318 爽やかな少年
イオンの2階にいた藤城皐月と入屋千智はエスカレーターで1階に下りた。店内を少し見てから帰ろうと思っていたら、抹茶専門店のイートインから千智に声がかかった。
「あっ、お兄ちゃん」
白いシャツの似合う爽やかな少年が手を振っていた。彼は通路に面したカウンターで抹茶のケーキセットを食べていた。皐月は松井晴香の母と会った時よりも緊張した。
「病院、出て来たんだ」
「ちょっと甘いものが食べたくなっちゃってね。友だちと会うって言ってたけど、相手は男の子だったんだ」
「うん……。紹介するね。彼は藤城皐月くん。一つ上の先輩」
「初めまして。藤城です」
とっさのことで皐月はなんて言ったらいいのかわからなかった。せめて笑顔でこたえようと思ったが、自分の表情管理に自信が持てなかった。
「こちらこそ初めまして。入屋速日です。ヨロシク」
立ち上がった速日は高校1年生にしては見上げるような背の高さだった。小学校で一番背の高い先生よりも長身だから、皐月には190センチくらいの身長に見えた。
速日は痩身だが筋肉質で、顔は千智に似て美形で爽やかな雰囲気を醸し出している。普段からこんな兄と比べられているのかと思うと、皐月は卑屈な気持ちになってきた。
「俺はケーキを食べたら病院に戻る。千智は夕方まで藤城君と遊んでたらいい」
「でも……」
「おばあちゃんのことならいいよ。俺が見ているから。もしかしたらもう会えなくなるかもしれないし、今日は俺に独占させてくれ」
「うん……わかった」
「じゃあそんなわけで藤城君、もうしばらく千智の面倒を見てもらえるかな?」
速日は椅子に座り、千智が買った服を受け取るとケーキの残りを食べ始めた。スイーツの似合う都会的な少年だ。
皐月は千智に促され、イオンモールの外に出た。外の空気を吸うと、徐々に緊張感が消えてきた。外に出たはいいが、二人に行くあてはなかった。
「さて、困った……。さすがに遊ぶ気分じゃないな」
「ごめんね、皐月君。お兄ちゃんから厄介者を押し付けられちゃったね」
「バカ……自分のことをそんな風に言うなよ」
そうは言っても、さすがに皐月も途方に暮れた。今から何をしようか、いつまで二人でいればいいのか。
時刻は午後3時半という微妙なタイミングだ。遅くても5時までには千智を病院に帰したいので、どこかへ連れて行くこともできない。
だが、皐月は前向きに考えることにした。せっかく二人で静かな外に出たんだから、この時間を大切にしたいと思った。
「いい機会だから、まだ話していない俺のことでも聞いてもらおうかな。どこかゆっくりできる所があればいいんだけど」
皐月はスマホを取り出し、マップで近隣の地図を開いた。歩いてすぐのところに弥五郎第1公園があった。そこにはトイレもあるし、写真を見る限り雰囲気は悪くなさそうだ。
「とりあえず公園に行こうか」
皐月は千智を連れて公園へと歩き出した。千智は明らかに元気をなくしていた。
皐月はここで元気づけるようなことを言えなかった。あからさまな言葉はかえって白々しいと思い、今は隣を歩くことしかできなかった。手を繋ごうとも思ったが、千智の置かれた状況を考えると不謹慎だ。
俺を頼れと言っておきながらこの体たらくだ。このままでは過去最高に自分のことが嫌いになりそうだ。
病院の横を通り過ぎ、鉄道の下をくぐると、皐月は思い切って千智の手を取った。しっとりとしているのは変わらなかったが、手は冷たくなっていた。
「手が冷えてるじゃん。寒い?」
「ううん。寒くないよ。皐月君の手は温かいね」
「まあね。平熱が高いんだよ。だから冬でも半袖短パンでいられるんだ」
「それはダメっ! 私と一緒に冬服を買いに行くんだからね」
「わかったわかった。でも、ちゃんと今日は短パンなんかはいていないし、長袖で来てるだろ? それに修学旅行も今日みたいな格好で行くし。俺、ちゃんと千智の言うことを聞いているじゃん。偉いだろ?」
「ドヤ顔で言うことじゃないんだけどな……でも偉いよ、皐月君」
「えへへ」
千智の顔に生気が戻ったように見えたが、相変わらずバイザーに隠れて表情が読み取りにくかった。