもしれないと緊張が緩んできた。

「俺、眠いんだけど寝てもいいかな? 明日学校だし」

「あっ、ごめんね。もう寝なきゃだね」

 畳に座っていた皐月はベッドに座り直した。

「じゃあ、俺寝るわ。おやすみ」

「ねえ」

 皐月が向きを変えようとすると祐希に呼び止められた。

「何?」

「満さん、かわいかったね」

「うん……人形みたいだった」

「皐月って、ああいう感じの人がタイプなの?」

「ん……どうかな。俺って好きなタイプとかないかも。好きになった人がタイプってことになるかな」


 皐月は夏の終わりから急に複数の女子と付き合うようになった。

 それまでは女子に恋愛感情を抱いた経験がなかったので、今のモテ期のような状況に戸惑っている。好きになった女性に共通するタイプはない。

「じゃあ満さんは皐月の好きなタイプ?」

 最後の最後に皐月の懸念していた質問がきた。

「ロリータの似合う人って魅力的だよね。満姉ちゃんはロリータって男受けが悪いって言ってたけど、俺は好きだな。祐希もロリータ似合うと思うよ。絶対かわいくなるって」

 饒舌で回りくどくなり、今の返しは失敗かなと思った。一言「そうだよ」と言って、祐希をばっさりと斬ってしまえばよかった。

(男がいるくせに、俺のことを気にすんじゃねーよ)

 皐月は少しイラっとしていた。

「私にはあんな格好、無理」

 皐月が適当な言葉でごまかそうとしたのを祐希は即座に否定した。まるで自分の苛立ちが祐希に移り、その鬱憤を晴らすような言い方だ。

「そっか。まあ祐希はロリータの服なんか着なくても、今のままで十分かわいいからな。じゃあ、おやすみ」

 皐月は会話を遮るように襖を閉めた。祐希とはまだ喧嘩をしたことがなかったが、このままではお互いに傷つけ合うことになりそうだ。


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