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藤城皐月物語 3  作者: 音彌
第7章 大人との恋
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318 爽やかな少年

 イオンの2階にいた藤城皐月(ふじしろさつき)入屋千智(いりやちさと)はエスカレーターで1階に下りた。店内を少し見てから帰ろうと思っていたら、抹茶専門店のイートインから千智に声がかかった。

「あっ、お兄ちゃん」

 白いシャツの似合う爽やかな少年が手を振っていた。彼は通路に面したカウンターで抹茶のケーキセットを食べていた。皐月は松井晴香(まついはるか)の母と会った時よりも緊張した。

「病院、出て来たんだ」

「ちょっと甘いものが食べたくなっちゃってね。友だちと会うって言ってたけど、相手は男の子だったんだ」

「うん……。紹介するね。彼は藤城皐月くん。一つ上の先輩」

「初めまして。藤城です」

 とっさのことで皐月はなんて言ったらいいのかわからなかった。せめて笑顔でこたえようと思ったが、自分の表情管理に自信が持てなかった。

「こちらこそ初めまして。入屋速日(いりやはやひ)です。ヨロシク」


 立ち上がった速日は高校1年生にしては見上げるような背の高さだった。小学校で一番背の高い先生よりも長身だから、皐月には190センチくらいの身長に見えた。

 速日は痩身だが筋肉質で、顔は千智に似て美形で爽やかな雰囲気を醸し出している。普段からこんな兄と比べられているのかと思うと、皐月は卑屈な気持ちになってきた。

「俺はケーキを食べたら病院に戻る。千智は夕方まで藤城君と遊んでたらいい」

「でも……」

「おばあちゃんのことならいいよ。俺が見ているから。もしかしたらもう会えなくなるかもしれないし、今日は俺に独占させてくれ」

「うん……わかった」

「じゃあそんなわけで藤城君、もうしばらく千智の面倒を見てもらえるかな?」

 速日は椅子に座り、千智が買った服を受け取るとケーキの残りを食べ始めた。スイーツの似合う都会的な少年だ。


 皐月は千智に促され、イオンモールの外に出た。外の空気を吸うと、徐々に緊張感が消えてきた。外に出たはいいが、二人に行くあてはなかった。

「さて、困った……。さすがに遊ぶ気分じゃないな」

「ごめんね、皐月君。お兄ちゃんから厄介者を押し付けられちゃったね」

「バカ……自分のことをそんな風に言うなよ」

 そうは言っても、さすがに皐月も途方に暮れた。今から何をしようか、いつまで二人でいればいいのか。

 時刻は午後3時半という微妙なタイミングだ。遅くても5時までには千智を病院に帰したいので、どこかへ連れて行くこともできない。

 だが、皐月は前向きに考えることにした。せっかく二人で静かな外に出たんだから、この時間を大切にしたいと思った。


「いい機会だから、まだ話していない俺のことでも聞いてもらおうかな。どこかゆっくりできる所があればいいんだけど」

 皐月はスマホを取り出し、マップで近隣の地図を開いた。歩いてすぐのところに弥五郎第1公園があった。そこにはトイレもあるし、写真を見る限り雰囲気は悪くなさそうだ。

「とりあえず公園に行こうか」

 皐月は千智を連れて公園へと歩き出した。千智は明らかに元気をなくしていた。

 皐月はここで元気づけるようなことを言えなかった。あからさまな言葉はかえって白々しいと思い、今は隣を歩くことしかできなかった。手を繋ごうとも思ったが、千智の置かれた状況を考えると不謹慎だ。

 俺を頼れと言っておきながらこの体たらくだ。このままでは過去最高に自分のことが嫌いになりそうだ。


 病院の横を通り過ぎ、鉄道の下をくぐると、皐月は思い切って千智の手を取った。しっとりとしているのは変わらなかったが、手は冷たくなっていた。

「手が冷えてるじゃん。寒い?」

「ううん。寒くないよ。皐月君の手は温かいね」

「まあね。平熱が高いんだよ。だから冬でも半袖短パンでいられるんだ」

「それはダメっ! 私と一緒に冬服を買いに行くんだからね」

「わかったわかった。でも、ちゃんと今日は短パンなんかはいていないし、長袖で来てるだろ? それに修学旅行も今日みたいな格好で行くし。俺、ちゃんと千智の言うことを聞いているじゃん。偉いだろ?」

「ドヤ顔で言うことじゃないんだけどな……でも偉いよ、皐月君」

「えへへ」

 千智の顔に生気が戻ったように見えたが、相変わらずバイザーに隠れて表情が読み取りにくかった。


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